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開場前夜

王とダーハラトが黄色い、というか「色っぽい」声を上げていたのは、何を隠そう、ホテルのスパに設置しておいたあのマッサージチェアだった。


「ふんがががががが」


開場間近のその施設に、今日は『事前体験特権』と称して、宰相を連れ込んできて、スパ体験の後、マッサージチェアの餌食…体験をしてもらっていた。


「これはまた変わったお声…そんなに気持ちいいんですか?」


「いや、こんなもの痛いだけ…でもないかぁぁぁ」


普通の地球の動物の場合、人間と一部の類人猿以外には体中で汗を流すことはない。

トゥシタのアンテロもそれに似ているのか、人間に似た体形をしていても体中に毛が生えているからか、普通は掌、足裏、鼻の先ぐらいでしか汗を流さないから、汗による体臭やワキガの問題はあまりないうえ、そもそも大量の水を沸かすこと自体が大変な上に、ずぶ濡れになった全身の毛を乾かすのも大変だから、よほどのことではない限り、お風呂に入らないので銭湯文化など発達する由もなかった。


前回、ダーハラトが地球のマンションに来ていた時も、酔い醒ましのためシャワーを浴びさせたはいいけど、ヘアドライヤーで全身の毛を乾かそうとしたらいろいろ大変だった覚えがあるセレステだが、リゾートホテルにお風呂がないのは言語道断、という至って日本人らしいこだわりもあった。

それを解決してくれたのが、ボックスタイプペットドライヤー。

天城家の猫たちは健康面の理由でお風呂は控えるように獣医に言われているし、そもそも外に出ない猫はお風呂に入らなくても結構だそうで『あんなのもあるんだ』という感覚しかなかったが、これがいざアンテロのためのスパを考案するとなると、勝利の鍵(?)となってくれたのだ。

サウナは用意してもくそ熱いところで手足がびちゃびちゃになるだけだから省くとなると、その面積分、ドライヤーボックスを置けばいいのではないか、と閃いたセレステがそのアイデアをテストしてみたら(ホテルの職員のピグレットたちと、屋敷の使用人たちを動員した)見事に成功、スパにそれを多数、そして客室に1台ずつ設置することにしたのだ。


…まあ、毛の短いロデリック兄弟は問題なかったが、比較的に毛が長かったラインバルトは全身の毛がふわふわと浮いてしまって、それを見た全員が笑い転げて、ロデリック兄弟は殴られ、落ち込んでしまったラインバルトをブラッシングして復活させるという笑劇があったのはべつの話なんだけど。


「巨大なポメラニアン…」


「お館様ぁぁぁぁぁ!」


冷静沈着な彼がここまで取り乱れるのも、セレステとしてはなかなか面白かった、とだけ言っておこう。


とにかく、職員と使用人たちによるテストの結果


 ・準備と後片付けが大変で習慣になっていないだけで、お風呂に入ること自体は気持ちいい

 ・抜け毛を処理できる地球産ブラシが好評

 ・浮いた毛をヒトに見られずブラッシングしてから出られるように、ドライヤーボックスにはカーテンをかけてほしい


「これ、ラインバルトの意見だな?」


「お館様」


とのアンケート結果が得られて、開場前の準備も着々と進んでいた。


「でも、かわいかったけどね、巨大ポメラニアン」


「怒りますよ!?」


などとあれこれあって、宰相という高貴な身分のお客様をもてなす実験…もとい、事前点検にまで漕いできたのだ。


「いま、お主の何やら不純な心の声が聞こえたような気が…」


「さて、なんのことでしょう?」


「…まあ、お風呂などどうにも好きにならないと思っておったけど、ここでの体験は一味違うわな。お主の勧めてくれたあのしゃんぷうとやらのせいか、毛並みもさらさらになった気がする」


