01-06:コードアコード
赫灼と輝く。こぼれた火の粉が舞い目に焼き付く。
ああ、僕はこの人の行く先が見たい――――。
「――――――――アホかあぁっっっ!!!!!!!!!」
「阿呆とは何ですか! わたくしはこの崇高な理念に殉じてもいいという覚悟さえ――」
「なら死ね!!」
「ごめんなさい出来心でした!」
ケルナーの街を無駄に騒がせた事件の真相はあまりにもしょうもなかった。
もう帰っていいかな。ちょうど冒険者や自警団も集まってきたし。
隊長さんが集まった者たちに事情を説明する。
刺さるような視線が廃墟マニアに向けられた。
縮こまっている男は反省というよりただ怖がっているようにも見える。
……再犯しないといいのだが。
少し白髪が混じる男の風体はそれほど年嵩には見えない。
苦節50年ってことは年齢が一桁程度の時から廃墟好きだったのか。筋金入りだ。
「災難だったなあ、姐さん」
「ったく人騒がせな奴だ」
「俺も姐さんの勇姿見たかったぜー」
分隊の連中まで寄ってきた。労いやらの言葉を掛けられる。
「ところでこれどうやって止めるんだ?」
「そういや幽霊出たままだな、おいさっさと召喚解除しろよ」
「えっと、わたくしがあの穴を通ると消えるのですが……」
場を凍りつかせる男の台詞。
何言ってんのこいつ的な空気が蔓延した。
男も流石に焦って次の句を紡ぐ。
「い、いえこれは幽霊の召喚術とかでは無くただの転移術なのでして!」
「…………そういやさっき【ブレイクゲート】とか唱えてたな」
【ブレイクゲート】。それはダンジョン探索に使う魔術師クラス専用のコードだ。
このブレイクは“壊す”とかでなく単なる“休憩”という意味合い。
術を使った場所にマーカーを置いて記録、その場所へ直通する門を生成する。
ただしマーカーを置けるのはダンジョン内に限り、しかも1か所にしか置けない。
街に戻る方法は別に用意する必要があり、高難易度ダンジョンによっては使用不可になっていることもある。しかもログアウトしたらマーカーは消えるからPTで行く場合は落ちない人が使わなければならないなどと、制限のとても多い魔術だ。
ゲーム時間では20日、地球での実際の時間では丸1日まで有効。
この世界での期限はわからないが、文字通りの休憩にしか使えないコードだ。
廃墟マニアが使っていた攻撃術は低級のものであり、魔術師以外でもあれが使える術師系のクラスはある。しかし【ブレイクゲート】を使えるのは魔術師だけ。
サブクラスに驚いていた奴がそれを習得しているとは考え難い。
つまり男はそもそも死霊術師や召喚術師では無くただの魔術師だったのだ。
だが普通はあんなにデカい門が出来るはずが無い。
それについて聞いてみたら『この街全体』を媒介にして術を使っているとのこと。
街の整備にかこつけて道を巨大な術陣に仕立て上げたのだとか。
……その労力と根性と金銭とコネを何故他のことに使わないのだろう。
通常なら人間が通れる程度の穴が生成され、PTメンバーが全員通ったら消える。
わざと1人残して開けっぱなしにするというテクニックもあったりした。
逆に言えば奴が通るまで門の向こう側からはいくらでも通行可能ということ。
どうにかしてあの穴のところまで男を運んでやらないと消えないとは厄介だな。
あのコードってことはあの暗い空も冥府などではなく何処かのダンジョンなのか。
やけに暗いのは洞窟だからだろう。ただ単に逆さの地面が向こうの地面が見えていただけとか拍子抜けだな。
んー? そう思うとなんとなく見覚えが――
「――――『霊下窟』」
「おお正解です御嬢さん!」
「正解ですじゃねえ!!!??」
いやふざけんな問答している状況じゃないだろ!?
