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ラストダンジョンの隠しボスが日本観光をするようです  作者: 幽人
第1章 異世界より来訪せし青年、秘境暮らしで身を立てる
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4/5節『名声第三、女王の花婿』

「観光用迷宮(ダンジョン)も、大枠の設計が終わりました!」


「おっ! おめでとう! お疲れ様!」


「これも、僕が困ったとき、いつも(みつる)さんがアドバイスしてくれたおかげです!」


「いやあ、アドバイスっていうか観光旅行の楽しさを語っただけの気がするけど」


 その日、晴れ晴れとした笑顔で充にそう告げた魔女ミヤは。


「それで、時間もありますし、今日は……その、充さんもお仕事ではなく……」


 いつもであれば充に紹介する仕事の話を始めるところを、妙に言い淀み。

 恥ずかしげに長い睫毛を伏せ、視線を泳がし、頬を紅潮させ。

 やがて、意を決したように顔をあげ、充の顔を見つめると――。


「えっと……僕と一緒に〈終焉と始まりの町〉の観光をしませんか?」


「……おお!? いいの!? 喜んで!」


 充がミヤと出会ってから四週間。

 〈水の国〉出稼ぎ生活も三週間目に突入した日。

 彼の突発的な異世界観光は、こうして始まった。



 * * *



 改めて展望台から眺めると、〈終焉と始まりの町〉はかなり広大な町である。

 天井を置き忘れた柱のような崖が、近く遠く林立する、いくつもの丘に沿い。

 土地を広々と使って、あちこちに民家が建ち、広い道がそれらを繋いでいる。


 端から端まで見てまわるならば、徒歩では一日二日では到底無理だろう。

 人跡未踏の秘境めいた景色と野趣溢れる土造りの民家から受ける印象に比べ。

 この町の都市機能は、かなり充実しているのだろう。


 ――充が、そのようなことを考えていると。

 横からミヤが身を寄せてくるや、嬉しそうに弾む声で遠方を指し示した。


「見てください、充さん! あのあたりから、木造の建物が目立ちますよね?」


 ミヤの指先に目を向ければ。

 確かに、線を引いたように町並みの色が赤茶色から白色混じりに変わっている。


「うん? ――ああ、本当だ」


「〈水の国〉は五十年ほど前から二十年と少し前まで、国土が荒れて、凶作や魔物の凶暴化が各地で起きて大変だった時期があるんですが――」


「え……ここはのどかだなぁとか平和だなぁとか思っていたけど、わりと最近まで大変だったんだ」


「はい。それで、そのときに、荒廃の原因を調査する人材を育てるという名目で冒険者の育成に力が注がれて――冒険者学校のあるこの町には、その時期にたくさんの人が移り住んできたものですから、あのように町の外周部は建築様式の異なる建物が増えたんです」


