02-01:国境ロイバー
2017年1月21日:1章を全編細かく改稿しましたが、再確認が必要なほどではないと思います。
通貨などの世界観説明をちょっと2章に移してるところがあります。
車輪の音。それは旅立ちの音。
風任せに進む先に、多くの幸あれ。
数日後、準備を整えた俺たちは乗合馬車の停留所にいた。
隊長さんはもともと今回の任務を終えたら退団するつもりだったらしい。先日に盛大に宴会を開いて別れを済ませた。
近くを寄った時には顔を出してくれと言われたのは、団を抜けても冒険者同士の繋がりがあるということだろう。
宴会がしばらく前のことで良かった。もし昨日だったら酒の残る頭で馬車に乗らなければいけないところだった。
「隊長さんの実家は王都なんだっけ」
「行きたいとは言わないでほしいな。それともう隊長ではないよ」
呼び方変えるのって面倒だよな。
つーか無駄にキラキラした笑顔を向けて名前で呼んでほしいとか言うな。ちょいウザい。
準備をしている時に色々と打ち合わせをしたのだが、とりあえず南の国境を通って色んな国をのんびり渡り歩いてみようと意見が一致していた。
俺が{アコードオンライン}として知っているのは現在いるこの国とその東西と北にある国だけであり、南の国は完全に未知の世界なのだ。
彼も世界中を旅した訳ではないのでちょうどいい機会だったそうだ。
数ヶ国を回って一旦戻ってきた時に傭兵団に入ったので、後悔は無いが冒険心はくすぶっていたとのこと。
「んじゃ行こっか、フェイさん」
「シォラさん、南行きはそっちじゃないよ」
予定調和ですね。
通気性の良い幌に心地よい風が入ってくる。側面はよくわからない材質の透明なシートで覆われているので風景が楽しめる。
街から西に続く道はモンスターが多く乗合馬車の運営者は護衛を雇わなければならなかったが、南への道中は街道を外れない限りは安全らしい。
それはつまり、こういう連中にとっても都合が良いようで。
「野盗より冒険者のほうが儲かるんだったっけ」
「平均してはね。短期間で金が欲しいならこうやって危機感の薄い馬車や商人を狙ったほうが早いのだろうけど」
「たまたま腕利きの冒険者がいた場合はこうなる、と」
適当に気絶させた野盗どもが転がる前でこの世界のお勉強。
どうやら野盗になる奴ってのはレベル10台程度で挫折した冒険者が大半らしい。こいつらもご多分に漏れずその類。
腕っぷしで儲ける手段を知ったけど本格的に目指すのは諦めた時、真っ当な職に就くことに抵抗感を抱く者が多いとのこと。
まあ基本的に高レベルほど冒険者を続けることから、すぐこうやって返り討ちに会いお縄につくらしいが。
しかし注意すべきはステータスの概念が違うことだ。
ゲームとは違いこちらでのレベルはあくまで強さの目安。油断しては低レベルの者に足をすくわれることもある。
それは既に俺にも適応されているのだろう。
システム画面が開けずUIも見えないのでわからないがHPが0になるまで何の不都合もなかったゲームとは違い、こちらでは痛みで動きが鈍る。
ゲームではSTR、VIT、INT、DEX、AGL、LUKの基礎ステータスに装備品やコードの補正を加えて
HP、MP、ATK、DEF、MAT、MDF、HIT、AVD、SPDのパラメーターが算出されていた。
基本的にはパラメーターで攻撃の威力などは決まる。使うコードによってはパラメーターではなく基礎ステータスから直接影響が出るものもあったが。
ゲームでもレベルが上がると全ステータスが少量伸びていた。こちらの世界でのレベルの上がり方は基本それで、ゲームで言えばポイントを全く振らずに残している状態だ。
それをAGL極振りにしている俺にはアドバンテージがあるのだろう。AVDとSPDがとても高く、HITもそれなりにあった。
だがATKやDEFはレベル分の補正しかなく、そもそもそれらが伸び難い盗賊だったのでレベル30程度の戦士と同程度とのこと。170というレベルからしたら低いけどこれで一人前の冒険者と同程度だったっけ。
「レベルでの上昇以外に鍛えることで普通につく筋肉でも強くなるんだっけ?」
「うん、恐らく君の言う『ポイントを振る』に相当するんだろうね」
まあそれでも極振りのような極端なことはできないようだけど。
