ミセラニー
「そうなりましたかあぁぁん〜」
「変な声出さない!王様のくせにはしたないよ!」
ラシオンは、セレステのお屋敷の奥にある王家専用の別邸にお忍びという名目で遊びにきて、それはそれはごゆっくり…
…思いっきり弛んでいた。
いやいや言いながらもセレステに無理やりお風呂に入れられ、ジェットバスを楽しんでは浴衣一枚で冷たい飲み物を片手にマッサージチェアを堪能するという、これまでのトゥシタではありえなかった、呑気なリフレッシュを楽しんでいたわけだがー
「だって、今度の生で初めてなんですよ、こんな気持ちいいぃぃっ」
「だーかーら!」
普段はあんな威厳溢れる王様なのに、変なところでああも緩み切った姿になってしまッテ、変な声まで出してしまうのかな、と嘆きながらも、とにかく必要な話はしなければならない。
「さっき言った通り、ルイナとの話はうまくいった。
他のピグレットの難民との話は彼に繋いでもらうことになったし。
何人ぐらい来てくれるかわからないけど、とにかくまとまった数の職員が手に入れられそうだよ」
「そうですか…
大商会より中堅商会を、というのは納得できましたけど…
わざわざ難民を選ぶとは、予想外でしたああぁぁぁぁん」
なんで、野郎の野太い嬌声なんか聞かなあかんのや、と、うんざりしながらも、セレステは聞かなかったことにして話を続けた。
「まあ、その方が御し易いこともあるしな。
内務大臣からも、そうしてくれると助かると言われたし。
同情…といえば彼らにとって失礼だろうけど、助けたい気持ちもあったし」
「何、どれも父上の事業ですからね。
父上のやりたいことを、やってくれればいいんですよ。
うまくいかなくても、財務大臣が泣きっ面になるだけで」
「いや、あのヒトに泣きつかれる私の身にもなってみろよ?」
タテガミの抜け毛で悩んでいたと聞いて、抜け毛防止シャンプーを贈ったら最近サラサラなタテガミを靡かせるチャラ男になってしまった財務大臣を思い出して、そんな彼がまた抜け毛云々しながら泣きついてくるのかよと思い、セレステはゾッとした。
それを回避するためにも、二つの事業は軌道に乗せなければならない。
「何、彼らなら頑張ってくれると思いますよ。
それに父上、ルイナ殿にあんな美味しそうな餌まで匂わせたじゃないですか」
「勝手なこと言ってすまんな」
「いや、問題ありません。
どうせ大貴族の位を授けるのは王権の範囲ですけど、プラエ以下はコミス以上の大領主の権限で任命できます。
なんなら父上から授けても問題ありません」
「プラエ?なんだそれは?」
「そこからですかはああぁぁぁぁん。
ビカリまでの貴族の序列は、ご存じでしょう?」
「ああ」
「プラエは基本的にぃぃ、大領主が自分の領地を全部管理することが厳しい場合、分割管理を任せる…傘下の小領主です。
大領主の家臣扱いですから、大領主の裁量で任命して紋章院に申告するだけで済むから、父上の権限で授けても結構ですよ」
「いや、肝心の領地がテンゲルしかないではないか。
いくら大きくても所詮『あれだけ』だし、分けてやれるものか」
「何、今すぐ授けることもないでしょう。
『事業を成功させて国家に貢献したら』とのことだったから、猶予はありますよ」
能天気な答えのように聞こえるけど、実のところ『国家に貢献』という言葉をどう解析するかにかかっているから、考え方によっては結構非情な話にもなり得る。
もちろん、セレステとしては自分の都合でそんな捻れた結論を出す気はなかった。
「なんか、骨の折れそうな約束をしてしまったな」
「父上は、いつも捻くれた言い方をしていても根は『いい人』ですからぁぁぁぁ♡」
「だからその嬌声!」
***
「―という事だ」
商会『黄金の樽』の商会長室。
商会の幹部と、上級職員たちが集まって、真剣な顔で商会長・ルイナの説明を聞いていた。
「それは…どう考えても、私たちにとって都合が良すぎる話ではありませんか?」
「それは否めない。
でも、余所者の集まりだった私たちが、王国の御用達になれるだけでも大きい。
その上、まだまだ貧しい生活を続けている同胞にちゃんとした職を、というのも捨て難い話だ」
疑問に思っていた幹部も、それには同意した。
5年、と言ってもゼロから立ち直らなければならない、基盤のない難民の彼らにとっては短すぎる年月だった。
まだまだ『定着できた』とは言い難い。
必死の思いで商会を立ち上げてここまで這い上がってきたが、商会で雇用できるのも、援助できるのも同胞の一部に過ぎない。
だからこそ、セレステの提案はルイナにとって、そして彼らピグレットにとっては、例え騙されようとも、縋ってみたい、命の綱だった。
「我らが不穏な民族集団として疑われているとか、一箇所に集めておけば管理しやすいとか、隠す事なく率直に言ってくれるのが、返って信用できるところだと思った。
だから、私は信じてみることにした。
同胞によりよい暮らしを与えられるなら、なんでもいい」
「王子…」
「いや、今の私は一商会長に過ぎない。
我らの母国は、もう滅んでなくなった。
難民の私たちを受け入れてくれたこの国の、国民として受け入れられるように生きていくしかない」
元王子の彼がそういうと、元臣下・部下だった幹部たちとしては何も言えなくなる。
「国の再興は、我らの夢ではあった。
しかし、老弱男女が混じったたった3千人で、何ができる?