「さすが宰相、お察しがいい。それは毛並み管理に役に立つ…いわば水石鹸ですよ。毛のボサボサやもつれに効く上に、艶にも役立つので女性陣にはとても好評でした」


「いや、男でも毛並みと艶にうるさい連中はいるからのう」


「あの財務大臣とか」


「言えてる」


どっと笑いあって、宰相が目を細くしてセレステを見ながら言った。


「で、その品々も商品として売りさばく気じゃろうな?」


「その気がなくても、婦人方から売ってくれと泣きつかれると思います」


「じゃろうな。家内にプレゼントしたいが、先に売ってもらえぬか?」


「いや、既に1セット用意しておきました。

 今日の点検に参加してくださった『お礼の品』ということで」


そう返答するセレステが手を振ると、待機していたピグレットの従業員が用意しておいたプレゼントボックスを丁重に持って来た。

そんなセレステをジト目で見ていた宰相が、小憎らしそうに言った。


「気の利きすぎじゃ」


「鈍感よりはいいでしょう」


「それはそれで、家内がこれを知ったらガミガミいうに違いない。

 あんなところを一人で行ったか、ってのう」


「開場の暁には、ご夫妻でなにとぞご愛好のほどを」


「いや、あれは一人でも頻繁に来るじゃろな。

 これはこれは、うちの財政に響かないか心配じゃ」


「それは確かに…

 会員権割引制、を用意するべきでしょうね」


確かに、それはセレステも思いついていないところだった。


「会員等級を設けて、等級ごとの特権を付与したら貴族は飛びつくだろうし…」


「なにか言った?」


「あ、いいえ。

 ゲートで王宮にお戻りになりますか?でなければお屋敷まで送迎サービスを?」


「送迎?」


「あ、当分の間は運転できる者がいないから、宰相にだけサービスしますよ。

 うちのレーテスくんが、あの『自動車』でお送りさせていただきます」


『自動車』と聞いた宰相の目が、キラッと光った。


「それを頼もう。

 かねてから一度乗ってみたいと思っておったんじゃが…あれは売らぬのか?」


「そうしたいのはやまやまですけどね、そのためには道のりがまだ遠いですよ。

 電気網を敷かなければならないから」


「あの『太陽発電』なるものを一緒に売るまでのことなのでは?

 お主の屋敷で見た照明だって、自分の邸宅にも欲しいと言い出す連中が多々おったわ」


それはセレステだって考えてみないわけがないことだった。


「それもありと思いますけどね…

 出先で放電…貯めておいた電気が尽きてしまったら、そのまま動かなくなって困りますからね。

 実はそれが問題で、私の自動車も王都からあまり遠くまでは走行できません。

 私が乗っていれば尽きる前にゲートで屋敷に戻ってくればいいまでのことですけど、そうでなければ…」


「ああ、それはさすがに大変じゃな。

 …しかし電気網を敷く、とは。

 お主、なにか企てておるな?」


また目を細くした宰相が、ニヤリと笑いながら言った。


「ええ、まあまだ夢話ではありますけど」


「上手くいけば、財務のがお主のベッドに夜這いにいくかもしれぬぞ?」


「いや、それだけは勘弁してください!」


などと雑談を交わしながらスパのエントランスを出ると、セレステの〇―ルスロイスとレーテスが待機していた。


「宰相様の送迎を頼む。

 お屋敷の位置は、覚えているだろう?」


「はっ。問題ありません」


例のセクシー…オッホン、男女問わず目を引くドライバースーツを着こなしているレーテスを見て、宰相が聞いた。


「お主のグルーム(御者)か?」


「いや、ドライバー(運転手)です。

 たぶん歴史に残りますよ?トゥシタ最初のドライバーとして」


それを聞いたレーテスは、誇らしくもあり、恥ずかしくもある気持ちを顔にこそ出してはいなかったが、うれしさで尻尾がかすかに揺れることまでは抑えきれなかった。


「しかし、あのゲート…お主がいなければ開けぬのではないか?

