このダンジョンはギャンブルだっ! 〜女騎士はとにかくスリルが欲しいだけ〜
「はぁ? お前、あのダンジョンに派遣されるのか?」
この日一日の仕事を終え、バーでアルコールを飲み交わした同僚の口から零れ出したのが、この台詞である。
「そ。選択と運が鍵となるダンジョンって触れ込みのね。ランク指定ではA級。団長からさ、直々のお達し」
私はモヒートを傾けて言った。
話を遮るようだけど、この世界は地球の歴史の中のある一点から分岐をした異世界らしい。神からそう打ち明けられたときは、一体どの歴史から分岐したのだろうとドキドキしたものだ。
つまり、私は現代日本から転生を果たし、このどこか、昭和と平成が切り替わりつつあるような高揚感が満ち溢れた未知なる世界で暮らしている。
現代文明のおおよそ半分は樹木によって侵食され、混ざり合って生まれたダンジョンに、この世界の住人は頭を悩ませる。
ダンジョンはモンスターを生成するもので、放おっておくと次々に恐るべき異形が這い出してくる。解決する手段は、ダンジョンの奥底にある花を刈り取ること。
その崇高なる使命を担っているのが、私が所属する騎士団だ。
「あのダンジョン、なぁ。なんでも触手に襲われて、悲惨な目に遭う騎士が多いらしいじゃんか。入り口の周りには野次馬が屯して、無残な姿となって吐き出された奴を一目見ようと……」
「男を投入しても、性転換させられているって話だから、ド変態ダンジョンだよねぇ」
カラカラと笑うと、彼のグラスもカラカラと鳴った。
「マスター、ビール」
このバーのビールは、冷やして飲むタイプではない。私はそれ少し許せない。キンキンに冷えたビールを喉で迎え撃つのが醍醐味だろうに。
「ま、そう言う理由で、準備をしなきゃならないから」
「おう。さっさと帰れ。あ、ついでにこれを渡しとく」
「……なにこれ、封筒?」
「招待状。結婚式の」
「はぁ? 誰の?」
「俺の。サプラ~イズ。お相手はお前もよく知る奴だ」
「分かった。高校時代の後輩。いつもいじらしくスポーツドリンクを渡してくれた子」
「そのドリンク、お前の手に渡っていたのは気が付いていたか?」
……本当にいじらしい子だったか。
「大学の先輩。ほら、ミステリーサークルの」
「……あぁ、熱心に会報誌を企画していた人。え、あの真面目な? あたしら、不良部員よ? 短編書けって言われてもろくに書かなかったし」
「たった一回書いたネタで魅了した」
「はー、無駄な才能」
「無駄なもんか。大物を釣り上げたからな。お前が書いたものも気に入っていたぞ。あの、不思議な店の小説」
「あー、あれ、かな?」
前世の記憶頼りの盗作まがいのこととは、口が裂けても言えない。これ以上話をしてボロが出ても気まずいし、ここは颯爽と立ち去るに限るだろう。
「まぁ、ね。とりあえず間に合うようには頑張ってみるよ」
「頑張れよ。ま、お前は運が良いから何とかなるだろ」
そう言って、笑顔で手を振ってバーを出た。
運が良い。そう、私はとても運が良い。だからこそ、どうしても。どうしょうもなく、刺激が欲しいのだ。
駅の改札をくぐって先に進むと、封鎖されたホームが見える。そこから線路に降りて進んだ先に、目的のダンジョンがあった。
「いってらっしゃいませ」
「おーう」
あまり機能していない見張りの騎士に片手を上げて、私は線路を進んでいく。
少し斜に構えて、冷静に物事を見てしまう自分。そんな自分から目を逸らしたくて、私は少し、本能のままに行動しようと努めている。『あたし』なんて一人称も、そのためだろう。
コンクリートの壁面は、次第に根のようなもので覆われ始めた。そして、独特な薄暗さを持つ光源に照らされる。
ダンジョンはいくつかのフロアで構成されているのが常なのだが、ここは一体、いくつのフロアがあるのだろうか。
第一階層は、すり鉢状の円形をした空間だった。
地面は高速で回転しているようで、私は一歩踏み込めばその回転に巻き込まれてしまうような、際の際に立ってそこを眺める。
それは一目瞭然だ。ルーレット。ボールを投入し、ハマった場所で勝敗を分ける遊戯。
ルールはこのダンジョン独自のものらしく、数字は一から百まであり、赤、青、黄色の三色の色に分かれている。一つだけ黒が混じっているが、もしもそこにボールが嵌まれば、とても不吉なことが起きるであろうことが予想されるイラストが描かれていた。
