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ラストダンジョンの隠しボスが日本観光をするようです  作者: 幽人
第2章 異世界山麓 山梨県富士河口湖町・鳴沢村
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異世界最強の魔女、ほうとうに惹かれる

 旅館を出発してからのドライブは本当に清々しいものでした。


 河口湖(かわぐちこ)にかかる大橋を抜けるとき。

 正面に富士山(ふじさん)が大きく聳えて、紅白の山体が青空によく映えて。

 開放感と力強さに満ちた、うっとりとするような光景でしたね。


 それに、そういった遠景だけではなくて、ただの車道ですら格好良いんです。


 青木ケ原(あおきがはら)樹海――通称、富士の樹海のなかを車道が走っているものですから。

 道の右を見ても左を見ても、鬱蒼とした森が側壁のように続いていて。

 車道に木の影がたくさん伸びて、なんだか楽しそうに踊っていて。


 〈水の国〉では森のなかにこんな整備された道なんてありませんから。

 整然と陳列された森を、特等席から鑑賞しているような気分にすらなって。


「ここは森の展覧会場ですか?」


「お! ミヤさんも面白い表現をするね!」


 ――そんな会話を(みつる)さんと交わしたくらいです。


 実際、車を運転している充さんにとってもドライブの楽しい場所だそうで。

 これだけ道が綺麗に舗装されていて、道幅も広くて、走る車も少なくて。

 そのうえで曲がりくねった森の道は、運転していて気持ち良いんだそうです。


「今回は洞窟観光だけど、遊園地とか温泉とか釣りとか、このへんは一年中遊べる場所がたくさんあるから、いろんなところをまわるのも楽しいよ。もう一泊か二泊する時間があれば、そっちも紹介したかったんだけどさ」


「へぇ、ここは自然の観光資源だけではない場所なんですね。あ、遊園地って、高速道路の出口にあった、金属製のレールが密集していた場所のことですか」


「そうそう――」


 僕が森のドライブに喜んだものですから、ちょっと周辺を巡ったりなどして。

 その車中でも、充さんとたくさんおしゃべりしましたね。


 ここには日本有数の絶叫マシンが集う遊園地があること。

 充さんお気に入りの、富士山を臨む立派な入浴施設があること。

 山梨(やまなし)がワインの名産地であるだけに、ワイン関連の施設も豊富なこと。


 それぞれの施設の横に車を走らせながら。

 一つひとつ、自分が訪れたときの思い出話を交えて、充さんも楽しそうで。


 あのコースターは最初の登りが長くて、視界が開けていくのが爽快で――。

 あそこには洞窟風呂だとか面白い風呂があって、遊び心がくすぐられて――。

 友人が昼まで寝ている隙に、河口湖南岸から散歩がてら寄ってみて――。


 そんなエピソードを語る充さんを見ていると。

 自分も充さんが楽しんだ体験を追体験しているような心持ちになって。

 充さんの歴史に触れている気分になれて、僕も、とても楽しかったですね。


 ――あ、すみません! また、話が充さんのほうに偏っていましたね。


 えっと、それで――目的地までの道中はおしゃべりで盛り上がって。

 まあ、道中というか、かなり寄り道をしながらの移動だったんですけれど。

 旅行中に話題になった観光スポットは、そんな感じでしたね。


 残るは旅の主目的である洞窟観光と。

 あと、()()()()()()くらいですが。


 そちらの話に入る前に――あと一つだけ!


 旅行といったら忘れてはいけない! ――と、充さんが力説していた要素!

 ご当地の名物料理について、触れておかなければですね!


「ああ、ミヤさん。お昼を食べに、そこの店に寄っていいかな?」


「あ、はい! どうぞ! 僕に遠慮せず寄ってください!」


 一時間ほどの樹海ドライブのすえ、充さんがそう言って指し示したのは――。

 立派な瓦屋根に太い木の柱、白い漆喰壁、大きな提灯が格好良い――。

 「餺飥(ほうとう)」と書かれた看板を掲げる、和風の雰囲気漂うお店でした。



 * * *



 ほうとう――それは山梨県の名物料理だそうです。


 南瓜(かぼちゃ)に代表されるたくさんの野菜と、太めのうどんを平たくしたような麺を味噌味の汁で煮込んだもので、そのゴロゴロとした根菜を頬張り、また歯ごたえ充分の麺に齧りつき、とろみのついたスープを胃のなかに流し込めば身体中が温まる、鍋物のようにボリューミーで食べ応えのある料理――それが、ほうとうだそうです。


 あ、はい、全部、充さんの受け売りですが。

 なにせ僕は食事ができない身体ですから、料理のこととなると、ええ。

 なかなか、お話しするにしても、伝聞混じりになってしまうところが痛くて。


 でも、主人(マスター)は〈水の国〉巡りの際に各町の料理を食べるのが好きですし。

 充さんも、やっぱり新しい土地の料理を食べるのが大好きみたいですから。

 僕も僕なりに料理のことは気にしていますから、ちゃんと紹介していきますね。


 ――こほん。


 お店に入って、テーブル席に座って。

 店舗の大きさからして、様々な料理を提供するお店かと思っていたら。

 メニューには、ほうとうのほかはおつまみしか書かれていなくて。


「露店の料理屋さんみたいに、メイン料理一品だけで商売するお店なんですね」


「ああ、うん、ここはそうだね。私はこういうのを見ると『この店、こだわってるな!』って思えて、結構、ときめくんだけど、ミヤさんは?」


「あー、うーん、どうでしょう? 〈水の国〉の食堂はそのとき仕入れられた素材次第で提供する料理が変わるお店が多いですし、わざわざメニューを用意しているお店のほうが少なくて……。日本のお店はメニューがもっとたくさんあるのが普通ってことですよね?」


