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ラストダンジョンの隠しボスが日本観光をするようです  作者: 幽人
第1章 異世界より来訪せし青年、秘境暮らしで身を立てる
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5/5節『勇者と魔王と平和な世界』

 綿花羊(バロメッツ)の毛刈りがとても上手な青年として、町の服飾職人たちに注目され。

 〈災いの石〉を平然と扱う度胸のある豪傑として、冒険者たちに目をかけられ。

 学校のマドンナを射止めた男として、なにかと子供たちに追いかけられ。


 不可思議な迷宮(ダンジョン)を訪れ、怪しげな魔物を相手取る仕事。

 異様な砂漠の地へと赴き、魔法で巨石を自在に運ぶ仕事。

 そうした仕事に精を出す傍ら、異世界の服飾や鍛冶や学校などの文化に触れ。


 (みつる)が異世界で過ごした初月は、こうして振り返ってみれば。

 いつも賑やかで、充実していて、達成感に満ちたものであった。


 しかし、この鮮やかに彩られた一ヶ月。

 そのなかでも、彼にとって一番の収穫だったといえるもの。

 それは間違いなく――家族さながらに親密になったミヤとの関係だったろう。


「そういえばミヤさん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


「はい、なんでしょう? 僕に答えられることなら、なんでも答えますよ?」


「なんていうか……日本はもうすぐ十二月になって、一年の締めくくりの月になることだし、自分も今年のことは今年のうちにまとめておこうかなって気になってさ」


「え、は、はい。なんでしょうか、改まって……」


 日本ではそろそろ師走を迎えようというこの時期。

 今では馴染みとなった、ミヤの書斎で二人、くつろぎながら。


「私もこっちの世界で働かせてもらって一ヶ月になるし、実際に色々と働いてみると気になることなんかも出てきたから、そのへんのことを、ミヤさんに聞いておこうかなって思ったんだけど」


「あっ、そういうことでしたら遠慮なく聞いてください! 充さんに頼ってもらえるなら僕だって嬉しいですから!」


「うん――ありがとう。いつも頼りにしているよ」


 充はこの日。

 自分も、いつまでも右も左もわからない状態ではいられないとの決意のもと。

 ついに、以前から気になっていた事柄についてを――。


「それじゃあ、〈水の国〉の歴史と迷宮(ダンジョン)のこと、もっと教えてくれないかな? 自分がどんな世界で働いているかとか、今、自分が手伝っているミヤさんの仕事が、その世界にどんな影響を与えているのかとか、もっと知っておきたいと思って」