数字か色をコールすれば、ゲームが始まるのだろうか。もしも当たったら、何が起こる? 外してしまったら、何が起こる? ……ドキドキする。何が起こるのだろう。その期待と不安が私の胸に押し寄せてくる。
そんな興奮を、冷静な私が諌めようとしている。放っておいてくれと言うように、私は反射的に叫んでいた。
「青の十一ッ!」
天井からボールが落下する。
私は腰の剣に手を伸ばしす。
モンスターが現れれば、即座に切り捨ててやる。勝てる相手だろうか。凡そ勝てないようなモンスターが現れるのだろうか。
回転が弱まり、ボールが動きを止める。
嵌ったのは、七十五。……青だった。
何も起こらない。変化は訪れない。色の一致の結果だろうか。しかし次に進むべき道が現れないところを見ると、ピッタリと一致しなければならないルールなのではないか。
一度の結果は、私の心を落ち着かせてしまった。ルールがおおよそ分かり、勝ち筋も見えた。ならば、もう、興奮できる要素を見つけ出すことはできない。
「赤の二十」
いつの間にか盤面から消えていたボールが、再び天井から放たれる。結果は見るまでもないだろう。腰の剣も寂しげに揺れる。
ぴょんと飛び降りて、反対側に空いた洞窟のような穴に足を踏み入れた。
あーあ。その落胆は、実際に口にも出していたのだろう。
第二階層で待ち受けていたのは、五体の骸骨の姿をしたモンスターだった。床にはタイルのように敷き詰められたトランプのような模様。一歩踏み出すと、そのタイルは光り輝いた。
別のタイルを踏むと、それも光る。タイルとタイルの繋ぎ目を踏むと、光らない。
モンスターを観察すると、骸骨の姿をしたそれらが一様に盾を持っているのが見えた。その表面は黒一色。しかし、怪しさを表すかのように、長方形をしていた。
これはきっと、ポーカーだ。床を踏むことでこちらの役が完成し、モンスターの盾の柄が現れる。何も知らずに足を踏み入れた者を嵌めるための罠だろう。
果たして、私が踏んだタイルはどのカードだろう。
運が良く、二枚の七だった。
「あーあ、くそ。無意識に選んでいやがった。ここまで来てしまったら、もうこの先を選ばざるを得ないじゃないか」
つまらない。本当につまらない。何がつまらないって、結局は確実に勝てる手を選んでしまう自分がつまらない。
私がこの世界に転生した時、神様から与えられた能力があった。それは、『二択を絶対に外さない』というもの。
その説明を受けた時、私は安易に考えていた。目の前に握った両手を差し出され、どちらにおやつが入っているでしょう。そんな選択を外さない程度のものだと思っていた。
ところが、この能力はそんな単純なものではなかった。この能力は、あらゆる事を二択にして、確実に成功させるものだった。
だから、生きるか死ぬかの選択に陥ってしまえば、私は確実に生き残る。ダンジョンに突入した時点で、私は生き残ることが確定してしまっているのだ。
ルーレットのときには、まだ遊びがあった。色と数字、どちらかが合っていれば死ぬことはなかったのだから、どちらかで遊ぶことができたのである。
でも、今回はその遊びがなかった。おそらく、最高の一手を打たなければ、私の負けは決まっていた。
だから、無意識に、ファイブカードを選ぶしかなかったのだ。
つまらない。本当につまらない。何かを望んだとしても、成功する選択しか選べない自分が、とてもつまらなかった。
もしも私に好きな人ができたのなら、その人との結婚は確定されたもの同然だろう。だからこそ、他人の結婚は嬉しいものがある。私のこんな嫌らしい能力の結果ではないと、そう思えるから。
倒れる骸骨を踏み潰して、私は先へ進んでいく。
なるべく、先のことは考えたくない。だから、今を楽しむために、その為の刺激が欲しい。絶対に私の不利益になることはないのだから、適度な刺激を与えて欲しい。
「あーあ、素寒貧にでもさせてみなさいよ」
それがメリットになるようなダンジョン、どこかにないかなぁ。
そんな期待をよそに、私は団長に対して、いい結果しか報告ができないのだ。そしてその結果をご祝儀とすることで、引き出物で素敵なものが手に入る。
どこまでいっても、私にとって優しい世界。いったい私は前世でどんな善行をなしたのだろうか。
神様に、一つ忠告しておこう。甘やかすだけじゃ物足りないのだよ、人間なんてものはね。




