憎き顔
「はあ~疲れた」
「お館様、まだ1件目しかご覧になっていませんが」
テンゲルを領地として拝領したことと、それに従ってマルク・テンゲルの位を拝受したこと、そして家臣としてラインバルトとアリメカリセスがビカリを拝受したことを祝う公式パーティーで賑わってから何日か後の白亜館。
セレステは商工大臣から渡してもらった書類の束を睨んでいた。
「いや、トゥシタの文字は微妙に頭に入って来ないんだよ」
「流暢に話せて、読み書きもできるのにですか?」
「変だよな~
だからラインバルトくん?君に任せてもいいかな?」
「ダメです。
私にできるのは地元の者としての評価と、判断の助言までです。
最終の判断はお館様に下していただかないと」
二人は今、専売事業の御用達を任せる商会の選定作業を行っている。
始めては最初から商会を立ち上げるという案もあったが、それはセレステが極力反対していた。
「いやいやいや、私には商才なんかないし、ラインバルトも軍経験者なわけで商売の経験はないんだよ?
それに、最初から立ち上げるとなると採用とか人件費とか、しゃれにならん。
『レギス家の御用達』ということで、下請けにすればいいじゃない」
さすがに他の貴族もやっていることだから、それが妥当だということで、いくつかの条件付きで商工大臣に推薦してほしいと頼んだら、20件ぐらい推薦書が送られてきて、ラインバルトと二人で検討しているところだった。
「しかし、選定基準が『既に繫栄している大商会は除外。商会の代表が善良だという評判のところも除外』というのは、なぜだったんですか?」
「それがなー
既に繁栄しているところとなるとね、もちろん実績のあるところだという証明にはなるけど、その分、傲慢なんだ」
「傲慢…ですか?」
「まあ、この場合は慇懃無礼、ともいえるかな。
既に成功しているから、『そんなことしなくても儲かってますよ?』とかいう態度で、うんちくを傾けたりするがちだから」
「そう…ですか?」
「それに、既に儲かっているところにさらに稼がせてやってもな…恩に着たとも思わないだろうし、当たり前のことだと思う上に…
富が一か所に集中するのも、よくないよ」
ラインバルトとしては、彼自身が貴族の出だし、商人と直接対面することはあまりなかったので、セレステに聞いているようなことはまさに新世界のように感じていた。
「富が集中するといけないんですか?」
「いや、まったくいけない…ことではないけど、均衡というのがね。
どう説明すればいいか…あ、水が流れず溜まってしまえば、腐るんだろう?
お金もそんなものなんだよ。一か所に集まって流通しないと、社会的にね。
それに…」
「それに?」
「富が一か所に溜めてしまって、貴族の権威も権力もお金で挫いてやれる、と思う輩が出ないと、断言できないだろう?」
経済的な話より、身分制社会の出身であるラインバルトには身分のことで説明した方が理解が速いだろうと思ったセレステが、そんな例えをした。
表向きには『平等』を謳っている現代地球人のセレステ、いや天城だが、実際はそうでもないということと、まだ身分制のある世界で、その頂点に愛するラシオン一家が立っている限り、下手に民主主義などを語る気はさらさらなかったからだ。
『どうせ地球だって、金持ちの連中が貴族の座を奪って、上流層として傲慢に暮らしているんだろうが』
と、地球のことを心の中であざ笑っているセレステに、ラインバルトが返答した。
「なるほど…
確かに、地方の貧困領主の場合、お金の工面で商人に頭が上がれないこともあるとは聞いています。
それはわかりますが、では、善良だという評判の商人は除外されたのは?」
「それか?それはな…
まあ、がめついのもダメだけど、善良過ぎて欲も捨てたようなやつじゃ、商売にならないんだよ。
騙されやすいのもあるしな。
自分の利益より他人の苦境が先に目に入る。
そんなやつに、国家の事業が務まるとは思えんな」
セレステは椅子の背もたれに体を預けながら続いた。
「専売ってのはね、要は独占事業だ。相手のことなど考える余地はない。
泣きつかれて情をかけたり、適当に言いくるめられて騙されたりするやつに、任せられないんだろう?
