風と共に去りぬ
「父上?誰と睨めっこしてます?空を睨んでなんかして」
- ギロ
そこにいるはずのない『ドアマチュア作家め』を睨みつける気でいた天城は、そのままラシオンに視線を向けた。
「……さっき、『少し遠い星』からきたと言ったな?」
「はい」
「じゃ、どうやってここまで来たんだ?宇宙船で来たらその件で大騒ぎになっただろうに…
いや、あれか?あの超大国と密約を結んでいて情報をもみ消した?
でなければ地球の技術なんか遥かに超えているから誰にも見つかず着陸できた?」
ありふれたSF設定をあれこれ述べてみる天城。
「いや…それが、逆なんですよ。うちの星の技術レベルって、この星…チキュウに遥かに及ばない」
「は?」
「チキュウの技術だって、宇宙旅行は夢のまた夢でしょう?うちの星、トゥシタのレベルではさらに無理ってこと」
天城は先の疑いがまた自分の中から蘇るのを感じた。
「お前やっぱおバ…」
「違いますって。技術じゃなくて法術に頼っただけです」
「砲術?まさか大砲で撃たれて飛んできた?『ほら吹き男爵』じゃあるまいし」
「ホラフキ男爵?誰ですそれは?知り合いにフォラフならいますけど。
まあ、砲術じゃなくて法術ですよ、法術。星々が整列する時を待って、『世界渡り』の大法術を発動させたんです。それでここまで飛んで来れたわけ」
またまた謎キーワードが雪崩れ込んできて、天城は頭がパンクしそうな気になった。
「待ってくれよ…法術だの世界渡りだの…ファンタジー過ぎないか?」
「そう言ったって、全て現実ですから受け入れるしかないんですよ?」
「非現実の塊のような奴にそんなこと言われてもなー」
と言ってみたものの、異形ではあるけど生きているラシオンがいる。
常識で論破する気にもなれず、目の前の彼を虚像扱いしたくもない。
そもそも、『夢でもいいから会いたい』と切に願っていたんだから。
だから「そういうこと」にした。
考えても答えが出ない問題で悶々としたってしょうがない。とにかく目の前の出来事を、事実として受け入れるしかない。彼はそういうタイプの人間だった。
「技術レベルが低いって…もうその法術とやらだけでも十分すご過ぎないか?宇宙旅行どころか星間跳躍だよ?どれだけの距離を一瞬で飛んでこれたんだ?」
「まあ、そうは言ってもうちの工業生産力は確かにこの星に及ばないのは事実ですし、大したことのない魔術なら使えても、法術はそんなホイホイ使えるものじゃないんですからね。実のところ、この『聖なるおやつ』もあそこでは作れませんよ」
ラシオンは真顔でそう言っているけど、なんかアホらしいオチになってしまった。
『子供の小遣いでも買えるような安いおやつに『聖なる』とは、大袈裟だな…、ってこいつさっき魔術と言ったな?宇宙人ってだけで頭痛もんなのにさらにー』
しかし、現代先進国の一般勤労者の暮らしは、実のところ近代以前の貴族のそれより豊かで豪華、だというのが最近の定説だ。
ラシオンが現代地球より技術レベルの低い世界に住んでいるなら、あの反応もあながち無理ではない。
「あ」
「あ?」
「ああああ…」
どこか物悲しげな声をあげるラシオンに、天城はふと我に帰った。
「どうした?」
「ああああああ」
「おい、何が…って、お前それ…」
どうしたものかとラシオンに視線を向けた天城。
彼の手元のテーブルの上には食べ終わったおやつの殻が綺麗に並べられていて、ラシオンはまだ足りないと言いたげな目でそれを見下ろしていた。
そしてーー
ソファの背もたれに乗って彼の後ろ頭に猫パンチを連打しているノルガー。
ラシオンの手の甲を噛みついているイーシャ。
そんな彼らの側でシャーと威嚇、いや怒っている?アーシャ。
まさに地獄絵図のような光景が広がっていた。
「この食いしん坊どもが…
さてはラシオンお前、私に会いにではなく、おやつ欲しさで戻ってきたな?」
「そんなアホな!父上に会いたいに決まっているでしょう!
…そのついでに…」
「うん、お前もうアホ決定。どう見ても主客転倒だよ、今のは」
ツッコミを入れといて、思わず微笑む天城。
「何、そんなことはどうでもいいんだ。
私はお前にこうしてまた会えただけでも十分だよ。
しかもお話までできるなんて、最高じゃないか。
会いにきてくれて感謝しているよ」
「父上…
いたっ、アーシャ!お前も噛み付く?」
せっかく感動する雰囲気だったのに、それを許さない猫達に、天城は苦笑した。
「まあ、いいよ。今日買ってきたの、全部食べたな?
