03-01:国、思い出、犬
思い返すは古き日の記憶。
地図を眺めて行先を決めましょう。
そびえる大きな山脈。すわ山越えかと思いきや隧道を歩いています。
山はダンジョン扱いになっており、それを避けて交通するため掘られたらしい。
美芸国の西端地方を南北で貫く隧道は新帝国と帝王国を結び、中継地点を東へ行けば美芸国の王都方面にも通じる。さらに現在は一旦帝王国に出てから迂回しなければならない神聖国への西側ルートも掘削中とのこと。
……公共事業の規模が半端ないんですが。
見た感じ確実に富士山よりデケえよ?山脈だよ?
「総延長何キロっすか……」
「長さの単位も勉強するかい?」
「や、また今度でいいっす……」
半円形ではなくほぼ長方形な断面の隧道を進む。
ひたすら進み続ける。無言で進み続ける。
おかしいなー、フィールド出るならモンスター倒したり野宿したりと色々イベントがあると思ってたんだけどなー。隧道なんて聞いてなかったんだけどなー。
フィールドを歩いて1週間もかからず帝王国に出れるとフェイが言ったから歩きに決めたんだけどなー!?
「く……すまない。つい、ね」
これはもしや二日酔いをからかいまくった仕返しか。意外にこいつねちっこいな。
いや、食らい付いたら離さない系なのはわかってたけどさ。
「君の反応が可愛くて」
「キモい」
単に遊ばれてるだけっぽい。ウザキモい。
しばらく先にあった乗合馬車の停留所で途中乗車した。
いくつかある停留所は直上のダンジョンへ出るための地点らしい。
客車を曳くのは馬や牛ではなく奇怪な生物。
この間乗ったようなそれほど長くない距離を移動する馬車、もしくは個人や小さい商家が持ってる馬車は普通に馬を使うらしいが、こういう長距離を移動するための馬車はなんとモンスターを使っている。
運営も公的に行われており、稀少な召喚術師の才能を持つ者の主な就職先になる。
それでもやっぱり総称としては『馬車』らしい。まあ使われるモンスターによっていちいち呼び方を変えるのは面倒だしな。
ゲームでも馬車は他の町への移動手段として存在していた。
しかし普通の馬車=安くて遅い、モンスター馬車=高くて速いという程度の違いしかなく、乗合馬車ではなく辻馬車だけだった。
こちらでは定時に決まった路線を運行する乗合馬車が庶民に一般的のようだ。
モンスター馬車なら半日もあれば通り抜けられる距離なのだが、出発が昼過ぎだった上にしばらく無駄に歩いてロスしたから中継地点で宿泊することになるっぽい。別にいいけどさ。
何でももともとはダンジョンに挑戦して遭難した人を救助するために作られた施設とのこと。山脈まるごとダンジョンならそういったものも必要なのだろう。
しばらくして到着したそこは……
「教会?」
縦のラインに斜めの正方形が重なったオブジェが尖塔に付いている。
あれ確か町でも見た宗教シンボルだよな。
「街道の途中にある宿泊施設は教会が担っていることが多いんだよ」
「へー……堅っ苦しい決まりとか質素な食事とかなのか?」
「そうでもない。もともとそんな宗派でもないし宿としてはしっかりしている」
だったら安心か。日本人的にあんまり馴染みがない感じじゃなくてよかった。
いや、日本人でも運動部なら合宿とかで寺とか行ってるんだろうな。こちとら万年文化部でそういうことにご縁はありませんしたが。
「シュヴァイツ教会、か……」
中は思ったより普通の宿だった。しいて言えばテーブルが長机だったくらいの差。
料理も至って普通、っていうか美味え。特にチーズやハッシュドポテトっぽいの。
「この世界の宗教ってどんな感じなんだ?」
「国によりけり、だね。五大神をそれぞれ祀っているのが五大国。そして他の国も似たようにそれぞれの都市の守護神を祀っていることが多い」
「げ。そんな細分化されてんのか……じゃあ各国間で軋轢とかも多そうだな」
「……ん? 祀っている神が違うと軋轢が起こるのかい?」
んぁ? なんか微妙に話がすれ違っている。
信仰する神が違えば教義も違うだろうし対立してしまうんじゃ……。
「なるほど。祀るという言葉で伝わる意味が違うのか。この世界での一般的な宗教に関する認識は、祀っている神にその国や都市を守ってもらうだけ、だと思っていい。そして信仰は教会に勤める者が神への造詣を深める行為を示す言葉だ」
なんと。まさか日本人以上に宗教が思想に根付いていないとは思わなんだ。
信仰が厚い=神マニアってのが比喩や揶揄じゃなくそのまんまだということか。
……勤める?
