めぐりあい異世界(そら)
「で、どうしてここにいるんですか、父上?」
取調室での騒動があってから、ラシオンがガルンデルとパヤルカに何かの命令を出し、自分の上着を脱いで天城の頭からかぶせて顔が見えないようにして連れて来たのがここ、王のプライベートな応接の間だった。
ラシオンとノルガー、そして天城の3人がソファに腰を下ろした直後、ラシオンの発した第一声があれなのは当たり前なんだろうけど…
「わからん」
「は?」
ケロッと答える天城に、ラシオンは呆気に取られた。
「私もなんで私がここに来ているのかわからない」
「ボケたな…」
ノルガーがぶつりと言って、心配そうな顔で「そうか…」と頷くラシオン。
「違うわ!この不孝行息子どもが。先、ここで逮捕される直前のことまでははっきり覚えているんだよ」
「ほう、ではそれまで何をーー」
と言っていた瞬間、いきなり部屋の扉が開かれ、小さい人影が飛んできて天城の膝に飛び乗った。
「おじいさま!」
「えっ?」
膝に飛び乗っては天城の首に抱きつく、三毛猫のフェリノイの少女。
「お、おじいさま?私が?」
そんな少女の後を追って、優雅な歩きで部屋に入ってくる、綺麗なドレスを着ているシャム猫の貴婦人。
「これ、アーシャ姫、お行儀悪いではありませんか。
…お久しぶりです、お父様」
ノルガーに続いて、ここにいてはいけないような気がするフェリノイが続々登場して戸惑いを感じながらも、天城はやっとのことで正気を保って相手に反応した。
「まさか…お前、イーシャなのか?」
「はい、お父様。お会いしとうございました!」
優雅な仕草はどこに捨てたのか、扉が閉まった途端、ドドドと走ってきては先の少女と同じく天城に抱きつく貴婦人、いや、イーシャ。
「やれやれ、お前がそれではアーシャにお行儀悪いとか言えないのではないか?」
「お黙りくださいまし、陛下。
いいえ、お父様の前ですから、『お兄様』と呼ぶべきでしょうか?」
天城を放して姿勢を正したイーシャとラシオンの皮肉合戦をよそに、開いた口が塞がらないまま見下ろした、天城の首にいまだにぎゅうっと抱きついている少女の後ろ頭の模様は彼の記憶にあるものだった。
「…アーシャ?」
「はい!おじいさま!」
「ぐえっ」
満面の笑みをこちらに向けるフェリノイ少女の顔は、間違いなく天城の末っ子の愛娘、アーシャだった、が。
「アーシャや?おじいさま?お父様じゃなくて?」
と恐る恐る抗議してみたものの
「何をおっしゃいます、父上?」
「その子、前世から親父のこと、じじいと呼んでたぜ?」
「あら、ノルガーお兄様?『おじいちゃん』だったでしょう?」
「おじいさまはおじいさまなの!」
見事な4連撃で、天城はやむなく撃沈されてしまった。
「いやいやいや、乳飲み子だったお前を道端で拾って、猫用ミルクを飲ませながら育てたんだから?ママは無理でもお父さんなんだろう…が…」
「お父様ならあっちにいるじゃない」
と、ラシオンの方を指差すアーシャ。
「こら、アーシャ。行儀悪いぞ?」
微笑ましい視線で、軽く懲らしめるラシオン。
「…あ?ラシオン、お前この子の…」
「父です。ちなみにイーシャは私の妻にしてこの国の王妃」
お前ら兄妹だったのでは…と言いかけて、天城は猫たち全員血縁ではなかったことを思い出した。
知り合いから迎えてきた、ロシアンブルーのラシオン
里親募集の投稿を見て迎えて来た、アメリカンショートヘアのノルガー
保護された捨て猫を迎えて来た、シャムのイーシャ
先程言った通り、道端で彷徨う乳飲み子を保護してそのまま末っ子になった。三毛猫のアーシャ
4匹全員が赤の他人…他猫?なのに、そんなことは気にせず家族として仲良く暮らしていたから当たり前のように「兄妹」で、自分の子どもたちだと思っていたのだ。
それが、いったいどういう偶然の積み重ねなのか、全員が同じ世界で、同じ世代に転生して本当の家族になっているなんて…
「奇跡…かな」
「はい?」
「お前らが本当の家族として転生したことが…奇跡にしか思えないんだよ。
それに比べると、私がここに来れたことなど、些細なことかも。
いやいやいや、それでもな、お前ら全員前世の記憶を持っていたのか?」
「ああ、それがですね…最初から思い出していた訳ではありませんでした。