「『霊下窟』といったら西にある封印ダンジョンだよね。出現モンスターのレベルが高すぎて危険な場所だ」
「いえいえ、モンスターが出ないところに繋いでおりますので問題ありません。第一わたくしごときが深層まで行けるはずが無いのですから!」
「なるほどね、まあ幽霊も無害なようだし大丈夫か。あそこがどうかしたの、シォラさん?」
「どうかしたどころじゃない! 穴を塞げ! 今すぐに!!」
死霊系やアンデッド系のモンスターばかりが出現するダンジョン『霊下窟』。
こちらの世界に来た時に俺がいた場所だ。
そのB1Fは安全地帯。入ってすぐに女性型の幽霊が出迎えてくれる。
大量にいるのだがモンスターでは無く、プレイヤーをビビらせるための単なる背景みたいなもの。ダンジョンから出る際に確認したが幽霊たちは出入り口の封印を通り抜けることが出来ないでいた。
隙間から俺は普通に出れたが、中で生まれた者は通れないように作られた封印。
しかしダンジョンをクリアしてから受けられるクエストが存在した。
その特殊ボス戦闘が発生する場所はそのB1Fなのである。
クエストボスのレベルは180。
俺はそいつを倒すためにダンジョンに潜り続けてレベルを上げていたのだ。
今の状態で出会ってしまったら勝ち目は無い。
ただでさえゲームから現実になったこの世界で、まだ死線をくぐり抜けたりしておらず実戦経験が少ない。
あれを街に出す訳にはいかない。ここに100オーバーは俺1人だけなのだから。
ゲームでのクエストの発生条件は確かにダンジョンのクリアだ。
しかし要求されるクエストの内容は“B1Fの幽霊を一掃する”こと。
クリアフラグを立てずにゲームでやってもイベントは起こらない。
だがこちらでもそうだとは限らない。思えない。嫌な予感しかしない。
既に大量の幽霊が『霊下窟』を抜けて街に来ているのだ。
街を覆い隠す巨大な穴の中を見渡す。
【ホークアイ】を使って増強した視力が影を捉える。
白い姿はこちら側に。
残る点はひとつだけ。
空に立つ、逆さの人影。
その顔は
こちらを
向いていた
「┴┬┴┴┴┴┴┬┬┬┬┴┬┴┴┴┬┬┴┬┴┬┴┬――――!!!!!」
つんざくような音。
暴力的なまでの衝撃。
声だ。
空気を振動させる波長ではなく、魂に響くその哀哭。
「…………『バンシー』」
ただ一人、黒い服を纏った女性の姿。
閉じられた目が血の涙を流す。
開いた口が啼泣を放つ。
死を予告するというケルトの妖精をモデルにして作られたモンスター。
様々な作品でアレンジされ続けたその性質は、既に宣告ではなく死そのものを招くようになっていた。
流石に1度でも声を聞いた者が例外なく死ぬというほどでは無い。
ゲームとしてフェアに戦うため、叫び声はプレイヤーキャラを一定確率で気絶状態にするものとして設定されている。
奴とのレベル差が開くほど気絶する可能性が高くなるのはこちらでも同じようで、一般人は殆どが倒れていた。耐えられた者たちは顔をしかめつつ空を見上げる。
奴の攻撃手段は4パターン。
こちらのHPに直接的なダメージを与える中距離射程の叫び声が通常攻撃扱い。
さらに広範囲攻撃の叫び声も使うが、この2つは気絶効果を持たない。
問題となるのは先ほどの気絶効果を持つ叫び声。エリア全域に判定を持つそれを、戦闘開始時と自らのHPが1/4ずつ削れた時に使ってくる。
そして問答無用の死を招く叫び声。
見開いた赤い瞳を寄せて泣く。
いつ来るかわからない死の宣告。
あれを発動される前に門を閉じなければならない――!
