02-02:大道芸フェー
町の活気。表通りを行き交う人々は皆その顔を綻ばせている。
小さな事件すら楽しめる空気は、とても素敵なものでしょう。
本日国境越えならず。何やらトラブっているらしい。
朝食を頼んだ時に給仕から聞いた話によると、昨日の夜半に向こう側の国で何かが起こって国境が機能しなくなったとのこと。
……国境が機能しなくなった?
「どゆこと?」
「国境とは王都にある魔導具によって展開される不可視の国境線のことなんだよ。消えることはないけれど、今回のように越えられなくなることは極稀にある」
「……国境すげえな」
ちなみに国境線をすり抜けられる人間なら国を滅ぼせるよ、だとさ。怖ぇな国境。
国境線は人間の通行だけを阻害する効果を持ち、動植物は問題なく通れるらしい。
神話によれば人間同士の争いを止めるため神が授けたんだと。
……はっきり決まることで逆に激化しないのか?
「今日に至るまで五大国の王たちがそれを侵そうとしなかったから結果的に平和を実現する装置だと言われているよ。確かに他の小国は版図を広げようと画策しているけれど」
「……ん? 七大国じゃないのか?」
前に聞いた話では7つだったはずだが5に減っている理由を聞いてみれば、残り2国はここ数百年で新しく大国入りした国だそうだ。
その2国の片方が今いる新帝国であり、もう片方が国境を接している美芸国とのこと。
ゲームでは新帝国、西の神聖国、北の白皇国だけだった。だが確かにこの新帝国は伝統を持たない代わりに革新的な技術が多いとか言われていたな。
お勉強はほどほどにして今後の予定を立てる。
機能回復にはそんなに時間が掛からないらしいが、下手をすれば数日くらいは足止めされることもあるのだと。
「とりあえず今日は適当に買い物したりして過ごすか。明日にゃ十中八九直ってるんだろ?」
「そうだね。深刻な問題でなければ、だけど」
「……変なフラグ立ちそうなこと言うな」
旗?と翻訳が中途半端なのか首を捻っているフェイを連れて出発だ。
交通の要所である『ケルナー』の街と国境に位置する『トロリンガー』の町の賑わい方は結構似ている。
これは昨日も確認したが『トロリンガー』の特徴は国境らしく宿が多めって感じの違いはあるけれど。
広場に行けば旅に必要な店はもちろん、露店なども多く開いている。
目移りするが露店は昼食時に寄るついでに見る予定なので、まずは旅支度だ。
とは言ってもここに長居する気はなかったのでほとんど『ケルナー』で揃えているのだが。
よし、気になっていた『精錬店』について説明してもらうとしよう。
この店はゲームでは存在しなかった種類の店なのだ。
「『精錬店』は前に少し説明した通り、素材を加工する店だ。精錬料金を払うことで濃縮した鍛錬素材として受け取ることができる。
そして武具に鍛錬素材を合成することで切れ味や頑強さを増したり特殊な効果を付与したりといったこともこの店で行うことになる」
つまりゲームの時とは武具を鍛錬する方法そのものが違っているということだ。
ゲームでは鍛冶屋に行って金を払えば一定確率で強化が成功し、また一定確率で武器が破損して使えなくなるという至って普通のシステムだった。
しかしこちらでの鍛冶屋は鍛造にしろ鋳造にしろただ武器を作るだけの場所なので、冒険者が寄りつくようなところでは無い。
そして失敗することは無い代わりなのか、ゲームで強化成功確率が1%未満になった時ほどの強力無比な武器になることも無いらしい。
確実に成功するけれど強化できる幅は少し。だがその少しの違いが生存に関わることになるので冒険者は当然利用するとのこと。
「要するに、君が最初に使っていた短剣は異常なくらい強い武器ってことだね」
「……あれでも+10程度なんだけどなあ」
+99とかになると最終的な成功確率は0.01%を切るけど、作ることができれば木刀でもドラゴンを1撃で倒せるとか聞いた覚えがある。何それ怖いと思ったのも懐かしい。
さすがに俺はそういう面倒なことは嫌なので、少し頑張って成功確率が20%くらいになる+10の武器を1本作っただけだ。
なお、壊れた装備を修復するアイテムは存在していないようだ。まあ課金アイテムだったしな。
わりと簡単に作れる濃縮鍛錬素材で中々壊れない&全く錆びない&殆ど切れ味落ちない武器が作れるので、基本的に研ぎは考えなくていい模様。
