01-05:幽明の境
悲願。我が策略は同志の期待を背負う珠玉の一計。
要は道。利を得ることができた今、それに手が届く。
「……ぶらつくだけって言ってんのに何でついてくる」
「君の行くところには何かが起こりそうだからね」
人をトラブルメーカー扱いすんな。
いや原因では無いのなら巻き込まれ体質とかそういうのか。どっちにしろ違う。
ただ街を歩いているだけなのに目立つ。
さすがに鎧は脱いでいるが、キラキラ光る金髪と甘すぎるマスクのせいで通りすがる女性の注目を集める。
それでも俺のほうに刺すような視線が少ないのは徹底して整えたアバターの容姿のおかげだろう。
幼く見える顔と低めの身長なので誰もが見惚れるとまでは行かないものの、美男美女の組み合わせだと認識されるには充分。
買い物で中年男女の店主相手ならおまけが貰えたりしている。横の奴がいなかったら若い男の店員も釣れるだろうに。
ケルナーの街は交通の要所として栄えているらしい。
東には小さな町や村をいくつか挟んでこの国の王都、西は牧歌的な田舎や高山地帯に通じており、南の方面は国境がある。
王都に向かう商人は必ず通る道であり、都の流行りが伝わるのもここから伝播していくのだ。
領地を西に持つ貴族は多く、その道中はモンスターの多い街道。『ホーンボア』が出たのもその道である。
普段なら先に『ホーンボア』の位置を把握してそれを避けるルートで進むはずだったのだという。
しかしあの豚が我儘を言ったせいで強行軍になり遭遇してしまった、と。迷惑な奴だ。
一応ここ最近の街の発展には豚が結構絡んでいるようであり、住宅や路地の整備などでの貢献は大きいとのこと。
この街を出たらどこに向かうとしようかな。
王都のような賑わう場所も田舎のようなのんびりできる場所も両方魅力的である。
国境を越えて世界中をまわってみるのも面白いだろうなあ。
軽食に入った店に貼られた地図を眺めていると対面の席で笑った気配がした。
何なんだ喧嘩売ってんのかと睨んだら何でもないと返される。
にしてもこいつは所作がいちいち様になってて鬱陶しい。食事作法もきっちりしているみたいだし。
「貴族の三男坊とかだったり?」
「惜しいね、七男だよ」
「……子だくさんだなおい」
半ば冗談だったんだが貴族ってのは正解だったようだ。
まだ下にもいるし女児も多いとのこと。
「と言っても騎士として功を立てた父が賜っただけで1代限りのものだ。世襲できないから私たちには関係ないのだけど、嫁いできた母が男爵家の出でね。
しっかり教育を受けられたし将来は自由にしていいからって気楽なものだったよ。男兄弟は半数以上が騎士になって、長女の姉上まで女性騎士になった。
私は広い世界が見たかったから思い切って冒険者になってみたんだ」
「ふうん……そのわりには拠点のしっかりした場所で活動してるみたいだが」
「何度か国を跨いでみたんだけどね。ちょっと顔を見せに帰ったら王都で大きな事件が起こっていた。
その事件を解決するために奔走した冒険者部隊の中でも目立っていた『キルシュヴァッサー』に加入することにしたんだ」
近いせいでもっと顔を見せろってせっつかれているよ、と苦笑する。つーかこの国生まれかい。
まるで出戻りだ、と言ってやったら目を逸らした。若気の至りは家を出た時とこの現状のどちらだろう。
「……おや、あれは」
「またベタな話の逸らし方だなー」
「いやほら、幽霊」
は? こんな真昼間から……いるし。思いっきり浮いてるし。
軽食店がある道と大通りの交差点上空に佇む女性の形。
多くの人の目に留まっているようで、馬車の通行も様子を伺っているようだ。
昨日見た時と同じ、依頼書にも書いてあったように何もせずただ浮かんでいるだけ。
しかしこんな時間からも出るというのならそろそろ実力行使が必要なのではなかろうか。
「様子見に行く?」
「そうだね。さすがにこれは異常な事態だ。ギルドへの報告も既に行っているだろう」
会計を済まし店を出て大通りへ近付く。
喧噪はまだ小さい。嵐の前の静けさでなければいいんだが。
野次馬が集まり。冒険者や街の自警団も来ている。
それでも全く反応を見せない幽霊。
表情を読もうにも顔のパーツが存在しない。
真下から覗き込むとスカートの中が見えそうだな誰か行ってこいよ。
不安を主張するざわめき。戦える者をけしかける声も上がる。
その中で幽霊を見上げる俺は妙な違和感を覚えていた。
「――場所が、違う?」
「ああ、そう言えば昨日はギルドに向かっていたからもっと南で見たよね」
やはりそうだ。こんな十字路ではなく違う場所で見たはず。
