表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/25

第十一話 『決意の引き金』




 週明けの月曜日、俺は学校が終わってからもしばらく教室に残っていた。ランドセルに教科書やノートをのろのろと詰め込みながら亜矢が一人になるのを待つ。


 やがて他の生徒の数も減り、亜矢が友達に別れの挨拶をして席を立つ。俺もなるべく意識されないよう静かに立ち上がり、そのあとを追った。


「なぁ、美作――」


 廊下で亜矢を呼び止める。俺の方から声をかけるとは思っていなかったのだろう。振り向いた亜矢は少し驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの笑顔を向けてきた。


「どうしたの?」

「あぁ、その――俺この前母さんのお墓参りに行ったんだけどさ。お墓に花をお供えしてくれたのお前だろ?」

「あ――うん。どんなお花がいいかわからなくて、あんな小さいお花にしちゃった。ごめんね」

「そんなことないよ。母さんもきっと喜んでる。――本当にありがとうな」


 そういって会釈を送ると、亜矢の瞳が少しだけかげった気がした。よく遊んでいた頃、亜矢は母にとても懐いていたからその時のことを思い出したのかもしれない。


 一緒に歩いて校門を出たとき、亜矢が帰り道とは逆の方向に足を向けて立ち止まった。俺はこの前と逆の状況に首をかしげて呼びかける。


「亜矢? どうしたんだよ」

「ねえ七柄くん。ちょっと寄り道しちゃおっか」


 亜矢がイタズラっぽく微笑んで振り返る。なぜかその仕草が少しだけ大人びて見え、ドキリとした。


「寄り道――か」


 少し悩んだ。これから師匠のところに行くつもりだったからだ。だが亜矢には助けられてばかりいるし、いつかちゃんとお礼もいわなければと思っていた。


 当たり前だが、師匠も毎日あの橋の下にいるわけではない。かえっていい機会かもしれない――そう思った。


「いいよ。どこ行く?」

「あのね、覚えてる? 四年生の時に初めて寄り道した時のこと」


 もちろん覚えている。同時に彩がどこに行くつもりなのかもわかった。俺が頷くと亜矢は嬉しそうに笑い、駅の方へと歩き出した。俺もそのあとに続く。やがて自然と隣に並ぶ形になった。


 俺たちが向かった先は商店街にあるハンバーガーショップだった。四年生の時、学校の帰りに俺と亜矢はこの店で生まれて初めての寄り道を体験した。


 もちろん今になって考えれば大したことではないが、学校帰りの寄り道は禁止されていたことや、子供だけで外食するという行為がひどく大胆でスリリングなものに思えたのだ。少ないお小遣いを握り締めてカウンターに立った時の緊張感は今でも鮮明に思い出せる。


 二人でカウンターに立ち、同じハンバーガーセットを注文した。あの時ほどではないが緊張する。


 二人で通りが見渡せる窓際の席に並んで座る。オレンジジュースのストローをくわえ、何から話そうかと考えながら道行く人の流れを目で追った。


「なんだか久しぶりだね。二人でこうやってお話しするの」

「え? ああ、そうだな」


 先に亜矢の方から話を振られた。突然だったので短く答えてしまったが、本当は俺の方からいわなければならないことが多いはずなので出来るだけ言葉を急いだ。


「なぁ、前からずっといわなきゃって思ってたんだけど、その――」


 俺が言葉を詰まらせたのを見て、亜矢が首をかしげる。


「どうしたの?」

「――ありがとな。入院してたときもその後も、美作が色々助けてくれた。本当に世話になったし、ちゃんとお礼いいたかったんだ」


 そういって亜矢を横目に見る。目をぱちくりとしたあと、亜矢は小さく笑った。


「もしかして気にしてたの? そんなのいいよ。私がそうしたかっただけだもん」


 当然のことのようにいう亜矢を見て、俺の胸に罪悪感がこみ上げる。もう一つ、どうしても聞かなければならないことがあった。


「なぁ、お前は怒ってないのか? 俺が、その――四年生の終わり頃からお前のことを避けてたことを」

「うーん――」


 亜矢は唇に人差し指をあて、天井を見上げながら足をプラプラと揺らした。


「怒ってないっていえばウソになるかな? ううん、怒るっていうか寂しかった。それまでは家も近くだし、よく遊んでたから。でも――」


 そこで言葉を切り、亜矢は顔を俺に向けた。俺は反射的に背筋を伸ばす。


「理由も何となくわかってたから仕方ないかなって思った。――女の子と一緒に遊んでたらからかわれちゃうもんね」


 なにも言い返せずに顔を伏せる。確かにその通りだったが、本当の理由は別だった。だが今にして思えば、それこそ的外れな理由だったのかもしれない。少なくとも今の亜矢を見ているとそう思えた。