俺のレベル補正での体力と防御力ではそれなりなレベルの戦士がぼちぼち良い剣でぶった切ったらイチコロとのこと。怖い。
ゲームではAVDのパラメーターさえ上げていれば画面的にはどう見ても当たってる攻撃でもダメージを受けず回避扱いになっていた。
それが現実となったこの世界ではちゃんと自分の意思で回避しないといけない。
しかも俺には体に染みついた武器を扱う技術はあっても実戦経験は少ない。
ますますもって格上とはやりあえないなこれじゃ。
ちなみに【ギャンブルコイン】はLUK判定であり、全然伸ばしていなかった俺は猫探し程度ならともかく困難な判断には使えないらしい。くそぉ。
野盗は盗賊職よりも戦士職が多いという話通りにそこそこゴツい男どもがのびている。
こいつらをどうするかという話題になったが【フローティング・ステップ】で空中に足場を作り、それに乗せたあいつらを馬車で牽引するということになった。
術を使っても驚かれなかったのは乗り合わせた客が戦闘職やコードに詳しくなかったからなのだろう。
まあ冒険者相手にサブクラスを習得していると言っても実力を見せなければ変わり者と思われる程度だろうけど。
馬車を守ったことで代金はタダになり、懸賞金も貰えるだろうとのことでほくほくです。
手加減コードの【アローワンス】はゲームではHP1%まで削る効果だったがこちらでは応用が利くようで楽に気絶させることができた。
「そういや何か口上を言いかけてたけど」
「全員気絶させてしまったから詳しくはわからなかったね。まあここにいる者で全てということは聞き出せたしそれで充分だろう」
「んー。出すもん出せば怪我をさせるつもりは無いとか言ってたし、野盗になった理由とかがあったのかも……」
「その言葉が本当だったという証拠が無い。それに深く関わってしまうと厄介なことに巻き込まれるかもしれない。こういうのは気にしないほうが良いんだよ」
むぅ。確かに事情を知ってしまうと後味悪くなるかもしれんな。退治しない訳にはいかないし。
あんまり考えないようにしておこう。
この時彼らの言葉に耳を傾けなかったことを、俺たちは後悔するになる……とかなりそうな怖さもちょっぴりあるけれど。
国境に位置する『トロリンガー』の町。
ここは1つの町として名前を持っているが実情は南北で分かたれている。
全ての国境がそうであるということでは無いらしいが、そういう構造になっている町はよくあるとのこと。
昔は関所だけだった場所が宿場になり商人が店を出して人が集まり徐々に町になっていく。
南北どちらかの国に属しているという感覚はあまり無く、関で隔たれた南北での仲も普通に良いらしい。
ゲームでの国境の町はそのまま国境にある町というだけであり、行き来は自由だった。
だがさすがに現実では関所がしっかりとあるようだ。
夕暮れ時の空の下、俺たちは貰った懸賞金で泊まる宿を探していた。
基本的に金に困ってはいないのだ。そこそこ快適に過ごせるところがいい。
「最高級だと町の中心だったり町を一望できる場所だったりまちまちだけど、少し高めくらいなら大抵が大通り沿いだね」
「あんま迷うこたなさそうだな。ちなみにお薦めは?」
「ふむ、大店の支店なら外れはないだろう。あの宿とそっちの宿だ」
やっぱどこの世界でもチェーン店は安心ですね。色々見て回るのはもっと慣れてからでいいだろう。
提示された宿の中からなんとなく外観が良さげなほうに決めた。
『旅の止まり木亭』。いかにもな感じの名前である。
宿に入るとやはり1階は酒場になっている。ギルドの酒場ほど男っ気が多くないぶん空気も良い。
夕食はフェイに適当に決めてもらって給仕に注文。チップ文化には慣れないけど同行者がいるので多少気は楽だ。
「真っ直ぐ南に進むとさらにもう一つ国境を越えた先が半島になるんだけど、どうしたい?」
「うーん……ぐるっと回って戻って来てもいいけど、船で移動はできる?」
「南端は巨大なダンジョンになっている。その直前で東隣の国へ船で行けるはずだよ」
すげえな、半島の端っこが全部ダンジョンですか。
{アコードオンライン}のゲーム内でのフィールドはここまで広大ではなかった。
フィールドの巨大化に合わせてダンジョンまで大きくなっているのだろうか?
