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雇用契約書

セレステが魔術学校を訪問する日。

学校中は、今話題の中心になっているレギス・セレステが学校に来るということだけで、大騒ぎになっていた。

異世界からの来訪者で、魔術でも法術でもない超常の力の数々を思うがままにし、王都の上空に空飛ぶ島を作り出しては自在に操ってみせてその領主になって、しまいにはその超常の力でピグレットの難民を臣従させてはあっという間に大富豪になったという、セレステ本人が聞いたら「怖っ!誰だそいつ」と言い出そうな噂が王都全体に広まっている中、その本人が降臨するというから、好奇心と探求心で生きる魔術師の卵である彼らとしては、じっとしてはいられないことだったのだ。

それは何も学生たちだけのことではなかった。

教授陣も同じ噂を聞いていたが、彼らはセレステに直接会っている学長から本当の彼の話を聞くことができていたから、その彼に直接会えると聞いて、学生たち以上に興奮していたのだ。

…『本当のセレステ』と言っても、バズデリ・ナイランのフィルターがかかっているから、これもまたセレステ本人が聞けばとんでもない話になっているに違いないけど。


そんな学校の雰囲気の中に、助教のヴァナルデ・ユーレも期待でときめいていた。

キジトラフェリノイの彼は商人の家の出だったが、生まれつき探求心と向学心に満ちていて、家を継ぐことを弟に譲り、両親が止めることも聞かず魔術学校に入学していた。

頭も明晰で、勉強するのが好きだった彼は魔術学校でも頭角を現し、座学と理論では主席の座を手放さなかった。


…しかし、そこまでだった。

理論は完璧だったが、それを実用する魔力運用のセンスが、絶望的になかったのだ。


トゥシタの魔術は、魔術師の自前の魔力を持って行使するわけではなく、森羅万象に遍在するそれぞれの根源の存在を理解し、それを発現させて色んな『現象』を呼び起こすのが『魔術』で、発現の段階を超えて自然の『法則』をもねじ伏せる強大な力を操るのが『法術』となる。

それを可能にする魔術師の魔力運用能力を『ミヒ』と言って、魔術師になるためには魔術理論の勉強と共に、このミヒを運用するセンスを磨く修練を並行する。

いつも座学では主席の座から降りてこない彼のことだから、教授陣も、周りの同学たちもそのうち開花するだろう、と信じてやまなかった。

そんな彼が自分にはミヒのセンスがないと痛感したのは、3学年が終わるころだった。

魔術学校は4年制で、普通3年目までは学校で勉学に励み、4学年になると殆どが現場実習に出ることになっている。

先輩たちの働いているところにインターンシップで入ったり、魔術工房に弟子入りすしたりで実習に出て、そこでの成果報告と卒業論文を提出して卒業できるという仕組みになっていたが、『理論は完璧なのに実用ができない』彼を実習生として受け入れてくれるところは…なかった。


結局、理論主席だった彼に、魔術師への道は開かれなかった。

今更実家に戻ることもできない。

ナイラン学長はそんな彼のことを哀れみ、理論科の助教として働けるように配慮してくれた。

行く当てのなかった彼としてはありがたい話だったが、『魔術師の出来損ない』として学校に残された彼は、どんな気持ちで日々を過ごしていたんだろう。


そんな彼に、『魔力も使わず、超常の力を思うがままにする』セレステの噂は、一筋の光のように思えたのだ。


あのお方から、何か見出せるのではないか、と。


***


「初めまして、魔術学校の諸君。

 私がレギス・バシ・セレステにして、マルク・テンゲル、その人であーる!」


大講堂の演壇の上に、何もない空からゲートをくぐって現れるセレステ。

大臣たちの前に現れる時のことを再現すべく(もちろん、Wifiカメラの動作を見てみたいというバズデリの頼みがあった)わざと自動車の中から大講堂に直接移動したわけだが、案の定、学生たちと教授陣は盛大に歓声を上げていた。