 自分が働いている世界のこと。

 自分が今、建造の手伝いをしている施設(ダンジョン)のこと。


 それらを知ることで、今、自分はこの世界においてどんな立ち位置にいるのか。

 自分は今どこにいて、これからどこへ向かえるのか。

 そうした感覚を掴むための質問を口にした。


 それは――少なくとも充にとっては口にしづらい類のものであったが。

 アルバイトが雇い主の会社の運営に口を出すような感覚を含むものであったが。


「わかりました! そのあたりなら、まさに僕が冒険者学校で教えていることですから、お任せください! 張り切って説明させていただきますね!」


 ――充の心配は、杞憂にすぎなかった。


 充に問いかけられたミヤは、うきうきと相好を崩し。

 充の気遣いなど、今更、みずくさいといわんばかりに。

 ローブの袖から絵筆を取り出すや、その場にホワイトボードを作り出してみせ。


「なんだか……文化や歴史のことを尋ねられると、充さんがこちらの世界への興味を深められているんだなって感じられて、凄く嬉しいですね」


 そう言って、牡丹(ぼたん)芍薬(しゃくやく)のような大輪の花を思わせる笑顔を咲かせ。

 実際、浮かれて魔力が漏れたのか、周囲に魔法の花を咲かせたのであった。


 ――そして、そこから始まった異世界の歴史と現在の話。


 それが、やがて充と異世界の〈勇者〉との縁を結ぶ端緒となり。

 彼の生活を日雇い労働者から冒険者へと進める足がかりとなったのである。



 * * *



 遥かな昔から、〈水の国〉は自然環境の厳しい土地であった。

 人々は、山や森など、わずかに生存可能な土地を頼りに生きていた。


 だが、あるとき、そこへ〈石の国〉の人間たちが移住してきた。

 〈石の国〉はかつて優れた魔法と技術の文明に覆われた星であったが――。

 大きな戦争が原因で街々は滅び、人の居住が不可能な地となったためである。


 〈石の国〉の人間は、〈水の国〉に存在しない魔法の技術を携えていた。

 彼らは〈水の国〉に迷宮(ダンジョン)を造り、魔法によって生活圏を広げた。


 そこから数千年間。

 迷宮(ダンジョン)のもたらす恩恵により、〈水の国〉は徐々に発展していった。

 衣食住の問題の多くが、迷宮(ダンジョン)から得られる宝により解決したからである。


 特に、〈石の国〉の人間たちが滅亡したおよそ千年前を契機に。

 〈水の国〉からは大きな争いもなくなり、以降、国は隆盛を極めた。


 ところが、今から五十年ほど前。

 〈水の国〉全土が荒廃するという、異常事態が起きた。

 作物は枯れ、迷宮(ダンジョン)は異常動作を始め、凶暴化した魔物が跋扈した。


 〈水の国〉の人々は、国土荒廃の原因を必死で追い求め。

 迷宮(ダンジョン)探索の専門家たる多くの冒険者たちが、国中を調査してまわった。


 そして――国の衰退が始まって二十年以上が過ぎたとき。

 幾人かの若き冒険者たちが、荒廃の原因を突き止め、それを排除した。

 荒廃を引き起こしていた元凶たる〈魔王〉を討伐したのである。


 国を救った彼らには、称賛と共に〈勇者〉の肩書が与えられ。

 それからおよそ二十年――〈水の国〉は今の平和な姿を取り戻し。


 世の冒険者たちは、いっそうの国の発展と、自らの名声を求め。

 国中に散在する〈石の国〉の人間たちが遺した遺跡、迷宮(ダンジョン)を巡り。

 新たな宝と恩恵を見出すべく、冒険を続けているのであった。



 * * *



「この世界って、本当につい最近まで英雄譚に出てくる魔王みたいなものがいて、しかも、それを倒した勇者まで実在するんだ! 凄いなぁ……なんか、ちょっと泣けてくるくらい感動した……本当に……」


「あ、そうですよね。充さんは、こういう話に憧れて、剣と魔法の冒険者生活を目指しているんですもんね」


「いや、本当……嬉しいなぁ……」


 ミヤによる〈水の国〉の歴史講座が終わりを迎えた頃。

 充は感動に浸り、涙目で幾度も頷いていた。


 新しく知ることのできた異世界の歴史。

 それは、この世界が自分の望むものに満ち溢れた場所であることを。

 これでもかと、充に教えてくれたのであった。


「――うん、それで、つまり現在の〈水の国〉は、世界を滅ぼそうとした魔王が勇者によって倒されて平和になった国ってことなんだね」


「そうですね! まさしく、そのとおりです」


迷宮(ダンジョン)も、今あるものはほとんど造った人も管理者もいなくなった遺跡だから、そういった場所を探索する専門家の冒険者って職業が〈水の国〉にできたと」


「そういうわけです」


「ありがとう、ミヤさん! ――いやあ、〈水の国〉の歴史を聞いた途端、視界がぱっと広がった気がするよ! 凄く安心したというか」


「それは良かったです!」


 現地の文化に触れ、現地を案内する魔女と親睦を深めてきた充は。

 ここに、自分の立つ場所――異世界の歴史を知るという成果を実らせ。


 ――こうして充の異世界生活初月は、ミヤの講義をエンドロールとして。


「でもさ、〈石の国〉がもう滅んだ文明だったってところは、かなり驚いたよ。確かに、前にここの展望室から見た外の景色は荒野一色だったけど」


「そういえば充さんにはお伝えし忘れていましたね。〈石の国〉自体はもうずっと無人の星で、僕と主人(マスター)だけが住んでいる状態なんです。僕は〈石の国〉の人間――今では〈古代の民〉なんて呼ばれていますが、彼らの文明を継ぐ最後の魔女というわけです」