「今更あやまっても遅いけど、これだけはいっときたかった。ごめんな」

「ダメ。許したげない」


 あまりにもあっさりと否定され、口に含みかけていたオレンジジュースを吹き出しそうになる。これまでの流れから考えて、あっさり許してくれるものだと思い込んでいた。むせながら振り返ると、亜矢はニコニコ笑いながら俺に紙ナプキンを差し出した。


「私のお願い二つ聞いてくれる? それならいいよ」

「お願い――? なんだよ」

「じゃあまず一つ目。はいこれ」


 亜矢がランドセルから紙袋を取り出していった。その袋には見覚えがある。


「お誕生日プレゼント。あの時受け取ってくれなかったでしょ」


 そういえばあの時はプレゼントを受け取るどころか邪険に追い返してしまった。今も持っているという事はずっと渡す機会を待っていてくれたのだろうか。俺は差し出された紙袋を両手で受け取った。


「――あの時は本当に悪かった。これ、開けてもいいのかな?」

「うん」


 亜矢がうれしそうに頷く。時間が経ってしまったせいか粘着が弱まったテープをはがし、袋を開けた。中には茶色い紐のようなものが丸めて入れられている。


「これ何だ?」

「ブレスレットです。ちょっと貸して」


 そういわれてブレスレットを渡すと、亜矢は俺の右腕を手に取った。革紐の端に取り付けてある金属製の正十字に、反対側の紐の先端にあるフックを引っかける。少しサイズは大きいが気になるほどではないし、むしろこれはこういうものなんだろうと思った。


「うん、よく似合うよ。サイズもちょうどいいくらいだし、レディースサイズ買って良かったぁ」

「おい! これ女の子用か?」

「あ、大丈夫だよ。デザインは男女兼用だから」


 亜矢は事もなげにいうが、なんとなくショックだった。とはいえ自分の腕の太さはたしかに亜矢と大差はない。


 そう思いながら亜矢の腕を見ると、左腕に白い革紐が巻かれているのに気づく。デザインにもどこか似通ったものを感じるので、同じ店で買ったものかもしれない。


「まぁいいや。ありがとな」

「どういたしまして。それでね、もう一つのお願いなんだけど――」


 そういえば最初にお願いは二つあるといっていた。思わず身構えるが、亜矢は少し間を置いてから少し口調を柔らかくしていった。


「前みたいに名前で呼んじゃダメ? この間久しぶりに名前で呼んでくれたでしょ」

「そう――だったか?」

「斉藤くんたちとケンカした日――ううん、その前も病院で目を覚ました時に呼んでくれたよ」


 あまり記憶にない。というか、たまにポロっと名前で呼んでしまうことはあるのだ。俺の中で亜矢は亜矢だから。


「別にいいけど、そのかわり――」

「ほんとに? ありがと、ゴウちゃん」


 俺が言葉を続けるより先に、亜矢が両手を叩いて笑った。


「ちゃんはつけるな! あと他の奴がいるところでは呼ぶなよ。約束だからな!」

「うん、気をつける」


 亜矢は楽しそうな様子でうなずいた。俺はなんとなく恥ずかしくなって手をつけずにいたハンバーガーにかぶりつく。少し冷めかけていたが久しぶりなのと、空腹のせいもあって美味く感じた。


 口の中に詰め込んだものをジュースで飲み下し、ふと壁に掛けられた大型のテレビモニターに目を向けた。ニュース番組ではまたしても行方不明者が現れたことを報じている。


 脳裏を廃ビルでの出来事がよぎった。あの時目にしたものが発見されない人たちの末路だとしたら――そんな不穏な考えが湧いてくる。焦燥感に胸を灼かれながら隣を振り向くと、亜矢もテレビに目を向けていた。


「いなくなった人が住んでたのって、東坂から電車ですぐの街だよ。――怖いね」


 亜矢が瞳を曇らせるのを見て、俺の中で何かが呼び起こされる。それは正義感とはまるで別の、卑小な感情に起因するものだった。


「大丈夫だよ」


 無意識にそう呟いていた。亜矢が振り向くのに合わせて俺は正面の通りへと目を向ける。


「お前は俺が守ってやる。だから心配するな」


 なんの根拠もない言葉であるとわかっているが、そういわずにはいられなかった。目を合わすことが出来ないのはかつての劣等感ゆえだろうか。


「――うん。ありがとう」 


 亜矢の声は先ほどまでの明るさを取り戻していた。俺は亜矢を振り返らず、口の中で同じ言葉を繰り返す。まるで自分にいい聞かせるように。


「守ってみせるさ――今度こそ」


 本当に出来るのか――決意とは裏腹にそんな思いが頭の中でこだました。



 亜矢と別れた時、すでに時刻は午後五時にさしかかろうとしていた。俺は家には帰らず、いつもの橋の下へと足を向ける。土手の中腹あたりからのぞき込むと、プカプカと煙草の煙が浮かんでいるのが見えた。


