尊い友情
「もはや、致し方ないと言うことか」
そういう王の言葉に、場内の雰囲気が沈痛になったところ、宰相がいった。
「いや、まだそうとは限りませんぞ。
あれが落ちると決まったわけではありますまい」
「そうです。せめて、何故あれが現れたか、それだけでもわかれば…」
「下からでは何もわかりませんが、上には何かあるのではないでしょうか?
あれをコントロールしている存在とか」
『古代の遺跡があったり…って、ラピュータじゃあるまいし』
内務大臣と法務大臣がそれぞれ言っている側で、くだらないことを考えていたセレステに、魔術師長がダーハラトに問いかけた。
「軍務大臣。さっき、空飛ぶ乗り物もの話をされましたね?」
「あ、ああ…でも今それの話をしているところでは…」
「いいえ、今だからこそその話をしなければなりません…
もし王父卿の能力であれを持ってくることができれば、あれの正体を調べることができるではないでしょうか?」
「あ」
それを聞いた全員の視線がセレステに注がれた。
が、張本人のセレステの顔は優れない。
「それができれば、の話ですけどね。
確かに、飛行機をこちらで実体化すること自体は可能です。
でも、あれの操縦ができません。
あの自動車の運転だって、動かし方とか、色々と結構勉強しなければなりませんから。
それに、ミスしたら命に関わる問題になりますし」
「そうですか…」
と、また沈痛な雰囲気になるところだった。
「あの、私が何か勘違いしているのかも知れないが…
確か、空飛ぶ『乗り物』ではないものもあったと思うが?」
「え?」
ダーハラトのいきなりの発言に、今度は全員の視線が彼に注がれる。
「確か、チキュウで見た『ドウガ』なる動く写真の中に、写真機だけを飛ばすものもあった気がするが」
「カメラだけ…?あ!
あれか!そうか、あれがあった!
よくやったダーちゃん!」
「ダ、ダーちゃん!?」
「陛下!このまま地球に行ってきます!
あれの正体を調べる方法を思い出しました!」
「うむ、何が何だかわからないが、とにかく頼むぞ、王父卿!
この場でチキュウへのゲートを開くことを許可する!」
「はっ!ありがたき幸せ!
では行ってきます!」
その言葉だけを残して、セレステはゲートをくぐって地球へと消えてしまい、会議室にはダーハラトだけが王と大臣たちの前に残されてしまった。
「ダーちゃんって…」
「お二人仲直りしたのはいいけど…」
「ちゃん…ぷふふっ」
「いや、あいつの失言ですから、皆の方にはお忘れになっていただきたい…」
「もう遅いと思うが」
「陛下まで!」
***
地球に戻ってきた天城は、とりあえずマンションから最短で『あれ』を入手できるところを検索して、さる大型電気量販店に在庫が’あることを確認し、そのままマンションを飛び出して量販店に向かった。普段なら店舗の人に色々聞いてみることになるけど、今回ばかりは時間がないから案内してもらわないほうが都合がいい。
あれを地球で運用するには、法律の規制などに従わなければならないけど、トゥシタで運用するから気にしなくてもいい。
あとはど素人の天城に、ちゃんと操縦できるかどうかの問題なんだが…ぶつけ本番でやってみるしかない。
「さて、急いで戻らなければ…
待てよ?
