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第25話:真夜中の要塞。~「主様の寝顔を録画するのは、メイドの基本業務ですよね?」~

空中要塞に、深い夜が訪れた。

 窓の外には、カナタが「背景レイヤー」として貼り付けた、永遠に満月が輝く静謐な夜空が広がっている。地上では決して拝めない、不自然なほどに巨大で美しい月光が、要塞の冷たい廊下を青白く照らしていた。

 その静寂を破るのは、微かな、けれど規則的な布の擦れる音だけだ。

「……はぁ、はぁ……。主様……カナタ、様……」

 暗い廊下を這うように進む影があった。それは、ルナによって徹底的に「教育」され、その精神の芯まで作り替えられたはずのセレスティアだった。

 彼女が纏うメイド服のフリルは、月光を浴びて不気味なほど白く浮き立っている。

 彼女の脳内では、未だに「加速」した時間の残響が鳴り響いていた。

 数百年分にも等しい、掃除と奉仕の記憶。

 そのあまりに巨大な苦痛の果てに、彼女の心は「カナタに触れられた瞬間の快感」を唯一の生存理由として定義してしまった。

 ルナが植え付けた「恐怖」と、カナタが与えた一瞬の「温もり」。その二つが彼女の中で歪に混ざり合い、もはや自分でも制御不能な執着へと進化していたのだ。

(ルナ様には、内緒……。見つかったら、殺される。……でも、磨かなきゃ。主様の寝室にある、わずかな汚れを……私が、この手で、綺麗に……!)

 彼女の手には、使い古された雑巾ではなく、テツが開発した「高画質記録用クリスタル」が握られていた。

 彼女にとって、主の寝顔を記録し、それを何度も見返すことは、もはや「魂の洗浄(掃除)」と同じ意味を持っていた。

 セレスティアは、カナタの寝室の前に辿り着いた。

 本来ならルナが張り巡らせた「侵入者検知レイヤー」に触れた瞬間にデリートされるはずだが、彼女は元聖女としての魔力を、今や「隠密」と「透過」のためだけに全振りしていた。執念が、神話級のセキュリティを一時的にバグらせたのだ。

 ガチャリ、と音を立てずにドアが開く。

 寝室の中では、カナタが穏やかな寝息を立てていた。

「……あ、ぁ……。主様……」

 セレスティアは、獲物を見つけた獣のような、あるいは救済を求める信者のような足取りでベッドに近づく。

 クリスタルを掲げ、録画を開始しようとしたその瞬間――。

「――そのデバイス、どの『ゴミ箱』に捨ててほしいですか?」

 背後から、氷よりも冷たい声が降ってきた。

 セレスティアの全身が、凍りついたように硬直する。

 振り返るまでもない。部屋の隅、影の中から、銀髪を月光に光らせたルナが、ゆらりと姿を現した。

 彼女の手に握られた杖からは、セレスティアを一瞬で炭化させるに十分な、どす黒い魔力が溢れ出している。

「ル、ナ……様……」

「セレスティア。貴女には、バッテリーとしての効率を高めるために、夜間は『スリープモード』に入るよう命じたはずです。……まさか、私の許可なく、カナタ様のプライバシーという名の聖域を汚そうとするなんて」

 ルナの微笑みは、もはや人間のそれではない。

 彼女が指先を小さく動かすと、セレスティアの周囲の空間が「圧縮」され始めた。ミシミシと骨が軋む音が、静かな寝室に響く。

「ま、待って……ください……。私は、ただ……主様の、お側で……掃除を……」

「掃除? ……ふふ、そうですね。確かに、不純物は早めに掃除しなければなりません。……例えば、カナタ様の寝顔を録画しようとした、その薄汚れた指とか」

 ルナが杖を振り上げた、その時。

 ベッドの上で、カナタが「うーん……」と声を漏らし、寝返りを打った。

 二人の聖女の動きが、ピタリと止まる。

 ルナは瞬時に殺意を隠し、慈愛に満ちた(けれど目は一切笑っていない)聖女の表情へと切り替えた。

「……シッ。カナタ様の安眠を妨げる者は、万死に値しますよ、セレスティア。……続きは、地下の『再々教育房』でやりましょうか。あそこなら、時間の加速をさらに一万倍に設定できますから」

「……っ!? い、いや……あ、ぁあぁ……っ!」

 セレスティアは悲鳴を飲み込み、ルナによって再び影の中へと引きずり込まれていった。

 翌朝。

 カナタが目を覚ますと、そこにはいつも通り、完璧な笑顔のルナが立っていた。

「おはようございます、カナタ様。昨夜はよく眠れましたか?」

「ああ、ルナ。……なんか変な夢を見た気がするけど、ぐっすりだったよ。……そういえば、セレスティアは? 掃除してるのか?」

「はい。彼女、昨夜の教育がよほど身に染みたようで……。今は地下で、原子レベルまで床を磨き上げることに没頭されています。……ふふ、本当に、使い勝手の良い道具になってくれました」

 カナタは「熱心だなあ」と感心しながら、テツが用意した朝食に手を伸ばした。

 自分の足元で、一人の聖女が狂気と忠誠の狭間で崩壊し続けていることなど、彼は一生知ることはないのだろう。

【次回予告】

第26話:『要塞の「ゴミ捨て場」から、とんでもないものが這い出してきた件。』

カナタが「デリート」したはずのデータの残骸。

それがゴミ箱の中で融合し、意思を持った「バグの怪物」として襲いかかる!?

さらに、セレスティアが「主様を救うため」と称して、ルナの制御を振り切る暴挙に……!

【作者よりお願い】

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