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01-01:新米冒険者

傭兵団の者は皆、浮ついていた。今日できる可愛い後輩に色々教えてやろう。

その程度の軽い空気の中にしかし、分隊長だけは気持ちを整理して決意する。





散々に負かされた次の日の朝、俺はぼさぼさの頭でのっそりと起き上がった。

こちらに来て最初に思ったよりはイージーモードっぽかった世界での目覚め。

熟睡してしまったが【警戒体制】は睡眠時にも効果があるのだろうか?

そのあたりもちゃんと調べておかないとな、と思いながら朝の支度をしようとゆっくり動き出す。頭が完全に覚醒しておらずまとまらない思考の中、とりあえずはシャワーでも浴びようと浴室へ向かう。

ギルドの宿は平均的な普通の宿屋よりも少し良いくらいのようで、水洗設備はしっかりあった。汚れを落とす【ピュリファイ】という魔術のおかげで下水いらずなのだ。街は上水だけ整えられている。

術の効果を保存する術石というアイテムは廉価で売られ、それに魔術を込めるのが一般的な魔術師の収入源。

さらに水を弾く【ウォーターリペル】という魔術で単なる木造の一室が浴室に早変わり。温度を上げる【ウォームヴェスト】の術石が埋め込まれたシャワーノズルから温水が出る。

術者がいなければ細かい調整はできないのだが、それなりに温かいのならそれでいいのだろう。


「気持ちいー」


シャワーを浴びているだけですよ?

