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第十九話 『喪失の連鎖』





 「なぁ、本当にこんな時間に行くのか?」


 後ろ手に組んだ両手を揺らしながら前を歩く亜矢に呼びかける。以前約束していた東坂神社へ行こうと持ちかけられたのが学校の帰りだが、まさか夜の八時を過ぎてから迎えに行く羽目になるとは思っていなかった。


「こわいのー?」


 亜矢が肩越しに振り返りながら楽しそうに笑った。


「そうじゃあないけど最近物騒なニュースばっかりだろ。暗くなってからの外出はだめだって、学校でも――」

「平気だよ。ゴウちゃんが守ってくれるんでしょ?」

「そりゃ――そうだけど」


 亜矢のことを守ると以前に勢いで口にしてしまったことを思いだす。気恥ずかしさがこみ上げ、顔を逸らしながら曖昧にうなずいた。


 東坂神社は公共墓地をぐるりと回り込んだ位置にある。別に有名なわけではなく、敷地もさほど広くはない。住宅街から伸びる林道の坂道を登りきった先に境内と社がある。一年のうちで人が集まるのは夏祭りと年末年始くらいのもので、それ以外は人気などないさびれた神社だ。


 街灯の立っていない参道は真っ暗だった。亜矢と二人で持ってきた懐中電灯を点け、道の先を照らしながら進んでいく。


「だけど、こんな時間に神社なんか行ってもマジでなにもないぞ」

「だからいいの。なにもなくて、誰もいないとこだからいいの」


 なんだそれ――そういいかけた口を閉ざす。すぐ隣を歩く亜矢の顔に笑顔がない。懐中電灯による照り返しのせいか、亜矢の顔にひどく陰鬱な影が差して見えた。


 緩やかな坂を登り終えると、懐中電灯の光が大きな鳥居の柱を照らし出した。元は赤い鳥居だったのだろうが、塗装が剥げてすっかり錆茶色になってしまっている。


 鳥居をくぐって境内に入る。この神社は専任の宮司がおらず、平時は社務所に用務員らしき人が二人ほどいるだけだ。当然この時間には帰宅しており、人気は完全に失せている。


 今ここにいるのは自分たちだけ――そう思うと肝試しにしても度を超した気味の悪さがある。なぜこんな場所に、しかもこんな時間に来る必要があったのだろうか。


「ゴウちゃんこっちこっち」


 振り向くと、亜矢が境内の広場に設置してあるベンチに座って手招きしていた。いわれるまま亜矢の隣に腰を下ろすと不意に闇が濃さを増した。隣を見ると亜矢が手にしていた懐中電灯が消えている。


「おい、亜矢?」

「ゴウちゃんも消して。懐中電灯」

「そんなことしたら真っ暗になるぞ。ただでさえ――」

「いいから消すの」


 亜矢の口調はかたくなだった。仕方なく明かりを消すと当然のように周囲は闇に閉ざされる。俺の目は瞬間的に暗闇に慣れてくれるが、亜矢は隣にいる俺の顔すら見えていないのではないだろうか。


 そんなことを考えながらそっと隣に視線を向けると、亜矢が顔を夜空に向けていた。つられて顔を上げると、無数の星がちりばめられた満点の夜空が視界いっぱいに広がった。

 亜矢がこの時間、こんな場所へと来たがった理由がようやくわかった。一切の光がない場所ではこんなにはっきりと星が見えるのか。


 壮大な眺めにため息を漏らしていると、右手が柔らかな感触に包まれる。視線を下ろすと亜矢が手を重ねていた。少し恥ずかしく感じたが、気がつかないフリをして再び顔を上げた。


 ベンチの背もたれに頭を預け、全身の力を抜いて星空を見上げる。そうすると重力から放たれ、まるで真っ暗な宇宙を泳いでいるような錯覚に陥った。


 見上げているはずなのにゆっくりと落下しているような感覚にとらわれる。俺はいつの間にか無意識に亜矢の手を握り返していた。果てしなく広がる闇の中で離れてしまわないように。


「わたしね――転校するんだ」


 夜空の彼方へ飛んでいた意識が戻り、瞬間的に頭が覚める。


「え――?」


 寝ぼけたような声を出して振り向く。亜矢は正面を向いたまま、少しうつむき気味にあごを引いている。


「転校って――お前が? どうして?」

「お母さんと新しいお父さんね、やっぱりうまくいかないみたい。だから離婚するんだって。――ほんと勝手だよね、アハハ」


 明るい口調だが表情は沈みきっている。空元気なのは明らかだ。


 亜矢は早いうちに父母が離婚したために、俺と同じように父親がいなかった。亜矢の母親が再婚したのが――ちょうど二年ほど前のことだ。


「二年生の夏にここの夏祭りに来たの覚えてる? その時にここの星を見上げたでしょ。今日と同じで、空いっぱいに星が広がってた。わたしずっと忘れられなくて、ゴウちゃんともう一度見たかったんだぁ」