私の場合、実の弟として生まれたノルガーを見た瞬間、前世のことを思い出せたんですし」
「ボクは、物心がついたごろ、兄上に『私のこと、覚えてるか?』と聞かれて思い出せたんだ」
「私はですね、婚約者として初対面した時思い出して、『お兄様?』と呼んでしまって…あまりにも急なことでしたから、すごく恥をかいてしまいました。そしてアーシャ姫は…」
「お父様とお母様のお顔を見た瞬間、全てわかっちゃったの!」
自慢げに言い張るアーシャに、苦笑する王夫婦。
「と言っていますけど、それが本当かどうかはわかりませんね。とにかく意味のある言葉を話せるようになるまで、何を言っているかわかったもんじゃなかったから」
「そんなこと言うからお父様嫌い!」
「そうですね。陛下って、あんな方だから嫌われやすい」
「お前ら…」
そんな家族をジト目で見ながら、ノルガーが割り入る。
「あのな、家族仲睦まじいのは大いに結構だけど、それ以前に大事なことを忘れていない?」
「あ、そうだったか。それで、父上?」
微笑ましい気持ちで家族団欒を見守っていた天城は、いきなり自分に向かわれた視線にギョッとした。
「む?なんだね?」
「いや、だからどうやってここに来られたか聞いていたじゃないですか。私の場合、世界渡りの法術で彼方に行けたけど、父上の場合、何をどうしたんですか?確かにチキュウにはそんな術はないとおっしゃいましたね?」
「ああ、それか。私の知っている限りでは、ないな」
「しかし、こちらに現れる直前までは覚えていると言ったんだろ?」
「それは覚えているよ、ノルガー。確かに、ラシオンが家にあった『あのおやつ』を全部食べてしまったので…」
「ちょっと待ったー!お父様、今なんと?」
いきなり少々荒い言い方になったイーシャ。
「あ?あれだ、あれ。『トロッとしたペーストのおやつ』。お前たちの前世の大好物だった…」
言いかけた瞬間、天城は奇妙な寒気を感じた気がした。
「お・に・い・さ・ま?」
「兄貴ぃ?」
「お父様?」
「ち、父上!あれのことはどうでもいいじゃないか!」
なんか全員が殺気立てていて、天城が先ほどの寒気はこれのせいだったと呑気に思っている側で、ラシオンは慌てて言い方までめちゃくちゃになっていた。
そんなことなど『知るか』という表情で、天城は話し続けた。
「で、その場で20個ぐらい平らげてはまだ足りなさそうな顔をしていたので、急いで買いに行ったんだ」
「「「20個ぉぉぉぉぉぉ?」」」
猫のノルガーたちが、一人で20個も食べてしまったラシオンを囲んで威嚇していたとこを思い出して思わず笑うところだった天城は、それをグッと我慢して言い続けた。
「で、1箱丸ごと買って、一緒に夕食でも食べようと思ってお寿司まで買って家に帰ってきたらお前は消えていなくなっていたわけだ。
法術にタイムリミットがあったのかと、頭では理解できたけどな…別れの挨拶も伝えられなかった気持ちはどうしてくれる気だったんだ?夢を見たとでも思え、ってことか?」
結局、天城は寂しかった気持ちをラシオンにぶつけた。
先から隙あらばラシオンをからかおうとしていたのも、その寂しい気持ちを晴らそうとしていたからだ。
「違います、父上。前世の私とのお別れの時、あまりにも辛そうに見えたので…」
「だからと言って、何も言わずに行ってしまったのはひどいと思うぞ」
「それはひどいですね」
「そう、ひどいな兄上」
「お父様ひどい!」
「いや、お前らは別のことを恨んでいない?」
なんか孤立無援になった気分でジタバタしているラシオンを見て、天城はこれじゃ怒りたくても怒れないと苦笑してしまった。
「それでな、買ってきた箱をクローゼットに仕舞おうと思ったら次の瞬間、箱を手に持ったままここの廊下に立っていたわけだ。何が起こったか…」
「ちょっと、おやつの箱を持ったままいらっしゃったの?」
爛々と燃え上がる瞳でそう聞いてくるイーシャを前に、天城は少し引いてしまった。
「そ、そうだよ?ここの兵隊さんらしいヒトたちに逮捕される時、取り上げられてしまったけど…」
- バタン
「ガルンデル隊長!どこだ!」
いきなり部屋から飛び出たと思ったら瞬く間に遠ざかるノルガーの叫び声を聞きながら、いったい何が起きているのか、全然理解できない天城は落ちた顎を閉められずにぼうっとしていた。
「なんなんだいったい?」




