不思議な国のおじさん
王城警備隊長バーナダ・ガルンデルは苛立っていた。
彼と部下たちが鉄壁の守備を誇るこの王城に、どこからともなく現れたという『曲者』。
警備体制に穴が空いたという事実だけでも由々しき事態なのに、その侵入者というのがよりにもよって…
とにかく、これは一大事だ。 侵入者は拍子抜けするほど素直に捕まった。いや、逃げる気すらないように見え、むしろ奴なりに混乱しているようだった。
そこまではいい。 しかし『ここにいてはいけない』種族なのが問題だ。
その種族にしては背は低くない方だが、それ以外は鈍くて非力、筋力も俊敏さも感じられず、完全な素人というべき人物だった。
そのような者に、王城の警備を突破されたのだ。
下手をすれば彼自身の首が文字通り飛んでしまうかもしれない。
「もう一度聞く。貴様はいったい何者だ?さっきから黙り込んでいるが、こちらの言葉が理解できないのか?」
シェパード系のカニセード、ガルンデルは苛立ちを隠せず、目の前の侵入者を問い詰めた。
彼の正面、取調室の椅子に両手を縛られたまま座っているのは、1人のフーマニタ。
アンテロの王城であるここに、大胆にも一人で忍び込んで来た割には、おかしいほど怯えていて、ひどく混乱しているように見える。
とはいえ、あれは演技かもしれない。
「素直には答える気はないようだな。やはり少し痛い目に……」
「ま、待ってください!」
フーマニタの男がようやく口を開いたと思ったら、とんでもないことを口にした。
「こ、ここはいったいどういうところですか?」
「はあ?」
王城に侵入しておいて、第一声が『ここはどこですか?』だと?
ガルンデルは拍子抜けどころか、益々苛立っていた。
「拷問でもしないと、素直に答える気はないようだな?」
「い、いえ!本当に、ここがどこなのかわかりません!お答えできずにいたのも、あなた方の言葉が理解できなかったから……」
「今は流暢に喋っているようだが?」
「そ、それが……聞いているうちにだんだん私の母国語に聞こえ始めて……」
ガルンデルは、苛立ちがだんだん増してくるのを感じた。
こちらの言葉がわからなくて黙っていたら、だんだん母国語に聞こえてきた…? 悪ふざけにも程があるが、一旦口を開いてくれたからには色々と吐いてもらおうと、ガルンデルは思った。
「いいか。ここはフェリデリア国の王城だ。貴様はそんなところに侵入してきているのだ。 一体何が目的で、どこから入ってきた?貴様一人か?」
「フェリデリア?初めて聞く…それにあなた…って…獣人…」
「カニセードのアンテロだ。なんだその『ジュウジン』というのは?」
「あ、いえ、失礼しました。アンテロ…ですか」
反応がおかしかった。
この国のことを知らない?アンテロのことも?
演技だと思いたいけど、妙に真実味があった。
それに、先からよく観察したところ、この男は彼の知っているフーマニタとは違うところがあった。 直接フーマニタに接したことはないけど、彼の知っているフーマニタに関する知識と比べれば、目も髪も黒に近い褐色なのは聞いたことがなく、顔も妙に彫りが浅い気がする。
『フーマニタの変種か?』
- コンコン
ガルンデルが目の前の男のことを怪しいと思っていた瞬間、取調室のドアをノックする音が聞こえてきた。
「なんだ?」
「ガルンデル隊長、報告することが」
何か慌てているような、副官の声が聞こえてくる。
「入れ」
ドアが開けられ、フェネの女性が入ってきた。ガルンデルの副官、デシナ・パヤルカだ。
いつも端正な彼女なんだけど、なぜか当惑しているのか、妙にソワソワしている。
それでもさっき命令しておいたことを、ちゃんと報告しにきたからやはり持つべきは出来る部下だ、とこの状況には似合わない、どうでもいいことを考えてしまった。
「で、調査はどうなった?」
「はい。あの者の…」
ちらっとフーマニタの男に目をやるパヤルカ。 なんというか、軽蔑めいた表情が気になった。
「…持ち物を調査したところ、大量に持っていたのはどうやら食べ物のようでしたけど、容器らしいものを破ってみたところ、フェリノイの隊員が異常反応を起こしていました。」
「異常反…」
どんな異常反応だったかと聞こうとしたら、そんな彼の発言を遮って、フーマニタの男がすごい勢いで食いついてきた。
「フェリノイ?フェリノイとおっしゃいましたね?ここにフェリノイがいますか?」
先ほどはアンテロのことも知らないと言っていたくせに、フェリノイと聞いた途端あれか。
ガルンデルの苛立ちは、怒りへと変わりかけていた。
「貴様、さっきほどはやはり嘘を吐いていたか」
