01-03:依頼のち遭遇
ゆらゆら。
ひたひた。
「何これ。幽霊騒ぎ?」
貼り出された依頼の一覧を眺めていると実にファンタジーな依頼書を見つけた。いやホラーか?
近頃遭遇報告の増えている幽霊に関する調査を頼みたいとのこと。何だか面白そうだな。
「ああ、こいういう依頼は長時間拘束される割に収入が少ないんだよ。調査とか探索とかって書いてあるのには注意したほうが良いね」
「やっぱ手っ取り早く稼ぐならモンスター討伐?」
「素材採取も悪くはない。期間が長いぶん相応に実入りが良いのは護衛だ」
特殊な依頼は受注する側も相応の理由がある者、つまり今回なら幽霊の素材が欲しい奴が受けるとのことだ。
ゲームでも存在していたスペクターとかファントムとかそういった系統のモンスター、それが幽霊の正体。
本来はごく一部のフィールドを除いて殆どがダンジョンに生息していた。……生息って表現はおかしいな。
しかしクエストによっては街に出没することがあったのも確か。
どこそこで死んだ人の幽霊が見えるので調べて来てくれってクエストを何度か受けた覚えがある。
「いや、死人が幽霊になる訳じゃ無いんだよ。そういった報告例は無い。
幽霊型のモンスターは街にも出るってことだね。まあ本物の幽霊が存在するかどうかって調査依頼もあるんだけど、それは最大の外れだ」
この世界では死んだらそこまでらしい。幽霊になる訳で無く、死後の世界が信じられてる訳でも無く。
魂という概念は存在が確定している。魔術などで干渉することがあったりするからだ。
なら死んだ者の魂はどうなるだろうか?
どうやら地球側の考え方でいうところの転生・リーインカーネーションといった理念に近いらしい。
「死者の魂は『天上回廊』で変換され、また地に戻って生まれ直すと神話で語られている。まあ『天上回廊』がどこにあるのかは判っていないらしいけれどね」
ちょっと待てゲームで『天上回廊』っていう名前聞いたぞ。推奨レベル400の最新アップデートで追加されたダンジョンだ。
人間より少し大きいくらいなチェスの駒に似たモンスターが出るダンジョンと聞いている。
踏破を目指したギルドがボスまで辿り着いたとか何とか。
誰でも条件を満たせば入れるらしいぞって言ってみようか。いや行くの怖いしやめておこう。
とりあえず幽霊事件の依頼は避けて他のを見てみる。
あ、猫探しとかマジであるんだ。
「これとかどうだろ?」
「ふぅん……良いんじゃないかな。最初はそういうので」
マジで感心してる視線やめれ。評価し直したって感じの雰囲気出すな。
やはりなり立ての冒険者はいきなり討伐依頼を受けたがる者が多いらしい。
この世界ではデスペナ(デスペナルティ、ゲームで死亡した時にレベルが下がって復活する)は無い。
先ほど聞いた通りに死ねば実質それまでだ。転生したら前世のことは大抵覚えていないということ。
慎重になるに越したことは無い。熟練の冒険者が新人を指導するなら絶対にまずは戦闘の絡まない依頼を受けさせる。
まあ俺はリアル猫探しって依頼自体が気に入ったからってだけなんだが。
思ったより依頼は楽に達成できました。
依頼書に首輪がちゃんとしてあると書いてあったし容貌もちゃんと細かく記載されていた。
足で探すのか? 目撃情報を辿るのか? いいえコードで探します。
【ギャンブルコイン】という盗賊職のコードはこちらでは凄く便利になっているようだ。
目的をしっかり思い浮かべてコインを弾くだけで色々なことが判断できる。
猫はこっちにいるのかなと考えて表が出た方向に向かったら1時間も経たずに発見した。
もとはパッシブの【罠察知】とかだけでは自信が無い時や慎重に安全策を取る時に使うアクティブコードだった。
それがこっちでは魔術の占い系コードに匹敵する便利コードに。というか占いも効果が幅広くになっているらしい。
なので普通の賭博自体は流行って無いとのこと。これじゃ盗賊や魔術師がぼろ儲けになるしな。
発見したら後は一瞬。猫よりも俺のほうが速いし。
距離を詰めて抱き上げたら少し暴れられたが、動体視力も大したスペックになっているので爪を全部避ける。
ギルドで依頼者から預かっていた籠に入れたら慣れた臭いがしたのか大人しくなった。
安めの報酬を受け取ってギルドでの自分で受注した初依頼を完了する。
感慨が湧くというほどでは無いがちょっと達成感。
食事3回分程度の金額。さっそく使って昼食にしようと思ったら隊長さんが奢ってくれるとのこと。
役に立たなかったからとか言ってるけどこんな依頼で頼ってたらむしろこっちがヘコむわ。
昼からはお使い系の依頼を受けてみた。預かった品物を所定の場所まで運ぶだけの仕事だ。
STRに振ってないので筋力の全く無いこの体では大きな荷物を運ぶことはできない。
3つ受けた依頼の1つだけは隊長さんにも持ってもらうことになってしまった。
瓶に詰められた薬を運ぶ依頼は揺らしても大丈夫な中身ということなので俺1人がダッシュで届けましたが。