女性の体を楽しむのは俺にはまだまだレベルの高い行為なのです。


さっぱりして浴室から出てきたところで昨日は服を買っていないことに気付く。

確認したら倉庫にあったアイテムも全てウエストポーチに入っていたのを思い出し、腕を突っ込んでみる。

コレクターでは無いので装備品はあまり溜め込んでおらず、昨日に着ていたのが最高装備だった。

あれは一旦しまっていざという時に使うようにしよう。そんな時が来なければいいのだが。

レア装備は一応残していたが、それを使うのもちょっともったいない。

課金はあまりしていなかったので倉庫容量が少なかったのが悔やまれる。

どうしたものかと考えていたらドアがノックされた。


「とりあえず適当なの着て買い物に行くかなー。どうぞー」

「おはようシォラさ――――!?」


よっしゃささやかな仕返し成功。素っ裸の俺を見たフェイは開けたドアを慌てて閉めた。

あまり胸は無いスレンダーボディだが腰のくびれなどはしっかり大人の色香を持っている。

ラインを隠す服を着ていると一見は未発達な印象だがこれも脱げば凄いの領域なのだろうか。

アホなことを考えながら適当な服に着替えて部屋から出る。


「やっ、おはよう隊長さん」

「……ああいうのはやめたほうがいい。これから冒険者になるのなら尚更」


意外に初心なようで、顔を赤く染めた隊長さんが忠告してくる。

言っていることは真っ当なので追撃はしないでおこう。返事をして階下に向かう。


「ああそれと、私のことはフェイでいいよ」

「はーい。フェイさーん」


にっこり笑ってやったら苦笑された。

年相応のお転婆みたいに見られたのか。それはそれでつまらんな。



「こちらに登録名、年齢、得意職業の記入をお願いします」


昨日立てた予定通りにギルドの窓口で冒険者の登録をする。

横で傭兵団の分隊員たちが窓口の人より細かく色々と教えてくれている。仕事とってやるなよ。

楽にすんでいいわーって感じな窓口のお姉さんに言われた項目を記入。ってか項目少ないな。

名前:シォラ 年齢:22歳 得意職業:盗賊

そう書いた瞬間に横や背後がどよめいた。


「お、お嬢ちゃん22ってマジか!?」

「俺より年上!?」

「嘘だろおおお!?」


予想通りな反応ありがとう。

{アコードオンライン}のキャラメイクには年齢設定の項目があったのだ。

外見は17,8歳程度なこのアバターが実は成人。下らないこだわりであるがそういうのが好きです。

これがゲームでの話なら「ねーよ」と笑われるのだが現実になった今はちゃんと驚愕されて面白い。

傭兵団の平均年齢は俺の設定年齢と同じくらいのようで、数人だが下もいた。


「上に鯖読みはしないから」

「――――姐さんって呼ばせてください!」


そう来たか。それはそれで面白いから良し。


記入を終えてさあ次は、と思ったら窓口の人がその書類を何やら板のようなものにかざす。

板がちょっと光ってカードが出てきた。記入した情報が載っているようだ。

そしてそのカードを渡されて登録は終了しましたって簡単だなおい。

再発行はできませんみたいな脅しを受けることもなく、次回からは有料で発行します、その際に古いカードは自動的に破棄されますと言われた。

少し説明を受ける。依頼の受注方法や報賞金の受け取り方などの基本的なギルドの利用方法を教わった。

しかし最後に付け足された言葉が不穏だった。それは簡単にまとめるとこうだ。

『多少の失敗とかはこっちでフォローできるけど、進んで悪事を働くと追手掛けるぞ覚悟しとけ』

なるほど、ギルドという組織の方針としてはあまり保障がしっかりしている訳でなく、各々の判断に任せるといった形か。

まあ荒くれ者程度なら許容しても悪人は使わないのなら冒険者も無茶をしないのだろう。

そういや昨日酒場で聞いた話によると盗賊職で実際に人間から窃盗を行う者は滅多にいないらしい。

モンスターからレアアイテムを盗んで売りさばくほうが儲かる上に外聞も良いからだと。野盗はむしろ戦士職のほうが多いとのことだ。


どうやら世界全体で金回りは結構良いほうであり、大抵の国が好景気にあると言えるみたいだ。

無限に湧くモンスター、異常に発育する植物、何故か無くならない鉱物。

高レベルのダンジョンに潜らずとも得られる資源から、それなりに安定した収入を持つのは難しくないようだ。

それらが少ない国は他の国から融通してもらえる代わりに属国扱いになったりしているらしい。

人間同士の戦争はそういったところで起きることもあるらしいが、それでも頻度は高くないとのこと。

なので長い歴史のわりに兵器が発達することも無く、未だ銃さえ発明されていない。


冒険者の全体的な意識として、自分が仕事を続けるために危ない橋は渡らないとなっている。

それは依頼者の信用に繋がりギルドの運営を支えているようだ。

感心していると大きな音を立てて出入り口のドアが開いた。


「誰か僕のお母さんを助けて!!」


お約束イベントキター!

駆け込んできた少年が声を張り上げる。

母親が特殊な病に侵され、それを治せる薬草は北の湿地帯にしか無いとのこと。

これだけしかないと窓口に出した金は白銅貨2枚と銅貨や青銅貨が数枚。

モンスターの生息する場所に行く金額として明らかに見合っていない。

あまりに少なすぎる見返り。これを受ける冒険者などいないだろう。

ここは俺が颯爽と!


「姐さんはこっちだぜー」

「え、ちょ」

「放置してきちまったからな。様子見に行かねえと」

「いやあれ」

「あー、湿地帯ならレベル20程度でも大丈夫だからすぐに誰か行くだろ」

「でも金が」

「こういうのはギルドのほうから建て替えてもらえるんだぜ、姐さんも一応覚えときな」


えー。



いたいけな少年の叫びをスルーして俺たちが向かったのは昨日倒した『ホーンボア』のところ。

死体をそのままにしていたので確認と剥ぎ取りに行くとのことだ。

ちなみにその準備をしている時に少年の泣き声が聞こえてきた。母親は助かったらしい。めでたしめでたし。


「うー。グローい。キモーい」

「気持ちは判るけど我慢しなって。冒険者やってくなら必要なことなんだから慣れていかねえと」

「まあこいつは普通の獣型だしマシなほうだ。『ホーンボア』って名前通りに有用なのは角だから剥ぎ取るのも普通にやりゃいいしな」


それでも巨大な肉は普通に食えるらしくそちらも切り出されていく。

魔術師クラスの隊員が死体に【ピュリファイ】を使っている。汚れと共に多少の毒素や痛みも取れるらしい。

朝食も食わずにここまで来たのでそのまま肉パーティーだ。お前らゆうべも酒場で散々食ってただろ。

色んな意味で朝から重いものを食べるはめになってしまった。

日本で暮らしてた時もちゃんと口に入るものには感謝していましたよ?