「え?あ、いいえ、アンテロとかは初耳です。しかしフェリノイには知り合いがいて… え?え?まさかここって、あいつの世界?そんなことが、あり得る?嘘?嘘だろ?」
口を開いたと思ったら、今度は取り乱してしまうフーマニタの男をみて怪訝に思いながら、ガルンデルはパヤルカに報告の続きを促した。
「で、異常反応というのは?」
「はい。あの容器らしいものから何かペーストのようなものが出てきましたけど、その匂いを嗅いだフェリノイの隊員がすごく興奮して、あれを舐めようとしていました。得体のわからない物質に触れさせるわけにはいきませんので取り押さえさせておきましたけど、『離せ!あれを舐めさせろ!』と騒いで聞いていませんでした。」
「匂いを嗅いだだけでか?」
「はい。相当中毒性の高いものかと。しかもフェリノイ限定のようです。他の種族は美味しそうな匂いだと感じてこそいましたが、あのような反応は見せていませんでした」
そこまで聞くと、なぜ彼女があんな顔であの男を睨んでいたかわかる気がしてきた。 さすがに、この王城でフェリノイ相手に良からぬことを企てては…
「あ、いや、あれはただの猫……いや、フェリノイの方々のお好みのおやつです。決して危険なものではありません」
「あんな危ない反応を起こしてもか?戯れごとを。そして隊長、もう一つ危険なものが」
そう言って、彼女は手に持っていた木箱から何か黒い、小さな板のようなものを取り出した。
「あ、私のスマホ!それ壊れたら困りますよ、扱いには気を…」
「お黙りなさい!」
なんか、普段より彼女の態度に棘が生えているみたいで、ガルンデルは心底からゾクゾクするのを感じてしまったが、とにかく彼女の差し出したそれは、さっきやつの身を捜索した時取りあげたもののうち、もう一つだった。一体何で作ったものか、未知の物質でできている物体で、危険物ではないか安全の確保できるところで検査するようにと指示しておいたものだった。
「それが何か分かったか?」
「いいえ。宮廷魔術師と技術官を呼び出して検査を依頼しましたけど、彼らもこれが何かさっぱり…爆発したりするものではなさそうだということだけはわかりましたが、政治的に極めて危険なものだということが判明しました」
「政治的に危険だと?」
「はい。これです」
彼女が手を伸ばしてそっと触れると、その板が明るくなってー
「うおっ!?」
なんの動きもなかった黒い板がいきなり光り出した事実に驚きつつも、それと同時にその一面に現れた絵に、ガルンデルは思わず息を呑んでしまった。
「こ、これは…!」
「それだけではありません」
一体どのような仕組みなのか、彼女が指先で触れるたびに別の絵が現れる。
何かの魔道具のように見えるけど、それ以上に深刻な問題はその絵の内容だった。
「上に報告したか?」
「はい。目撃した人員には口外禁止を出しておき、王弟殿下の所に伝令をお送りしました。今こちらに向かわれているはずです」
「そうか。よくやった」
キョトンとした顔でこちらを見つめている男に、ガルンデルは険しい視線を向けた。
「おい、貴様」
「はい?」
「一体なんのつもりだ?フェリノイに効く『危険な薬』を持っている上に、こんな卑猥なものを持ってこの王城に乗り込んでくるなんて…」
「え?卑猥?私のスマホが何か?」
「その『すまほ』とやらに、なんでこの国の王室家族の姿絵が現れる?」
「え?王室?」
本当に何がなんだか訳のわからないと言いたそうな顔をしているフーマニタの男。
あれが演技なら、実に迫真の演技だな、と思いながらも、訓練されたスパイならあり得ることだと、ガルンデルはそう思った。
体格や身のこなしからそれがまるで感じられないのが、不可解なところではあるが。
「しかも、あんなあられもない姿とは何事だ!なんて破廉恥な絵というのだ!王家を侮辱する気か貴様は!」
激怒したガルンデルがすくっと立ち上がって剣を抜こうとしていた瞬間、ドアの外から誰かに敬礼する声が聞こえてきた。
「王弟殿下に、捧げ剣!」
「もうよい。この部屋だな?」
「はい!」
王弟の到着を知らせる外の会話を聞いて、ガルンデルと彼のそばに立っていたパヤルカはドアに向けて姿勢を正していた。
ドアが開かれ、取調室に入ってきた王弟は、二人が敬礼する暇もなくフーマニタの男を確認して思わぬ言葉を発した。
「…親父?」
王弟が発したあまりにも衝撃的な言葉に、敬礼することも忘れて固まってしまった二人の後ろから、間抜けな答えが聞こえてきて二人はさらにパニックに陥った。
「…ノルガー?」
囚われのフーマニタ。いや、地球人――――
天城大輝が、そこにいた。