「あ……ごめん、悪いことを聞いちゃったよね」


 そのなかで、ときにデリケートな内容に触れたかと慌て。


「あ、いえ! そんなお気になさらずに! 僕自身は、〈石の国〉は滅ぶべくして滅びた文明だったって思っているくらいですし。そもそも僕はこの〈古代図書館〉を維持管理するために創られた()()()というだけですから、滅んだ人々と血縁などがあるわけでもないですし」


「――あっ、そうなの!? やっぱりミヤさんって人じゃなかったんだ!?」


「えっ、あっ、はい。僕は、一言で言うなら『本』です。この姿は、人とコミュニケーションが取りやすいよう、この図書館のエントランスに飾られている女性の胸像をモデルに造った身体で……あ、これ、お伝えしていませんでしたね」


「いや、私も、ミヤさんって人じゃないのかなーとか気にはなってたんだけど、そういうことを聞くのって失礼になるかと思って聞けなくてさ……」


 お互いに大袈裟な身振りを交えて発言をフォローし合い、気遣い合い。

 また、思わぬところからミヤの正体も知り。


 彼女は初対面のときから迷宮(ダンジョン)のことなど、説明したがりだと思っていたが。

 なるほど、知識の保存と伝播が本意の『本』ゆえの本能なのかもな――など。

 彼女の来歴から、その言動を改めて推し量りなどして。


「――そんなわけで、現在では僕が世界で唯一、〈石の国〉の技術を理解している存在ですから、迷宮(ダンジョン)造りも慎重に行わないと人に迷惑をかけてしまいますし、それだけに、今も細心の注意を払って仕事をしているんです」


「なるほどなぁ……ってことは、ミヤさんが無人の〈石の国〉に住んでいるのも、〈水の国〉で正体を隠しているのも、技術保持とか、自衛のために?」


「はい。おおよそ、そんな感じですね。うかつに迷宮(ダンジョン)技術の情報を開示できないのは以前にもお話ししたとおりですから、気をつけているんです。ですので、僕が〈水の国〉の人々と敵対しているなどといったことはありませんから、そこは安心してくださいね。あ、それと、僕の主人(マスター)も、〈石の国〉生まれなので僕と一緒にこの図書館に住んでいるだけですよ。主人(マスター)は僕以上に〈水の国〉好きですから」


「なるほどなるほど……気になってたところが、すっと腑に落ちた感じだ」


 愛すべき異世界の隣人のことを、また一つ理解して。


「そうです! それで、僕も充さんにお願いがあるんですが……!」


「ミヤさんまで改まって、どうしたの?」


 それから、最後にもう一つ。


「僕の仕事のほうが、観光用の迷宮(ダンジョン)の予算見積みたいなものはできたので、いよいよ、迷宮(ダンジョン)の内装を具体的にどうするかといった設計図の作成に入るんですが……その参考のために、観光旅行に詳しい充さんに、実際の観光旅行というものを教えていただきたいと思っていて……ですね……」


「うん? 観光旅行を教える……っていうと?」


「〈水の国〉には観光旅行の文化なんてありませんので……ですから……充さんのお時間があるときに、僕を……その……あの! 僕を、充さんお勧めの観光地に案内してもらえませんか!?」


「えっ!? それって……ミヤさんを、日本に連れていくってこと?」


「は、はい! 僕を、日本の観光地に連れていってください……!」


「……おお! なんと! いいよ! 喜んで案内するよ!」


 これも親しくなった者同士ゆえの特権といえるだろうか。

 異世界の魔女を連れての日本観光――そのようなおまけも付いてきて。


「よーし! それじゃ、ミヤさんはどんなところが見てみたいですか?」


「あ、ありがとうございます! ふ、不束者(ふつつかもの)ですがよろしくお願いします!」


 よりいっそうの賑やかな生活が待っていると確信できる未来へ。

 よりいっそう速度を増して前進している手応えを確かに感じながら。


 異世界生活の片隅で名声を得ただけでは終わらない。

 日本での生活すらも、鮮やかに彩られる未来へ向けて――。

 充は立ち止まることなく、その歩みを加速させていったのである。




 * 異世界より来訪せし青年、秘境暮らしで身を立てる 了 *

次回、第2章『異世界山麓 山梨県富士河口湖町・鳴沢村』に続く

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