上空2000アシェの空の旅
「そらの上に、こんな風景があるとは…驚いた」
ゲートからテンゲルの野原、草花が咲いた草原を眺めたラシオンが、感心した顔で言った。
「それで、このテンゲルの大きさは?」
「はい、長いところで2km…フェリデリアの単位では約2000アシェ、幅も約2000アシェとなりますので、400万平方アシェとなります」
「400万平方アシェか。
レギスの独立領地としてはあり得ないほどの狭さですが、それが空に飛んでいるとなると…
まったく別の話になりますな」
内務大臣が感嘆してつけ加える。
それもそのはず、400万平方メートル…4平方kmとだけ言えば頭にばっと来ないだろうけどけど、『お台場は空を飛んでいる』と言えばどんなものかすぐわかるだろう。
セレステと王一行は今、ゲートをくぐってテンゲルの野原に出ていた。
ゲートをくぐるや否や、そこで彼らを迎えるアリメカリセスを見て
「双子か?」
「ゲートで先回りした?」
「手品か!」
とガヤガヤ騒いで、ナイランの説明を聞いては(さすがに、同じトゥシタ人目線での説明は彼女の方がうまい)理解して面白いと思うかのように目を光らせるヒトも、頭から煙が出そうな表情になるヒトも、『うん、全然わからないけどなんだかわかる気がする!』と現実逃避するヒトもいて、反応はそれぞれだった。
ちなみに、ラシオン王はというと
「うむ、全くわからないけど構わん!
そんなそなたも余の臣下ということで結構!」
…考えたくもないのか、君主たるものの器の大きさか、判断しにくい。
「いや、少しは考えというものをな?お前王様だろう?」
「父上、王がすべてに長けている必要はありませんよ?
もちろんヒトより劣る所があってはなりませんが、足りないところは秀でた臣下のアドバイスを受け入れる度量があればいいんですよ」
「言い訳上手なこった」
王父子が他愛のない雑談をしているそばで、大臣たちはそれなりに慣れたアリメカリセスに、それぞれ気になることを質問していた。
「空高く浮いているという割には、風も気温も地上と変わらない気がしますな?」
「はい。このテンゲルには気候調整フィールドが張られていて、外部の気候や大気とは関係なく、独自の設定ができます。
そして、私のことは普通のビカリとして接してください」
「あ、それもそうか…
わかった。そうさせてもらおう。
あ、済まぬ。自己紹介がまだだったな。
内務大臣を務めている、レギス・バルネ・レイハネン・パールだ。
よろしく頼もう」
「何卒よろしくお願いします、内務大臣様」
「そういえば…朝から驚くことばかりで、お主に皆を紹介することも忘れておったな。
この国の者で、新入りの貴族だったらわしらから自己紹介など、ありえぬことじゃろうが…お主は例外じゃろう。
わしはこの国の宰相、レギス・メランデ・オーラナ・パールじゃ。
こちらは外務大臣のコミス・ロイバー・ナデント・パール。
法務大臣のコミス・ランデハレ・バルハ・パール
財務大臣のコミス・マハッサ・ゲリエ・パール。
商工大臣のコミス・バリネレ・イトーナ・メアじゃ。
軍務大臣のマルク・ダーハラト・メンゲン・パールには、すでに会っていたな?」
「はい。ご紹介、感謝いたします。
皆様,この世界には新参者ですが,何とぞよろしくお願いいたします」
『この世界の新参者』
いかにも異質的な言葉なのに,ツッコミを入れる気すらしない。
そもそもツッコミを入れたって,どうにかなるわけでもないが,セレステという異世界人の存在自体が,大臣たちの感覚を鈍らせていたかも知れない。
「よろしく頼むわね。
ねえ,アリメカリセスさん?
