フィオナと結婚するまでの話
変な女に変な所を見られた。
こんなところに人がくると思わず、もう女装は終わりだと、窮屈で体を締め付けてくるドレスを強引に破って脱ぎ、女物のカツラをゴミ箱へ投げ捨てたところで、うずくまっている女と目があった。
女は見ちゃいけないもの見てしまったと感じたようで、慌てて両手で目を隠しながら
「ご、ごめんなさい。 な、何も見ていません。」
「・・・・・そうか」
いや、バッチリ見たよな?
明らかに俺より年は下だろう。見るからに栄養が足りてなさそうな貧相な体をした女。だが、髪色は淡い紫。平民は殆どが茶か黒が多い中で、この色を持つなら貴族なのか? 色が薄くなるほど、魔力は多いと言われている。
魔力量がステータスになるこの国で、この色を持って生まれたのに、女はロクな暮らしをさせてもらっていないのか? それとも色と比例せずに魔力が少ないのか?
いや、そんな話は聞いた事がない。
「・・・名は?」
目を手で隠したまま、小さな声で
「・・・フィ、フィオナです」
家名がないのなら平民か・・・。
それともどっかの貴族の庶子か?
「親はいないのか?」
「い、いいえ。 います」
「今、いくつだ?」
「・・・たぶん・・14くらいかと」
ん? はぁ? 俺と同い年? 嘘だろ? 7歳か8歳ぐらいだと思ってたわ。しかも今、たぶんて言ったよな? あやふやなのか? そんなことってありえるのか?
疲れもあって、混乱する頭を整理できない。
「・・・今日見たことは誰にも言うなよ?」
「は、はい」
「家の近くまで送ってやるよ」
「だ、大丈夫です」
「そ。んじゃ気をつけて帰りな」
「は、はい」
立ち上がった女は、まだ手で目を覆っていた。
「ぶはっ。もう、手を離せよ。見えないと危ないだろ」
「そ、そうですね」
目から手を離した女、いやフィオナは、俺の顔を見ないようにぺこりとお辞儀をして歩き出した。
俺の横を通った時に見たフィオナの顔立ちは普通っていうか、むしろ整っているように見えた。目の色は・・・紫と・・・ん? もしかしてオッドアイだったか? しっかり顔を見たわけじゃないから思い出せない。
オッドアイだったなら洒落てるな。もう1度正面から顔を見たいくらいだ。
何となく気になって後をつけることにした。
いかにも体力がなさげな体のくせに歩くスピードは早い。もうかれこれ2時間は歩いてるのに、速度は一定のまま落ちていない。
俺は任務後だからヘロヘロなんだよ。もう少しのんびり行かないか? フィオナさんよぉ・・・。
そんなフィオナの足がぴたりと止まった。
ここは・・・スチュワート侯爵家だったか。
この家の娘なのか? それとも使用人の娘か?
あの様子は中に入りたくないのか、隠れているわけではないのに、絶妙な位置に立っていて、門番にはまだ気付かれていない。
そういえば俺も気配を敏感に察知する人間なのに、あの時、誰もいないと思ったからあの不快な変装をといたのに、フィオナがいて驚いた。
フィオナのステルス能力は中々のものだ。こちらの戦力になるかもなと考えていたら、フィオナは門に向かって歩き始めた。フィオナに気付いた門番は、哀れむような顔をしてから「・・・お帰りなさいませ、お嬢様」と門を開けた。
フィオナを中に通し、定位置に戻った門番は
「どうして帰って来ちゃうんだろうな。 きっとまた放置されたんだろうに。俺なら帰ってきたくない」
「ほんとそれな。 俺に金があれば、お嬢様に手渡して国外にでも逃げてもらいたい。・・・いや、でもバレたら怖いからやっぱりできないかも。 命大事」
「そう、なんといってもそれだよな。 俺も同情はしてるし助けてやりたいとは思うが、バレた時の事を想像するだけで恐ろしくて、何もできない」
へにょりと眉を下げて、フィオナを哀れむ2人の門番。
「ねぇ、その話。俺も混ぜてくれない?」
*****
「ぶはっ、本物のバカだな」
フィオナを見ていると、笑いが止まらないし、飽きないし、楽しい。
「バカすぎてマジで可愛いな。惚れちゃいそうっていうか、もう惚れてるかも俺」
俺は頬杖をつきながら、対面に座るフィオナが自分の名前を書く練習をしているのを眺める。
「コホン。エドワード坊ちゃま、フィオナ様は真剣なのです。笑ってはいけません」
