00-02:Approaching
モンスターを蹴り飛ばしながらいきなり現れた少女は不敵に笑った。
こちらを振り返ったその風貌は、鮮烈な印象を僕に強く刻み付ける。
「通りすがりの冒険者ってところ。シォラだ、よろしく」
名乗りも決まったしさっさと『ホーンボア』を倒してしまおう。
HPの2割程度は先ほどの蹴りで削れているはず。レベル差って凄いなあ。
騎士っぽい人達が全くダメージを与えていないにしてもすぐに倒せるだろう。
「あ、危ないぞ! 下がれお嬢ちゃん!」
空気の読めないモブのような騎士っぽい人が叫ぶ。
我を取り戻したのはいいけど俺が蹴り飛ばしたのは忘れたのだろうか。
まあ美少女を守ろうとするその気概は良し。信用できそうな人たちだ。
さて、怒り狂い突進してくる『ホーンボア』にどう対処しよう。
さすがに盗賊のような職業には巨体とガチでぶつかりあえるコードは無い。
「とりあえず【フェイク・アウト】!」
ぱあんと鳴り響く音。カッコよく抜き放った短剣を鞘に戻してコードを使用した。
ぶっちゃけただの猫騙しである。強制的に攻撃を止める効果の便利なコードだ。
武器を持っていると使えない、格上であるほど通じ難い、同じ敵には1度しか使えないと欠点を大量に持つコードでもあるのだが。しかも見た感じダサい。
目の間で打ち鳴らされた魔力の迸りによる轟音に、急停止させられた巨大猪がつんのめって大きな隙を晒す。
「一気に――――片付ける!」
この身はただ一振りの剣。それだけを意識してコードを使えばいい――!
空中移動コードの【エリアル・ステップ】を使って背後上空に回り込む。
そこから空を蹴って接近。この状況は上昇補正のパッシブコードが複数発生する。
視界外からの攻撃【暗殺技術】、高度差のある場所からの攻撃【重力作用】、さらに先ほどと同じ【速力攻撃】。
前寄りに目が付いている実際の猪よりも、こいつはさらに視界が狭いから楽だ。
短剣を抜き、上昇補正が乗ったアクティブコードの【バック・スタッブ】を放つ。
名前通り背後からの斬撃により『ホーンボア』の命は一瞬で刈り取られた。
血が噴き出ることもなく沈黙する巨大なモンスター。
それに背を向けて俺は騎士っぽい人達のところへ歩き出す。
「お、おい!!」
「危ないぞ嬢ちゃん!?」
「あんたらはそれしか言うことが無いのか。もう終わったよ」
「……は?」
ゆっくりと傾く巨体。大きな音を立てて倒れ込む。
やはり死体がいきなり消えてドロップアイテムを落とすようなことは無いらしい。
草原の主の亡骸を見やり、俺は軽く嘆息する。
ひたすらモンスターを倒して荒稼ぎするのは面倒そうだ。手作業で素材を剥ぐリアル狩りゲーは流石に辛い。
この人達でコネとかそういうの獲得したいなあ、と思いながら倒れたままの隊長さんに手を伸ばした。
「大丈夫かい? 怪我してるだろうけど」
「あ、ああ……ぼ、いや、私は大したことは」
爽やかに笑いかけながら手を引く俺。
性別は逆のほうが様になっていたんだろうけどへぶっ。
「す、すまない! 大丈夫か!?」
「ぅあー、お気になさらず……」
ほぼ自力で頑張って立ち上がった隊長さんが痛みでよろめきこちらに倒れ込んだ。
AGL極振りのこの体では成人男性を支えることは出来なかったらしい。当然ですね。
鎧って重いなあ。リアルをしみじみ噛み締める。
結局慌てて駆け寄った騎士っぽい人達に起こされた。締まらんな……。
助けられた礼をしたい、ということで豚っぽい貴族に同行することになった。
まあこちらとしても狙い通りだが、馬車に同席はどうにかならなかったのか。
つーかいきなり現れた奴を信用しすぎじゃないですかね。
むしろ目の前で助けられた隊長さんが少し渋ってる感じだったのが好感を持てる。
しかし口を出せる訳もなく、俺は豚の嫌らしい視線に晒されているのであった。
「ったく、あのグズ共の頼りなさと来たら。それに比べてお前の手並みは実に見事であった! どうじゃ? わしの専属護衛にならんか?」
「いえ、ご厚意はありがたいのですが、目的があり旅をしている身ですので……」
「そうかぁ、残念だのう」
不躾な視線と言葉を何とか逸らしながら街まで耐える。
豚のお守りとかないわー。
馬車は慣れていなくて息が詰まると申し出たことから開けられたカーテン。
ちらちら見える心配げな騎士っぽい人達の表情に癒される。
近場の街である『ケルナー』の街に着くころには日が山にかかろうとしていた。
礼金だけしっかり貰って他の色々は固辞。ようやく豚から解放されて一息つく。