このテンゲルって,今どれぐらい高く浮いているの?」
紹介に続いて,商工大臣が気になっていたことを聞いた。
「はい。今,上空2000アシェの高さを航行しております」
「2000?それはすごいわね。
ここから落ちたら…」
「こら,縁起でもないことをいうでない!」
不吉なことを言って,宰相に怒られる商工大臣だったが,流石に気をつけなければならないことではある。
「大丈夫です。不可視フィールドが貼られているので,わざと飛び降りない限り,安全です」
「不可視…何?」
「目に見えないフェンスがある,と思っていただければ幸いです」
「あらまあ」
「でも、こんなものがどうやってそらに浮いている?法術か?」
財務大臣も,気になっていたことを聞いてきた。
「このテンゲルを動かす力に関しては,贈ってくださった方によって公開が禁じられておりますが…法術や魔術ではない,ということだけは申し上げられます」
「その贈り主とは誰だ?」
「よせ、それが言えたら、すでに言っておったじゃろう」
外務大臣がテンゲルを送ってきた者の正体を探ろうとしたが、宰相に止められた。
宰相としては、このような超常的なものを軽く送ってくる相手の機嫌を損なうようなことはしない方が上策、という判断ができていたからだ。
「しかし、400万平方アシェか…
それだけ広大な大地が、空を飛んでいるなんて、その上に立っていても実感できないな。
これは聞いてもいいことか判断できかねるが、移動速度はどうなんだ?」
軍務大臣、ダーハラトも好奇心には勝てなかったのか、慎重に聞いた。
「はい。移動速度は通常航行時、最高速度時速150万アシェまで出せます。
非常時は400万アシェまで出せますが、その場合振動が発生し、乗込員や居住人員の快適な暮らしの邪魔になり、その時発生するソニック・ブームで地上に被害を与える恐れがありますので、よほどの事態ではない限りお勧めしません」
「あ、ああ…」
ちなみに、ダーハラトがセレステの自動車に初めて乗ってみて恐怖を感じた速度が時速10万アシェ。
通行航行速度という時速150万アシェさえ、気の遠くなりそうな話だった。
「でも400万とは…まさか、単位を間違っているのではあるまいな?」
「はい。間違いありません」
その時、セレステが割っていった。
「おい、アリメ、聞いてなかったぞ?
ソニック・ブームって、この図体で?
シャレにならんぞ?」
「ですから、よほどの事態ではない限り、使いません」
その主従の会話に、追いつけなくなった大臣たちを代表して、ダーハラトが聞いた。
「さっきも聞いたが、一体何なんだ、そのソニック・ブームとは」
「あ?ああ…それがな…
音速、と言って音が届く速度以上に速度を上げると、それについていけない空気が押されて、爆発する…とでも考えてくれ。
その時、爆発音と暴風が発生するけど…小さなものならまだマシだけど、このテンゲル全土でそんなことをすると、考えてみろよ。シャレにならないどころか、大事故になることもあるぞ?」
「…爆発魔法も使っていないのにか?」
信じられないそうに、ダーハラトが聞いた。
他の大臣たちも、なにも言えず、セレステの口元だけを見つめていた。
「世には運動エネルギーというのがあってな…
もしテンゲルで低空飛行しながらあんなことをやったら、市街地一つぐらいは粉々にできるかもよ。
ま、それを知っているからこそ、絶対やらないけど」
セレステは本気でそう言っているが、それを聞いている大臣一同は気が気でない。
『絶対やらない』とは言っているけど、世にはもしものことと言うのがある。
そして、その『絶対に』を破れるような出来事があったら…?
「お主が味方で助かった、と今日ほど感謝したことはないようじゃ」
「いや、勝手に味方にしないでくださいよ意地悪ジジイ」
「コラー!わしもお主など味方にしたくないわ!
