贈り物
「では、本当にこれ…なんと呼べばいいかわからないものだが、とにかくこれはお前宛に送られてきたものだというのか?」
「そのようだよ…でも、誰が?
トゥシタに、フェリデリアのヒト以外に私を知っているやつがいるはずがないのに?
それに、なんだよ『日頃のお勤め』って」
いつものように『そういうこともあるんだ』と思って流すようなことではない。
物理法則に反するようなものが現れただけでも思考が飛んでしまいそうなことなのに、それが『だれかが自分のために用意してくれたもの』だとすると、意識が飛んでしまいそうだと感じるのも無理ではない。
「そのマニュアルなるものに、書いてあるのではないか?
だれが送ったかは徐々に調べることにして、とにかく今はこれをどうにかするべきだ。
落ち着いて、それを読んでみてはどうだ」
自分のことではないからか、ダーハラトにはセレステよりは理性的な判断ができていた。
「そ…そうだね。
でもマニュアルって…」
手紙のページをめくってみたらそこはマニュアルの表紙になっているらしく、こういうタイトルが出てきた。
『取扱説明書
半自律・全地形対応型浮遊大地』
「家電機器かよ!」
***
「…で、使用者を登録…っと」
セレステがイラつきながらもマニュアル内容を確認し、金属の円卓についてあるタッチパッドのようなコンソルで制御機能起動のため使用者登録を行おうとしているところだった。
「これがコンソル…って、起動するには5秒間掌紋を入力…って、あれ?」
『天城大輝 様
登録された最高管理者のログインを確認しました。
航行制御機能をONにしますか?
YES / NO』
「さ、最高管理者?私が?」
「なんだ?」
日本語のメッセージが読めないダーハラトが聞いてきた。
「そ、それが…
私がこの『浮遊大地』の最高管理者…だって」
「お前に贈られたものだといったではないか?
当たり前なことだと思うが」
「いや、そういえばそうなんだけど。
その『最高管理者としての登録』をした覚えがないんだよ。
私の掌紋まで登録されているとなると、私の知らないところで登録できるはずが…」
「お前にわからないことなら、それに答えられるような者は多分ないと思うが」
「それはそうだけど…とにかく、航行制御ができるようにしてみよう」
そう言いながらONをタッチすると、テーブルの上に球型のホログラムが浮かび上がって、初めてこんな光景を見るダーハラトを驚かせた。
「な、なんだこれは?」
「えっと、私も実物を見るのは初めてなんだけど…
多分この領域の3D地図なんだろうな。
あ、このま中央に表示されるのがこの浮遊大地で…」
「下にあるのは…王城か?」
「うん…多分、そうだと思うよ。
でもこれでどう制御する…ってまさか?」
まさか、と思いながら、セレステは手を伸ばして浮遊大地のホログラムに触れ、向きを変えるように手を動かしてみた。
「うわっ?」
次の瞬間、振動や動きは全く感じられなかったが、窓の外の空が急速に横に流れていくのが見えて、二人はギョッとした。
「お前がやったのか?」
「た、多分?」
試してみたセレステ自らが驚いていたら、手元のコンソルから警告らしき光が点滅した。
『注意;急激な方向転換は乗組員の転倒などの恐れがあります。
制御補助システムを起動しますか?
