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猫拾い

「フォスとスコタは、魔術の最も基礎となる概念です。

 世の中全ての物質はスコタを持っており、自由に動くフォスがそのスコタと結合したり、離れることで全ての作用が起きます。

 魔術は、そのフォスの動きを術者の意志でコントロールすることから始めます」


ヴァナルデ・ユーレによる、魔術授業。

入門編から、セレステは壁を感じていた。


「…要するに、フォスは電子でスコタは正孔ということだけど…

 電子をヒトの意志で動かせるなんて、あり?」


「それができるようにしてくれる力である『ミヒ』を感じて、使役できる者こそが魔術師なのです。

 私にはその才能がなかったので…」


ミヒの力に感応できず、魔術の使えない出来損ないの自分のことを思い出して、ユーレはまた鬱モードに入りかけた。


「いや、いじけるな!私だってできそうにないよ!

 そもそも、地球人にはできない芸だよそれ。

 …いや、もしかしたらそれができる地球人がいたりするかも…?」


超能力者とか、人体発火とか、そのようなオカルト話はもしかして…

という考えをしてみたが、本当にどうでもいい話だった。


「その代わり、魔術を使わなくてもフォスを思うがままに使役する技術を持っているのではないですか。誰でも使えるという点で、チキュウの技術の方がもっと素晴らしいと存じます」


「そのためには道具とか設備とか、色々準備しなければならないけどね。

 ほら、こんなものとか」


セレステはそういいながら工具ボックスのような物を取り出した。


「それは?」


「小学生用の電気回路実験キットだ。

 電気の性質を簡単に実験できる道具だから、魔術学校に配ってやろうと思って持って来たものだが…

 これはこの間見たんだろう?単電池だ。

 これをこうしてな…」


電池ボックスの-極にクリップ電線をセットし、+極に反対側のクリップをタッチするとー


‐パチッ


「アストラぺですか!?」


「極微小だけどね。

 魔術学校にはどういう原理で作動するのか究明する者には賞金を与えるといっていたけどね…実はすごく簡単な仕組みなんだよな、これ。

 フォスが離れやすい物質と、結合しやすい物質をつなげれば…フォスが移動してスコタが結合して、エネルギーが発生する。それだけのことだ」


「いや、それをミヒを介せず作用させられること自体、魔術界から見れば大事件です!」


「その逆も成立するんだ。電池も導体もなく、素手から電気を生み出せるなんて、こちらから見るとまるで魔術だよ。

 …あ、魔術だったな。すまん」


などと、最初の授業は授業というより二人の討議に近い内容になっていた。

魔術の授業を聞きたいヒトがいれば一緒に聞いてもいいと言ってはいたが、流石に雇い主と一緒に、というのはみんな控えたのか、セレステ以外はいなかったので二人の好きなようにできたのもある。