「師匠」


 俺が呼びかけると、いつもの場所で寝そべっていた師匠がのそりと体を起こす。俺の姿を認めると、いかにもめんどくさそうにあくびをしながら片膝をたてて座り直した。


「なんじゃ、今日はずいぶんと遅くに来るな」

「ちょっと用事があったんだ。それで、その――」


 少しいいづらく感じたが、俺は母さんの墓参りをすませたことを報告した。昭達に一緒についてきてもらったことも。


「そうか。その割にはどこか釈然としない顔をしとるな」

「俺、結局一人では母さんのお墓にいけなかった。それにどうしてかわからないけど、そんなに泣いたりもしなかったんだ」


 俺は墓参りの経緯を余さず話した。師匠は黙って話を聞いてから、やがてゆっくりとうなずいた。


「――なるほど。まず、お前は何も間違っておらん。儂は別に一言だってお前に一人で行け、とはいっていない。大きすぎる悲しみならば誰かと分かち合えばいい。受け止めきれないものを真正面から受け止める必要はない」


 顎髭をなでながら、静かな口調で師匠は続けた。


「それと、誰かを悼むのに必ずしも涙はいらん。悲しみにふけることだけが死者を弔う方法ではない。お前の母もきっとそんなことは望んでおらんし、お前には笑顔でいてほしいと願っておる」

「――そうなのかな?」

「ああ。お前は冷たい人間ではないし、そんなことで思い悩む必要はない。よくやった」


 師匠にいわれて胸の奥が軽くなるのが感じられた。ずっと抱え込んでいた気持ちの扱い方が少しだけわかった気がする。


「それで、次は何を教えてくれるんだ?」


 俺がそういうと、師匠は顔をそむけて鼻の頭を指でかいた。ひょっとして考えていなかったのだろうか?


「あー、そうじゃな。いや、もう時間も遅い。今日のところはひとまず帰って――」

「ゴウちゃん、誰と話してるの?」


 急に声をかけられて飛び上がりそうになった。振り返ると、さっき家の近くで別れたはずの亜矢が怪訝な顔で立っている。


「亜矢!? お前なんでこんなところにいるんだよ」

「その、帰ろうと思ったんだけどゴウちゃんがこっちに行くの見えたから」


 それでついてきたというわけらしい。まずいと思ったが、亜矢はすでに俺に向かって歩いてくる。そして師匠が見える位置で立ち止まり、驚いたように目を見開いた。


「あ――」


 師匠が亜矢の方へと顔を向ける。二人の視線が数秒間交わり、やがて亜矢はその場から逃げるように駆け去った。


「おい、亜矢!」


 呼び止めたが亜矢は止まらない。誰か他の大人を呼ぶつもりかもしれない。俺は慌てて師匠を振り返った。


「――今の娘は知り合いか?」

「うん。師匠、俺――」

「構わん、行ってやれ」


 師匠が顎で亜矢が走り去った方向を指し示す。俺は頷いてから全速力で亜矢を追った。土手を一跳びで駆け上がり、人気のない通りを駆けるとあっという間に亜矢に追いつく。


「亜矢、待て! あの人は俺の知り合いなんだ、大丈夫なんだよ!」


 亜矢の肩を捕まえ、半ば無理矢理に振り返らせる。亜矢は息を切らしながら困惑した目で俺を見つめてくる。


「知り合い――本当に?」

「ああ! だから誰にもいわないでくれ。頼む」


 亜矢は何もいわずに息を整えていたが、やがて小さくうなずいた。俺はそこで亜矢の両肩を掴んでいることに気付き、すぐに離れた。


「でも、親戚の人って感じもしなかったよ。最近おかしなニュースばっかりだもん。心配だよ」

「大丈夫さ、本当にいい人なんだ。俺が保証する」


 力強くいい切る。亜矢は少し戸惑ったような表情を浮かべた。


「――わかった。でもなにかあったら私にも相談するって約束して? それなら私も、さっきのことはいわないって約束するから」


 約束する――そう答えると亜矢はようやく笑顔に戻った。俺はそのまま亜矢を家まで送り届けてから自分のアパートに戻った。


 明日は必ず師匠の所に行こう――心の奥でそう決意した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