YES/NO』
「補助システムって…
そんなのがあったら、最初から言えよ!」
YESをタッチすると、テーブルの上に表示されていた3D地図が消され、その場所に一人の
人影が現れた。
「お初にお目にかかります、マイロード。
この浮遊大地の制御システム、アリメカリセスと申します」
「え…」
そこに現れたのは、妙に金属光沢のするフィット感のいい男性スーツを着こなした、やや女性よりのシルエットをした人物だったが…
頭がなかった。
いや、頭がないというか、頭のあるところに1対の角と、3対翼竜の翼が生えている…という、奇怪な形状をした何かが『浮いて』いた。
「オーテル!」
「いや…心配しなくてもいいかも。
彼女?いや、彼?は私のことを『ロード』と言った。
多分、制御システムAIのアバターなんだろう」
「お前が何を言っているのか全くわからないが…
あれは何を言っているのだ?」
いきなり現れた相手の奇怪な見た目にダーハラトが警戒したが、セレステはあまりおどろいてはいなかった。実在する生物体ではない、ホログラムキャラクターならあれぐらい変わった趣向ぐらい…
「ロードを上から見下ろすのは、流石に非礼でしょう。
改めてお礼を申し上げます。
そして、ご同行の方のために、言語設定を現地のものに切り替えます」
と、いきなり前に現れて頭を下げるアリメカリセスに、さすがのセレステもビクッとおどろいた。
「おお、びっくりした。
部屋全体にディスプレイできるようにできているのか。
凄いシステム…」
「いいえ、私はホログラムなどではありませんが」
「え?」
「今は実体化しております」
「……実体化?」
「はい。先ほどまで異次元からの投影状態でしたけど、今は3次元物質に具現しており…」
「…待って待って、それ以上言ったら頭パンクしそうだからやめて」
いきなりファンタジーすぎる設定を押し付けられ混乱していたセレステは、心配そうに自分を見ているダーハラトを見て落ち着きを取り戻した。
「そういえばこんなやつのいる世界で異次元生物などで今更…」
「おい、こんなってなんだこんなって」
抗議するダーハラトのことは置いといて、セレステはとりあえずは気になることを聞きたいと思った。
「私のことを、ロード、と言ったな?」
「イエス、マイロード」
「ということは、君は私の使用人…と考えても良いか?」
「もちろんでございます」
「では、主人として聞かせてもらおう。
この『浮遊大地』を私に送ったのは、誰だ?」
その質問には少し答えをためらうようだったが、顔がないのでどんな表情なのかがわからない。
「その情報に関しましては、今エンバーゴがかかっておりまして、公表できません」
「…主人の私にもか?」
「はい」
それで信じろというのは無理があるのでは、と思ったセレステだが、アリメカリセスが言ったあることに気づいた。
「『異次元』から投影していたと言ったな?
それは、5次元以上の次元のことか?」
「さすがマイロード。その通りでございます」
「そうか。
なら、私が『わかるようになる日』まで待つしかないということだな?」
「ご明察でございます」
セレステはまるで禅問答のような会話で納得してしまったが、そばにいたダーハラトは完全に置いてけぼりになった気分だった。
「おい、オーテル、一体どういうことだ、これは?
エンバーゴ?とかいうのはなんだ? 」
「あ…ごめん。
私の推理にすぎないことだけどね。
この浮遊大地とアリメ…を私に贈ったのは、多分この世にはいない存在だと思うな。
すでに死んで久しいか、そうでなければまだこの世には現れていない誰か、だと思うよ」
「…説明どころか、さらに混乱するような話なんだが」
「要するに、彼女…
ごめん、アリメカリエヌ、君に、性別はあるか?」
「アリメカリセスです、マイロード。
私のような存在に性別概念はありませんが、3次元の生物の形を模倣する時、『♀』に近い形態をとっておりますので、女性とお考えになっても構いません」
「だそうだよ。
私たち3次元の者とは時間の概念も、性別の概念も…というか、存在そのものの概念が違う存在だから、『そういうこと』にするしかないと思う。
なんだか、いつもの私のポリシーみたいになったけど」
「ますますわからなくなる気がするが。
お前は、なんでそんなに平気にいられるんだ?」
『それは、SFオタク設定厨の好きそうな話だから』
と思ったが、だいたい次元の概念があるかどうかもわからないトゥシタの住民であるダーハラトには言ってもわかってもらえないだろう。
「それが…地球では割と、よく『聞く』話だから?」
「どんな魔境なんだよ、チキュウって…」
何か、地球に関するとんでもない誤解を作ってしまいそうだけど、セレステにとってはどうでもいい話だった。
「まあ、地球のことはまず関係ない話だし。
アリメカシメス?制御補助システムだと言ったね?
では、この浮遊大地のコントロールは君に任せていいということだな?
