王の帰還
王城警備隊副官、デシナ・パヤルカは、普段の彼女からは想像もできないぐらいに混乱に陥っていた。
フーマニタの不審者が王城の中にいきなり現れたという由々しき事態を早期に収拾でき、その犯人のもっていた『けしからんもの』への秘匿対処もうまくこなし、しかるべきところに報告を行い、恐れ多くも王弟殿下がお出ましになるという状況。
いや、そこまでは「しかるべき処置」のうちだからまだいい。しかし、あの容赦端麗・品行方正と謳われ、参内する侍女・女官たちの間で憧れの的になっているあの王弟の口から発した第一声が、普段の彼の上品な言動からは想像できないほど荒っぽい言葉…
「パヤルカ」
「は、はい」
めぐらしていた考えは、一緒に取調室から追い出され、一緒に呆然としていた彼女の直属上官の言葉にさえぎられた。
「『親父』って言葉に、『お前を殺す』という意味合いでもあったか?」
「そんなわけないじゃないですか。バカですか?」
上司に向かってあるまじき暴言を思わず言ってしまうほど、彼女もまた混乱に陥っていた。
「だよな。うむ、確かに」
「…申し訳ありません。失言を…」
「いや、構わん。俺もバカなことをいったと思っていた」
そう答える上官のしっぽが微かにゆれていたことに、彼女は気づいていない。
***
「「どうして親父/お前がここにいるんだ?」」
少し席を外してほしいと王弟に言われ、ガルンデル達がしぶしぶ取調室から出たとたん、部屋に残っていた二人の声が見事にハモった。
「いや待て、兄上に会ってなかった?」
「兄上?それやっぱりラシオンのことだよな?」
「それ以外に誰がいるんだよ」
「いやいやいやいや、こっちだって突然にいろいろありすぎて頭が追い付かない…って、先あの人…といってもいいのか?とにかく、彼らがお前のことを王弟殿下と…ということは…もしかして…」
必死に考えを整理しようとしている天城に、この国の王弟、天城の次男猫ノルガ―と瓜二つの顔をしているフェリノイが止めをさした。
「もしかしなくても、ラシオン兄上はこの国の王様なんだ」
‐ドンッ
いきなり天城がテーブルの天板に頭を突き付けて、大きな声が部屋の中に響いた。
「殿下!?ご無事ですか!」
天城の突然の行動で王弟‐ノルガ―が固まったと同時に、部屋の外で待機していたガルンデルが扉を蹴って飛び込んできた。王室の人物が不審者と二人だけでいる部屋から大きな声がしたから、当たり前の対応なんだろうけど…
「頼むから、悪い夢なら覚めてくれよ…
ラシオンの1周忌というのに、あいつがお化けになって出たと思ったら実は宇宙人だとほざいてはまたいきなり消えてしまって、その後私が知らないところに迷い込んじゃったと思ったら、ちゃんと生きているノルガ―の顔をしたやつがいて、ラシオンのやつは…なに?王様?冗談だろう?な?夢なんだよな?うん、そうだよな、夢なら覚めてよ~」
‐ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ
「やめろ親父!本当に怪我するよ!」
なんかとんでもないことをぶつぶつ言いながらなんどもテーブルに頭突きするフーマニタと、慌ててそんな彼の肩を掴んで阻止しようとする王弟を見て、いったいどういうことなのか理解しようともせず、ガルンデルは反射的に動き出した。天城の身体をしっかりつかみ、頭突きができないように後ろにそらさせた。
「うぎゃ」
なんか情けない声を上げる天城を押さえてから、ガルンデルはようやく今自分が何を聞いたかを思い出した。
「殿下、今この者が…」
「すまない、今は黙っていてもらえないか?」
「はっ」
先は副官の前でバカなことを言ってしまったけど、彼は決して愚鈍な人物ではない。
王と王弟の名前を呼び捨てにして、その上ご存命というか、若くご健康な王兄弟に対して1周忌とか、いきているとか不可解な発言を連発しては、夢なら覚めてくれと言っているこのフーマニタの前で、王弟にして王室親衛隊長である人物が沈黙を要求しているのだ。
『例の物』とならんで、今自分が抑えているのは尋常な人物ではないということを、理解したつもりだがー
「あ、あのぉーよろしければちょっと、放していただけませんか?暴れたりはしませんから…」
テーブルに打ったところが悪かったか、先より落ち着いたのはいいが、先ほどまでのパニックがまるで嘘だったかのように、静かに、おとなしく、無表情になっていた。