「あの二人はどうだ?」


「はい。レーテスさんは真面目に聞いていました。

 ロデリックさんの方は…」


「サボったりはしないな?」


「はい。レーテスさんに首根っこを掴まれて来て…」


「まあ、あいつのことだ。しばらくは授業に来るだけでマシだと思う方がいいだろう」


「それが、案外そうでもありませんでした」


「あ?」


「一応テストをしてみましたが、二人共、まともな点数を出していました。

 むしろ数学はロデリックさんの方が上で」


「…それは本当に…意外だな」


いつもの行動があれなんだから脳筋脳筋とからかっていたけど、実際はそうでもなかったようだ。


「ではなんだ、ただじっとしていられない性格なだけだと?」


「はい。脳筋どころか、むしろ物覚え自体は早い方でした」


「ではなぜ、実の弟のレーテスにさえ、バカ呼ばわりしている?」


「彼はまじめで努力家タイプですから、兄のそんな…不真面目に見える態度が許せなかったのでは、と推測してみました」


脳筋のように見えるが、実は頭が良くて、学習能力もいい。

なのに、じっとしていられず、考えたことをすぐ口にしてしまうから『何も考えていない』ように見える。


「まさか、あいつ…」


「何か、心当たりでも?」


「いや…早合点はいけない。

 私は医者じゃないから、勝手に判断を下してもいけないしな」


「医者…?まさか病気ですか?」


「病気…といえば病気かもな。

 脳の」


「脳!?」


驚いて慌てているユーレの反応に、セレステは自分のミスに気づいた。

あれなんか、地球でも最近になってやっと病気だと認知され始めたんだから、ここでは病気だと言っても理解してもらえないだろう。


「ああ、まあ、病気と言っても別に命に関わる病気ではない。

 ただ…集中力が落ちて、散漫な性格に見えて…知能の問題だと誤解されやすい」


「まさに彼のことを指しているようですけど」


だからこそ、勝手に診断を下してはいけないのが精神面の問題だ。

この世界に精神科の医者がいるかが疑問だが、いても多分、あれの診断ができるレベルにはなっていないだろう。


「とにかくだ。学習能力自体は落ちていないなら、君には引き続き二人の教育を頼む。

 あいつのことは…

 とりあえず、叩き込め」


「はい?」


ユーレは、セレステが何を言っているのか理解できなかった。

それでなくても散漫で、集中力のない彼に『叩き込め』だと?


「あれはな…多分、同じことを繰り返すには、耐えきれないタイプだ。

 新しい知識と状況を絶えず叩き込めた方が、あいつにも好都合だろう」


本当に『あれ』だという保証はない。

もし本当にそうだとしても、ここでは薬物治療は無理だろう。

ならば、少しでも緩和できる方向へ導いてあげるしかない。


「全く、お人好しにも程があるってのにな」


「はい?」


「あ、いや。こっちの話だ」


自分で考えてもおかしいことだった。

家族でもなければ、長い付き合いでもない。

ただの使用人に過ぎない。

問題があればクビにするのが、こちらの世界では普通だ。


でもなぜか、放っておけないと感じてしまう自分がいた。


ウルソートに養蜂のことを約束したのも

ピグレットの難民に手を差し伸べたのも

ユーレの不遇な境遇を見逃せなかったのも

そして今、ロデリックのことがこれほど目についてしまうのも


『全く、神様にでもなったつもりかよ、私』


地球で、金持ちになったら捨て猫を見つけ次第に残さず保護したいと思っていた反動が出たのか、と思ったセレステは、自分を嘲笑った。


「まあ、今日の授業はここまでにしようか。

 魔術学校にこの実験キットを渡しに行きたいしな。

 全く、電池だけ渡しておいてどうしろってんだ。 

 これじゃ、ロデリックのことをどの口でバカだの脳筋だの言えるんだって」


「そんなことありません、お館さま。

 お持ちの知識とご知恵は、魔術師なら賢者と呼ばれるに相応しいと思います」


ユーレのその言葉に、買いかぶりすぎにも程がある…と苦笑しながら答えた。


「おいおい、おだてても何も出んぞ?

 なんだ、月給前なのにもう賞与が欲しくなったのか?」


「え?いえいえ!決してそんなことでは!」


「冗談だ。

 授業、ご苦労だった。有意義な時間だったよ。

 ゆっくり休んでくれ。

 …あ、私が魔術学校から戻ったら、兄弟の授業もよろしくな」


「は、はい!」


***


「いやーこの間はついうっかり、電池だけ配ってしまいましてね。

 優秀な魔術師学校の学生でも、あれだけじゃどうしようもないというのに」


自分のミスを笑って惚けようとしていたセレステだったが、ナイラン学長はとんでもない一言でそんなセレステの顔を真っ青にさせていた。


「いやいや、気の早い連中でしてね。

 もう何人か爆発事故を起こしていましたぞ。はっはっは」


「ば、爆発!?」


「ご心配いりません。魔術学校では、爆発ぐらい日常茶飯事ですから」


「そうですか……って済むかぁぁぁぁ!危険ですよ!

 いや、それより何をどうすれば1.5V乾電池が爆発する?」


リチウムイオンバッテリーならまだしも、普通の乾電池が爆発するなど聞いたことがないと思うセレステだったがー


「フォスの流れを観察するために外部からフォスを注入してみたり、フォスの流れを拡張する加工をしたり、加熱テストを…」


「いや、やっちゃダメなことのオンパレードじゃん!」


「でも負傷者は出ていませんよ?