さすがにその体ではそれでは足りないだろうね。
わかった、また買ってくる。急げば閉店ギリギリで間に合えそうだ。
あ、夕飯もまだだったね。食べられない素材もあるから…何がいいかい?」
「あ、いや、ご飯までは…」
「何、遠慮しなくてもいいんだ。すぐ買ってくるからな、ゆっくりしていてくれよ?
もしお前に酒が飲めるなら、2人で飲み明かしたい気分なんだけど、酒を飲んでもいいかわからないからー」
天城はいそいそとジャケットを羽織り直しては、マンションから飛び出した。
「すぐ戻ってくるからね、外に出ないで待っていてくれー」
-バタン
マンションのドアが閉まる声を聞いて、ラシオンは小さくため息をついた。
「父上、すみません…」
ぶつりとそういう彼に、先ほどの地獄絵図から一転、猫たちは大人しい態度でラシオンの周りに集まった。
額をすりすりしたり、先噛んだところを舐めてやったりしながら。
「みんな、よくやってくれたよ」
***
家から飛び出した天城は、まず閉店間際のペットショップに飛び込んでは棚に並んでいた例のおやつを根こそぎかき集め、他に在庫はないかと尋ねて店主を引かせてしまった。
「うちの子が大食いでしてね、ハイ」
いきなり見せる奇行だったけど、さすがに常連だからか、ペットショップの店主は別に深追いはせず、店の倉庫からボックスごと持ってきて天城に渡してくれた。
「他のお客様の分も考えて、今日はそれぐらいでお願いします」
との条件付きだったけど。
店主に謝礼をして、会計を終えた天城は、今度は近くの寿司屋に飛び込んではワサビ抜きの寿司を頼んだ。最初はステーキにしようかとも考えたけど、ニンニクやタマネギは猫には毒になるとわかっていたので、候補を1つ1つ消していったら残ったのがお寿司だったのだ。
「まあ、お寿司の具は猫に与えても大丈夫だと言っていたしな」
寿司屋で少し怪しまれるかなとも思ったけど、『ワサビに慣れていない外国人の友人のため』と言ったらすんなりと作ってもらえた。
宇宙人だって外国人のようなものだから嘘は言っていない。
***
息を切らしながらあっちこっち走っていて、年の割に少々無理していた天城は、マンションに戻ってくる頃にはもう命がらがら…
「いやいやいや、さすがにしんどいけど、死ぬほどではないわ!
…って、誰に言っているんだ私?」
とにかく、マンションのドアの前で一旦深呼吸をし、息を整えてから入ることにした。
「ただいまー待たせたな?」
-にゃー
先とは違って、今度はノルガーが玄関に迎えに出てくれていた。
「はいはい、いい子ね。お兄ちゃんは?」
と言いながら靴を脱いで玄関に上がった天城は、少し変だと思った。
奥から気配がしない。
あれだけ存在感を放っていたラシオンなのに、気配を感じない?
奥に進んだら、リビングのソファの上にイーシャとアーシャが抱っこしてすやすや寝ている。買い物のためにマンションから飛び出す直前まであそこに座っていた
「あれ、ラシオンは?」
家から出るなと言ってあった。
あの姿で家から出るのは賢い行動ではないということぐらい、わかっているはずだ。
玄関にはラシオンの靴は…いや、そもそも靴なんか履いていたかどうか、思い出せない。
お手洗い、お風呂、書斎、台所、物入れと、思い当たるところは隈なく探してみたけど、
ラシオンはいなかった。
まるで最初からいなかったかのように。
「…そんな…」
まさか、白日夢でもみていたのか。
「…いや」
そんなはずはなかった。
先までラシオンが座っていたソファの前のテーブルの上に、あいつがあんなに楽しんでいたおやつの殻が、キレイに纏められていたから。
帰っていったのか。
どこかの星から、法術とかいうよくわからない方法で地球に来れたと言っていたから、いきなり現れたとの同じく、いきなり帰っていってもおかしくはないだろう。
「勝手なやつだ…」
崩れ落ちるかのように、猫たちの寝ているソファの前に座り込みながら、天城はため息まじりに悪態をついた。
来るなら来ると、事前に伝えてくれよ。
わかっていたら、今日の予定など全部キャンセルして、色々と準備して待っていただろうに。
勝手に現れては勝手に消えやがって… まさに猫のやりそうなことだ。
いや、勝手なのはどっちなんだろう。
連絡する手段があったらとうにしていたんだろう。
せっかく会いにきてくれた彼との時間を、留守したり失神したりで台無しにしたのは誰だ。
「最後の最後まで、なってないオヤジだったな、私…」
虚しさと切なさが、なだれ込んできた。
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次回、第5話「不思議な国のおじさん」
【更新スケジュール変更のお知らせ】
ここで、更新日程につきまして改めてご案内させていただきます。
1月中は月曜から金曜の週5回更新のスケジュールで進めていく予定です!
当初は週2回の予定でしたが、より早く皆様に物語をお届けしたく、
気合を入れて執筆に励みたいと思います。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします!