だからね、商人にとって『善良』というのは称賛になれないんだ。
欲望があって、必要な時には情を捨てることもできて、向上心のある、そんなやつが欲しいんだよ、私は」
「それはわかりました。
しかし、だからといって評判を完全に無視するのも問題があるのでは?」
「それは聞くまでもないことだろう。
だから、『善良』というのは取り柄がそれしかないような連中を選別するフィルターのようなもんだよ。
まさか判断基準がそれしかないと思った?」
自分の指摘に、ニヤニヤ笑いながら答える主を見て、ラインバルトは困惑を通り越し、むしろ深い興味を覚えた。
「『善良』を除外しただけで、わざと評判の悪いやつを選んで、と頼んだ覚えはないよ。
私情と商売で、商売の方を重視できる、そんなやつを選んでほしいと頼んだんだ」
「…かしこまりました。
では、引き続きご検討をお願いします」
「いや、君もやってよ!」
「私にできるのは、助言までだと申し上げたはずですが」
「いや、運営管理は君の仕事だよ?」
「お言葉ですが、私は軍人上がりであるゆえ、商業には疎いので…
お館様のご手腕を、見学させていただきたく存じます」
「いや、私も商人ではないけど?」
「でも、お館様のその幅広い識見には、いつも感心しております」
「煽ててもなにも出ないから!」
としぶしぶ言いながらも、結局セレステは次々と、気になることをラインバルトに聞きながら書類に目を通して行った。
「…うん?
ラインバルト、黄金の樽という商会の資料、そこにあるか?
どんな商会だ?」
「少々お待ちください。
…はい。5年前に設立した新興商会ですね。
食品流通専門で、短い期間に急成長した…
あ、商会長はピグレットのダランマ・ルイナです」
「む?ピグレットと言えば…
フーマニタに蹂躙されたという、あの?」
「はい。氏名があるということは…
たぶん、フーマニタによって国を滅ぼされた、ピグレットの貴族の出かと」
「ああ…
難民なのに、たった5年でここまであがってきた、というのか…
気に入った。こいつに会ってみよう」
「いいんですか?
出身の確実な商人も大勢いるのに、難民出身を…」
心配そうに聞くラインバルトに、セレステがチッチッチ、と舌打ちしながら言った。
「こら、ラインバルトくん。
君は難民だからと差別する、そんな度量の狭いヒトだった?」
「いいえ、そんなわけでは…」
「まあ、この国出身ではないから、信用しがたい…という気持ちはわからんでもない。
でもね、逆を言うと、彼には『後がない』とも言えるじゃないか?
この国出身の商人なら、既に誰か、貴族とコネがあるかもしれないし。
その点で、こいつには付け所があると思う。
私が後ろ盾になって、他の商人たちから無視される必要もなく、独占で稼げる商売をさせてやる…と言えばね、飛びつくと思うんだ。
あ、そして…情報の部門に、伝手はないか?」
まるで確信を持っているかに言っていたセレステがいきなり吐いた言葉に、ラインバルトは怪訝に思いながら答えた。
「情報…ですか?」
「あ、ごめん。
こんなことは君の叔父に聞いた方が早いだろうね?」
わざとからかうような口調でいうセレステに、ラインバルト少しムッとなったが顔には出さないで返答した。
「軍時代の同期に、諜報部に転属した者がいるにはいますが」
「あ、そう?それはよかった。
このダランマ・ルイナの素性を、調べてくれ。
少し気になることがある」
「素性…ですか。
わかりました」
「あ、王宮に行くついでに…
この『トライアンフ』という商会、資料が少しおかしい気がするんだ。
何か怪しいから、商工大臣に言っておいてくれ」
「大臣への伝言…ですか?
重要な用務なら、私のような使用人ではなく、お館様御自らなさる方がいいのでは?」
「いや、私は地球に行く予定でね。
そして、君も自分の位になれる必要はあるんだよ?