 他の実験に比べれば、安全な方かと」


「ああよかった!負傷者が出たら大変じゃない!

 それにしても、普段は何をやっているんですか魔術師って!

 爆発が安全だなんて!」


学長室の廊下にまで、セレステの悲鳴に近い叫び声が鳴り響いた。

そもそも、自分にとっては『あまりにも当たり前の常識』だったので、それがここでは常識ではないと言うことに全く気づかず注意事項を伝えていなかった自分にも落ち度があることに気づき、実験キットを渡しながら「くれぐれも安全に注意し実験するように」とくぎを刺してから戻ることになった。


…だからと言って、魔術師という連中がその指示に従うはずもないけど。

                

               ***


「全く、これからは注意事項を徹底的に頭に叩き込まなきゃ…」


帰りの自動車で、愚痴をこぼしていたセレステは、フロントガラス越えに見える屋敷の正門の前で、誰かが警備と言い争っているのが見えた。


「なんだ?あれは」


「確認してみましょうか?」


「ああ、頼む」


正門前に自動車を停めたレーテスが、運転席から降りて正門警備のグレートデーンのカニセイドに話しかけるのをみて、セレステは外の音が聞こえるようにウィンドを少しだけ開けた。


「どうしましたか?」


「ああ、レーテスさん!

 こいつがですね、ガルカン料理長を出せと無理矢理…」


「ああん?こいついうな!

 それに、オレがいつあいつを出せと言った!

 ちゃんと合わせろって言ったじゃねーかよ!」


『…それがそれだと思うが?』


警備も結構体の大きい方だったけど、今大きい声で騒いでいる方は彼より遥かに大きく、筋骨隆々たる白虎のフーラニだった。その威圧的な雰囲気にも負けじと声を上げている警備も大したことだが、正門の前で争っていては、ご近所迷惑というか、貴族街のゴシップになりかねない。とにかく場を収める必要があった。


「何事ぞ?騒がしいな」


セレステが自動車から降りながらわざと威圧的な態度で、少し声を上げてそういうと、警備が慌ててこちらに頭を下げた。


「お、お館様!申し訳ございません!

 こ、この不敬者が不躾にもガルカン料理長を…」


「いや、聞いておる。

 で、そこな者。我が家の料理長になんの用だ?」


ちらっとセレステに目をやった白いフーラニは、セレステがこの屋敷の主だとわかって、軽く頭を下げて礼をして話し出した。


「あなたがレギス・セレステ様ですか。

 オレはただ、兄貴に会いに来ただけです」


貴族相手に挨拶も、名乗りもしないのかと周りの者たちが殺気立てた視線を送っていたが、そのフーラニは全然気にしない様子で、セレステも特に気にはしていなかった。


「ああ、ガルカンくんの…

 誰かに似た気がすると思ったら、そういうことか。

 ダレネス、通してやれ」


「お館様!?」


警備、ダレネスとレーテスが驚いて止めようとしたが、セレステは気にせず言った。


「無断で侵入しようとしている不届き者ではない限り、要件があって我が家を訪ねてきた客を門前払いしてはならぬだろう?

 応接室に案内するように。

 それに、正門を開けないと自動車が通れぬ」


「は、はい!」


何か普段とは違う言い方をするセレステを不審に思いながらも(*レーテスは心の中で爆笑していたが)、ダレネスはイヤホンマイク内側の警備を呼び出して、正門を開いた。


「では、その者の案内に従いなさい。

 お主の兄に言伝てておこうぞ」


「あざっす!」


今度深々と頭を下げて礼をするそのフーラニを見て軽く頷いてみせたセレステが「行こう」というと、レーテスが走ってきて自動車のドアを開けてくれた。


「どうだった?迫真のお貴族様演技だったろう?」


「いや、演技も何もお館様は元々お貴族様ですけど?」


「ケッ。

 しかし、その兄にしてその弟か…

 負けず劣らずの図体だな」


「…え?」


何か、驚いたようなレーテスの反応だったが、セレステはそれを逃していた。

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