04-02:観光レジーナ
世界でも有数の観光名所である水都。誰もが一度は行きたいと夢見る海の女王。
しかし余すことなく楽しむには少々向いていない者もいるようで。
馬車での乗り入れが途中までしかできないようになっている街なようで、定期運航している水上バスに丘から乗って入ることになった。
……うん、今までの馬車は何とか我慢したけどこれキツいわ。主に三半規管が。
「船での移動が醍醐味な街なんだが……」
「…………無理っす……ぅえう」
「シォラにこんな弱点があったとはな!!」
この場合、大声出すなと思ってしまうのは存在理由の否定になるのだろうか。
上手く働かない頭ではアホなことを考えていまう。騒音装置から離れたい。
っていうか公共交通機関でそのボリュームは普通に迷惑だから黙りなさい。
「しかし自分で高速移動する限りは問題ないのだろう?」
そういえば回転攻撃とかしても全然目が回らない。何故だ。
人体の不思議に思いを馳せて気を紛らわしていると見えてきたのは運河の入口。
アーチをくぐり美麗な教会を横目に進む。
水面から少し高い程度の住居と、その川に面した出入り口。
しかしあれだな、まさか異世界でベニス観光ができるとは。
いくつかの橋を通過した先で下船する。
回廊に囲まれた美しい広場に感嘆しつつ深呼吸。
「地に足……ついてるようなそうでないような」
まあ気持ち悪さは解消されたし大丈夫だろう。
さて、水都に到着したのはいいがここで1つ問題が発生する。ヴィーナだ。
「はぐれないようにシォラさんが手を繋いでおくというのはどうだい?」
「……こういうのは言い出した奴がやるという暗黙の了解があってだな」
「だったら、いっそみんなで手を繋いでおこうか」
「……………………オレだけでいいっす」
人ごみでは目どこか手すら離せなくなるだろう珍獣の世話係になりました。
自身の方向音痴を果たしてどこまで自覚しているのかわからない少女の服を掴んでおく。さすがに手は遠慮願いたい。もちろん恥ずかしいとかではなく、何かあった時に離して他人のフリをしたいからです。
ちょこんと服を掴んだ俺をきょとんと見るヴィーナ。ああもう普通にしてればかわいいのになー。
とりあえず適当に歩いてぶらぶらしながらギルドを目指す。
落ち着きなくきょろきょろしてすぐに走り出そうとするせいで強く掴まねばならなかった。いっそリードでも付けようかコレ。
「『アマローネ』という名の歴史はそれほど深くない。この水都は海洋都市国家だったのが、数百年前に帝王国へ併合されることになったと聞いている」
「へえー。昔は別の国だったのか」
「現在でも自治は認められているけれど、街の名称はここを取り込んだ北西の町の名に統一されたんだ」
うーん、国が町の名前にされてしまうってのは反発とかあっただろうなあ。
街行く人々の表情に影は見られない。観光地なために市民が少ないのか、それとも住んでいる人も数百年の間に納得したのだろうか。できれば後者であってほしい。
「シォラ! このアトマイザーとか綺麗だぞ!! どうだ!?」
「香水なんて付けねえよ……なんていうか、ヴィーナって意外にしっかり女の子やってるよな」
「私としてはシォラが無頓着すぎて驚きだよ。まるで男の子じゃないかっ」
まるでも何も中身はアレなんでさーせん。
しかしまあ見事なガラスには魅せられるものがある。旅をしていなかったらインテリアとして何かほしいくらいには、こういうキラキラしたのも嫌いじゃないぞ。
はっきり態度に出したら後ろでニヤニヤしてるウザいのがさらにウザくなるから言わないけど。言わなくてもバレてる気がするけど。ウゼえ。
「おっと、着いたな。何度か立ち寄ったことがあるからすぐに情報は得られると思うぞ!」
ここでも一応あの女の情報集め。簡単に尻尾を掴ませちゃくれないだろうけど。
入ってみると一般的なギルドの雑多さを感じる空気とは違い、どことなく洗練された印象を覚える。こういったところでは討伐以外の依頼が多いだろうし、冒険者も力自慢とかでなくそれに適した者が集まるのだろう。
「なんだ、ヴィーナじゃないか。あのパーティは抜けたのか?」
「おや、久しぶりだな。彼らとはちょっとした縁で一時的に行動を共にしているだけだ」
ふむ。どうやらヴィーナの知り合いらしい。
冒険者より学者とかのほうが似合いそうな線の細い男性に声をかけられた。
意外にヴィーナは顔が広い。印象が強すぎて忘れられないからだろうけど。
「はははっ。やはりそうだろうな。この暴れ馬の世話をしっかり見れる奴がそんな簡単にいるはずがない」
「むっ、失礼だぞ。私だって自分の面倒くらい自分で見れる!」
どの口が言いやがりますかね。
ここに来るまで何度迷いかけたか数えてみやがりください。
「ということはそっちのお2人さんは……おい、ヴィーナ。あんまり邪魔しないようにな」
「ん? 迷惑かけないようにしてるぞ?」
変な勘繰りしないでください。そして珍獣は後で深く反省しなさい。
「まあまあ。水都は初めてかな? あっちの通りにお薦めのトラットリアがあるんだが、このお邪魔虫は預かっておくから2人で行ってみたらどうだい?」