最後のお宅が昨日は行かなかった『雑貨店』だったので、色々と商品を見て回ってみた。
ポーションやアンプルといった回復薬が多く、他にも冒険に必要な消耗品が多く陳列されている。
消費アイテムの品揃えは別段ゲームの時と変わりは無いようだ。
もし俺のメインクラスが魔術師や精霊術師で、薬作成コードを育てまくっていたら凄い薬師として注目されたのだろうか。
とりあえずMP回復用のアンプルもちゃんと売られていたのでそれを数点購入しておいた。これは何かと入用だろう。
そして遅めの夕食を済ませたら既に夜半過ぎ。
街は暗く、空は黒く。
星の無い夜。雲が陰りを作る。
差し込む街灯の明かりは足元を照らす。
しかし頭上の天蓋には程遠く、弱い。
光の無い宙、影を嫌う地。
恐れは自衛の意思を持った。
人々が忘れかけた闇の危険。
忘れようとした魔を孕む領域。
逢魔が過ぎ、そこにいるのは魍魎ではなく。
暴威を振るう真なる魔。
時としてそれは己と同じヒトでもある。
誰もが横道を避け明かりを辿って家路を急ぐ。
宵闇の中で――――
俺たちは件の幽霊に遭遇しているのであった。
「いや朝にフラグ立てたけどさあ」
「顔の無い女性。白い服。大通りの上空に浮かぶ。依頼書に書いてあった内容と一致するね。スペクターの類かなこれは」
ちらほら見える町民は頭の上に浮かんでいる人影に驚いて走り去る。
だが俺と隊長さんは本来なら馬車が通る大通りの中心に立ち止まっていた。
早すぎるフラグ回収に感心。しかし何の準備も無い。
「精霊剣は持っているかな?」
「あんなナマクラ残してねーです」
幽霊や幻影に対して物理攻撃が有効になる精霊装備という武器。
ゲームでは精霊石を使って鍛冶屋で強化するだけ、こちらでも『精錬店』で同じようにできるらしい。
しかしデメリットは大きく、純粋に攻撃力が半減するというポンコツぶり。
ぶっちゃけ術に頼ったほうが楽なのだ。あっちはそのまま攻撃が通るし。
術師系クラスの人物と組んで武器に属性を付与してもらえば我々の攻撃も普通に通る。
わざわざ精霊装備を常備する者などおらず、ちょっと光るのが綺麗なコレクター品として認識されていた。
幽霊系のモンスターばかりが出るダンジョンの攻略には使用されていたが、それもプレイヤーが開いた露店で買って使い潰すのが普通。
「そういやあんたってただの戦士クラスだよな」
「うん、幽霊に対抗できるコードは使えないね」
「攻撃用の術石は?」
「牽制のために少し持ってはいるけど、下手に手を出すのはやめたほうがいいだろう」
俺も無限に入れられるドロップアイテムと違って所持数が限られる消費アイテムはその都度買っていたからなあ。
倉庫のアイテムも全部ウエストポーチには入っているのだが、それは殆どレア装備品とか死蔵していただけの物品だ。
「よし、それじゃ――」
「逃げようか」
「……は?」
いきなり何を言い出すのだろうかこの薄らイケメン。
あんた俺のコードとか見たいんだろうに。やりようはいくらでもあるぞ。
しかし隊長さんは肩をすくめる。そういう動作が似合うのが鬱陶しい。
「昨日の少年と同じだよ。私たちがやる必要は無い。
そもそも街中で現れる幽霊は偶然にしろ人為的にしろ何かしらの理由がある。すぐ倒してしまってはそれが判らない。だからこそ依頼の内容が“調査”なんだよ」
「へー。なるほど」
「それに、ほら」
「んぅ? あー……」
真面目な話だったので隊長さんのほうに向きなおって聞いていた。
【警戒体制】のコードがあるので先手を取られることは無いのだが、相手の撤退まで察知することはできない。
隊長さんに指さされて見た先では幽霊が徐々に薄くなって消えていくところだったのだ。
逃がさないようにするコードも使えはするのだが、それは俺たちの仕事ではないということ。
「でもやっぱり今ちょっとくらい調べといたほうがいいんじゃね?」
「単純にモンスターが発生した原因を調べるだけだよ。昼間に調べるほうが楽だ」
「いや、ただのモンスターなんだったらやっぱ危険なんじゃ……」
「幽霊型モンスターを呼び出す降霊術ではたまにあることなんだよ。故意なら少し厄介だけれど術の失敗ならすぐに消える」
幽霊だから日中では手掛かりを得られないという訳ではないらしい。ただのモンスターなんだし確かにそうだろう。
遠隔的な降霊には術石では不十分なので術陣が用いられる。待機中の術陣などがあればそれが犯人のものである可能性は高い。
そこから先は普通に張り込みや聞き込みで解決できるとのこと。
被害者が既に出ているような事例で無ければゆっくりと調べたほうが根から断てる、と。
ぼけーっと見ているうちに幽霊は完全に消えてしまった。
普通に退散するのなら尾行もできるのだが、あれでは手の出しようが無い。
結局俺たちはそのまま宿に帰ってギルドに先ほど見た幽霊の情報を報告するだけだった。