我が家に長年仕えているジーナが、マジメな顔をして俺に文句を言ってくるが気にしない。
「必死で可愛いな、俺のフィオナ」
「坊ちゃまのフィオナ様ではありません」
「えー、これで俺がフラれることがあったら、闇魔法でも使ってフィオナを跡形も無く消しちゃいそ」
「・・・坊ちゃま」
すんっとした顔で、フィオナに気付かれないように俺だけに向けて殺気を放つジーナ。
おー、怖っ。今日はこの辺で退散するとしますか。
「ジーナ、何度も繰り返し言って悪いが、なる早で頼む」
「・・・ええ。わかっております」
(なら、邪魔をしに来ないでくださいませっ! )
骨と皮だけと言ったら大袈裟かもしれませんが、それくらいに痩せ細っていたフィオナ様。スチュワート侯爵家の次女で、年齢は坊ちゃまと同じ14歳。問い合わせた教会で間違いないと言われても、自分の目で出生届けを確認しても、それでもまだ信じられないという気持ちが強かった。
侯爵家でいったいどんな扱いをされてきたのか・・・。
湯あみの時に見えたフィオナ様の体に残る傷跡、言葉も最低限しか理解していないので、読み書き計算なんて以ての外。淡い紫の髪色を持つ事で想像できる膨大な魔力を1度も使った事がないのはもちろんのこと、自身が魔力を持っていることすらも知らなかったフィオナ様。
この色と色通りの魔力を持っているのだから、どこへ行っても丁重に扱われるべき人なのに。しかもオッドアイということは、使えない魔法がないことを証明しているはずなのに。
坊ちゃまのご要望通り、フィオナ様の負担にならないように注意しながらも、なる早で進めるように努力はいたしております。他の皆様もフィオナ様をかまいたくてうずうずしながら我慢している状態で、多方面から毎日のように急かされておりますからね。
それにしても「なる早」なんて言葉を坊ちゃまはどこで覚えてきたのかしら。お口の悪い坊ちゃまにも再教育が必要かもしれませんね。
****
「スチュワート家がフィオナを虐げていた理由は祖母と同じ色だったから? ふんっ、くだらなすぎるだろう」
俺は調査報告書を机に叩きつける。
「その祖母が病に倒れても放置した事も罪に加えよう」
父の言葉に頷く。
「あのお方のおかげでこの国の魔物被害はだいぶおさえられていたのに! 信じられないわ」
母にとってフィオナの祖母は憧れの存在だったらしい。
兄は出掛けていて不在だったが、調査が終わったと報告があり、両親と俺で情報を共有していた。報告書を読み進める度に、皆の怒りのボルテージが上がっていた為、全員気付くのが遅れた。
「ははっ、盛り上がってるね。私も参加させてもらうよ」
なんと、王太子リベルト様の登場だ。
「私の婚約者もスチュワート家の長女に迷惑してるし、私自身も末妹の振る舞いに頭をかかえていたから、ぜひ参戦させて欲しい」
兄の仕業だろう。
報連相は大事だといつもうるさいくせに、まんまとやってくれたな、兄め。今日は絶対にわざとだろう。今頃、したり顔で笑ってそうだ。
事実、
長男は自分だけ用があって参加出来ないことに不満を抱いていたので、助っ人を呼んでいた事は内緒にしていた。
「ん? 仕方ないよね? だってさ、この案件は誰が行ってもいいやつなんだよ? なのになぜ私が? 私だって悪巧みに参加したかったのにさ」
とにかく、とんでもなく強力な助っ人を連れてきてくれたおかげで、あっという間に、それでいて完膚なきまでにスチュワート家を叩きのめす事に成功した。
その後は皆、スッキリと満足げな顔をして、ちょっとしたパーティーを開き、何も知らないフィオナと楽しんだ。
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今更だが、俺はアルドラ侯爵家の次男エドワード。
優秀な兄がいるのでこの家の心配はいらない。
諜報部隊を率いる伯父の養子に望まれ、幼い頃から指導を受けていた。あの時の女装も潜入捜査の一環だった。
フィオナは我が家の養子になった。
平民でもできるあたりまえの教育から始まって、5年かけて貴族として必要最低限なマナーは身につけたし、魔法も使えるようになった。俺はもちろんのこと、両親と兄にも溺愛され、感情も表現できるようになった。