浮遊して門を通過している『バンシー』。
どうやら向こうに送る必要まであるようだ。
「オレが時間を稼ぐ。そっちは門を通る以外で閉じる方法を探せ」
幸い廃墟マニアは気絶していない。何とかできるだろう多分。
できなきゃ全員お陀仏だ、と言ったら青ざめていた。
門を通る方法で『バンシー』と廃墟マニアを『霊下窟』に送ってやる方法もある。
しかしそれは人道的観点以前に成功率が低すぎるのだ。
高速飛行を行える術はかなり習得レベルが高い。俺だって使えない。
単純な高速移動と空中歩行の組み合わせなら使えるけど、俺は『バンシー』の相手をしなければならない。そもそも上手く『バンシー』を向こうに叩き出したと同時に廃墟マニアが門を通るなんて不可能だろう。
こちらで門を閉じる方法を探し、それと俺がタイミングを合わせるしか無い。
冒険者たちは彼我の戦力差を悟る。異論を唱えたくても代替案など浮かばない。
「……判った。可能な限り早く見つける」
「逸るなよ。合図はちゃんと出せ」
「――――死なないで」
「――――死なねえよ」
本当にイケメンはどんな表情でも様になるな。
真剣過ぎる顔すんなって。
多分さ、俺たちなら大丈夫だから。
相手は中距離攻撃を最も多用する。地上近くまで行かれると冒険者たちに被害が及ぶだろう。
【エリアル・ステップ】を連続使用、奴が下に降りてくる前に空中戦へ持ち込む。ちょっと怖い高さだ。
HPを1/4削ってまた気絶の叫び声を上げられる訳にもいかないから引き付けるだけでいい。そもそも勝てはしないのだから。攻撃パターンは単調な敵だが突破するには相当なレベルと技術が必要だ。
連続して放つ短い叫び声は、そう広くは無いとはいえ範囲攻撃には違いない。
予備動作を読んで攻撃に備える。まだ遠距離攻撃扱いなのが救いだ。
「【オフセット・インタラプト】!」
盗賊や狩人が使えるこのコードは遠距離攻撃を相殺できる。便利だが敵の攻撃に合わせて武器を振るう必要があり、これが中々神経をすり減らす作業だ。
恐らく一撃でも当たってしまえば畳み掛けられるだろう。
反撃に転じることも出来ない。近寄れば攻撃のタイミングが読み難くなる。
俺と同レベル程度のプレイヤーが4,5人で相対するのが普通のボスなのだ。
未だこちらからはダメージを与えられていない。必要無いとはいえ歯痒かった。
「――っ! 【フェイク・アウト】!」
大きく息を吸い込む動作を見て咄嗟に短剣を捨てて妨害コードを使う。
格上相手だが何とか成功してくれたようで、声が出ないことに首を傾げている。
今のは広範囲攻撃の叫び声を使う時の予備動作だ。
気絶効果のほうがあれだけ離れていた俺たちに届いたのだから、こちらも街全体に響き渡るのだろう。どうやら連続で使う気は無いようだ。こちらが危険と感じて止めたことに頓着していないらしい。
広範囲の叫び声を何度も使われたらどうしようも無いのだから助かる。
遠距離攻撃相殺コードで消せるのは自分の周辺程度。他の場所には届いてしまう。
強めの攻撃を放った後には隙ができるというのはよくあることだ。
大きく叫んだ姿勢のままゆったりとこちらへ向き直ろうとしている奴にコードを使う。
「まあ本番前のテストってことで。吹っ飛びな! 【イグナイト・バースト】!」
炎属性の中級魔術が『バンシー』の華奢な体に直撃して燃焼と爆発を起こす。
見た目は派手だが所詮サブクラスで覚えたコードだ。MATも低いのでダメージは少ない。
術に分類される攻撃コードはMATだけで無くレベルでのダメージ補正もある。
しかしそれで通じるのは格下相手かよほどMDFの低い相手だけだ。
HPの数十分の一も削れてないだろう。煙が晴れて姿の見えた奴は傷一つ無かった。