所持している金貨と同じ物が4枚。これがどの程度の価値なのかはまだちょっと判らないな。
さてここからが本番だ。
「すまないね。こちらの都合で付き合わせてしまって」
「礼をしてくれるって言うんだからオレのほうに異論は無ぇよ」
副隊長らしき人物に事後処理を任せ、隊長さんたちは礼をしてくれるとのことだ。
最初から彼らのほうを狙っていた。丸め込む理由も無いだろうから色々と聞いても嘘は言わないだろう。
豚に聞いたら世間知らずなことを利用して何をさせられるか考えたくもない。
まずはギルドに行く必要があるらしいが、それは俺としても好都合。
道すがら街並みを眺めてみたが特に異常もなく、至って平穏なようだ。
中世ファンタジーっぽく見える街並みだが実際のそれより清潔にされているのが見てとれる。
到着する頃には日は随分と傾いていた。近隣の家屋から漂ってくる香りは夕飯の支度であろう。行き交う人々の表情はその日を当然に生きる者たちのそれである。
ここ『ケルナー』の街はゲームでは中級者がよく拠点としていた街だ。
もし俺以外のプレイヤーも大量にこの世界に移っていたとしたら既に大混乱が起こっているはず。俺1人とは断定できないが、少なくとも全員ではないようだ。
規律のとれたギルドの人員が場を収めたとしても何かしらの痕跡が見て取れるだろう。しかしそういったものは無く、ゲーム中より広がったように感じる街並みは普段通りという印象を受ける。
「……とりあえず一安心、か」
ギルドに到着し、部下の人が窓口で報告を行うのを横目に全体を見渡してみる。
入口から見て右手にある窓口とは逆側の壁にはカウンターがあり、そちらは酒場のようだ。間にある席には多くの冒険者が夕食を兼ねた酒盛りをしている。
「嬢ちゃん、もしかしてギルドは初めてかい」
「ああ、何処でもこんな造りなのか?」
「そうだな、この地方じゃ1階には窓口と酒場、2階には宿ってのがギルドの標準的な形だぜ」
「他の地方じゃ窓口しかないのが普通だったりするけどな。一緒になった酒場や宿じゃ滅多なことは起きないからみんな気楽なもんだ。」
ということはギルドとは最低でもこの国程度の規模でまとまった組織なのか。
俺がプレイしていた時の{アコードオンライン}ではギルドという名称はプレイヤーの集まりを指していた。
申請権を購入して街中央の掲示板で手続きをするとギルドハウスが与えられる。
ギルドメンバーとその招待者のみ自由に出入り可能なその施設には何度かお邪魔させてもらった。個人所有できないのが残念だと思ったのをよく覚えている。
クエスト(依頼)を受けるには街中央の掲示板を見ればいいだけで、こういった依頼受注専用の施設は無かったのだ。
そういえばギルドに来たということは……?
「あんたらは騎士じゃなくて冒険者なのか?」
「よく間違われるのだけどね。私たちは傭兵団『キルシュヴァッサー』の一員なんだ」
それドイツの酒の名前じゃなかったっけ。流石に突っ込めず名前はスルーした。
彼らはこの国を拠点として活動している大規模な傭兵団のさらに5つに分けられた分隊の1つとのことだった。
整った装備と訓練された馬を持つ様子から国に仕える騎士だと思っていたが、確かに隊員のさばさばした印象は冒険者のそれである。
外見が美少女であるということから別の店に向かうか尋ねられたがここでいいと返事をして席に着く。食事は彼らにお薦めを頼んで酒は遠慮しておいた。
「にしても嬢ちゃん凄かったよなあ、いやあ驚いた」
「俺なんて全く太刀筋が見えなかったぜ」
「可愛いのにこんな細い腕でデカいモンスター倒しちまうんだからな」
いいぞもっと褒めろ。陽気な冒険者たちに囲まれご満悦な俺。
少し探りを入れようとしてるのは感じられるがそれもあまり真剣では無い。
別段彼らとしては俺の正体なんて知る意味も無いのだろう。聞き出せれば面白いかもといった程度か。
試しにこちらからもいくつか質問をしてみた結果、この世界はあまりゲームの時の{アコードオンライン}と変わっていないことが確認できた。
全体的な地理は同じ。ただし段違いに街の規模は大きくなり、名前の知らない小さな街や村が所々に存在している。
レベルという概念はしっかりある。ゲームの時のように頭の上に表示はされないが【アナライズ】の魔術を使えば判るらしい。
一般人はレベル10~20程度、冒険者は一人前がレベル30程度だが凄腕ならレベル100を超え、英雄と呼ばれる者は200以上とのこと。英雄目前ってのはなんか嬉しいな。
