第38話:二つの月。~「偽物の月を、本物が喰らいに来ました」~
黄金の障壁『アイギス』が、巨神兵の銀光を弾き返す。
かつてカナタが「邪魔なデータ」としてデリートした帝国の遺産は、今や要塞を守る唯一の盾として、その怨念を輝きに変えていた。
「ハハハ! 往あがけ、無力なクリエイターよ! だが、一つの巨神兵を止めたところで、何が変わる!」
巨神兵の中から響く少女の声が、嘲笑を帯びる。
その瞬間、空中要塞を覆っていた「夜」が、さらなる深い闇に飲み込まれた。
「……テツ、空が……重い。なんだ、この重力エラーは」
カナタの視界、モニターに表示される『空間密度』の数値が、異常な速度で跳ね上がっていく。
見上げれば、そこにはカナタが作った『ハート型の月』の背後から、それを飲み込むほど巨大な、本物の「月」の影が迫っていた。
『カナタさん! 冗談じゃありませんよ! 月の本拠地……「真・月球都市」が、物理的に座標をズラして、この要塞を押し潰しに来てます! これはもう編集とかそういうレベルじゃない、「質量による暴力」です!』
天体が、降ってくる。
月球都市から放たれる超重圧は、黄金の障壁さえもミシミシと軋ませ、ルナたちの体を地面へと縫い止めた。
「……あ、が……っ。主様、逃げて……。これ……防げない……ッ!」
セレスティアが血を吐きながら叫ぶ。ルナも、リリアーヌも、自らの魔力が重力によって「圧縮」され、発動すらままならない。
カナタの脳内には『警告:物理演算限界突破』のアラートが狂ったように鳴り響く。要塞が耐えられる限界時間は、あと数十秒もない。
「……逃げろって言われてもな。俺の部屋は、ここなんだよ」
カナタは、震える手で血に濡れたキーボードを叩いた。
意識は朦朧とし、思考回路はオーバーヒート寸前。だが、彼の瞳だけは、降下してくる巨大な月を冷徹に見据えていた。
「テツ……。この要塞の『空き容量』、まだ残ってるか?」
『……は? 何を言って……。月をデリートした分の空白ならありますけど、まさか……』
「ああ。……『真・月球都市』。デカすぎて消せないなら……この要塞の『サブ・フォルダ』として、まるごと取り込んでやる」
『狂ってますよ! そんなことしたら、要塞のシステムが月ごとの質量に耐えきれずに爆発――』
「――爆発する前に、俺が『圧縮』してやるんだよ!」
カナタが叫び、全神経を込めて最後の一撃を放った。
彼が選択したのは、編集ソフトの基本中の基本。けれど、天体に対して行えば世界の理を崩壊させる禁断の操作。
「【フォルダ作成:月球都市格納用】……ターゲット、真・月球都市すべて! ……一括選択して、――『zip圧縮』をかける!!」
世界から、一瞬だけ「音」が消えた。
降下していた巨大な天体が、カナタの指先が描いた『選択範囲』に包まれた瞬間、物理法則を無視した「データ圧縮」が開始された。
数万キロの質量が、数メートル、数センチ……。
空間が激しくねじれ、青白いスパークが夜空を埋め尽くす。
そして――。
「……は、ぁ……。……はぁ、はぁ……」
静寂が戻った。
空には、カナタが作った『ハート型の月』だけが、何事もなかったかのように輝いている。
そして、カナタの手元には、手のひらサイズの小さな、銀色に光る『zipファイル(結晶体)』が転がっていた。
「な、何だ……我が都市が……我が民が……どこへ消えた……!?」
動力源を失った巨神兵が、力なく膝をつく。
カナタは、その小さな結晶を弄びながら、冷たい視線を巨神兵へ向けた。
「……お前の家は、今ここに『圧縮』した。……後で俺のPCの、一番奥にある『絶対開かないフォルダ』に放り込んでやるよ」
「カナタ様……っ!」
ルナが、ふらつく体でカナタに抱きついた。セレスティアも、リリアーヌも、信じられないものを見る目でカナタを見つめている。
月の本拠地をまるごと「アーカイブ」するという、神をも恐れぬ暴挙。
だが、この勝利の代償は、カナタの肉体に大きな変化をもたらそうとしていた。
【次回予告】
第39話:『解凍厳禁。~「主様、このファイルから変な悲鳴が聞こえます」~』
月の都市を圧縮して解決……と思いきや、要塞のハードディスク(魔力炉)がパンク寸前!
圧縮された都市を「正常に動作させる」ために、カナタは要塞内の別レイヤーに『月面庭園』を作ることに。
さらに、圧縮された中から「月の女王」が、ちんまりとしたサイズで這い出してきて――!?
【作者よりお願い】
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