盗賊系のコードなら威力は出せるのだが、奴も幽霊に分類されるモンスターだ。
物理攻撃は無効化するし、エンチャント程度では属性ダメージ値が低い。
「長期戦にならないといいけどな……」
ポーチから新しい短剣を取り出して構える。
次の広範囲攻撃までが限度だろう。地上の連中が間に合うのを信じるしかない。
何本目かの魔力回復アンプルを取り出して飲む。これ結構味が好みだったり。
【エリアル・ステップ】と【オフセット・インタラプト】を連続で使用しているのでかなりMPの減るスピードが速い。本来はどちらもここぞという時に使うようなコードであり、こんな乱発するような前提では無いのだから。
あれ以来こちらから攻撃するチャンスは無く、ずっと相殺して逃げ続けていた。
膠着状態の現状に苛立つような様子は『バンシー』には見受けられない。
涙を流し叫び声を上げ続ける。女性の姿をしていてもやはりモンスターなのだろう。
突如、轟音が響いた。
見やると地上では廃墟マニアがカッコつけて登っていた建物を冒険者や自警団総掛かりで攻撃している。
どうやら『バンシー』もそちらに気を取られたようだ。
「お前の相手は――――こっちだ!」
氷の弾丸を射出するコード【ヘイル・ブリット】。
下級術なので奴には牽制になるかすら微妙だが気は引けた。
向こうに行きかけた奴がまた攻撃をこちらに放ってくる。
恐らく彼らが攻撃していた建物は転移術の要だとかそういったものなのだろう。
術が消えるその瞬間はいつだ。
合図が上げられるその時を待つ。
早く。
急げ。
『バンシー』が、大きく息を吸い込んだ。
「っ――――!」
確定で行動を阻害するコードはもう使えない。
口に術を叩き込むか? それで止められるのか?
放とうとしているのは広範囲攻撃の叫び声だ。気絶はしないし死にもしない。
だがこちらはゲームとは違う。
ダメージを受ければ痛い。当然だ、現実なのだから。
それに耐えて地上の者たちは作業を続けられるのか。
奴と彼らのレベル差は大きい。殆どの者はHPで言うなら1まで削られるだろう。
自分の身だけでも守るか、一か八かで攻撃自体を止めるか。
どうすればいい。何が最良の手だ。
どうすれば――
どん、と背後で大きな音がした。
暗い空に満開の花が咲く。
そういえばそんなコードもあったな。
確か【ファイア・ワークス】だったっけ。俺も使える。
花火を打ち上げるだけの術だ。イベントの時とかにはみんなで賑やかした。
ったく、まるで江戸っ子みたいな粋っぽさだな。あの分隊の連中だろ絶対。
やれやれ。これじゃ俺がとちる訳にはいかないな。
短剣を握り直す。こっちに来て買った安物だが充分だ。
どうせ門の向こうに行ったら回収できない。
それに、剣であるのは俺自身。
覚えたコードこそが最大の武器。
「【ファニング・フリング】!」
徒手の片手に魔力を注ぎ込む。
属性付与程度では無い。
俺が瞬間的に発動できるのは中級魔術まで。その全力を込める。
「【イグナイト・バースト】!」
見せてやるよ。
“この世界の誰も知らない戦い方”を。
輪転する短剣。
循環する魔力。
現出した焔を剣が纏う。
亡霊よ、これで幕引きだ。
「{コードアコード}――――
さあ、お前のあるべき場所に帰れ!
――――【“イグナイト・フリング”】!!」
撃ちだした剣が敵を襲う。
車輪のような高速の回転が炎を撒き散らす。
直撃した瞬間、爆発を起こしてさらに加速。
奴を巻き込んで空に落ちる。
他種職のコードの重ね技。
あちらにあってこちらにないもの。
黒い姿が門を通った瞬間に地上から雄叫びが上がった。
同時に轟音。あの建物を完全に破壊したのだろう。
穴が閉じてゆく。
……延長戦終了。
街を騒がせた幽霊事件がようやく終結したのだった。