俺が視界に入ると、明らかに安心するフィオナが可愛い。
些細なことでも1番に報告してくるフィオナが可愛い。
3年かかってやっと俺のことをエドと呼べるようになったフィオナが可愛い。
俺が誰にも言うなよと言えば、口の前で人差し指を交差させ、バッテンを作ってうなずくフィオナは超絶可愛い。
あの時、お前と出会えて本当に良かった。
*****
「自分の息子なのにこんなことを言うのはあれだけど、本当にエドワードでいいのかしら? 口は悪いし、ガサツで、全くもって貴族らしく見えないじゃない? あれはチンピラよ、チ・ン・ピ・ラ。 今ではあなたの方が立派な淑女で貴族だもの。それにフィオナには沢山の釣書が届いていたのに・・・もったいなかったわ」
頬に手をあて、困った顔をするお義母様。
「ふふ。 お義母様、私はエドがいいのです」
「・・・そう。フィオナが良いのならいいのだけど・・・。まあ、あれでもいちおう私の可愛い息子だし。 ん? やっぱり可愛いは違うかしら・・・? 」
ふふ、このやりとりを何度繰り返したかわからない。
もう明日ですよ? エドと私の結婚式。
エドは私の目を見ても、普通に話をしてくれた。
たったそれだけで私の心は救われた。
チョロすぎると言って、エドは笑った。
確かにチョロいなって思って、私も笑った。
でもね、エド。
他の人が同じようにしても、私は何とも思わなかったの。自分でも不思議なくらいに。
ふふ、本当よ?
気分転換に見晴らしのいい丘に転移した。
青い空に、澄んだ空気に、きれいな景色。そして明日は結婚式。
なんだか無性に叫びたくなってきたわ!
「エドーぉぉぉ! 」
もう1度、大きく息を吸い込んでから
「ありがとうぉぉぉー!」
ふぅ、スッキリ。
パタンと何も気にせず大の字で寝転がる。
んー、気持ちいい。
「おいおいフィオナさんよ・・・。今のはエド大好きぃ、もしくはエド愛してるぅって叫ぶところだったよな?」
私を見下ろしながら、残念な子を見る目で不満を言うエド。
もう驚かなくなったけど、いつも突然やってくるエド。
どうしていつも私の居場所を知っているのかしら?
でも会いたいなと思っていたからちょうど良かったのかも?
うん、そういうことにしておこう。
甘えるように両腕をエドに向けて伸ばすと、しかたねえなぁって顔をしながらも、優しく起こしてくれて、背中についた汚れをパンパンとはらってくれた。
すぐにぎゅうっと抱きしめられる。
「いいんだよな? 俺で」
「もーう、みんなそればっかり!」
「想像以上にいい女に育ったからな」
「頑張ったのは、ずっとエドのそばにいたかったから!」
この髪色と目を持っていると、絶対にモテると聞いていたけど、実際学園に通うと本当にその通りで、躱すのが大変だった。
(モテた事がなかったので)
面倒くさそうにしながらも、エドがいつも助けてくれた。
「バカなままのフィオナでも良かったけどな。あれはあれでめちゃくちゃ可愛いかったし。くくっ」
きっと、本当におバカなままの私でも、エドは手を離さないでくれたと思う。
「愛って言葉も、意味もわからないままの? 今ならちゃんと理解してるよ? 」
もちろんエドからが1番だったけど、お義父様、お義母様、お義兄様、それにジーナ。 みんなからたくさんの愛をもらったし、幸せの意味も知りました。
本当に感謝でいっぱいです。ありがとうございました。
「そりゃ、そこは俺が直々に、しかも重点的に指導したからな」
見上げる私と、ドヤ顔で私を見下ろすエド。
ふふ。その悪そうな顔は、お義母様がエドのことをチンピラって言うのも頷けるわ。
「ふふ。 愛してるわ、エド」
「ああ、俺も愛してる」
ほらみなさい!
絶対に何かしらやらかすと思ったのよ!
あんのバカ息子は!
あと1日がガマン出来ないなんて!
んもう、信じられない!
変態エロチンピラめっ!
結婚式前日に、今までを振り返って最高潮に盛り上がってしまったエドワードとフィオナ。
当日の花嫁の動きがアレすぎて、2人の目の下のクマが酷すぎて、出席した全員が察しましたとさ。
スチュワート家はもうありません。
生き残りはいるのでしょうか?
いたとしても、生きてる方がツラいでしょうねぇ。
ありがとうございました。