さっきやってみたけど、手加減がわからなくてな」
「もちろんです。全コントロールは私にお任せを。
私の名前がお覚えづらいなら、アリメだけでいいです」
「わかった、では高度を二千まで上げて、地上に居住区域がないところに移動してくれ。
下の王都が大騒動になっていてな。
さあ、ダーハラト、行こう」
アリメカリセスに移動の指示を出して、地上に繋がるゲートを開いたセレステに、ダーハラトが慌てて聞いた。
「このまま戻るのか?」
「だって、みんな待ち焦がれているだろう?」
と言いながら、セレステを追ってゲートをくぐったダーハラトはすでに地上に降りていた。
「ただいま〜お待たせしました!」
「いや、全く!
って、動き始めたのではないか!
どういうことか説明を!」
二人が戻ってくると同時に高度を上げながら移動するのを見た王を始めとする地上で待機していたみんなが慌てて聞いたが、セレステは落ち着いた態度で答えた。
「ご心配召なさいませんように、陛下。
あれは、私が安全なところに移動するように命令しました」
「命令?」
「はい」
「…島にか?
軍務大臣、そなたが説明してみよ」
セレステには聞いてもちゃんとした説明は聞けないと思ったのか、王がダーハラトに説明を要求した、が…
「あれは誰かによってレギス・セレステに贈られたものだそうです。
あの上には草原が広がっていて、そこをしばらく進んだら奇妙な塔が出ました。
その中にあの島を操縦する施設があり、レギス・セレステが操縦しようとしたら上手くできず、補助システムという者が現れましたが…
あれ…彼女とレギス・セレステの会話をそばで聞いてはいましたが、一体何を話しているのか全く…」
こちらもまた、わけのわからないことを言っていた。
「…で、お二人の話をまとめると、あれは王父卿に贈られたもので、ただ空に浮いているだけの物ではなく、自在に移動できるということですね?
中にはあれを操縦する誰かがいて?」
幸いなことに、コミス・ナイランは二人の話をまとめ上げることができたようだった。
「…まとめてくれて、大義であった。
信じがたい話ではあるが、実際移動しているのを見ると虚言ではないようだな。
しかし、その話を素直に受け入れても良いのか?」
「ごもっとも、と存じますが…
あれは私としても、地球の知識を持って考えても、もう想像の域にあるものです。
そんなものが、理由はなんであれ、私の指示に従ってくれているなら…」
「その真偽を確認できるまでは、そのまま放っておくしかないということか」
「はい。実際、安全な地帯に下がるようにと命令したら聞いてくれていますし。
当面の抑制、というか制御はできると存じます」
このまま納得してもいいか、という気もするが、そもそも父上―セレステの存在そのものがこの世界ではあり得ない存在だったのだ。そんな彼を追うように現れた奇異なものを、誰がいて制御できるだろうか。
「…いささか信じがたい話ではあるが…
わかった。では、あれへの対応は王父卿に任せたい」
「御意」
すかさず答えるセレステを見て、王が続けた。
「余は大臣たちにこのことを伝えに行く気だが、王父卿はどうする?」
「陛下の許しがいただけるなら、またあれに上がってみようと存じております。
調査というか、確認しておきたいことがまだ残っておりますゆえ」
「うむ、わかった。そして…」
セレステのそばでソワソワしているナイランを見た王が、苦笑しながら言った。
「魔術師長、本当は会議について参れと言いたいところだが…
レギス・セレステについていくことを許可する。調査を手伝うように」
「は、ははあ!
恐悦至極にございます!」
願ってもない王の言葉に嬉々として返答するナイランを見ながら笑った王が、ダーハラトに向かって言った。
「護衛は…特に必要なさそうだったな?
軍務大臣、そなたは余について参れ」
「はっ」
「では王父卿、息災で参れよ」
「ははっ」
その言葉を残して踵を返し、ダーハラトを連れて王宮へ戻る王を見ながら、セレステはあのブリッジに繋がるゲートを開いてナイランにいった。
「さて、ナイラン殿、準備はできましたか?」
執筆に時間がかかり、更新が遅くなってしまいました。
いつも読んでくださっている読者の皆様に、お詫び申し上げます。