国のことじゃ!」
そんな二人の漫才のようなやりとりが、金縛りにあった様な気分だった大臣たちの雰囲気を少しは和らいでくれるなか、約一人、大胆なことを言うヒトがいた。
「ほほう…それはそれは…
隣国への脅かし材料が増えましたな。クックック…」
「外務大臣!君ってやつは、その荒い気性はどうにかしてくれないのかね!」
何だか、ダーハラトとポジションが代わっているのではないか疑わしくなる外務大臣と、大慌てでそんな彼を制止する内務大臣をみて、あの二人も凸凹コンビかなーと、どうでもいいことを考えるセレステだった。
「…おい、お前今、なんか失礼なことを思っていなかった?」
「うん?いや、なにも?」
その時、アリメカリセスに話しかける機会を伺ってた財務大臣が、彼女に聞いた。
「ビカリ・テンゲリデ、答えが聞けることなのかはわからないが…
植物しか生息していないのは、まあ察しがつく。
孤立した大地だから、動物の生息には色々と問題があるから。
しかし…レギス・セレステの領地となったからには、居住の必要も生じるだろうけど、それができる環境なのか、ここは?」
「それ即ち、納税のできる土地か、ということでしょう?」
ニヤニヤ笑いながら指摘するセレステの質問に、財務大臣は別に恥じることもなく返答した。
「そうです。結果的には王国の土地ですから、国家の営みを考えなければならない身としては気にしないことにはなりません」
「まあ、その気持ち、察しますよ。
私としても、せっかくできた領地を遊ばせる気はありませんし。
アリメ、実のところでどうだ?居住のキャパとか、物質循環とかは」
「はい。現時点で常住できる人口は5万、短期滞在まで含めると最大で約12万まで受容できます。
そして物質循環に関しましては、空気循環は気候フィールドを介して外部と循環でき、水分も外部の雨水からの供給に加え、地盤内の湧水を浄化・循環させ、常住人口対象として十分に供給できます。
それ以外に、汚染物質の分解処理機能も整えております」
「常住人口5万…?一つの都市が飛んでいるようなことではないか!」
驚きのあまり、内務大臣が思わず大声を出してしまった。
「そうですか?ああ…
でも、そこまでは受容したくないな。
行政とか、面倒臭いことだらけな気がするし」
「面倒臭いからって、宝の持ち腐れにする気ですか!」
「いや、それが…」
「レギス・セレステ、働き手が欲しかったら、内務の官僚を貸し出すこともできますけど?」
未開拓の利権が見え隠れするところに一枚噛む気なのか、内務大臣が提案したが(もちろん、行政は内務のことだから無理を言っているわけではない)、セレステには別の考えがあった。
「あ、いやいや…人口が増えすぎてもコントロールしにくくなるだけですし、常住人口はなるべく減らす方向で、受益だけ狙おうかと」
「そんなことができたら、誰が苦労するというのですか!」
呑気なことをいうセレステに、財務大臣がついカッとなってしまう。
本当に、それができたら財務が苦労するはずもない。
「でもですねー
ここって、『観光地』としてうってつけだと、思いませんか?」
「か、観光地?」
「はい。
水の供給ができるとはいえ、それはあくまでも生活用水に限りますよ。
農業に必要な膨大な水量は、流石に無理でしょう。
工業を考えてみても、似たようなもんでしょう。
つまり、大規模の人口を常住させても、その食い扶持が、ということになるんでしょう」
「それは…そう、かも」
財務大臣は、現実的な問題を提示するセレステに説得されつついた。
もちろん、その必要があれば産業に必要な水など、いくらでも作り出せるということを、アリメカリセスは黙ってみていた。
彼女のロード、セレステがそれを望まない様子だったから。
「だから、付加価値の高い、観光地にします。
『上空2000アシェの空の旅』
聞いてドキがムネムネしませんか?」
聞いてみたら、確かに、と、その場にいた大臣全員が思った。
国内旅行といってもだいたい似たような風景だからこれといった感動があまりないし、外国への旅行など、公務で出張する以外には不可能に近い、そんなトゥシタの文化レベル。
国内の旅行といっても、貴族が自分の領地と王都を行き来したり、湯治のために温泉地に行ったりするのが殆ど。
…そんな時代に『空の旅』というのだ。
余興に乾いている貴族なら、飛び掛からないはずがない。
「それにですね…
外国の貴族をも招待してガッポガッポ、ですよ?」
後日、せレステはこの日のことをこう回想した。
『あれをいった途端ね…
財務大臣はまあ、そうなるとわかっていたけど…
外務大臣がまさに鬼の形相になって取り掛かってきたよ。
考えてもみろよ?あの二人が、血眼になって、私の手を握りしめては、離してくれないんだよ。
『やりましょう!ぜひ!』と言いながら握手といういなの暴力ブンブン…
食い殺されるのかと思ったよ、いや、まじで!』
今週は連続で遅刻してしまい、お読みになっていただく読者の皆様に大変申し訳ございませんでした!