「うん、日本だと適当にレストランに入ればメニューがたくさんあるのが普通かな。――でも、そっかぁ。食糧事情が日本とミヤさんのところじゃ違うもんね……っていうか、そっちにもちゃんと料理屋ってあるんだ? 〈終焉と始まりの町〉じゃ見かけなかったけど?」


「あ、そうですね。充さんがお仕事をしていたのは町の中心部近辺でしたから、料理屋さんのような冒険者向けのお店はなかったですもんね。中心部は地元の人しか住んでいませんので。あの町も、外周部に行けばそういったお店もありますよ」


「ああー、なるほど、立地の問題だったのか――」


 充さん曰く「こだわりを感じられるメニュー」を見ながら。

 そうやって、おしゃべりをしているうちに、料理が運ばれてきまして。

 机の上に、湯気をたてる大きめの鉄鍋がどんと置かれまして。


「おっ! 来た! こちらが私の大好物、ほうとうでございます!」


 充さんの嬉しそうな声と一緒に、白い湯気のなかを覗き込んだ瞬間。

 ああ、これはおいしい料理に違いないんだなって、確信しましたね。


 たっぷり味噌が染みていることをこれ以上なく訴える黄金色の具材たち。

 クタクタに火のとおった白菜や南瓜が、とろりと顔を出していて。

 それらを浮かべたスープが、コトコトと小気味良い音を立てて泡立っていて。


 鉄鍋から盛大に立ち昇る白い湯気は、甘辛い味噌の香ばしさに溢れていて。

 否応なしにその場にいる者の食欲を刺激すること間違いなしの香り高さで。


 それはもう目にも、鼻にも、耳にも楽しくおいしい料理でしたよ。


「それじゃ、いただきます――」


 そんな鉄鍋を前に、充さんが目を輝かせて、箸を手に取って。

 それから、箸先を煮える鉄鍋に差し込んで。

 

 太くうねるほうとうの麺が、とろみの強いスープをしっかりと絡め取って。

 口のなかへ啜り上げれば、口中に味噌の香ばしさが広がって。

 もちもちとろりとした麺の食感が、自然と充さんの両頬を嬉しそうに緩ませて。


「――っ!」


 声にならない感動の声をあげて、目をぎゅっとつぶって。

 もちもちと麺を咀嚼して、ごくりと喉を鳴らして、力強く頷いて。


「ああ――やっぱりおいしい!」


 頬を上気させながら、会心の笑みで、それだけを素朴に伝えて。

 その一言を発する以上の間は空けられないといわんばかりに、箸を動かして。


 ほろりと崩れて、ねっとりとした甘さを舌の上に残す南瓜。

 シャクシャクと歯切れよくスープの味を届けてくれる白菜。

 つるりとしたなめこも、また味が染みてたまらない。


 そこで箸をおたまに持ち替えて。

 餅でも溶かし込んだのかというくらいにとろみがついたスープを掬って。

 それを、熱々のまま喉の奥へと届け――思わず、溜息をこぼして。


「――はぁっ。おいしい――」


 そんな風に、充さんの一挙手一投足が料理を食べる喜びを伝えてくるようで。

 見ているだけで、僕も笑顔になってしまうくらいで。


 それに、そうやっておいしそうに料理を頬張る充さんを見ていると。

 無邪気においしい料理を堪能している、ゆるんだ充さんの顔を見ると。

 普段の凛々しい表情が抜けて、ふんわりとした雰囲気を目の前にすると。


 ――やっぱり充さんは美人だなぁって思って。


 あ! いえ! こんなことを充さんに言ったら怒られてしまいそうですが。

 あるいは騎士への褒め言葉じゃないって、渋い顔をされるでしょうか。

 ですから、充さんに言うときは、ちゃんと格好良いって言葉を選びますが。


 とにかく――その食事風景は、まるで一大ドラマを眺めているみたいで。

 瑞々しい喜びに満ちた、素敵な光景でしたね。


「――ごちそうさま」


 最後に、額に玉の汗を浮かべて、満足そうに箸を置いた充さんの笑顔を見て。

 僕は、観光旅行における食事の大切さをしっかり学べたと思います。



 * * *



 そのあとはもう、腹ごしらえも済んだことですし。

 目的地の富岳風穴(ふがくふうけつ)鳴沢氷穴(なるさわひょうけつ)に一直線でした。


 途中、フルーツが描かれた(のぼり)を立てている小屋を見かけて。

 それが果物の直売所で、夏ならあそこで桃を買って食べるとおいしい、とか。

 そんな季節限定の食べ物の情報も、充さんが教えてくれたりしながら。


 午後の一時を過ぎて、いくらかした頃。


 僕たちを乗せた車は、木々の影が綾なす道を抜け――。

 日本にありながら、まるで魔法の世界のような不思議を体現する場所――。

 氷の洞窟へと到着したんです。

※日本有数の絶叫マシンが集う遊園地……富士急ハイランド。種々の絶叫系アトラクションやホラー系アトラクションが有名。


※富士山を臨む立派な入浴施設……富士眺望の湯ゆらり。屋内、露天に種々の風呂があり、食事処も用意されている日帰り温泉施設。


※ワイン関連の施設……ここで登場しているのは、赤富士ワインセラー。ちょっとしたワイン醸造に関連する資料の展示や、ワインの試飲、販売を行っているほか、ハーブ庭園も併設。


※「餺飥」と書かれた看板を掲げる、和風の雰囲気漂うお店……ほうとう不動河口湖南店。上述の赤富士ワインセラー付近にいくつかあるほうとう屋のうちの一つ。

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