コードに関してもほぼ同じ。こちらの人々も術技をコードとして認識している。
隊員の中にいた盗賊職の者は俺が行った攻撃がどういったものだったかも判っているようだった。
豚の護衛任務に参加した者以外の隊員も合流してきたので街のことについて尋ねたが、いきなり高レベルの冒険者が現れたといったことは無かったとのこと。
色々と安心して暮らせるようで一安心。
「そういや隊長さんや団長さんのレベルってどれくらいなんだ?」
「俺らんとこの分隊長は80で団長は110だぜ。団長ならあの『ホーンボア』だって嬢ちゃんみたいに倒せるくらい強いんだ!」
おーい隊長さんちょっとヘコんでるぞー。宥める隊員、話を逸らそうと俺のレベルを尋ねる隊員。
俺のレベルを言ったら隊長さんがさらにヘコみそうだからとはぐらかす。
にしても団長さんレベル110か。大きな傭兵団のトップというだけあって結構強いらしい。でも『ホーンボア』を1撃はまだ無理だと思うよ。
しかしゲームとしてプレイしていた時から大陸最大の大国と聞いている神聖国の女王は500と俺の知ってるカンストすらぶっちぎってるいるらしい。怖え。
そういう人とは関わり合いにあいたくないなあと思いながら会話と食事を進める。
「あ、ウィンナーうめえ」
「色々種類あるぜー。こっちのサンドイッチに挟んだのも食ってみろよ」
「明日は燻してないソーセージ食わせてやるよ。新鮮で美味いんだけど長持ちしねえんだよな」
ジャンクフードかと思えば案外凝ってるようで、フォークが止まりません。
料理が美味いと酒も飲みたくなってくるが今日は我慢しとこ。
そういや俺も冒険者として登録しておいたほうがいいかな?と思い聞いてみたが、夕方は報告する奴らが多くて時間が掛かるから明日にしておけと言われた。
嬢ちゃんならすぐに凄腕の少女冒険者って評判になるぜー、といった耳に心地良い言葉を聞きながらお開きになるまでそのままダベる。
じゃあそろそろといった雰囲気の中、気を見計らって声を上げる。
「しまった。服飾店に行こうと思っていたのに忘れてた」
「それも明日でいいんじゃねえの?」
「空気読めよ。女の子には色々あるんだろ」
「たいちょーどのー。ついていってあげたらどーでひゅかー?」
お前が空気読め。そして狙い通りだが呂律回らなさすぎだ。
女の子を夜道で1人にする訳にはいきませんね、と紳士ぶりを発揮してくれた隊長さんと共にギルドを出る。
魔術で灯された街灯が影を作っている。出歩く人はおらず家の明かりも殆どが落とされていた。
昼も少し肌寒い気候だったが夜はさらに冷え込んでいる。何も言ってないのにめっちゃ自然な動作でコート貸してくれたよこの人。
悪いね。裏切っちゃうようで。
「動くな」
あれは?とわざとらしいフリで横道に入り、追いかけてきた隊長さんの首に短剣を突き付ける。
角を曲がろうとした彼は停止しこちらに顔を向けた。
「それで、質問は何かな?」
あっるぇー。何でこの人こんなに冷静なのー?
「ギルドでも色々と質問してたから、急に連れ出したのはもっと突っ込んだ質問があるのかなと」
「……危険だと思わなかったのか」
「一介の傭兵団の分隊長から得られる情報なんてたかが知れてる。目撃者を消すところまで徹底するなら『ホーンボア』から助けないだろうし。何よりこうやってゆっくり話せてるからね」
意外に肝が据わってるなこの人。いや自分を犠牲にしてまで仲間を逃がそうとしていたのだから度胸があるのは当然か。
深くため息をつきながら剣を下ろす。腹の探り合いとかはやりたくないんだけどなあ。
「おや、いいのかな?」
「あんたに探りを入れるのは面倒そうだ。今のは謝る。誠意を見せるし対価は払うから情報をくれ」
「命の恩人から取る物なんてないよ。好きなだけ聞けばいい」
ああもう本当にやり難い。
いいや、もし嘘だったとしてもどうにかなる程度の実力はあるっぽいんだし。
それからお互い壁に寄りかかって言葉を交わす。時折向こうからも質問が来るのだがそれも単なる興味程度のようだ。
とりあえず必要そうな一般常識について、もう恥を気にせず聞いた。
あまり意識に留め置かなければならないほどのことは無さそうでよかった。
生活環境についてはもちろん地球上でもかなり良い日本ほどではないが、魔術やらのおかげで衛生関係は結構整っているのが救いだ。
そして金の価値についてもっと深く知るために尋ねてみた。
豚から貰った金貨4枚を日本円に換算すると大体200万円らしい……高っけぇな!