「そういうのいらんから。用事済ませたら普通に3人で観光行くから」
「あ、そうだ。ちょうどよかった! 彼は情報通だから普通に聞いて回るよりきっと良い情報が得られるぞ!!」
……大声で言っていいのかなそれ。情報屋ってほど専門じゃないなら営業妨害にはならないのかな。
ヴィーナの言は事実のようで、あの女とは断定できないが1人旅の大道芸人の女性に関する情報がすぐにいくつも出てきた。しかもヴィーナが所属するパーティには恩があるらしく、さらに調べておいてくれるらしい。
翌日会う約束をして俺たちはギルドの建物を辞した。
それからは宣言通りの観光。
観光客の集まる橋で景色を楽しんだり、かつては統治者が暮らしていた宮殿を見学したり、海の見えるカフェでドルチェを食べたりと満足いくまでぶらついた。
水面に反射する明かりの綺麗な夜景も堪能してから宿に1人1部屋ずつとって就寝。
途中の旅宿ではヴィーナと同室だったのだが、この珍獣相手じゃドギマギする暇もなかった。寝に入るまで騒がれたかと思えばベッドに行くと一瞬で眠りにつく上、何故かこちらのベッドにまで来て蹴りをかます謎の寝相で落ち着けるはずがない。
もちろん野宿でも酷かったから、久しぶりにゆっくり眠れる……。
「おはようシォラ!! 良い朝だぞ!!!」
そうか、それは良かったな。ちなみに俺の寝覚めは最悪ですが。
朝は苦手なので遅くなりそうなら起こしてくれと鍵を預けたのは確かだが、それはフェイにだったはずなんだがなあ。まだ遅くないんだけどなあ。おかしいなあ。
睨んでやれば奪われたんだといけしゃあしゃあとおっしゃるウザイケメン。
ヴィーナがヴィーナなのはヴィーナなんだから仕方ない。奪われるあんたが悪い。
つー訳で罰として今日のそれのお守りはあんたに任せるからよろしく。
引きつった顔に満足して出発。とりあえず朝一でまたギルドへ。
早朝のギルドは酒場の客がいないぶん閑散として見える。その酒場のテーブルには紙を何枚も広げて座る昨日の男性がいた。
「ああ、悪いな。集まった情報の整理がまだなんだ」
「それなら私も手伝おう! 頼むだけでは悪いからな!!」
「いやお前は邪魔…………そうだな、せっかくだから手伝ってもらおうか」
え、ソレに手伝わせて大丈夫なんすか。
「ま、そういうことだから少し掛かる。悪いが時間を潰しておいてくれないか?」
HAHAHAそう来やがりましたかいい加減怒るぞ。
冗談だと苦笑する彼は、俺たちをからかうためではないと白状する。
昨日言った店は昔馴染みであり、普通に宣伝のつもりだったらしい。
まあ俺たちにとってはタダで情報もらっちゃってる感じなのでそれくらいなら行って進ぜよう。ヴィーナと積もる話もあるだろうからしばらく引き取っといてくれ。
ヴィーナと別れ、少しぶらぶらしてからお薦めのトラットリアでブランチ。
うん、特別凄く美味しい訳ではないが、ほっと安心する味の良い店だ。
大衆食堂とも翻訳されるトラットリアは安いメニューからちょっと奮発できるものまである入りやすい料理屋だ。ここは元冒険者の壮年夫婦が営んでいるらしい。
「なぁ、アレの情報入ってると思うか?」
「さて……僕が直接見たのは幻影の花を出してる姿だけだったが、随分とやり手なように感じたのだろう?」
「そうなんだよなー。もうちょいコード積めるとはいえ、あれだけ加速して突っ込んだのにカスりもしなかった。この世界の術師系はあんまり実戦慣れしてない奴が多いってことなのにあれはちとすげえわ」
この世界は自由に選べたゲーム時と違い、適正を持つ戦闘職にしか就けない。
神殿や教会などでクラス適正を調べてどれか1つを選ぶことで決まるのだが、基本的に術師系の適正を持つ者は少ないらしい。
そして就ける者が少ない職はその価値が高くなる。魔術師や結界術師は術師系の中ではまだ多い方なので一般人に役立つ道具などを作ってくれたりするのだが、特に数の少ない召喚術師や死霊術師は特色を活かすだけで高給取りになれる。
死霊術師は名前がちょっと怖いけど新薬開発や印刷事業に使えるコードを持っているので貴族や大商家などに雇われるケースが多いとのこと。
才能があって囲い込まれたなら戦闘なんてしない。だったらレベルの低い者が多いのは当然だろう。偏ったコード習得で充分役立つのだからあれもこれも覚えられる高レベルになる必要などない。
したがって、術師系は総じてレベルが低く実戦経験が少ないのが普通である。
「だけどぼちぼちいるはずの精霊術師は掴み難い性格のせいで謎、と。風来坊気質なら旅してる間に強くなってたとかいうタイプもいるってことなのかねえ」
「それだけではない、と見るべきなのかもしれないね。ただの冒険者ならともかく悪事に加担しているとなれば何かしらの事情があるのかもしれない」
楽に暮らせる環境を捨てて悪いことやりたがる奴ってのは、深い事情があるか単なる嫌な奴か。はてさて。
「あんたたち冒険者? だったら少し頼みたいことがあるんだけどいいかい?」
考えてもわからないだろうから話を切り上げたところ、食後の飲み物を配膳してくれたおばさんに話しかけられた。
予想外なところでイベント発生するもんだな。