まあ、宮廷魔術師たちだって初めて見た時は熱狂していたから、当然の結果なんだろうけど。


セレステ本人はというと、どうせやる試演なら、ちゃんとやってやるぜ!とノリノリになって、かなり芝居かかった台詞を語っていたのだ。

…その大根役者ぶりに、魔術学校の皆さんがゲートに熱狂していて気付いていなかったのがセレステにとって幸いだったことは、伏せておいた方が良かろう。


それからは大体宮廷魔術師たちの前でやって見せたような試演の繰り返しで、大講堂のいろんなところに移動してみせたり、今回も持って来たボールペンを人数分複製してみんなに配ったり、単電池を配って『それがどのようにしてフルゲの魔術の力を蓄えているのか、最初に究明した者には賞金を取らせよう』と宣言して皆を熱狂させたあげく(もちろん、分解する時に漏れ出る薬品には気を付けるように、と警告することも忘れなかった)


「我が屋敷の動力の源、『太陽電池』を5セット、研究用としてこの学校に寄贈する。

 これからこの国であれを再現生産すべく、研究を進めたいと思っている。

 分解するなり、実験するなり、自由に分析し、研究するがよい。

 今日持って来たのはそれだけだが、足りなくなったら、遠慮なく求めよ。

 私の財産で研究を支援する。君たちの探求熱にも期待しているぞ」


と大いに宣言して、大講堂内を熱狂のるつぼにしてしまっていた。

その中、ヴァナルデ・ユーレは、今にでも泣き出しそうな顔でセレステを見つめていた。


本当に魔力が作動した痕跡は検出されていない。

それなのに、あの奇跡のような現象の数々を見せてくれる。

それに、さっき『たった一つからこの学校にいる人数分』にして見せた、あの『単電池』なるものは、微弱でありながら『安定した出力のフルゲ魔術』を出せるという、トゥシタの歴史でもかつてなかった優れもの。

それに、あの噂の『太陽電池』を惜しむことなく寄贈し、『欲しければもっとやる』と…


魔力が運用できなくて魔術師になれなかった自分としても、魔術研究者の理想のパトロンを見ている自分としても、まるで夢の中から出てきたような存在が現実の目の前にいるということに、感極まってしまっていたのだ。


「では、諸君。君らの研究の成果と共にまた会える日を待っていよう!

 学長、後のことはよろしく頼みますぞ!」


そんな爽やかな(少なくとも、セレステ本人はそう思っている)別れの挨拶と共にまたゲートで消えてしまった後、拍手の音が大講堂の中を雷鳴の如く鳴り響いた。

大講堂にいた教授陣と学生たちがセレステにもらったボールペンと単電池を大事に握りしめてそれぞれの場に戻る中、ユーレも教職員室の片隅にある自分の机に戻っていた。


「うん?なんだこれは?」


積もった書類の上に、見覚えのない綺麗な封筒が置いてあった。


「招待状…?

 ヴァナルデ・ユーレ殿

 本状を読み終え次第、学長室に来たれ、と?」


学長が自分に用があるなら、普通に呼び出すまでのことだ。

学校の全員が大講堂に集まっている間に誰かが置いて行ったのか。

でも、誰が?


どっちにせよ、『読み終え次第』となっている。

すぐに学長室に向かったユーレは、ノックをして用件を言い出した。


「学長、ヴァナルデ・ユーレです」


「ああ、入れ」


学長室から聞こえるのは、学長の声ではない。

聞き覚えがあるが…どうしてあの声が?