いったいどう言うことなのだ、と戸惑っているガルンデルだったが、だからと言って王弟の前で警戒を怠るわけには行かないと思っていた彼に、王弟が言い放った。
「放してやれ。そして拘束も解くように」
「殿下?!」
「構わん、知り合いだ」
「はっ」
上下関係に厳格な彼らカニセイドにとって上官、しかも王族の命令は絶対だ。
「どうも」
きつく縛られていたから痺れでもきていたのか、天城は手首を摩りながら、和やかだがどこか作り笑いじみた笑顔で礼をいった。
ガルンデルはそんな彼を妙なやつだと思ったが、その作り笑いの奥に悪ガキのような目の光が本の一瞬だけ宿ったのを、見逃していた。
そのまま退室しようとするガルンデルを、ノルガーが呼び止めた。
「ガルンデル隊長、そしてパヤルカ副官、そこにいるな?」
「はっ」
「報告で聞いた『王室の尊厳にかかわる凶悪なもの』とやらは、今持っているか?」
「はい、殿下。ここに」
王弟の質問にすかさず返答し、取調室に入って来て木箱に回収していた「すまほ」を見せるパヤルカ。
そもそもそれを確認するために王弟がこんな所まできたと言うのに、全く予期できなかった事態が起こって、状況がおかしい方向へと流れてしまっていたのだ。
「これって…おい、親父、まさか」
「だから私のスマホがどうしたっていうんだ、先から?」
「それを確認しに来たんだ。パヤルカ副官?それを返してやれ」
「殿下?」
「危険なのでは?」
「構わん。先言った通り『王室の』知りあいだ。おかしな真似はしないし、そんなことができるはずもない。そして、扱い方を知らないものが勝手にいじる方がよほど危険かもしれない」
「…御意」
まだ不安が残ってはいるが、これ以上意見したら王家への抗命と捉えかねない。
仕方なくパヤルカがスマホを差し出すと、天城はそれを急ぐことなく丁重に受け取ってはまずパスワードの確認をした。
「パヤルカ…殿でしたね?パスワードの誤入力はされていなかったようですね。助かりました」
天城はまた和やかな笑顔でパヤルカに礼を言ったが、彼女はこれといった反応を見せない。
「こちらのものにそんなものが扱えるはずがないじゃないか。で、例の『凶悪な内容』ってのは?」
「はっ。あの板状のものに触れるたびに、表面に王室の方々の乱れた姿絵が浮かび上がっていました。」
「それって…」
「これのことですか?」
天城が突拍子に会話に挟んできては、なんだか嫌な予感で眉間に皺を寄せていたノルガーの前で、みんなの眼前にある写真を表示させたスマホを差し出した。
「キャッ」
慌てて両手で目を隠すパヤルカ。
「殿下!これですから…」
「いや、あれをよく見ろ君たち!あれは私ではない… いや、全く関係ないとは言えないけど、とにかくだ!あれは私の裸ではないからな!って親父ぃぃぃぃぃ!何してくれた!」
天城の差し出したスマホには、王弟、すなわちノルガーの顔をした雄猫がデングリ返しになって、腹を出して仰向けになっている写真が写っていた。
…普通の猫だから、服なんか着ていないし、通りで下半身丸出し…
「いや、実際なんなのか見ていただいた方が理解しやすいだろうと…」
「だからといって、よりにもよってボクの写真はないだろうが!」
『『ボク!?』』
思わず、ノルガーに驚きの視線を向ける警備隊の二人。
『親父』といい、普段の彼からは想像できない言葉が連発していたからだ。
「いや、ラシオンは王様だと言ったじゃないか?いくらなんでも王様の裸を臣下に見せる訳にはいかないだろう?」
「「確かに」」
見事にハモって、天城の言葉を肯定する二人。
「そこの二人!何を同意している!」
完全にパニックに陥ったノルガーを見ながら、ニヤリ、と笑う天城。
どうやら本調子を取り戻したみたいだった。
「まあまあ、落ち着きなさんな、王弟殿下。
猫の裸でそこまで慌てるとなると、私のノルガーの生まれ変わりに違いないようだな。
あちらのノルガーはちゃんとご存命なのに、どうしてここに転生しているかが謎なんだがね」
「それはこっちのセリフだって!親父に会いに行った兄上はまだ王城に戻って来ていないのになんでー」
その瞬間、取調室にそこにいる全員がよく知っているある人物の声が響いた。
「王室の尊厳だなんて、どういう…父上ぇ?!」
王の帰還であった。




