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栄光の先、喪失の彼方

作者: 林 りょう



 それはきっと、答えの出ない永久の課題。

 これはきっと、追い求めることしかできない我々への永遠の線引き。


 宇宙で一つの星が生まれた。熱く昂る産声だった。

 長い、長い年月をかけてその星は呼吸を知り、涙を覚え、瞬きを何度も繰り返すことによって成長していく。そして、風に雨に、光へと変化していき、途方も無い時間をかけて大地が築かれる。

 ある時、星の涙で作られた海から、大地へと降り立つ何かがあった。たった一つから始まったその新たな旅立ちは、いつしか数や種類を増やし、そこからさらに新たなものへと変化していく。

 それは生命だった。命によって命が育まれ、その星は一つの船として構築されていく。

 けれど、移り行く環境の中で、全てが凍りついてしまうほどのとても寒い時期を過ぎ、種類の異なるまったく別の巨大な星々が船を訪れてからのことだ。

 始めは今までと同じように生まれた新たな形の命が一つ、他とは違う方向へと進化を遂げていった。

 まるで天を目指すかのようにその命は腕を掲げ、二本の足だけを地に残す身体を作り上げる。

 ――人間の誕生だ。

 獣らしさを時と共に脱ぎ捨てながら、人間は時代を歩いた。歩いて歩いて、変化していく。


 とある時代のことだ。糧を得る為にと何十人もの者達で大きな獣へ挑んだ結果、数人がその牙によって身体を失った。当時は生きる中では回避できない、当然で些細な出来事であった。

 だからこそ、共に挑んだ戦士たちは勿論、帰りを待ち望んでいた仲間も全員が、彼らの魂の旅路が健やかなものであるよう祈り、消え逝く灯火を見送ることで自らを癒していた。

 それから再び幾許か星が巡り、大地が揺らぎ。意志を伝えられる言葉が生まれてからのこと。

 乾いた大地から緑豊かな森へと住処を移し、歴史を紡いで行く中で、始まりの子孫たちは気付けば知恵というものを身に付け始めていた。それだけではなく、自ら知識を求め始めていた。

 なによりも、意志疎通を図れるようになったことで、群れとして他を重んじるのではなく、個としてそれぞれを慈しむことを彼らは覚えた。

 そんな折、とある兄弟が傷だらけの友を間に口論していた。

 その友の命は風前の灯で、これまでであればただただ祈ることしか人間はしてこなかった。

 けれど、兄弟の片割れ――弟は兄へと必死に叫ぶ。友の為、未来の為に自身の想いを言葉に変えて訴えていた。


「頼む、俺に彼を救う努力をさせてくれ」

「ならん!」


 死を目前に、両者は対立する。

 動ける身体を失う事が死だと信じて止まない兄と、身体が機能しなくなることで死が訪れると考える弟。

 弟の知識は、先を行きすぎていた。それでも彼は友の為、自らの知恵を使おうと必死だった。

 それを兄が怒り諭す。


「運命の導くまま、何故身を委ねようとしない!」

「救えるからだ。その知識を私たちは持っていて、これからも多く得ていかなければならない」

「命は運ばれ、それぞれの定めに従い朽ちていく。そこに干渉することこそ、命を冒涜することそのものだ!」

 