でもやっぱり目の前で解体されるのを見ていると食が進まない。まあきっとこういうのもそのうち慣れていくんだろう。

ちなみに昨日もそうだが、いただきますとかしっかりするタイプじゃないのでそれでどうこうって展開はありませんでした。


「こんだけ人数いると安心して食事もできるんだな、盗賊の【警戒体制】だけじゃない……。狩人の対奇襲アクティブコードか。結界術師も何か張ってるみたいだし」

「正解だ。やっぱそういうのが多人数で組むメリットだぜ。」

「姐さんもうちの団に入ってみるか?」

「お、それ良いな。姐さんの実力ならすぐ分隊長格になれるぞ」


ゲーム中はソロメインだったけどこういうのもいいなあ。いやさすがに入団するほどじゃないけど。

もの凄い陰謀とかに巻き込まれてる訳でもないのでそんな戦力はいらない。

身軽なほうが何かと都合も良い。野良パーティーみたいなノリで色んな人と組んでみたいな。


「あまりシォラさんを困らせるな。うちは勧誘しない方針だろう」

「うっわ分隊長良い子ぶってるー」


隊長さんがブーイングで茶化される。仲が良くて何より。

その後も話を続けていると結界術は『ホーンボア』の死体に使われていたことも判った。

剥ぎ取る余裕が無い時はそうやって1日程度は放置することが結構あるらしい。

主に他のモンスターや野生動物からの保護なので、通りかかった冒険者が取って行ってしまうこともよくあるらしいが。


傭兵団『キルシュヴァッサー』が勧誘しないという方針にあるのは確かなようだ。

というか入りたいと願う者を入団試験でふるい落とす必要がある程度には人気らしい。

しかしそれでも旅先でフリーの強い冒険者を見ると誘ってみたくなるのが冒険者の性。

隊長さんもちょっと形骸化してしまっている規則を本気で守れと言った訳では無いようだった。

いやでも入らんて。



残り物を荷台に乗せて出発。その原始的な運び方に少し質問してみる。


「ストレージザックならうちの団でも2つ持ってるぜ」

「あれもっと安くなればなー。荷物持ちしんどいんだよ」


そして見た目からは考えられない容量を出し入れできる鞄は存在している模様。

だが高額らしいのでやはり所持していることは注意しておくべきのようだ。


さて、腹も満たしたので本日の第2目標。

と言っても何か明確なものがあるのではなく、急いで来た往路と違ってモンスターでも狩りながら帰りましょうってだけだ。ユニークの『ホーンボア』とは違い通常モンスターはレベル40前後の雑魚ばかりなので非常にのんびりである。

斥候班を正面と左右に配置。次に戦闘班、その次に剥ぎ取り班。最後にそこそこ戦闘能力を持つ警戒班が後詰。

流れ作業でモンスターを倒しながら歩いて帰るだけ。

昨日の護衛依頼が大きな仕事だったのだ。『ホーンボア』が出なければ本来はしばらく隊全体での活動を休止して各自がそれぞれ個人で活動する期間の予定だったらしい。


同クラスで同レベルでも様子が違う隊員を見て質問したが、レベルが変動せずとも筋肉が付いたり衰えたりするといったことでもステータスが変化するらしい。

ゲームのステ振りに似ているが、あれ自体はもちろん不可能だ。基礎的な鍛え方をすれば速さを重視しようとしても筋力は付く。それでも重視することで偏りは出るが、俺のような極振りで一点特化な鍛え方はできない。

諸刃の剣ではあるが実際のレベル以上に活躍できることもありそうかな?


「明日は俺が討伐依頼に付き添って簡単な依頼の流れや剥ぎ取り方を見てやるよ」

「抜け駆けすんなよ! 姐さん、一緒に湿地帯奥地に行こうぜ。あの辺り結構腕試しに良いんだ」

「ちょっと待て。まずは戦闘よりも街でやれる依頼から経験を積んだほうが堅実だろ」


ギャースギャースと取り合いになる。オレッテツミナオンナダナー。

しかし本気で名乗り出ていると思えない彼らの視線。それが向かう先は……


「やれやれ。シォラさん、まずは帰ってから今日のうちに街を案内するよ。色々と入用だろうし知っておくと良い施設もある。私は時間があるけど、どうかな?」


何だこの流れ。いや判るんだがこっちの世界にコメディアンいねえだろ。

弄られながらも誘って来た隊長さん。冷やかす隊員。ピンクがかった空気が痛々しい。

つーか隊長が暇してていいのか。副隊長さんが実務系っぽかったし書類仕事とかは丸投げか。

聞いてみればそもそも騎士とかみたいな公に仕えるしっかりした組織では無いので書類仕事自体が少ないとのこと。

スケジュールを合わすとかじゃなく本当に暇してるらしい。


「……それじゃ、頼んます」


昼からの予定が決定しました。

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