3人のための祝い
セレステが王宮に行く前に指示した通り、ガレージの地下に避難していた白亜館の使用人たちは、テンゲルが移動したことを知り、それぞれ持ち場に戻って主の帰還を待っていた。
そんな白亜館にセレステは戻ってきたのは、昼も過ぎてほぼ夕方になっていた時のことだった。テンゲルから降りてきて、王都大臣たちがそれぞれの対応に出て、彼らから質問や助言要請に応じていて結構時間がかかっていたのだ。
「おかえりなさいませ、お館様」
自動車から降りるセレステをエントランスで迎えていたラインバルトは、助手席から 降りるアリメカリセスの奇異な容貌を見て一瞬ギョッとしたが、なんとなく平静を装っていたが、一緒にエントランスに出ていたロノヴァールは結構動揺していた。
実のところ、彼女の姿(いわゆる異形頭)を見てパニックを起こしていなかった大臣たちの方が異様だったとも言えるだろう。
「そ、その方は?」
「ああ、新しく我がセレステ家の一員になったアリメカリセスだ。
ちゃんと紹介したいから、皆をホールに集めてくれないか」
「は、はい。
…ロノヴァール、 お館様のお給仕を」
あまりにも驚いて固まっていたロノヴァールに話しかけて正気に戻らせたラインバルトは、使用人たちを呼んでくるようにロデリックに指示をだして、2階の部屋からホールに降りてきているビアラ夫人に事前にこの事態を伝えるべく、邸宅内に入っていった。
「お、お館様、上着を」
「あ、いや。後で頼む。
とりあえず君も使用人たちを呼びに行ってくれ。
いいニュースがあってな」
「は、はあ…」
この主はあんな奇怪な人物を連れてきていいニュースと言っているのか、とロノヴァールは怪訝に思ったが、とにかくそんなことを考えるのは使用人の分ではない。命令された通り、ロノヴァールも使用人たちを呼びに歩き出した背中から、ビアラ夫人の驚いたような声が聞こえてきた。
「あらまあ、お客様をお連れになるなら、連絡ぐらいなさってほしかったんですけどね」
驚いてはいても、決してアリメカリセスの容貌には触れないあたりは、さすが彼女ならではの上品な対応だった。
その努力も虚しく、厨房からメイドたちと一緒にホールに顔を出したガルカンがアリメカリセスを見るなりその場で卒倒。ちょっとした騒動になってしまったのは別の話だけど。
***
「ガルカンは、目を覚ましたか?
まったく、あの図体で繊細過ぎるから。
今日、こうして皆を集めたのは、伝えたいことがあるからだ」
そうして話を切り出したセレステは、早朝のあの『空飛ぶ島』は実は自分に贈られたもので、あれはこの国の国土と宣言され自分に下賜されセレステ領になったこと、そばにいるアリメカリセスはその管理者(さすがに、制御補助システムと言うとなんのことかわからないだろうと判断したから)であり、テンゲルの代官として任命されたこと、そしてー
「ひょんなことから、マルクの位も授かっちゃったよ。
で、レギス・セレステことマルク・テンゲルになってしまったわけ。
まあ、マルク・テンゲルの方はあくまでもあれを国境線として利用する時のための位だけどね」
一つだけでも大事件と言えることを、なんでもないかのようにすらすらと、しかも軽い気持ちで述べてしまうセレステに使用人たちがポカ―ンとなっている中、ビアラ夫人だけが頭痛を感じているように額に手を当てて言った。
「閣下…
それは、そのような軽々しい口調でおっしゃるようなことではありません。
領地の拝命、新たな位の授与、領地代官の任命…どれを挙げても、一大事というのに。
できれば、少しか格式というのを重んじてくださいませ」
「えーいいじゃないですか、身内のことだし」
「閣下!」
珍しく、ビアラ夫人が声を上げた。
これには、さすがのセレステも軽いノリではいられない。
「わ、分かりました。
では、最後にもう一つ」
「まだありましたか?」
呆れたと言いたそうなビアラ夫人を見ないふりをして、セレステは言い続けた。
「我が忠実な執事、ラインバルト・チオノ。
そなたに伝えるべき儀がある。前へ」
一転して厳粛な態度で言い出すセレステにビクっとしたが、ラインバルトはすぐ命令に応じて主の前に出た。
「お呼びでございましょうか、お館様」
「うむ。
そなたの日頃の奉仕に、労いの言葉を授ける。
そしてー」
お客様でもいない限り、あんな厳粛な姿はあまり見せてくれない主なのに、今日は何があったんだろう、と使用人一同が怪訝に思っている中、セレステが続けた。
「王命を伝える。
セレステ家の執事であるそなたを家令執事に昇格させ、同時にこれからレギス・セレステの行う専売事業の総責任者に任ずる。
なお、その責任を全うできるよう、そなたにビカリの位を授ける。
皆、良いな?
異議あるものは、ここにて唱えよ」
セレステの発したあまりに衝撃的な内容に、静まり返った使用人たち。
いや、正確には『異議あるものは唱えよ』と聞いたロデリックが、「うい~」と手を挙げようとして、レーテスにチョークスリーパーを極められているのを皆見ないふりをしてはいるけど。
-バタン
ガルカンが、また卒倒したみたいだ。
「うん?なんだラインバルト。
返事がないな。
位を授かるそなたに、異議があるのか?
では、位を返上すると陛下に奏上しなければー」
バッと、正気を取り戻したラインバルトが、片膝をつきながら慌てて返事をした。
「い、いいえ!
