第23話:聖女の再教育。~「バッテリー兼メイドとして、一生カナタ様を支えなさい」~
空中要塞のエントランスホールに、絶望に満ちた呻きが響いていた。
かつてゼノス帝国の至宝と謳われ、数百万の民から崇められていた第二聖女セレスティアは今、冷たい大理石の床に這いつくばっていた。
彼女の四肢には、ルナの魔力によって編み上げられた漆黒の「拘束呪印」が、血管を浮き上がらせるほどに深く食い込んでいる。その鎖は単に自由を奪うだけではない。セレスティアが必死に練り上げた神聖魔力を、触れるたびに無慈悲に吸い上げ、要塞を維持するためのエネルギーへと変換し続けていた。
「……あ、が……っ。おのれ、邪悪な、魔女……め……!」
「魔女、ですか。カナタ様以外のすべてを排除し、掃除し、整える。それが魔女と呼ばれる行為だと言うのなら、私は喜んでその名を受け入れましょう」
ルナは優雅な足取りでセレスティアの側に歩み寄ると、その長い銀髪を無造作に掴んで顔を上げさせた。ルナの瞳には、怒りも、憐れみもない。ただ、効率の悪い機械をどう修理すべきか検討するような、冷徹な観察の光だけが宿っている。
「ですが、今の貴女は魔女に罵声を浴びせる権利すらありません。貴女に与えられた役割は、この要塞の埃を拭い、カナタ様の足元を清めるための『動く魔導バッテリー』。それ以上の意志など、この神域には不要なのです」
「誰が……貴女たちの、言いなりになんて……っ!」
「あら、意志が強いのは良いことです。教育のしがいがありますから」
ルナがパチンと指を鳴らすと、虚空から一枚の布きれが現れた。それは、セレスティアがこれまで身に纏っていた高潔な聖衣とは対極にある、過剰なフリルと露出度の高いカッティングが施された、悪趣味なほどに扇情的な「メイド服」だった。
「……なっ!? 何よ、その、破廉恥な服は……!?」
「服? いいえ、これは『拘束具』の一種です。この布地にはカナタ様の【空間編集】の残滓が織り込まれています。これを纏うことで、貴女の存在定義は『帝国の聖女』から『要塞の奴隷』へと書き換えられる。物理的な抵抗は、もはや無意味になるのです」
ルナの魔力がセレスティアの全身を包み込み、強制的な換装が始まった。叫ぼうとしても声が出ない。ただ、肌を滑る不快な布の感触と、自分のアイデンティティが剥ぎ取られていく感覚に、セレスティアの瞳から涙が溢れ出した。
さらに、追い打ちをかけるように要塞全体が激しく震動した。
最上階でカナタが何気なく操作した【タイム編集】。それは要塞内部の物理法則を書き換え、セレスティアの主観時間を数千倍へと引き延ばしたのだ。
「……あ、あぁっ!? 体が、止まらない……! 手が、手が千切れる……っ!?」
セレスティアは悲鳴を上げた。だが、その悲鳴さえも「加速」した時間の中では、間伸びしたノイズのように霧散していく。
彼女の視界では、窓の外を流れる雲がピタリと静止している。
一秒が、一分に。一分が、一時間に。
永遠とも思える静寂の中で、彼女の肉体だけが「要塞を清める」というルナの命令に従い、超高速で駆動し続けていた。
(止めて……誰か、止めて! 指先が、熱い……皮膚が摩擦で焼け落ちそう……!)
雑巾を握る指先からは、猛烈な熱が発生していた。本来なら摩擦熱で発火するはずの速度だが、ルナの魔力が彼女の肉体を「壊れない程度」に修復し続け、強制的に労働を継続させる。
一往復、二往復。一万回、十万回。
ただ床を磨くという単純作業が、セレスティアの精神を削り取っていく。
(私は……帝国の聖女。お父様のために、復讐を……。復讐、しなきゃ……)
最初は、燃えるような怒りがあった。自分を弄ぶ男への憎悪と、誇りがあった。
だが、百時間を超える「掃除」という名の拷問の前では、そんな崇高な感情は維持できない。意識が混濁し始める。
復讐? 帝国? そんなものは、今の彼女にとってはどうでもいい「過去のデータ」に過ぎなかった。
今の彼女にとっての「世界のすべて」は、目の前にある大理石のくすみと、それを拭い去る手の動きだけだ。
(あ……あそこ、まだ汚れが……。消さなきゃ。あそこを綺麗にしないと、ルナ様に、怒られる……)
恐怖がいつしか、依存へと変わる。あまりの苦痛に耐えかねた脳が、生存本能として「ルナに褒められること」を唯一の救いだと誤認し始めたのだ。
(見て……見てください、ルナ様。こんなに、ピカピカに……。ほら、私の顔が、床に映ってる……。綺麗……すごく、綺麗……)
かつて聖剣を振るい、神の言葉を代弁していた少女の瞳から、知性の光が消えていく。代わりに宿ったのは、磨き上げられた床の輝きに陶酔する、空っぽな恍惚だった。
彼女の魂は、時間の加速の中で「帝国の聖女」という人格を摩耗させ、完全に削り取られた。残ったのは、主人に尽くし、場所を清めることに異常な快感を感じるように「再定義」された、高性能なメイド人形の残骸だけだ。
「あら、素晴らしい勤勉さですね。カナタ様の【タイム編集】にこれほど早く適応するとは。……これなら、予定よりも早く教育が終わるかもしれませんね」
ルナが冷たく、けれど満足げに微笑む。
加速が解かれた瞬間、セレスティアはその場に崩れ落ちた。だが、その手はまだ、無意識に床をなぞっている。
「……あ、カナタ様……。掃除……終わりました……。もっと、もっと磨かせて、ください……」
掠れた声で漏れたのは、復讐の言葉ではなく、忠誠の誓いだった。
一方、そんな凄惨な「教育」の結果など知る由もないカナタは、最上階のテラスでテツと新しいデバイスの調整に夢中になっていた。
「よし、テツ! 時間の加速設定、バッチリだな。これでこの要塞は、文字通り『外の世界から隔絶された楽園』になったわけだ」
『ええ……まあ、カナタさんがそう言うなら。でも、何だかさっきから階下で、凄まじい魔力の共鳴と、悲鳴のような何かが聞こえた気がするんですけど……?』
「気のせいだろ。ルナが何か新しい掃除機でも試してるんじゃないか?」
カナタの「うっかり」は、一人の聖女の誇りを完全に粉砕し、ヤンデレ聖女の忠実な僕へと作り替えてしまった。
【次回予告】
第24話:『陥落した聖女と、夜の「お仕置き」。~「カナタ様、新しいメイドが失敗したので、私が責任を取って添い寝します」~』
完全に心が折れたセレスティアが、ついにカナタの前に引き出される!
主人の顔を見た瞬間、彼女の中に芽生えたのは……憎しみではなく、異常な執着だった!?
【作者よりお願い】
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