慄いていたら考えが読めたようで「多分1度蹴った専属護衛の件をそちらから頼み直させるためだと思うよ」と言われた。俺の嫌そうな顔を見て隊長さんは安堵の表情を浮かべる。
やっぱりやらせてなんてこっちから言ったら余計に酷くなるんだろうなあ。
まあ手持ちはそれなりにあるので普通に金を稼ぐ方法について聞いてみよう。
「君の腕なら当然、冒険者になるのが一番だろうね」
「あー、やっぱりそう?」
「富豪に抱えられるのはきっと面倒なことになる。騎士は腕よりも血筋が重要だ。農家や商人になる気はないのだろう?」
次に尋ねてみたのはその延長で冒険者のことを色々。
定期的にそこそこな難度の依頼を受ければあくせく働かなくても普通に暮らせるだろうとのこと。受けられる依頼は護衛以外にも特定のモンスターを討伐するものや、特定のフィールドで植物などを採取するものがあるらしい。
日本での知識を使ってこの世界の自然な発展を潰したりはしたくないし、できるとも思えないからそれでいいか。
また明日にギルドで説明したほうがそのあたりは判り易いとのことで、どうやらまだ付き合ってくれる気があるようだ。
そしてやはりダンジョンにあったのはモンスターが出入りしないようにする処置。
魔術師と結界術師がそれぞれ魔術と結界術で作った術陣を組み合わせたもので、年に1度更新すればいいとのこと。
それらの術が使える術師はかなり優遇されているようだ。
というかそもそも術師系職に就けている人の数自体が少ない模様。
……ふむ。この口振りからするともしや。
「サブクラス?……聞いたことはあるが詳しくは知らないな」
「マジすか」
「メインクラスの鍛錬がおろそかになる上にサブクラスのほうも大して強くならない、と言われている。それよりはメイン1本に絞るべきだろう」
わくわくしながら聞いていると確信を持てた。
この世界の者は複数人の術師で術陣を組み合わせる方法なら持っているが、1人で2つのクラスのコードを組み合わせる利点に気付いていない!
確かにそうなのだ。もとの{アコードオンライン}でもレベルが2ケタ程度ならまだメインクラスだけ鍛えたほうが強かった。
獲得SP(コードを習得するためのポイント)がレベルに比例して増えていくこと、サブクラスのコード習得は必要SPが増えてしまうことに起因する。
メインクラスが伸び悩んだ頃にサブクラスと組み合わせるのが最適な育成だった。
だがこの世界の者はそれを知らない。レベル100を超える者が少ないせいだろうか。
ひゃっほい、チートまでは行かないけどこれは結構なアドバンテージだぜー。
「ところでシォラさんのレベルはどのくらいなのかな? こっそり隊員に【アナライズ】を使わせてみたけど判らないらしいんだ」
何をしてくれやがりますかね。攻撃や状態異常をもたらすコードじゃ無いから【警戒体制】は機能しなかったのか。
パッシブコードである【情報隠蔽】の効果で調べられなくなってた模様。これはPvPで名前やレベルを隠すちょっとズルいコード。高レベルで覚えるコードなのでこっちの盗賊職では使える人があまりいないのだろう。
「……黙秘」
「残念、でもうちの団長よりも強いよね。かといって七大国の王ほどではない。先ほどの口振りからするとサブクラスも習得しているようだ」
バレてーる。別にその情報でどうこうって他意は無いんだろうけどズバズバ情報を抜き取られている感が半端無くて居心地が悪い。
切迫して欲しい情報も無くなったのでここらで切り上げることにしよう。
「おや、服はどうするんだい?」
「本当に必要ではあるけど……今日はもういい」
あんたのせいで無駄に疲れたっつーの。
何をする気力も湧かないのでギルドに帰ったらベッドに一直線だ。
部屋は隊員の人が1人部屋をとっておいてくれているらしいからご厚意に甘えよう。
「あ、そうそう」
「まだ何かあるのか……」
何か質問する側が逆になってねえか?
嘆息しながら見やる。とても良い笑顔でこちらを見ているのが【暗視】コードのおかげでよく判るのが嫌だ。
「名乗ってなかったからね。僕はフェイ・デア・ヴァイス、今後ともよろしく」
そう言って隊長さんは身をひるがえし先にギルドへ帰って……表路地に出たところで待ってるし。
さっきと一人称が違うじゃねーかそっちが素か。
完敗だ。楽しい異世界ライフ初日の最後で辛酸を味わいながら、俺は肩を落として彼に付いて行った。