慣れた武器をずっと使い続けるのが当たり前な世界だと考えると、投擲に使ったりもする短剣はちょっと扱いに困る。
少なくとも+10の短剣はここ一番以外に取り出さなくていいだろう。あれ失くしたらヘコむわ。
鍛冶屋で作らないならどこで武具を買うのかと言えばもちろん前にも行った『武具店』である。
『武具店』で武器や防具を買ってそれを使うのが一般的。『バンシー』戦で何個か失ったので余裕をもって買い足しておいた。
「あんたの剣もそこそこの業物っぽいな。見た覚えがある」
「実は父が昔使ってた剣を譲り受けたんだ。2人分の強化で結構強くなっているはずだよ」
俺の記憶ではこんな綺麗な白色ではなかったが、ゲームで高レベルの剣士が使っていたのと同じ意匠だ。数値として確認できないのが残念だが、そういった経緯ならかなりの逸品なのは確かだろう。
この剣を持って騎士としての爵位を勝ち得た親父さんにちょっと興味が湧いた。
「……紹介はしないからね。たまたま実家に立ち寄ったりしない限り」
「そりゃ残念」
苦い顔をしたのでキシシと笑ってやる。やはり実家関連はいい攻撃材料のようだ。
露店で買った昼食を手に広場のベンチに座る。あんまり時間は潰せなかったな。
「そういや鍛冶屋に行かないならレア素材で武具を作る時はどうすんだ? 『精錬店』や『武具店』で武具自体を作ることはないんだろ」
「ダンジョンボスクラスから稀に採れるくらいの凄く稀少な素材を扱うのは『錬金店』だね。使う素材を前もって決め、全部合わせて1つのインゴットを作る。
そして『錬金店』お抱えの鍛冶師が特注の武具を作るのだけれど、『錬金店』はとても珍しい店だ。僕も王都でしか見たことはない」
どこの鍛冶屋でもレア武具が作れたり強化ができたりしたゲームとは違ってかなり面倒らしい。まあ俺もそんなレア素材は1つも持ってませんがね。
フィールドモンスターのレア素材やダンジョンボスの通常素材くらいなら普通に鍛冶屋で加工できる模様。
特定の素材で作る場合はギルドから鍛冶屋に注文が行き、完成品もギルドで受け取るとのこと。
冒険者と鍛冶屋で直接取り引きをしてしまうと何かとトラブルが発生してしまうらしい。思い通りの形には中々ならないのだろうな。
どんな素材でどんな武具を作れるのかはギルドが把握している。無茶な注文をできなくしたらスムーズなやり取りができるっぽい。
いつかは『錬金店』も覗いてみたいとは思うが七大国の王都以外ではほぼ見かけないらしい。
だけど、もしかしたら王都以外でもゲームで上級者が拠点にしていた街に行けばありそうな気もする。
「お、このケバブっぽいの美味えな」
「お気に召したようで何より。そちらとはさほど食文化の差はないのかな?」
「オレの嗜好ってのもあるんだろうけど、普通に美味いって感じるのばっかりだ」
街並みは中世ヨーロッパっぽいのに、これまで食べた料理には向こうだと最近できたのに近いものさえあった。
まさかふわふわなパンが普通にあるとは思わなかったし、わりと安価で売られているらしい。
「肉類を得られるモンスターは特によく討伐されているからね。食べるのに抵抗がない見た目ならどれが美味しいかは研究されているよ」
「……えぁ? ちょ、これモンスターの肉なのか!?」
「前に『ホーンボア』を食べただろう? あれの肉はそれほど食用に適していないが、殆どの肉はモンスターの物だ」
聞いてみれば畜産業は全然発展していないらしい。
確かに牛や豚っぽいモンスターはフィールドに多くいた。家畜と違い獰猛なので冒険者が倒さなければならないが。
鶏はダンジョンにしかいないが出現する低難易度ダンジョンは多いとのこと。しかも体も卵も巨大なので食い出がある。
「野菜は選別が難しかったらしいね。調理する途中で息を吹き返したり断末魔を上げたりするのもいると聞いた」
「野菜までモンスターかよ!? 断末魔怖ぇよ!!」
食材の取り扱いが難しい上に、既に存在するレシピが非常に豊かなので料理チートは無理みたいです。俺に現実の料理コードはありませんが。
そして和食に関してだけは諦めなければならないだろう。素人に醸造とかできる訳がない。
いやせめて刺身くらいは食べたいな。
「帝王国では生魚を食べる習慣があるらしいよ。生の貝は昔から食べられていたけど最近は魚にも挑戦しているって聞いた」
「ぃよっしゃ待ってろ帝王国!」
大トロとか食えるかな!