 一歩も引かない両者を待たず、友の命は消えてしまった。

 嘆き悔やむ弟の横で、兄は友の旅路が健やかであるよう静かに祈る。そして優しく呟いた。そうしたつもりだった。


「これが定めだ」

「ふさげるな!」


 弟は肩に置かれた手を振り払う。

 事実、友は全身の裂傷でではなく、たった一筋の傷から侵入した毒が原因で命を落とし、弟にはそれを解毒する薬草の知恵があった。

 すると、弟のあまりの分からず屋具合からか、兄が唐突に石で出来た武器を取り出す。


「だったら……」


 そして――それを腹に突き刺した。


「な――!」


 兄の奇行で弟は絶句する。

 友の死体の隣に横たわり、痛みで呻きながら兄は言う。


「そうまでして運命に逆らうというのなら、私の命に干渉してみせよ!」


 高らかな宣言は、弟を想う兄の、正しく命がけな優しさであった。

 しかし弟は、毒から友を救う知恵はあれど、腹が裂けた兄への手立ては持っていない。

 いまわの際だ。兄は微笑みながら言った。


「これが定めだ。分かる、な?」


 弟は自らの無力を嘆きながらその日、尊き命を二つ見送った。運命を自らのために放棄した兄へ――涙した。


 そんな時代があってからさらに船は時の波に揺られ、その間で人間は国というものを築き始めていた。

 自らは個であり、他が存在することの当然さ。遥か昔の兄弟の悲劇など、微塵も残されていない。

 けれど、先人の知恵というものは、その子孫へと受け継がれ浸透していき、次第に運命の中には救われることも含まれるようになる。

 本人よりも他が、死を運命だったと位置付け、救われた時に本人がそれを感謝し同様に定めた。いつしか運命とは、そういうものへと変化していく。

 人間は増え、船を大分占めてきていた。

 そうすると、時代時代でことある毎に大昔の兄弟とはまた違う悲劇が度々起こるようになる。

 ある時ある国で、黒き死神が鎌を手に猛威を振るうという悲劇が起きた。

 その死神は、特別な知識を得た者達によって静められたが、すると次には、多くを救ったその彼らが死神を呼んだ張本人だと苦しい運命を強いられる。

 また別の時代では、人間たちの純粋な力で命を救う術を見つけた者が現れたのだが、それがあまりに今までの常識からかけ離れていたため、その彼もまるで悪魔のような目に晒されてしまう。

 当時は、人の体を故意に切り開くなど、そしてそれが命を救うことに繋がるなど理解できなかったのだ。


 こうして人間は、その時代、常識を覆しながら、多くの犠牲をだしてでも医療という一つの知識を確立させていく。

 奇人、変人。狂人、魔女。――悪魔。一体どれだけの汚名を着てきたのだろうか。

 それでも我々は、我々を救う術を求め、それを徐々に他種にも広げ、終わりのない先を見据えている。


 だが、船は航海を続ける中で、まだ見ぬ一時について一つの光景を思い描いてしまった。

 それが本当に起こるとしたら、人間が知識と技術を得て、得て――そうやって命の制限を驚くほど操れるようになってからだろう。これまで同様、途方もない時間を有するはず。

 だとしても、確かにそれは船が思い描く通り、訪れるかもしれない未来なのだ。


 命の操作。大切な者とより長い時を過ごせるようにと、ただそれだけを想いこれまで多くを犠牲に築き上げられてきたはずの技術が醸し出し始めたその気配。

 とある未来、幼き兄弟が祖母と抱き合い悲しみに涙していた。それは別れの儀式。

 命は留まることなく育まれ続けている。その中で人は、あまりに失うことを厭いすぎてしまった。

 星は船だ。船には定員がある。国にだって、食糧にも領土にも限度がある。

 そうすると、育まれる命に対し失われる命の少なさは、いつしか溢れ生き場を失ってしまう。そうして出来た制度が、寿命の固定化――

 いつ訪れるかも分からない終わりだからこそ、我々はきっと必死に生き、最後まで望みを捨てずにいられる。

 けれど、それを定めなくてはならないほど得てしまった時、我々はその先で何を新たに育めるのだろうか。


 人間の手は何故二本しかないのか。どうして二本足で立とうと決意したのか。

 進化の過程を追い求めたところで、意思がどうしてあるのか見付けることだって出来やしないが、どちらにせよ我々の腕は、心は、全てを包容できるほど万能ではないのだ。

 長い年月に於いて、多くを見つけ多くを得て、多くを生み出したのが人間である。その発展は素晴らしいものだ。その恩恵を今まさに、現代を生きる者達は受けている。

 けれど、どうして忘れてしまうのだろう。

 どんなものにも限界がある。腕が抱え込める量も、満たせる心の器も無限ではない。

 だとしたら、必ず我々は得た分何かを失っているのだ。果たしてそれを、その都度しっかり確認できているのか。

 正しい正しくないの判断が正しく出来るのならば、失敗などという言葉も苦しみもきっと生まれなかった。

 我々は生きている。この生きる船の中で、一つの役割を担うクルーとして、日々を過ごしている。けれどそれは、船があるからこそ。

 生かされているのだ。

 そして多くを得て、多くを失っている――

 命である以上、育むことを放棄してはならないのと同じ様に、失うこともまた避けては通れない道。それは命だけではない。

 今、この時、笑えない者はどれだけいる。先へ進めない者は。泣けない者は。一体どれだけ居るというのだろう。

 信念を持った者を笑えることは、果たして何かを得たことになるのだろうか。

 心が感じて動く。素直に感動出来ないことは、それは進化と呼べるのか。


 失ったモノを嘆くな。

 その先人の言葉がどこから生まれたのか考える事が出来て初めて、得たモノを掴む手をあなたは持っていることになる。

 だからこそ、敢えて言おう。

 今の時代、我々は多くを失い過ぎて、そしてそれに気付かぬまま航海を続けてしまっている。

 船は時に沈没を避ける為、積荷を海に捨てることがあると一体どれだけの者が知っているのだろうか―― 




 お付き合い頂き、ありがとうございました。

 医療を引き合いに出しましたが、これは決してその過程や発展を批判しているものではないと、念の為記載させて頂きます。



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