04-01:午餐会カプラ
3章後書きにもありますが下記の変更をしました。
タイトル:スキルアコード → コードアコード
作中用語:スキル → コード
襲撃者の狂気に飲まれてはいけない。
地に産まれ出づるそれは闇の囁きなのだから。
巨体だがしなやかな脚で森を俊敏に駆け回る怪物の名は『フォレストゴート』。
新帝国南部の森でのみ遭遇するユニークモンスターだったゲームとは違い、こちらでは山脈ダンジョンの周囲フィールドに生息し、数ヶ国をまたがり移動している。
レベルは90。あの『ホーンボア』より単純な力は劣っているが、主な活動域が森林であるため視界や足場が悪くこちらのほうが厄介だと言う声も少なくない。
単なる黒く大きな山羊の姿に、際立つ異様はその翼。
飛翔するほどの性能を持たないそれは、しかし森を立体的に跳躍するには充分だ。
脚の代わりや背などから生えるのでなく前脚から伸びた奇怪な翼で瞬時に跳び上がり、木々にその巨体を隠す。
森に静寂は訪れない。絶え間無く聞こえる葉擦れの音は恐怖を煽る。
だが森を住処とするのは黒翼の獣だけではない――――!
「捕捉したっ! 牽制するぞ! 【トラブル・スプリット】!!」
矢を番えず引いた弦から魔力が迸る。
隠れたところで無駄なのだ。狩人クラスのパッシブコード【気配察知】によって、ヴィーナは視界の悪い森にあっても目標の大まかな位置を把握している。
炙り出しを狙った範囲攻撃が発動し、分裂した光の矢は射手にさえ予測不能な軌道を描く。射程すら一定しない運任せのコードが、落葉を貫き標的に襲い掛かった。
当然この程度で止まる巨体ではない。姿を現した襲撃者は射手への怒りを見せる。
だが一瞬の猶予は前衛に立つ戦士への大きな援護になった。
「【ストロング・ホールド】! ――絶対にここで押し留める!」
横槍で精彩を欠くことになった攻撃を、フェイが防御コードで受け止める。
そのコードは一般的な防御コードとは違って自身の防御力を上げるような効果を有さない。魔力を消費し続けている限りただその場から動かなくなるだけなのだ。
力には優れていないモンスターとはいえ、自分より高レベルな相手の攻撃を逃がさず受けた衝撃はかなりのものだろう。
だが確実に動きは封じた。この好機を逃す手などあるはずがない。
「やれ! ヴィーナ!!」
「撃ち抜け! 【ストレイト・ボルト】!!!」
回り込んだヴィーナが魔力の収束する矢を放つ。
それは怪物の土手っ腹に風穴を開け、貫通した先の木々さえも薙ぎ倒す。
術師とはまた違った魔力の作用。構成式など持たない単純な暴力の発露。
痛烈なコードが直撃した大山羊は凄絶な悲鳴を上げて地に蹲った。
「……気を付けろ、そろそろ翼で攻撃してくるぞ」
体力が半分を下回って以降は攻撃パターンが変化する。
その奇怪な翼が蠢き、さらなる異様を体現するのだ。
まるで触手。幾本にも裂けた翼は生理的嫌悪を抱かせる動きで襲い掛かってくる。
「だが足は止まった。一気に畳み掛ける! 【プルーフ・アーマー】!」
「了解だ! 【ドッジ・ステップ】!!」
突撃コードと回避コードを使用した2人が大山羊に肉薄せんと駆け出す。
生半可な遠距離攻撃は悪手。足を止めれば鋭い触手にこちらが貫かれるだろう。
縦横無尽に繰り出される攻撃。パターンが変わっても立体的な性質で攻められる。
急制動のコードを使って最低限の動きで避けるヴィーナとは違い、纏った魔力で攻撃を弾き飛ばすフェイの疲労は大きい。進軍を阻害されなくなる有用なコードだが、攻撃を弾く度に魔力を消耗しているのだ。
長くは保たない。ならば短期決戦あるのみ――!
「【ゲイン・ストレングス】! はあぁぁっ!!」
纏った魔力を攻撃に回す。
守りを失った全身鎧が罅割れようとも、この足はもう止まらない。
あと数歩。ここまで来たなら最後は渾身の力で叩きこむだけ。
危機を悟った怪物が逃げようとしても、既に遅い――――!