私は、この国で我が同胞の未来を作っていきたい、そう思った。
それで、あのレギスについていくことを決心したのだ。
君たちにも、ついてきて欲しい」
そう訴えるルイナの真剣な目に、年配の副商会長が答えた。
「今更何を言いますか。
商会長のあなたが決めたなら、私たちは従うまでですよ。
そうだろう?みんな」
部屋にいたみんなが黙々と頷くのをみたルイナは、ニヤリと笑いながらいった。
「ありがとう。
これからもっと忙しくなるぞ。
覚悟するんだ、みんな!」
「おお!」
***
「アリメ?念の為聞くけど、ここにリゾートを建てても、重量バランスとか地盤崩壊とかの問題はないか?邸宅レベルの規模ではないよ?」
「ご安心ください。
リゾートと言っても、このテンゲルの自重の前では比べ物になりません。
大型ビルに打ち勝てない地盤が、ありましたか?」
「シンクホール?」
テンゲルでリゾート建設のための敷地を物色していたセレステは、ふと重量のことが気になってアリメカリセスに大丈夫なのか聞いていた。
「それは地盤の欠陥や手抜き工事、地下水の濫用などによる事故です。
マイロードが作り出した建物を、私が管理する大地に建てるのです。
ご心配なさらず」
「あ…うん、そうだな」
確信というか、当たり前のように言い切るアリメカリセスの返答に、セレステはあえて疑問を持たないことにした。一体どうしてこの浮遊大地を『管理』しているのかが気になるが、聞いても理解できる答えが聞けそうにないから聞かないことにして、コントロールテーブルに浮き上がったテンゲルの3D地図をいじりながら、それらしい敷地を探索し始めた。
「じゃ…広大な面積が確保できて、ブリッジから離れていて、見晴らしのいいところ…となると…ここと、ここかな…どっちにするかは直接行って確認してみよう。
あとは領地邸宅か…
なんで王都と領地にそれぞれ邸宅を持たなければならないのかな。
いや、普通の貴族なら両方必要だろうけどね…私の場合、ね?」
ゲートで移動できる自分の場合、二つの邸宅はいらないのでは、とセレステは愚痴を言ったが、アリメカリセスが淡々と言った。
「人、それをケチと呼びます」
「ゲッ」
「建築費もかからないのに、ケチられる必要はないでしょう」
「いや、君何か酷くない?」
「か弱い乙女を、野原に放置されるマイロードの方がもっと酷いと存じます」
「あ、アリメカリセスさん?」
アリメカリセスが、一番上の翼2枚をパタパタしながら言った。
「冗談です」
「それ、笑ってるんだよね?ねえ?」
***
「王父卿の『お仕事』は、うまく行っているのでしょうかな」
「ああ、先日ピグレットの難民のことを聞きに来た時に確認したけど、今領地に建てる『リゾートホテル』なるものを用意しているとか」
ふとした疑問を口にした財務大臣に、内務大臣が答えた。
財務大臣はもちろん、セレステの事業から納められる税収のことを楽しみにしているが、他の大臣たちもそれぞれの理由で興味を持っていた。
「いきなり難民上がりの商会を…と言い出した時には流石に私も驚いたがな、いろんな面で妙案だと思う。
スラムとなりかけていた難民の居住区域の整備もできる上に、職業も与えてくれるというから、ちゃんとした国民として定着する手助けにもなろう」
「そう上手くいくんでしょうかな?」
そう言って割って入る外務大臣に、内務大臣が答える。
「正直、職員として雇うついでに、テンゲルに常住させるということだけでも助かる。
それに、外務大臣、君は領地内の荒地を開拓して農地にしてくれる条件で、剰余の土地を貸し出しているのではないか?上手くいってくれることを願うべきでは?」
「だからこそ心配しているんです。
もらうものももらえなくなったら損害でしょう」
「荒地を貸し出しておいて『もらうもの』とは、欲深いことだ」
「悩みの種を解決してもらってスッキリしている方に言われたくないんですけど?」
「何ぃ?」
「おやめください、お二方」
犬猿の仲…というか、内務大臣と外務大臣の二人は今日もまた、いがみ合っていた。
***
「ただいま参上いたしました、マイプロヴィデンス」
5次元のどこか。
アリメカリセスが、誰かに深々と頭を下げた。
「ああ、『アレ』にはうまく接触…いや、聞くまでもないな」
「はい。マイロードにテンゲルをお渡しする時間軸で、問題なく進行しました」
アリメカリセスの発する言葉は微妙に時制が被っているように聞こえるが、二人ともそんなことは気にしていない。
「そうか…よろしくな。
アレがまだアレなので、もどかしく感じることもあるけど…
何をしたか全て分かっていても、その道のりを再び確認するのも面白い。
テンゲルのコントロール、引き続きよろしく」
そういう男の方に、顔と思われる部分を向けながら、アリメカリセスが言った。
「マイプロヴィデンス」
「うん?」
「あのお方は、私の名前をちゃんと覚えられていました」
「あれ、そう?」
「はい」
「そうかー
わかった。チェックしておく。
弟妹たちは?」
「それぞれの時間軸にいました」
そう報告するアリメカリセスに、男は微笑みながら言った。
「いつもありがとうね、みんな」
– パタパタパタ
目に見えない方角、目にみえない時間から、何かの激しい波動が、無数に伝わってくる。
男の目の前のアリメカリセスも、6枚の翼全部を羽ばたいて、歓喜していた。
「もったいないお言葉…恐悦至極にございます!」
「いや…そこまで喜んでくれてもな?」
頭をポリポリかきながら参ったような表情をした男は、5匹の猫に囲まれていた。
また遅くなってしまいました。
本当に、すみませんでした!