「まさか、神職者って、その、世俗を捨てるとかじゃなくただの職業なのか?」
「その通りだが。そちらでは世捨て人を指す言葉なのかい?」
ホントざっくばらんな世界だなあ!
普通に就職試験を受けて教会や神殿に勤めたり、転職したければ自由にできたりする模様。とはいえ術師全般の良い就職先なので離職率は低いらしいが。
特に福利厚生がしっかりしているとのこと。まるで公務員である。
「国によって違うってのは……」
「祀っている神が喜ぶ行いの差だね。勉学・勤労・運動・読書などに励んだりすれば神が喜び、国境線や町の結界が強化される。喜ぶというのも慣例的な表現であって、実情は行為や信仰が直接的に神の力になるらしいよ」
なるほど、神の影響が明確であれば解釈がどうのこうのとかにはならないのか。
それにしても結界の強度がそんな感じに決まっているとは面白い。
「ちなみにアウトローな行為は?」
「邪神が喜ぶとかモンスターを崇める教団が言ったりはしているらしいけど」
関わり合いになりたくない部類ですねわかります。
「まあ、神が喜ぶ行いの差がそのまま国民性に直結するから、そこで国家間の性格の不一致などはあるだろうけどね」
「そっか、じゃあこれから行く帝王国は……ん?」
そういや新帝国と帝王国って名前似てるけど関係あるのか?
何か今さらな疑問が湧いてきた。
「新帝国は北東の未踏破ダンジョンを開拓する過程で生まれた国だ。主に帝王国から派遣された開拓軍が、後方支援の杜撰さに嫌気がさして作った国らしい」
なんだその面白おかしい成り立ちは。
「元は1つの国が、陽気で大雑把な者と神経質で凝り性な者に分かれた感じだな」
「神経質で凝り性……ねえ」
「傭兵団『キルシュヴァッサー』は多国籍組織だよ。出稼ぎに来た者が多いし新帝国出身は少数派だ。僕が率いていた分隊は帝王国出身が特に多かったね」
そりゃ納得。あいつらは陽気で大雑把な者、あんたは神経質で凝り性な者か。
笑ってやれば自分はそこまで新帝国の国民らしくないと言う。
「母が新帝国の貴族だったけれど、父は出稼ぎから騎士に上り詰めた人なんだ」
「叩き上げかー、かっけーな」
俺の言葉ではにかんだように笑うイケメン。ウザさ80%オフの微笑でした。
ちょくちょく感じてたけど父親大好きっ子だなこいつ。
まあ末っ子で可愛がられたっぽいしな。マザコンと違って弄り難いのが残念だ。
我に返って咳払いをするフェイ。
慌てたように地図を取り出している。うむ、話題を変えさせてやろう。
「現在地がこの美芸国西端の細いところ。このまま南下すれば帝王国に出て、まずは水都と呼ばれる観光地として有名な都市へ行こうと思う」
おー、どれどれ? 周辺地図は何度か見たけど広域のは初めて見るな。
ぅん? この地図は……なるほど、いやそれじゃ神聖国が……うーん。
「どうかしたのかい?」
「うんにゃこっちの話。あ、七大国全部回るのにいい感じのルートある?」
「それなら予定通り帝王国から英霊国に行き、北上してから最後に神聖国だな」
逆「の」の字か。わかりやすくていいな。
そしてそのルートだと途中で新帝国の王都に寄れますね。
「む………………………………………………………………仕方ない、か」
沈黙なげー。そこまで嫌か。よっしゃ俄然やる気湧いてきた。
フェイの苦虫を噛み潰したような表情にテンションが上がる俺。
気分よく追加注文をしようとしたところ、教会宿の食堂に巨大な犬が入ってきた。
「――――は?」
なんだこれ。モンスターの襲撃か?
「あ。おかえり、バリー!」
どうやら飼い犬らしい。体長3mくらいあるけど。ふさふさの尻尾を含めたらもっといくけど。
俺以外の初見っぽい客もやはり驚いているが他の者には慣れた光景のようで、飼い主らしき少女と同じようにおかえりと犬に声をかけている。おつかれという声も聞こえるが何か仕事をしてきたのだろうか。
定位置っぽい場所で寝だした。そこステージとかじゃなかったのか。
ウェイトレスのお姉さーん。その子なんなのー。
「あらら、ごめんなさい。いつもは先に説明してるんだけど忘れちゃってた」
どことなく牧歌的な印象の少女。うっすらと雀斑の見える笑顔が可愛い。
彼女は佇まいを正し……たと思いきや胸を張ってドヤ顔で言い放った。
「私ね。召喚術師なの!」