こちらに来た時に『霊下窟』にいたが、そういったことを確認できる余裕はなかったからなあ。
「とりあえずそれで。気が変わったら適当に進路も変えりゃいいだろ」
「では明日は予定通り関の越え方だね。その前に少し買い物もしようか」
大まかな旅路の予定が済んだので追加注文。
しっかり腹に溜まる物を食べて寝ようと思ったのだが、客が増えてきたようで少し時間が掛かりそうだ。
席が殆ど埋まっている。俺たちは4人掛けに2人で座っているので相席を求められそうだな。
繁盛しているのは良いことだし活気があるのは嫌いじゃない。コミュ障じゃないよ、友達は少なかったけど。
どうやらゆったり落ち着きたかったらチェーン店以外の宿を選ぶか、混み合う時間帯を避けるべきか。
「申し訳ありません、こちら相席よろしいでしょうか?」
「構わないよ、どうぞ」
「悪いな。ニイサンたち」
中年手前の男性と妙齢の女性という2人組が相席になるようだ。
女性がごめんなさいね、と笑いかけてくる。美人さん大歓迎です。
「俺らはさっき着いたばかりだけど、ニイサンたちも明日に国境越えかい?」
「ああ、彼女は国境を越えるのが初めてだから少し余裕を見たが、そちらと似たようなものだ」
こういった感じに一期一会の出会いをするのも旅の醍醐味なのだろう。
「あらそうなの、初めての国境越え、楽しみかしら?」
「うーん……陸地に国境があるのが新鮮って感じかなあ」
「ん? あー、海路では国境を越えたことがあるのか。海にゃ関所はねぇからなあ」
「あ、ああ。この子は島国の生まれなんだ」
やっべ、口が滑った。多少矛盾があってもどうこうなったりはしないだろうけど、無駄に怪しまれる必要はないのに。
男性の勘違いとフェイのフォローのおかげで俺は島国生まれ設定になった。まあ嘘ではない。
向こうも詳しく詮索する気はないのだろう。話題はすぐに別のことに移り変わる。
「ニイサンたちは美芸国と帝王国のどっち行くんだい? それとも迂回して神聖国か?」
「一応は帝王国の予定だ。そちらは荷物を見るに美芸国のようだが」
「正解よ。まあ私達の荷物じゃなくて届け物なんだけどね」
よくわからない半透明の素材から透けて見える荷物は絵具のようだ。
もしかしたら先日俺が採ってきたレア絵具だったりするのだろうか?
さすがにそれはないかと思いながら新しく注文した杯を傾ける。
お、これ美味い。
「ってちょっとおい! 嬢ちゃんが飲んでるの酒だろ!?」
「えぇ!? 何飲ませてるのあなた!」
「いや、彼女は成人しているよ。しかも結構飲めるクチだ」
……見た目を若く設定し過ぎたのは失敗だったかも。
話し過ぎると世間知らずのボロが出そうなのでちびちび飲みながら聞き手に徹する。
多少情報交換をしたところでお開きになり、また逢う日があればと別れて就寝した。
さあて明日は国境越えだー。