「そんな――転校っていつだ? こっちにはいつまでいるんだよ?」

「なんか色々手続きあって、それが済んだらすぐだって。場所はよくわかんないけど――多分遠いとこだと思う」


 重ねていた手の指がするりとほどける。亜矢が懐中電灯を点灯させ、髪を揺らしながら立ち上がった。


「今日は一緒にきてくれてありがとう。無理いっちゃってごめんね」

「亜矢――俺は――」


 顔を上げた俺の口元に亜矢が人差し指を当てる。ゆっくりと首を横に振ったあと、亜矢はいつもと変わらぬ笑顔を浮かべた。


「さ、帰ろ。寒くなってきたし風邪ひいちゃうよ」





 亜矢と知り合ったのは小学校に入学して間もない頃だった。


 例によってクラスの誰ともなじめずにいた俺は、学校が終わってから母さんが帰ってくるのをアパートの隣にある公園で待っていた。他の子供が遊んでいるのを遠巻きに見ていた俺に声をかけてきたのが亜矢だった。


 一緒にあそぼ――亜矢はそういって笑顔を向けてきた。突然話しかけられたことに戸惑い、うつむくことしかできなかった俺に亜矢は色々と話しかけてきた。


 幼稚園が同じだったこと、家がさほど離れていないこと、小学校では同じクラスであること――なにをいわれても俺は答えることができずただじっと黙っていた。亜矢があることに触れるまでは。


「ななつかくんが――なのってほんと?」


 亜矢が尋ねたのは俺にとって最大のコンプレックスだった。そのことが今も昔も俺に他人と交わることを拒ませている最大の要因といっていい。

 知られていることを不思議には思わない。教師や一部の父兄には伝わっていることだし、そのことでからかわれたりしたことは何度もあった。それでも心の奥に土足で踏みいられた気がして頭に血がのぼった。


「それがなんだよ! きもちわるいっていいたいのか!?」


 声を荒げる俺を見て亜矢はきょとんとしたあと、ぷるぷると首を横に振った。


「そうじゃなくて、もしそうならだれとでもおともだちになれるでしょ? だからわたしもおともだちになれるかなーっておもったの」


 屈託のない笑顔でそう答える亜矢を見て俺は言葉を失った。他人事だからそんなことがいえるんだ――そう思ったが、そんな風にいわれたのは初めてだったこともあり、なんだか怒る気がなくなってしまった。なにより友達になりたいといってくれたことが嬉しかった。


「――本当に、本当に嬉しかったんだ」


 無意識に呟きが漏れたことで我に返る。亜矢を家まで送ったあと、俺は昔のことを思い出しながらぼんやりと夜道を歩いていた。既にアパートは過ぎていたが足を止めることなく歩き続ける。


 その時がくればきっと償うことができると思っていた。過ちはいつか取り戻せる――ほんの少し前までそう信じていた。


 自分を取り巻く世界が変わっていく。大切なものが次々と手の届かない場所に行ってしまう。胸に沸き上がってきたのは焦りと後悔――そして怒り。


 気がつくと俺はかつて迷い込んだ廃ビルの前にいた。人気がないのは以前と同じだが、ドアノブを回しても施錠されていて開かない。渾身の力でドアを蹴りつけると、一度目で蝶番のネジが飛び、二度目でドアがひしゃげて奥へと倒れ込んだ。倒れた扉によって埃が舞い飛ぶ中、口を開けた入り口から建物内へと足を踏み入れる。


 通路に置き去りにされたついたてや薄汚れたホワイトボード、それらを手当たり次第に蹴り飛ばし、破壊音をたてながらビル内の各部屋を回り、階段を上がっていく。


 通路を歩いている途中で見つけた蛍光灯を拾い上げ、右手に握りしめる。最上階まで階段を昇りきり、廊下の壁に蛍光灯の先端を押しつけてガリガリと音を立てながら突き当たりの部屋の戸口に立った。


「出てこい! いるんだろ化け物!?」


 声の限りに叫びながら部屋の中へと立ち入る。女の死体が消えている以外は以前と何一つ変わっていない。血だまりになっていた部屋の中央は黒ずんだ染みが広がっており、ぶちまけられた消火剤が薄く床に積もっている。空になった消火器も部屋の隅に転がったままだ。


 ぐるりと部屋中に視線を向けるが動くものの気配はない。ここへ来たのはなにも確信があったからではなく、ただ得体の知れない衝動に身を任せたに過ぎない。だが窓からなにかが外壁を這いずるような音と気配を感じ、無駄足ではなかったと確信した。


 ガラスの取り外された窓枠を鋭い爪の伸びた手が掴み、直後に部屋の中央へと黒い影が降り立った。角質状のひび割れた白い皮膚、唇のないむき出しの歯茎、頭部から背中にかけて黒い体毛で覆われた異形の姿。


 以前より禍々しさが増しているが、間違いなく以前この部屋で出会った怪物だった。こめかみに残るガスパイプの痕がなによりそれを物語っている。怪物はゆっくりと顔を上げ、俺に向かって両手を広げた。


「お前が――お前らが殺した人たちの仇をここで討ってやる。もうこの街で誰も殺させない」


 そう口にしたが、目の前にいる怪物へと向ける憎しみの理由はそれではない。今自分が抱いている感情はおそらく転嫁によるものだ。


 それでも構わない――奥歯を噛みしめ、怪物を見据えたまま手にした蛍光灯を壁に振るった。小さな破裂音がしてガラス管が割れ、先端が鋭く尖る。


 こいつらがいる限り俺はこれからも失い続ける。ならば奪われる前に殺さなければならない。狂気に似たそんな思いを戦意に変え、割れた蛍光灯の先端を怪物に突き出しながら俺は腹の底から声をあげた。


「来い!! ここがお前の死に場所だ!」



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