レギスの伝言をコミスに伝えるビカリ。なんの問題が?」
「あ」
そういえば、と、ラインバルトは自分でもまだ実感できていなかったことに気づかされた。
自分はもう、単なる使用人ではない、れっきとした王国貴族であり、レギスの『代理』として大臣とも渡り合える地位にいるということ。
そうしてくれたのは、目の前にいる、この普段はだらしないおじさんのようで、時々底知れない洞察を見せてくれる、この主君だということに。
***
それから五日後。
『黄金の樽』の若い商会長、ダランマ・ルイナは、緊張してどきめく胸を抱いて、今王都の話題の主人公になっている、レギス・セレステの屋敷、その応接室でこの屋敷の主を待っていた。
いきなり空の彼方からやってきたという異世界人で、国王家族の前世の父親だという信じられない噂の上に、パーティーではこの世の物とは言えない美味を振舞ったことで貴族社会で噂になり、挙句の果てに空飛ぶ島を領地として拝受したという…
まるで嘘のような噂だらけだが、最後の空飛ぶ島は彼の住んでいる商人区域からも見えていたので、こればかりは疑いようがなかった。
そんな謎だらけの大貴族様が、難民あがりの商人などに、何の御用だ。
いや、思い当たりがまったくないわけではない。
もし、その『美味』に関する事業というあの噂が本当で、それで呼ばれてきたのなら…
まさに願ってもないことだけど、なぜそれを難民出身の私なんかに?
その時、応接室の扉が開かれ、ルイナはソファから立ち上がった
「君がダランマ・ルイナか。待たせたな」
ルパシドの若い執事を従えて部屋に入ってくるのは、奇妙なお面を付けた一人の男だった。
しかし、その奇妙な服装に驚いている暇なんかない。
「レギス・バシにおかれましてはご機嫌麗しゅうございますか。
お呼びに応じまして、このダランマ・ルイナ、はせ参じましてございます」
「うむ、よろしい。
さあ、君も座るがよい」
ソファに座りながら自分にも座ることを進めるセレステに、「お言葉に甘えて」と返答して、ルイナもソファに座った。
「まあ、堅苦しい挨拶を続けるのはこちらも苦手だから、本論に入ろう。
なぜ君をここに呼んだか、大体察しているだろう?」
「…恐れ入りながら、異世界の物産の専売をご計画だと」
「そうだ。やはり商人の情報網って、すごいところがあるな。
しかも、難民の出でたった5年でここまで這い上がってきたとは、大したものだ」
「お褒め頂き、ありがたきしあわせ…」
「…それも全部、亡国の民のためとはな。
健気な王子様だよ、本当」
ルイナは、背筋が凍り付く気がした。
「な、なんのことで…」
「ああ、とぼけなくていいよ。
別に、それで責める気はないんだ。
ただね、こちらは国家規模の事業を計画しているんだ。
それの御用達を任せる相手の素性の調査など、当たり前だろう?」
嵌ったか、という言葉がルイナの脳裏に浮かぶ。
しかし、セレステの言葉に非はない。
「最初は凄腕の新興商人…と考えた。
でもね、ピグレットの難民出身…というのが気になって、調べさせてもらった。
大体の事情を想像してはいたけど、まさか王子だったとはな」
「身分を隠していて、罪に問われますか?」
「うん?いや、どうして?
自分の素性を隠している者など、わんさかいると思うよ?
君の場合、元の身分がちょっと特別なだけで…
あ、問題になるのかね?ビカリ・ノコイ?」
「彼の故国・政府が健在なら、問題になる場合もありますが…」
ルパシドの若い執事がそれ以上は言わないのは、こちらを配慮しているからだろうと、ルイナは感じた。
しかし、レギスとなると執事もビカリになるのか。ルイナはなんか、場違いなことで感心していた。
「だそうだ。
まあ、身分を隠していたのは君なりに事情があっただろうから、問わない。
でもね、同胞を助けるために商人になって、ピグレットの難民を援助しているのは実に健気なことだと思うけど…
フェリデリア内で、民族集団を集めているとなると、問題視される恐れがあるんだ」
ルイナとしても、恐れていて、また覚悟していたことだ。
フーマニタに国を滅ぼされ、国民を虐殺されたあげく、逃げ出して離れ離れになった亡国の流民たち。
彼らになんとか生きていける希望を与えるべく、流れ着いたこのフェリデリアの地で商人になり、死に物狂いでここまで来たルイナだった。
しかし、ここで不審がられ、終わるのか。
と絶望していた瞬間、目の前のレギスが意外なことを口にした。
「それでだが…
君、いや、君の民たちもだ。
私のものにならないか?」
そう言いながらお面を取ったレギス・セレステはー
憎き、フーマニタの顔をしていた。
繰り返し更新が遅くなって、本当に申し訳ございません!