身に余る光栄、謹んで拝受いたします」
「うむ。承知した。
なお、ビカリとして名乗る氏名に関しては、決定次第に紋章院に報告するように」
「ははっ!」
‐パチパチパチ
静まり返っていたホールに、拍手の音が鳴り響く。
「おめでとうございます。ラインバルト。
いいえ、早く氏名を決めなければなりませんね。
いつまでも下の名で呼ぶわけには、いきませんから」
「は、はあ…」
正直、当のラインバルトとしてはまだ実感がわかない。
北方の大貴族、マルク・チオノ家の三男として生まれ、家督継承とは縁のない位置だったので、自分の力で出世することを目指し、親衛隊に入隊した彼だった。
そこで順調に進級でき、末端の位であるエクスまであと一歩、というところで親衛隊長である王弟殿下の命令でこの、異世界から来たというレギスの執事として送り出され、自力で出世することはもうあきらめるしかないと思っていたところー
『出世を狙っているなら、悪くない話だと思うぞ。』
自分をここに送り出す時の、王弟殿下のあの仰せは、気休めの方便ではなかったのだろうか。
エクスも、その上のプラエですらない。
一気にビカリになったのだ。
信じられないと感じるのも、無理ではない。
膝をついたまま感極まっている彼の耳に、ホールに鳴り響く拍手と歓声が聞こえた。
「おめでとうございます!」
「おめでとう!」
「よかったじゃないですか、小隊長、いや、ビカリ!」
気絶したロデリックを投げ捨てたレーテスが、膝をついたままで動くことも忘れてしまったラインバルトを助け起こしながら、そう祝ってくれた。
「そうだな、アリメが身内になったことと、二人がビカリの位を授かったことを、祝おうではないか?
パーティーなんか大仰なことではなく、食事会でもー」
「何を仰います、閣下。
閣下ご自身の第2の位のことは、水に流されるおつもりですか?
三人が同時に位を拝受したのです。
これは日を改めて、正式にお祝いパーティーを開催するべきです。
二人の紹介も兼ねましてね」
ビアラ夫人の指摘に、セレステがいやそうな顔をしながら返答した。
「え、やっぱり?」
「やっぱりも何も、それが貴族社会のしきたりですもの」
「でも…
それじゃ、使用人の皆と祝うことにはならないですよね?
ただ単に、身内の皆で、と思ったんです。
まあ、面倒くさいけど正式パーティーは後でちゃんと開催しますから。
庶民の垢がまだ抜けていないと、あざ笑ってくださいよ」
そこまで言われると、ビアラ夫人としてももうとやかく言うことなどできそうにない。
仕方なさそうに微笑みながら答えた。
「わかりました。
そんなことなら、私も止めはしません。
確かに、身内で祝うことも悪くはありませんね。
でも…」
彼女の視線の先に、まだ卒倒しているガルカンがみえる。
「料理長があれでは…」
「あ、それは問題ありません。
私の祝いでもありますから、私の驕りということでー
昨日、ダーハラト『で』安全を確認した地球の飲食を、買って来ましょう」
「…今、少し恐ろしい言葉を聞いたような気がしますが…
気のせいでしょう。
では、メイドたちには大食堂の準備をさせておきますね」
「お願いします。
あ、ラインバルトの祝いだから、叔父のダーハラトも招待しましょうか?」
ダーハラトのことを呼び捨てにしているセレステを、ビアラ夫人が怪訝そうな目で見ながら言った。
「お二人、いつからそのような懇意な仲に?」
「え?
あ、ああ、まあ、やつとは地球で色々とあったので」
怪しげな目で見てはいるけど、ビアラ夫人にそれ以上探る気はないように見えた。
一つだけ除けば。
「お二人の交友関係は大いに結構と存じますが…
お言葉遣いには、くれぐれもお気をつけてくださいませ」
「はい、わかりました。
では地球に行ってきますね。
夕食の時に合わせて戻ってきますので、準備をお願いします。
ダーハラトには、地球のラガーを用意しておくと伝えるといいでしょう。
アリメ、君はどうする?このまま邸宅の皆といるか?」
「マイロードのお望みならば」
ちょっと冷たそうにも聞こえるその返答に、セレステは苦笑しながら言った。
「これから同じセレステ家の者になるからな、どうしてもできない、ということではないなら、付き合っているほうがいいと思うよ。
ビアラ夫人、彼女のこと、よろしくお願いします。
慣れていない外貌だから、すこし苦手なのかもしれませんがお願いします」
‐パン
ビアラ夫人が、扇子で掌を叩いて大きな声を出しながらセレステを叱った。
「閣下。ヒト、特に女性のことを外貌がどうのって言って貶されてはいけません。
お分かりのはずでしょう?
少し特別なところがあるだけで、彼女は美人だと思います」
ビアラ夫人のその言葉を聞いたアリメカリセスの頭部に当る6枚の翼が、顔にあたる部分を包むように折りたたまれた。
『あれって、恥ずかしがっているのかな…』
「ああ、確かに。至らないところでしたね。
指摘、ありがとうございます、ビアラ夫人。
アリメも、夫人はこのセレステ家の最高権力者のような方ですから、仲良くするんだよ?」
「はい、マイロード」
アリメカリセスのことはビアラ夫人に任せておけば大丈夫だろう、と思いながら、セレステはゲートをくぐり、地球に戻ってきた。
「さて…なにがいいだろう?時間は充分あると思うけどー」




