第24話:『陥落した聖女と、夜の「お仕置き」。~「カナタ様、新しいメイドが失敗したので、私が責任を取って添い寝します」~』
「加速」した時間が、ようやく正常な拍動を取り戻した。
空中要塞の最上階テラス。カナタが【タイム編集】のシークバーを元の位置に戻した瞬間、要塞内に満ちていた異常な魔力の高鳴りは、霧が晴れるように静まり返った。
「ふぅ……。テツ、設定はこれで完璧だな。お風呂の時間は体感一時間、現実は一分。これぞタイムマネジメントの極致だろ」
『……まあ、カナタさんが満足ならいいんですけど。でも今の「歪み」、下の階にいた人たちには結構な負担だったんじゃないですか?』
テツが心配そうにタブレットの数値を確認するが、カナタは「まさか」と笑って受け流した。彼にとって、今の操作は動画の再生速度を変える程度の、ごく当たり前の作業に過ぎなかったからだ。
だが、その「当たり前」の代償を支払わされた者が、今、リビングの重厚な扉の前に立っていた。
「……カナタ様。新しい『掃除用具』の初期設定が完了いたしました。お披露目してもよろしいでしょうか?」
扉が開き、ルナが静かに姿を現す。その背後には、虚ろな瞳をした一人の少女が、糸の切れた人形のように力なく立っていた。
「あ、ルナ。……え、その子は?」
「ゼノス帝国の第二聖女、セレスティアです。先ほど、要塞の不法侵入者として捕獲いたしましたが……再教育の結果、自らの過ちを悟り、これからはこの要塞の掃除婦として、その命を捧げることを誓いました」
カナタの前に引き出されたセレスティアは、かつての凛とした聖女の面影など微塵もなかった。
ルナに命じられた通り、屈辱的なフリルが踊るメイド服に身を包み、その震える膝を床につく。
「……あ、あう……。あ……じ、主……様……」
彼女の脳裏には、先ほどまで「加速」した時間の中で繰り返された、数百年分にも感じられた過酷な労働の記憶が刻み込まれている。
指先はまだ熱く、視界には磨き上げられた床の残像が焼き付いて離れない。
目の前にいる男が、自分の故郷を消し去った張本人。……はずなのに。
(この人が……私の、神様……。この人が、指を鳴らすだけで……世界は、変わる……)
極限まで摩耗した彼女の精神は、カナタの圧倒的な「力」を目の当たりにした瞬間、恐怖を通り越して異常な崇拝へと反転してしまった。
強大な捕食者の前で、ただ平伏し、その慈悲を乞うことでしか、もはや自分の存在を定義できなくなっていたのだ。
「……よろしく、セレスティア。まあ、無理はしないでいいからな。ルナ、あんまり厳しくしすぎるなよ?」
カナタが何気なく、セレスティアの頭に手を置いた。
その瞬間、彼女の全身に電流が走ったような衝撃が突き抜ける。
「ひ、あ……ぁ……っ!」
神聖な癒しの魔法でも、聖剣の祝福でもない。ただの「主」としての接触。
それが、壊れかけた彼女の心に、この上ない快感と安らぎを与えてしまった。
彼女の瞳に、歪んだ熱が宿る。それはかつて彼女が守っていた「慈愛」などではなく、自分を壊した者への狂気的な依存の光だった。
だが、その光を見逃すほど、ルナは甘くはなかった。
「――カナタ様。その汚いゴミに触れるのはお止めください。手が汚れてしまいます」
ルナが割って入り、カナタの手をセレスティアから引き剥がす。彼女の笑顔は完璧だったが、その背後に展開された魔法陣からは、セレスティアを一瞬で分子レベルまで分解せんとする殺意が漏れ出していた。
「セレスティア、貴女。……今の接触で、何を『期待』しましたか? 貴女の役割はバッテリーであり、モップです。カナタ様の温もりを感じるなど、万死に値する越権行為ですよ」
「……う、あ……ごめんなさ、い……ルナ様……。私は、ただ……磨くだけの、道具、ですから……」
セレスティアは震えながら床に額を擦り付ける。
ルナは冷たく彼女を見下ろすと、カナタを抱き寄せるようにして宣言した。
「新しいメイドが、初日から主人を誘惑するという重罪を犯しました。……これは私の教育不足です。カナタ様、今夜は責任を取って、私が貴方の傍で一晩中『お仕置き』の……いえ、特別なケアをさせていただきます」
「え、いや、俺は別に怒ってないし、添い寝とかは――」
「拒否は認められません。……テツ君、ジーク。貴方たちも、今夜はそれぞれの持ち場から一歩も出ないように。もし廊下で不審な物音を聞いたら……その時は、分かっていますね?」
ルナの放つ圧迫感に、要塞全体が小さく震えた。
空中要塞という、外界から遮断された閉鎖空間。
そこで、無自覚な神であるカナタを巡る、ヤンデレ聖女と陥落したメイドによる、静かで、けれど逃げ場のない愛の戦争が幕を開けようとしていた。
【次回予告】
第25話:『真夜中の要塞。~「主様の寝顔を録画するのは、メイドの基本業務ですよね?」~』
ルナの目を盗み、カナタの寝室へ忍び込む影。
それは、掃除への執着を「主への執着」へと履き違えたセレスティアだった!?
夜の要塞で、二人の聖女による血の気の引くような鬼ごっこが始まる!
【作者よりお願い】
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