「終わりだ!! 【マイティ・クリーヴ】!!!」
「沈めぇっ!!! 【クローズ・アーティラリー】!!!!」
斬撃と射撃。常識内のそれらでは考えもつかない轟音を鳴り響かせる。
コード――それはこの世界の真髄。人によって起こされる超常の奇跡。
黒翼の獣がゆらりとその体を傾かせ、地に倒れ伏した。
「おつー」
モンスターに続くようにしてぶっ倒れたフェイに労いの言葉をかけてみた。
しかし当人は若干の放心状態にあるようだ。
「……レベル90のユニークモンスターに、勝ったんだな……」
「私も驚いた! たった2人で『フォレストゴート』が倒せるとはな!!」
ぴんしゃんしてる騒音装置は嬉々として戦果を噛み締めていた。
パーティで遭遇して痛み分けのような形に退散させたことはあったらしいが、その敵がフェイと2人だけで倒せたことに驚嘆している。
しかしこう言ってはなんだが当然だろう。足らぬところを補い合う冒険者のパーティというものは、何も同程度の強さで集まり作戦を立てるばかりではない。
足らぬそれが常識や知力というならば――
「自分よりレベルの低い敵とはいえ、非常に厄介な強敵だったんだ!」
遺憾なことに、こんな奴がレベル95ということもあり得るのだ。
色々な意味でめちゃくちゃな子だけど戦闘能力と料理の腕だけは一流。
非常識が服を着て歩いているような少女である。他の酷さも規格外なのは当然なのかもしれん。
ヴィーナはあまり近いレベルの者と組んだことがないらしい。
だがLv95とLv80が後先考えずコードぶっぱすりゃあれを倒すのに充分な火力は出る。レベルの低い者を逃がすために庇っていたのとでは事情が大違いなのだ。
……いやまあこんな物体を御せるパーティだというのはたかがレベルなんか関係ない奇特さを持っているのだろうとは思うけれど。
「ほらほらヴィーナ、手早く捌くから調理してくれ」
「任せろ! これだけ大きければ食い出があるから期待しておけっ」
食欲は偉大だ。ここ数日間でかなり慣れてしまった解体作業。
まだ残る多少の嫌悪感など、確約された美味しさの前には些事に過ぎない――!
「…………元気だな」
体力も魔力も尽きて動けないフェイが軽快に動き回る非常識な物体を眺めていた。
確かにヴィーナも中級攻撃コードの大技を連発してかなりの魔力を使ったはずだが、まあそのあたり深く考えないでいいだろう。ヴィーナだし。
とりあえず手っ取り早く焼肉。ストレージザックに鉄板入れてて良かった。
あまり食用に向いていなかった『ホーンボア』とは違い、『フォレストゴート』の肉はとても美味です。旅支度で揃えていた熟成のタレとも凄く合う。超うめえ。
「蒸し煮もできたぞー!」
さらに出てきたのは鍋入りの肉。
先に調理を始めたが完成の遅れたそれは、じっくりと弱火で煮られていた。
その食感はとても柔らかい。焼いただけでは少々気になっていた臭みも完全に解消されており、なんかもう凄く幸せです。
ホント食ってる時だけはヴィーナの同行を許可して良かったと心の底から思う。
「ここまで美味いとはなあ。そういや、料理上手なのって何か理由あるのか?」
「故郷の料理も味は美味しかったし調理法も豊富だったのだが、材料が限られていてな。色んな国の料理を知ってからは作るのがすっごく楽しくなったんだ!」
理由が案外普通で違和感を覚えてしまうのは仕方ないと思う。
「ここまでレベル上がったのも食材求めてダンジョン入り浸っていたからだな!」
よし、それでこそヴィーナだ。やっぱオチはブレねえわこいつ。
そんな理由でレベルが負けていたのか、と落ち込むフェイ。せっかく起き上がれるまで回復したんだから今はそんなこと気にせず食え。もったいないぞ。
「しかしあの『ホーンボア』を一撃と聞いたから手出しを控えて貰ったが、私としてはシォラがそれほどまでに強かったということが驚きだ」
「まあガチで真正面からやり合ったりはできんがなー。」
例え『フォレストゴート』が相手でもあれより速く動けばいいだけだし問題ない。
なので今回は【ハイド】使って見学してました。ちょくちょく口出しはしたけど。
「何となく只者ではないと思ったから犯人と間違ってしまった。常人と違うのがそういった点だとはな……」
多分これ野生の勘ってやつだよな。
他の基礎ステータスとは違い独立したLUKはパラメーターに影響を及ぼさないし現状では確認不可能だが、ヴィーナは間違いなく高LUKだ。そうじゃなきゃこんな美少女がここまで変人になるはずがない。
「それなのに旅慣れた様子はない……これはきっとあれだろう! ひたすら獣系がいないダンジョンに籠り続けていたとみた!!」
「……まあ、うん。最近ずっと『霊下窟』にいたけど」
「ほう、あのアンデットの巣窟か! 趣味が悪いな!!」
うるせえよ。当たってんのか外れてんのかよくわからん洞察すんな。
「一応宿屋やすれ違う人に尋ねてみたけど、あの女に関しては収穫なしだったな」
「ああ、残念だ。だが大きな街に出れば多少は情報が集まるだろう! きっと!」
そう上手く行くもんかねえ。
隣の拡声器の足取りが軽いのは常態だが、数歩後ろから付いてくるフェイのそれもまた違う意味で軽い。大山羊とやり合って使い物にならなくなった鎧を脱いでいるのだ。一応ストレージザックに入れているけど処分する他ないだろう。
「着いたらすぐに買い揃えるか?」
「いや、王都に行ってからでいいよ。観光地では品質にあまり期待できないし、それほど急いで調達しなければならない訳じゃないからね」
ん、それもそうか。しかし今回みたいなケースも考えると軽装化の予定も見直したほうがいいかもしれんなー。
まあそのあたりは王都に着いてからでいい。今は観光最優先だ。
森から抜け開けた視界に映るは綺麗な海とそれに浮かぶ市街。
ノスタルジックな街並みと張り巡らされた運河に心浮き立つ。
観光地として有名な街、水都『アマローネ』に到着しました!