適当に店を冷やかしながらぶらぶらと歩く。異世界観光&異世界勉強だ。
とりあえずさっさと通貨くらいは覚えておかなければ。
劣銅貨1枚で1bt。とはいえ商品は大抵が10bt刻みなので劣銅貨は高い通貨より見ることが珍しいとのこと。
銅貨1枚で10bt、青銅貨1枚で100bt、白銅貨1枚で500bt。銅類が低いのは日本円と同じだけど1btが大体5円だから100円玉っぽいのが2500円。価値を間違わないようにしないといけないな。
黄銅貨1枚で2500bt、真鍮ちょっと高め?
小銀貨1枚で10000bt、大銀貨1枚で25000bt。これらは含有量と大きさで分類される。
金貨1枚で100000bt。最後に朱金貨1枚が250000bt。
「全部ビットで数えればいいのに……」
「高額を手にしない者は銅貨が何枚とかでやりとりしたほうが楽だからね。平民は貯金するほどの余裕はないし、給料は毎日貰うものだから手にするのは小銀貨くらいまでだ」
そうなのだ。店頭では何btとかではなく銅貨が何枚とかで取り引きを行うことが多い。
ややこしすぎて経済チートは無理どころか日常生活にすら支障が出る。ドルにクォーターとかあるらしいけど日本人は25刻みなんてすぐには馴染まねえです。
もういっそお釣りを貰って小銭じゃらじゃらさせときゃいいだろとか考えてしまう。普通なら邪魔だけどストレージザックがあればいくらでも入るのだから。
「換金所に大量の小銭を持ち込んだら、きっと家の手伝いで頑張って溜めたんだろうなあって微笑ましがられるだろうね」
「ぅぐっ」
声に出してた訳じゃないのに完璧に読まれている。
恥ずかしい光景になるだろうという予想は実に真実味がある。そして俺の自尊心に大ダメージ。
さっき実家のことで弄った仕返しだろうから下手に反論しないほうがいいなこれは。
ウザスマイルを見ないようにしながら歩いているとちょっとした人だかりを見つけた。
幾度となく沸き上がる歓声、合間に訪れた静寂へ固唾を飲む音が響く、人垣の切れ間から見える彼らの晴れ姿。
……ほう、大道芸か。
この身の軽業を持ってすれば結構稼げるんじゃ――
「大きな街や国境の町で行う大道芸は許可制だよ。歌や踊り程度ならお目こぼしされるけど、物を使う場合は意外に危険があるからね」
だから思考の先回りをするなっつーに。
武器を使ったジャグリングとかならできそうだし目立てるかと思ったが無理みたいだ。
大人しく見て楽しみましょうかね。あ、花束持ちながら踊ってるお姉さんかわいい。
「はぁい! そこのお嬢さんこれ受け取って!」
「えっ? ぅわっ!?」
ぽーんと放物線を描いて飛んでくる花束をキャッチした。だがその瞬間に花束が破裂する。
思わず身構えたが、どうやら広範囲に花を散らす芸だったようだ。私の周囲に舞い散る花びらで観客が盛り上がった。
「びっくりしたー……」
「随分とかわいらしいことになったね」
手元に残った小さな花束をくすくすと笑うウザイケメンにぶつけてやりたい。
ちょうど彼女たちの大道芸が終わったようなので、小銭を帽子に投げる。これちょっとやってみたかったんだ。
「ご協力ありがとねー!」
こっちに笑顔を振りまいてくれるお姉さんに癒されたので花束パンチの刑は免除してやろう。お姉さんに感謝しとけ。
観客たちのテンションはまだ冷めやらぬようだ。アンコールされているのを横目に俺たちはそろそろ午後から行く予定の目的地へ向かうとしよう。