「では、失礼します」


入れと言われたので、学長室に入ってみたら、そこにはさっき虚空へと消えた男、レギス・セレステが学長室のソファに座っていた。


「やあ、ユーレくん。来てくれたね。

 座りなさい、君に話がある」


まったく予想できなかった人の姿に、ユーレは驚いて固まったが、すぐ正気に戻った。

目の前にいるのは自分の憧れの対象であると同時に、この国の最高位の貴族の一人。

決して粗相があってはいけない相手だ。


「れ、レギスにおかれましてはご機嫌…」


「ああ、堅苦しい挨拶はいい。

 『初めまして』でいいよ。まあ、さっき大講堂であったからそれもいいけどね。

 とにかく、座ってくれ。立ったままでは気が散って話もできないだろう」


挨拶など省略していいとお許し、いや、命令が下ったからには、従うしかない。

すかさずソファに座ると、セレステが語りだした。


「ヴァナルデ・ユーレ。

 中堅商家であるユーレ家の長男だが、魔術研究が好きで家を継がず魔術学校へ。

 座学・理論では在学中主席を手放さなかったが、肝心の…ミヒ?のセンスがなくて結局魔術師にはなれず、実家にも戻れず理論助教として細々と生計を立てている。

 違うところは?」


憧れの相手の口から、自分の厳しい現実を語られるのはどんなにみじめな気持ちなんだろうか。

ユーレはいま、まさにそれを噛み締めていた。


「違いありません」


「ここでもらっている給料は?」


「週給100フェリです」


「…酷いな。それで生活ができるのか?」


「管理人室をただで借りられているので、節約すればどうにか…」


なんでこんなことを聞いて、惨めさのどん底に蹴り落とすようなことを…

もう我慢できなそうになりかけていた時のことだった。


「月給3千で、どうだ?」


「…はい?」


「月給3千フェリと、我が屋敷の使用人部屋だけど部屋付きだ。

 この条件で君を雇いたいと言っているんだ。

 家賃はもちろんただ。食事も屋敷で摂れる。

 私に魔術の理論を教える個人教師にして、魔術顧問としてな」


「え…え?」


目の前のヒトは、いったい何を言っているのか。

明晰なユーレでも、この瞬間だけは思考が停止してしまった。


「いやか?いやなら次の候補に…」


「い、いえ!決してそのようなことは!」


慌てふためいて、目の前の命綱にしがみつくユーレ。

でも、気になることはまだある。


「差し出がましいと存じますが、質問が…」


「ああ、いいよ。自由に聞いてくれ」


「お言葉に甘えさせて…

 どうして、私ですか?

 魔術師の…」


「雇うならちゃんとした魔術師を、と聞きたいようだな?

 いや、私に必要だったのはな、ちょうど君のような『魔術理論家』だよ。

 そもそも私は魔術が使いたくて魔術を学ぼうとしているのではない。

 魔術の基礎理論と地球の科学理論を比べ合って、共通点を見つけ出したいと思っているんだ。

 そのための人材として、理論で主席の座を手放さなかった君がうってつけだと思わないか?

 それに、ちゃんと魔術を運用できる人材なら他にもやることがあるだろう」


魔術を使えない、理論だけの出来損ない。

そんな自分を評価してくれるヒトに、初めて会えた。

ユーレは、そんな気がしてならなかった。


「それに…これから私の研究しようとすることはな。

 いわば『魔力に関係なく、誰にでも使える技術』だ。

 ちゃんとした魔術師なら、問題があれば魔術で解決しようと考えるんだろう?

 魔術の使えない君は、そうはいかないだろうからな」


「おっしゃるとおりかと」


こういう自分だって、『魔術が使えればこんなこと』と、いったい何回思っていたことか。

目の前のヒトは、そんな考えを根本から覆そうとしているのだ。


「それで、やる気はあるか?」


「私なんかでよろしければ、ぜひ」


まるで自分を待っていたかのような条件。

これは受け入れない方がおかしいだろう。


「いいね。

 じゃ、雇用契約書を書こうか」


と、セレステが2部の契約書を差し出した。


「い、今すぐですか?」


「いやか?

 私はちょっと、せっかちでね。

 学長とは話を終えているから、契約書を書き終えてから荷物を片づけるんだ」


「…本当にご性急なことで…」


と、笑いながら契約書に目を通しながらも、レギスと学長がすでに結論を出しているなら、従うしかないと思っていた。

なにも、彼にとって悪いことはないけど。


「あ、そうだ。書きながらでいいから聞いてくれ。

 我、レギス・バシ・セレステは

 汝、ヴァナルデ・ユーレを我の家臣に任ずる。

 なお、 国王陛下から託された権限を持って

 汝にメヌスの位を授ける。

 良いな?異議あるものは、ここにて唱えよ」


「……はい?」


「あ、肯定したな?

 おめでとう、君は今日からメヌスの位を持って貴族入りした。

 まだ末席だけど、これから研究所の管理者を任せるためでもあるから」


「え、え、ええええええええ?」


この後、セレステの自動車に同乗して白亜館に来たユーレが、使用人部屋という名のミニマンションの一室をあてがわれ、その設備に驚いて失神しかけていたのはまた別の話。


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