「え? あ、私もっと北で見たことがある!」
「確かに俺の友達が前に見たって言ってたのは南のほうだったな」
「あたしの知り合いは街の中央で見たって言ってたわよ!」
「何だそりゃ? 別に何処に出たってどうでもいいだろ」
「自警団の者だ。その話を詳しく聞かせてくれないか」
「幽霊もその日の気分で移動してるのかしら?」
「人為的に起こされた事件なら術陣が指定した場所にしか出ないはずだが」
「それじゃどういうことなんだ」
「判ったら苦労しないよ。とりあえず何か知ってる人はあっちで……」
「ごきげんよう紳士淑女の皆様方!」
俺の一言から大きくなりかけた声がさらに響く声で遮られた。
大通りに面する建物の中で一際大きなそれの屋根。そこに1人の男が立っている。
燕尾服、片眼鏡、口髭。シルクハットまでかぶっているがどことなく似非っぽい印象の紳士だ。
さっき台詞はあいつが発したのだろう。人々の注目が集まる中、男はやけに芝居がかった動きで礼をする。
「本日はわたくしの演目にお集まりいただき恐悦至極に存じます。必ずや皆様を満足させるショーに致します。今少しお待ち戴きたい」
静まり返った場に続けて声が響いた。
言葉の意味が判らない人々は我を取り戻し叫び出した。
あの幽霊はお前の仕業か、一体何が目的なんだ、迷惑なことをするな。
それらの声を投げかけられた男は笑みを深くする。
「我が奇跡の技、とくとご覧あれ!」
屋根からふわりと跳ぶ男。
しかしその細い体躯は重力に逆らい宙へ浮く。
どよめきが民衆に広がった。
奴の言葉は狂人の戯言では無いのか。
一挙手一投足に注目が集まる。
つーかただの【レビテーション】じゃん。
術師クラスなら誰でも使えるコードであり、歩く速度よりも遅く飛ぶことしかできない。
大したことの無いコードなので冒険者は全く驚いていない。冷静にギルドへ報告に行ったりしてる。
「苦節50年。ようやくこの時が来た!
我らが冀望の成就、今ここに!」
酔いしれたような大声に逃げる人が少し、むしろ集まってくる者のほうが多い。
どうしたものだろうねこれ。
「さあ、冥府への扉を開きましょう! 【ブレイクゲート】!!」
門が開かれた。
暗い闇の底。
死が、その貌を見せる。
悲鳴が響き渡った。
中空に開いた巨大な穴。
街を覆い隠すほどの暗い渦。
次々と現れる幽霊。
大通りの上空に1つ2つと増える影。
目の前に、隣に、後ろに、至るところに。
増え続ける白い姿。
街は一瞬にして混乱に包まれた。
逃げ惑う人々の波に呑まれそうになる。跳躍して街灯に掴まった。
見下ろしてみれば連れの男は民衆の誘導を行っている。
流石と感心して自分は流れに逆らって進むべく前を見据える。
舐めたことをしてくれたものだ。
落とし前はきっちり付けてもらわないとな。
地上を進むのは無理そうだったので屋根に登って上を通って行く。
奴は交差点中央の上空にいるが、この距離でも逆行して進んでくる俺の姿は目立つらしい。
お互いに姿を認め合って警戒する。
「御嬢さんが一番乗りですか。このような美麗な少女に求められるとは、わたくしもまだまだ捨てたものではありませんね」
「ほざけ、この程度で済ます気は無いんだろ。とっとと――墜ちな!」
「粗野な物言いですね。これは躾が必要なようです!」
とにかくひたすらに芝居がかった動きで術を展開する男と対峙する。
まず盗賊コードの【アローワンス】を使っておく。
ただの手加減だ。体力を1%以下まで削れなくなるというだけのコード。
あんなのでも人間だしとりあえず確保を優先。
【ファニング・フリング】で投擲した短剣が奴の張った防御コードを砕く。
1撃とは思わなかったのか目を見開く男、しかし空中にいる安全感からか落ち着いて反撃の術を行使してくる。
「強い御嬢さんだ。ですが次はこちらの番です!
嫋やかなる陣風、切り裂きなさい【ウインド・スラッシャー】!!」
撃ちだされた真空の刃が迫ってくる。
だが数は少なく狙いも甘い。若干の追尾性能に注意して回避した。
ついでに帰ってきた短剣もキャッチ。
屋根から人のいなくなった交差点に飛び降りる。
躱されたことに冷や汗を流す男。こちらは涼しい風が横を通り抜けて気分が良いくらいだ。
突如、男が大仰な手振りで周囲を指し示して声を上げる。
「よくぞわたくしの艶やかかつしなやかな術を避けましたね。しかし既にあなたはわたくしの術中に嵌っているのです! 周りを見て御覧なさい!」
「――――っ!」
いつの間にか辺りを漂っていたはずの幽霊に取り囲まれている。
【警戒体制】のコードが働かなかった?
