第41話:地上の「勇者」が、要塞のインターホンを鳴らした件。~「聖女を返せ? ああ、今お風呂掃除(物理攻撃)中だけど」~
ハート型の月が夜空に居座り、月の女王が親指サイズで飼われるようになった数日後。
空中要塞のメインエントランス――カナタが「いちいち空間を裂くのは物騒だ」という理由で設置した、極めて一般的な「一軒家風の玄関ドア」の前で、一人の青年が絶叫していた。
「開けろ! この邪悪なる浮遊城の主め! 囚われの聖女セレスティア様と、エリュシオンの王女リリアーヌ様を今すぐ解放しろ!」
彼の名は、勇者カイル。地上の諸国連合が、月の異変と空中要塞の脅威に対抗するために選出した、伝説の聖剣の担い手である。
彼は幾多の試練を乗り越え(カナタがうっかり放置していた「データの残骸」である魔物を倒しながら)、ついにこの要塞へと辿り着いたのだ。
ピンポーン。
カイルが勢いよくインターホンを叩きつけると、スピーカーから気の抜けたような、けれどどこか冷ややかな声が響いた。
『……はい、どちら様でしょうか。……カナタさんは今、新しい「動画レイアウト」の構想で忙しいのですが』
「動画? 何を言っている! 私は勇者カイルだ! 貴様が弄んでいる二人の高貴なる女性を救い出しに来た! 今すぐこの扉を――」
ガチャリ。
扉が開いた。カイルは聖剣を構え、邪悪な魔王との死闘を覚悟した。
だが、そこに立っていたのは、純白のメイド服に身を包み、手に「血と魔力で汚れた巨大なデッキブラシ」を握りしめた、かつての聖女セレスティアだった。
「……セレスティア様!? ああ、無事だったのですね! さあ、私と一緒に逃げましょう!」
「……逃げる? ……どこへ、ですか」
セレスティアの声には、感情という名の彩りが一切なかった。
彼女の瞳は虚空を見つめ、カイルという「勇者」の存在など、まるで廊下の隅に落ちている埃程度にしか認識していない。
「何を仰るのです! この城の主に洗脳されているのでしょう? 大丈夫です、私の聖剣の光が、貴女の闇を――」
「……喧しい。……主様は今、お休み中。……そして、私は今……お風呂場の『頑固な汚れ(月の魔力の残りカス)』を削り取るのに……忙しいんです……ッ!」
セレスティアがブラシを一振りした。
ただの掃除道具のはずのそれが、空間そのものを削り取る「破壊の軌跡」となってカイルを襲う。
「なっ……がはぁぁっ!?」
カイルは伝説の聖剣で受け止めるが、その圧倒的な「執念」の重さに、膝が床にめり込んだ。
「な、何という力……! これが、かつて慈愛に満ちていた聖女様の力なのか……!?」
「……慈愛? ……そんなもの、主様の足を磨くためのオイルにもなりません。……主様に磨き上げられた今の私は……不純物を、一粒残さず、消去するだけの……掃除機です……ッ!」
セレスティアの背後に、黒い魔力が渦を巻く。
そこへ、リビングからカナタが欠伸をしながら顔を出した。その肩には、小さな鳥籠に入れられた「親指サイズの月の女王セレナ」が乗っている。
「……お、セレスティア。誰か来たのか? 宅急便か?」
「いえ、カナタ様。……玄関に、少し大きな『粗大ゴミ』が落ちていただけです。……今すぐ、破棄してきますので」
「あ、そうなの? じゃあついでにゴミ出し頼むわ。テツ、玄関の『重力設定』、この客に合わせて100倍にしてやれよ。うるさいからさ」
『了解です、カナタさん。……勇者さん、運が悪いですね。今のカナタさん、ちょうど「編集ミス」でイライラしてるんですよ』
テツがエンターキーを叩いた瞬間、カイルの全身に絶望的な圧力がかかった。
伝説の聖剣が悲鳴を上げて折れ、勇者の矜持とともに、彼は床に這いつくばった。
「ば、馬鹿な……。私は……世界を救う、勇者……なのだぞ……」
「勇者? ……ああ、なんかそんな『設定』のモブキャラもいたな。……テツ、こいつのステータス、全部『初期値(Lv1)』に書き換えておけ。……あ、あと装備品は全部『リサイクル素材』に変換して、要塞の新しい家具の部品にしようぜ」
「なっ……私の、聖剣が……ガラクタに……ッ!!」
勇者カイル。
かつて希望の光と呼ばれた男は、カナタの「うっかりした編集」によって、一瞬でレベル1の村人へとランクダウンさせられた。
そして彼は、セレスティアによって「不燃ゴミ」として要塞の外へと放り出されることになる。
地上最強の戦力すら、空中要塞の中では「掃除の邪魔なオブジェクト」に過ぎない。
カナタの無自覚な蹂躙は、ついに地上の「正義」すらも、ただのデータの塵へと変え始めていた。
【次回予告】
第42話:『ゴミ捨て場から拾われた勇者。~「今日からお前は、この庭の自動芝刈り機だ」~』
レベル1に落とされ、捨てられた勇者カイル。
だが、彼を拾ったのは……カナタに「新しいおもちゃ」を求めていたリリアーヌ王女だった!?
「勇者様、わたくしのペットになって、要塞の雑用をこなしてみませんか?」
勇者の、屈辱に満ちた(けれど本人には意外と悪くない)第二の人生が始まる!
【作者よりお願い】
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
ページ下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価いただけると、執筆の大きな励みになります!
ブックマーク登録も、ぜひポチッとよろしくお願いいたします!