「へえー! 町に歴史ありだ! 町並みを眺めるだけでその土地の歴史が感じられるのって、なんだか浪漫があるなぁ!」


「あ! やっぱり充さんもそう思います? 古い建物とか、ときめきます?」


「ああー、すっごい好き! 古民家とか古社名刹とか大好きだし」


「ですよね!」


 ミヤの歴史語りから、お互いの趣味嗜好の話まで。

 二人は尽きぬ話題に笑い合い、晴れ空の下、町の散策を続けていた。


 そのように、暖かで充実した休日を謳歌していた充。

 この日の彼は、ミヤとのひとときをたっぷりと堪能して過ごしたのだが。

 彼の身に、ちょっとした出来事が降りかかったのは、そのさなか――。


「冒険者学校って、近くで見られるかな?」


「そうですね。この丘からなら近いですし、行ってみましょうか」


 この世界で冒険者として身を立てるつもりのある者として。

 冒険者学校とは果たしていかなるものか、という興味関心から。

 町のなかでもひときわ目立つ、その学び舎に足を向けたときのことである。


 充が、平屋ばかりの町並みとは対照的に背の高い木造校舎を前にして。


「ああ、やっぱり近くで見ても大きいね! 日本の学校と大差ないや!」


 この建物のなかでは、いったいどのような講義が行われているのか。

 剣と魔法の世界の学校と、その授業風景とは。

 それらを夢想していると――。


「――!」


 横合いから、うわずった少女の声が飛び込んできた。


 声の感じからして、自分かミヤへの呼びかけだろう。

 そう思った充が、振り返ってみれば――。


 そこには、十代半ばから後半くらいの年齢の、二人組の少女がいた。


 一人は黒髪で小柄な、日本人の充からすると親近感の湧く風貌の少女。

 もう一人は灰色髪で色白の、生真面目そうに背筋をピンと伸ばした少女。

 その二人組の、黒髪の少女のほうが、こちらに駆け寄ってきていた。


 なにごとか、と充が身構える間もなく。


「――!」


 後頭部で結わえた黒髪を揺らしながら走ってきた少女は、なにやら一声。

 充の存在すら目に入っていない様子で、ミヤへと声をかけるや。

 そのままくるりと背を向け、逃げるように駆け去っていった。


「……え?」


 突然のことに、目をまるくするしかない充の、視界の先で。


 駆け去る少女の背を呆れたような眼差しで見送っていた、灰色髪の少女は。

 こちらへ向き直り、手のひらを胸に当てる〈水の国〉の挨拶を済ませ――。

 それから黒髪の少女を追って、走り去っていった。


「……今のは? ミヤさんの知り合いだよね?」


 二人の少女の姿が見えなくなったところで、充はミヤにそう尋ねた。


「あ、はい。彼女はこの冒険者学校で僕の講義をよく聴きに来ている生徒です。ライミさんっていいます」


「えっ!? ミヤさんってこの学校の先生なの!?」


 しかし、そこで尋ねたことよりも気になる言葉がミヤの口から飛び出し。


「あ、はい。先生といっても、ときどき講義をする客員教授みたいな感じですが」


 以前、ミヤが初めてこの町を訪れた際、冒険者学校の校長と知り合い。

 自分が〈石の国〉の住人であることは伏せて、旅の学者と名乗り。

 〈水の国〉での路銀を稼ぐために始めたのが、冒険者学校の講師だった――と。


 ミヤの語る昔話に耳を傾けながら。

 充はそこで初めて、彼女の過去の片鱗に触れ。


「ライミさんと一緒にいた人は僕の講義では見たことがありませんが、ライミさんのお友達でしょうか――」


 いなくなった少女たちの姿を追うように遠くを見つめるミヤの横顔を見て。

 その表情が、驚くほどに理知的で大人びたものであることに、胸を跳ねさせ。

 普段の子供じみた言動から忘れがちになっていた彼女の妖艶な容姿を思い出し。


 ――今更ながら。


 この異世界の魔女はどういった人物なのだろうか、と。

 充は、曖昧なままにしていたそのところが、無性に気になった。


 正直なところ、彼女のことはまだ知らないことばかりである。


 現状、知り合ってまだ一ヶ月足らずの相手ということもある。

 関係性でいえば、職場の上司か同僚かといった仕事仲間だということもある。

 いくら仲良くなっても、早々、プライベートなことは聞きにくい。


 そのうえ、相手は異世界の住人なのである。

 その世界にはどのような文化があり、どんなマナーがあるかもわからない。

 デリケートな話題に思える事柄は、なかなか口にできなかった。


 まず、彼女は人間なのか、それ以外のなにかなのか。

 特に気になるこの疑問にすら、まだ答えは得られていない。

 相手の素性を尋ねるのは、マナーとしてよろしくない気がしたためである。


 彼女の年齢もよくわからないし、まさか尋ねるわけにもいかない。

 容姿でいえば二十代にも、大人びた十代にも、若々しい三、四十代にも思える。

 しかし、彼女が人外ならば人間基準の予測など意味はないだろう。