いや、これくらいの幽霊程度ならすぐに片付けられる。
次のコードを使おうと構え直した時、後ろから声が掛かった。
「シォラさん! 大丈夫か!?」
「おや、王子様の登場ですね」
あー、なんか邪魔なの来たし。
「ここで退くというのなら追いはしません。紳士たる者、背を向ける相手に向ける術は無いのです」
なんかあっちも浸ってるし。鬱陶しいなーもう。
隊長さんは俺が囲まれているのを見て立ち止まる。迂闊に動けば危ないと思っているのだろう。
「実体を持たぬ相手に何ができます? 素直に負けを認めて去りなさい。若い命を散らさずとも良いでしょう」
「一旦撤退しよう! 街を放棄してでも再起を図ったほうが――!」
「……【エンチャント・ファイア】」
空いた手を短剣に翳す。
魔力の脈動。
炎の顕現。
燃え盛る剣が、闇を切り裂く。
炎を付与して非物理攻撃力を持たせた短剣で周囲の幽霊を切り刻む。
断末魔も無く消滅する影。
呆ける2人にニヤリと笑ってやる。
「ああ、言ってなかったっけか? サブクラスが魔術師なんだよ」
「……は、はは。凄い。想像以上だシォラさん! まさかここまでだとは!」
いきなりテンション上がり過ぎて気持ち悪い隊長さん。寄るな鬱陶しい。
「ば、馬鹿な! サブクラスだと!? あんなもの習得している奴が――!!」
「いるんだよここに。そら、さっきのお返しだ【ウインド・スラッシャー】」
「なっ――――ぐあぁっ!!?」
奴とは威力や範囲が段違いな風の術を放つ。
メインクラスで無くともレベルが開けば使うコードに差は出るのは当然。
というかさっき使ったエンチャントは結構有用だし、他にも回復系の術くらいはサブで取ってもいいのにな。
この世界では昔の冒険者があまりサブクラスを習得していなかったので現在は教えてやれる者自体がいないらしい。
ゲームではチュートリアルキャラがちゃんといたからなあ。
まともにくらってズタボロになった男が墜落してくる。
やっぱり先ほど壊した防御術の再構築はできていなかったようだ。
「おっと、【フローティング・ステップ】」
ゲームと違ってHPは確認できないが、見た感じから充分にダメージが入っていることは判る。
地面に激突して死なれてはアレなんでクッションを作ってやった。
マンガ的な表現なら目がぐるぐるになってそうな男の胸ぐらを掴んで起こす。
「さあ、何でこんな馬鹿げたことをしたのか吐いてもらうぞ」
「ひ、ひぃぃ!?」
「他に仲間はいるのか、まだ何かやらかすつもりなのか」
「いいいいいやわたくしは?!」
「キリキリ吐けやー!」
結構楽しい尋問ごっこ。
怯えきった男は鼻水とか出てちょっと汚い。胸ぐら放してポイって捨てた。
「んで、目的は?」
「ゆ、幽霊を街に呼び込むことですうううぅ!」
「いやそれは判るから。事件を起こして何がしたかったんだ」
「ほほ、本当に、そ、それだけですううううううぅぅ!」
「……は?」
「えっと、誰かに頼まれてやったとか?」
要領を得ない言葉しか吐かない男。見かねて隊長さんも参加してくる。
「わたくしの独断でございます……」
「仲間はいない、と?」
「り、利用した馬鹿な貴族はいます」
「『我らが冀望』とか言ってたのはどういうことかな」
「そういやそんなことも喚いてたな」
「わ、わたくしと趣向を同じくする同好の士のことを指していますが、協力を得た訳ではありません!」
つまり同じ趣味の奴らのためにも行動したけどそいつらと連携してはいなかったと。
無茶苦茶な言い訳過ぎる。ちょっと落ち着かせないといけないか。
「あのな、そんな理屈が通るか」
「ほ、本当です!」
「ふむ、だったらその同好の士を喜ばせるのはどうやって?」
「幽霊を街に呼び込むことです!」
「いやそれは聞いたから。その手段で何がしたかったんだ」
「目的が、幽霊を街に呼び込むことなのです!」
「……あー?」
「……はぁ?」
「街を幽霊で満たしてゴーストタウンを作るのです!
ゴーストが住むゴーストタウンとか洒落がきいていると思いませんか!?
廃墟萌えませんか!? あなたも我らが廃墟同好会北西支部に入りませんか!!」
はいきょ。廃墟。
うんまあ嫌いじゃないけど。
何かテンション上がるよな。
ダンジョンとか行ったら楽しくなるよなー。
「――――――――アホかあぁっっっ!!!!!!!!!」