 お主も色々と忙しいじゃろうに、付きっ切りにはいかんじゃろうて」


「あ、それ…

 アリメカリセスが準備しておいた構造物を使えば、一度開いて置くと閉めるまで開けて置けるようになりました」


「なんと」


セレステがいなければ使えなくなるゲートに比べて、セレステの意志で常時運用と開閉が自在にできるゲート。

これがどれだけの価値を持つか、想像することは難しくない。

今ではリゾートへの出入りという、至って平和な商売のために使われているが…


「宰相様、どうぞお乗りを」


宰相のその想念が、静かにそばに来て自動車のドアを開いてくれたレーテスによって断たれた。


「あ、ああ。すまぬのう」


自動車に乗り込み、そのふかぶかなシートに深く身を預けながら、宰相は改めて『あれが王の味方でよかった』と痛感した。


「じゃ、オープンイベントの招待状はご夫妻宛にお送りしますよー」


その本人は、進みだした車に向かって呑気に手を振っているだけだけど。


宰相を乗せた自動車がゲートをくぐった後、再びエントランスに入ったセレステに、スパのマネージャー近づいてきて丁重に書類を差し出した。


「オーナー、アメニティー販売企画のご確認を」


「ああ、ご苦労。

 ふむふむ、パッケージ構成…はさっき宰相に渡したあれね。

 よくできているな。

 でもこれに加えてね、 商品のラインナップの差別化や、高級化による多様化を工夫してくれ。

 それで、等級を付けるのだ」


「等級、ですか?」


貴族相手だから高級品を用意するのが当たり前、と思っていたマネージャーとしては、少し理解しにくい話と感じたのだ。


「ああ、さっき宰相と話して面白いことに思いついたんだけどね。

 貴族って、「特権」が好きじゃないか?

 まあ、ここに来れるってだけでもう特権階級ってことだけど、その特権階級の中でもさらに階級を設けるんだ。

 周りより少しでも『特別な』扱いが期待できる…となると、金を出さない貴族はいないと思うよ?」


それを聞くマネージャーは、まるで頭を打たれたような気がした。


「なんと…いつものことながら、オーナーの商材には頭が上がれません」


「え、商材とまで言うほどでもないよ?商売なんか、学園祭の出し物ぐらいしか」


「いいえ、私も商人のはしくれだと自負しておりましたけど、オーナー…いいえ、閣下のおっしゃることには目から鱗が落ちる日々でございます」


「ま、まあ…そういうことにしよう。

 開場も間近だから、くれぐれも頑張ってくれ。

 公社の方は大成功だったけど、こちらも負けてはいられないだろう。

 賞与、期待していいぞ?」


「は、はい!」


勢いよく返答して、企画を補強しに走っていくマネージ―を見ながら、セレステは少し、身震いを感じた。


「オーナーか…

 くううう、実にいい響きだよ!

 『閣下』なんかはむしろ実感がしない呼び方だけどね…うんうん」


              ***


リゾートホテルの開場準備が完了しつつあったある日。

王都中の貴族屋敷に、招待状が送られてきた。


精巧な浮彫が施されて、キラキラする装飾までされてあるそのいかにも高級そうな招待状には、精巧な文字が印刷された内紙が貼られていた。


「雲海の彼方、天空に浮かぶ静寂の楽園。

 その地に、貴殿御一家をご招待申し上げる栄誉に浴します。

 どうか足をお運びいただき、この場に貴方様の輝きを添えてくださいませ。

                      

           追白

           お子様方のご同道、心よりお待ち申し上げております。


                 レギス・セレステ

                 マルク・テンゲル 拝」


待ち望んでいた招待状を受け取った貴族たちは、最後の文面に首を傾げた。

デビュタントとまではいかないけど、フェリデリアの社交界でも、30歳以前の子供は社交行事には連れて行かないのが普通だ。

それなのに、『お子様方のご同道、心よりお待ち申し上げております』とはいったい何のつもりなのか。


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