 彼女の住む〈石の国〉と、ここ〈水の国〉の関係もはっきりしない。

 今まで断片的に得た知識からすると、そこまで友好的ではなさそうである。

 だとすると、〈水の国〉で正体を隠して行動している彼女の立ち位置は。


 そして彼女の主人であるという――竜。

 竜と人間の関係は、どうなっているのか。

 ミヤの態度から察するに、決して敵対しているわけではなさそうだが。


 ――気になることは、山のようにある。


 だが、どれも気軽に尋ねられることなのか、はなはだ怪しい。

 彼女に対して失礼にあたりそうで、おいそれとは聞けなかった。


 ――だが、どれも気軽に尋ねられることなのか、はなはだ怪しいが。


 彼女のほうから、仕事を抜きにした散歩に誘われるようになり。

 自分としても、最近は彼女にすっかり情が移ってしまったと表現すればよいか。

 とにかく面倒を見たくなる彼女が、歳の離れた妹のように思えてならない。


 いや、むしろ気安く遊べる()のように思えている、だろうか。


 そんな得難い間柄の相手である。

 それだけに、これ以上は気にしないふりができそうにない――。

 ミヤの横顔を前に、不意に、充の胸からそうした想いが溢れ出し。


「ねえ、ミヤさん――」


 その重い口を開き、彼はなんと尋ねようとしたのだろうか――。

 そのときであった。


「――!」


「――!」


 再び、充たちに向けた歓声があがった。

 しかも、今度は大勢の声である。

 充は開けた口をそのままに、なにごとかと振り向けば。


 そこには、先日、仲良くなった町の子供たちの姿があった。


「あ、充さん。以前に〈水鏡の迷宮〉みずかがみのダンジョンで会った生徒たちですよ」


「あ……まあ、いいか。――うん、そうだね」


「充さん? なにか言いました?」


「いや、また今度にするよ」


「あ、はい? えっと……わかりました」


 騒がしくなった周囲に、充は気が抜けて、思わず笑ってしまい。

 気になることは、ミヤの書斎でお茶でも飲みながら尋ねればいいか、と。

 この日は、目の前の子供たちの相手をすることに意識を移した。


 そして――その後は。

 今回も、図らずも、また。


「――!」


「――!」


 充もミヤも、群がる子供たちに明るく挨拶を返すなか。

 ミヤにじゃれつく子供の多さに、充が笑顔をこぼし。


「おおー、ミヤさんも子供たちに大人気だねぇ」


「そうですね。僕の講義を受けたことのある生徒もいますし……それに実は、自分でこれを言うのは恥ずかしいんですが――」


 ミヤがその言葉に、薄っすらと赤面して言葉を返そうとしたところで――。


「――! ――! ――!」


「――! ――!」


「――! ――! ――!」


「ねえ、ミヤさん? なんだか凄い騒がれてない?」


「あっ……」


「……ミヤさん?」


「あの……充さん……ごめんなさい……」


「……また、なにか、やらかした?」


 しおらしくなるミヤの態度に、充もこの後の展開を察し。


「はい……えっと……実は、冒険者学校の生徒たちのなかには……その、僕のことを……い、いわゆる、僕のファンクラブみたいなものがあって、ですね……」


「へえ! 本当に凄い人気講師なんだ! そういえば、さっきの女の子にもかなり好かれていたみたいだし、やっぱりミヤさんの美人さは国境を越えるのかな?」


「あう……」


 ミヤは自分自身の言葉にも、充の言葉にも照れを見せながら。

 磁器のように白く滑らかな頬を真っ赤に染めて、口ごもりながら。

 振り絞るように、子供たちが口々に騒ぎ立てている言葉を翻訳した。


「それで、そのファンから、僕は〈魔法使いの女王〉って二つ名で呼ばれているそうなんですけど……その……女王が、は、花婿を連れてきた……って……。大スクープだとか、これは学校中が震撼するぞとか、これからは充さんのことを監視しなきゃとか、お祭り騒ぎになって……ます」


「そっかあ……でも、女王の花婿、ねぇ――」


 駆けまわる子供たちに囲まれ、大賑わいのなか。


「違うんです充さん! 女王といっても言葉の綾というか、ちょうどいい感じの言葉がそれだけだったからというか! 〈水の国〉は王政を敷いている町は基本的にないですし全体で見ると充さんの世界でいうところの連邦制みたいな感じの運営をしている場所でして厳密には女王にあたる言葉ではないんですが――」


「ちょっとミヤさん!? そんなこと聞いてないよ!? 落ち着いて!」


 恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、ミヤが突如、早口になり。

 充は、慌てふためくミヤを、どうにかなだめ――。


 ここにまた一つ、充の身に、奇妙な名声がまとわりつき。

 彼の異世界で過ごす休日は、ある意味、華々しく締めくくられたのであった。

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