もしかしたら、ここからでもトゥシタに繋がるゲートを開けるのではないか。
あの時は人に見られるのを恐れていたし、時間に追われていないからマンション内でだけ試していたけど、今はとにかく時間を節約したい。
そう思った天城は、量販店のお手洗いの個室に入り、外の人の気配がなくなるまで待った。
幸い、平日の午後だったので売り場には客はそんなに多くはなかったので、しばらくしてお手洗いの中は静かになった。それでも個室の外を確認して、天城はゲートを開いてトゥシタに戻ってきた。
「ただいま戻りました!状況は!?」
「あ、王父卿、戻ったか。
あれにはまだ、何の動きも見せていない。
そなたの屋敷の上空に滞空しているままだ」
「そうですか…それは助かる。
では、私は偵察に行ってきますので、皆様は…」
「いや、余も行く。
あれに何かある場合、王都が吹き飛ぶなら…どこにいても、危険は同じなんだろう。
ならば、余の目で確かめたいな。
宰相と内務は、対策指揮のためにここに残ってくれ。
他の大臣は、自由にするといい」
「もちろん!私はついて行きます!」
魔術師長が、ウキウキして手をあげた。
「だと思った。そしてダーちゃん、もとい軍務大臣。
そなたも来るだろう?」
「…お供します」
その他、商工大臣もついてくる意思を示し、外務大臣はこの事態に気づいている外国の大使への対応に、財務大臣と法務大臣もそれぞれの対策のために会議室に残ることになり、外にでる人員が決まってから、セレステが率いて王宮の前、広場に出て行った。
「さて、とりあえずこれをこうして…組み立て完了、っと。
ではアクシデントに備えて複製…完了。
充電は…うむ、ある程度充電できた状態で販売してくれるのはこんな時、本当に助かるなぁ…
念の為、拡大!」
ぶつぶつ言いながら『あれ』の箱を開き、内容物を取り出していじるセレステの姿を、後ろからみんなが興味深く(特にナイランの目はギラついていた)見つめていた。
「さて、これを飛ばすには…マニュアル、マニュアル…こうか!」
- キイイイン
箱のような形をした胴体から四つの枝が四方に伸びていて、それぞれの枝の先には妙に捻られた形の薄い板がついているそも物体。
その四枚の薄い板が妙な振動音を出しながら回転したと思ったら、テーブルぐらいのサイズに拡大されていたそれが、空に浮き上がった。
「おおお?」
「皆さん、少し下がってください。
初めて操縦するもんだから、ミスするかも知れませんよ」
しかし、後ろのいた王一行はその注意に気づく暇すらなく、『空飛ぶ物体』に気を取られていた。それは彼らだけではなく、彼らの周りを忙しく往来していた宮廷の人々や、兵士たちも同じだった。
「えっと、上昇はこれ…で、前進は…うわ、逆だ!おっとっと!」
セレステの慣れてない操縦で、酔っ払ったかのようによろめく飛行を見せる『あれ』―ドローンだったが、頭上の『空飛ぶ島』のせいで恐慌状態になっていた人々の注意を引くには十分だった。
何せ、トゥシタで史上初に空を飛んだ『人工物』だったから。
しばらくよろめいた後、コントロールのコツを掴んだセレステは、周りのみんなに宣言した。
「さあ、ではあの島だか岩盤だかわからない、恐れ多くも我らが王都の空を侵した不届物の調査に、いざ、行かん!」
「おおおお!」
何故だかわからないが、みんなセレステの芝居めいたノリに、完全に乗っていた。
そう、『ダーちゃん』のことで不機嫌になって、一発殴ってやろうと思っていた軍務大臣、マルク・ダーハラト・メンゲン・パール、そのヒトまでが…
そのまま上昇し続け、あっという間に高度300mを突破したという高度表示が操縦機のモニターに表示されるが、まだまだ上空の物体にはまだ遠く及ばない。
「500m…700m…一体何mに浮いているんだあれ?」
ドローン初心者のセレステにはわからないことだったが、民間用ドローンには法律の規制以外にも、航空安全のために高度500mを超えられないよう、ソフトウェアロックが施されている。その上、GPS信号が受信できなければ高く上昇できない安全装置もある。
しかし、これはどういうことか。
GPS信号なんかあるはずのないトゥシタの空を、500mの高度制限などとうに突破して、セレステのドローンはそのまま上昇し続けた。
ラジコンのおもちゃを実体化したら原型のガソリンエンジンではない電気自動車になっていたように、どうやら拡大の過程で『都合のいいように』改変されているようだ。
「高度、900… 950…
…1000!やった!岩盤の上に出た!」
「おおお!」
「では、あれの上空に進入します…って、あれ?」
ドローンを操縦していたセレステが、突拍子もない声をあげた。
「なんだ?」
「それが…陛下、ご覧ください」
セレステが王の前に差し出すモニターを、みんなが覗き込んだ。
「これは…?」
モニターに移っている視野には、見渡す限りの草原と草むら、野花が咲き乱れている平和な風景があy見えた。
「平和…ですね?」
「一応、見てくれはだな」
しばらく物体…島の上を飛んでみたが、延々と続く草原と、山というよりは丘、一体水源はどこにあるのか疑わしい湖や小さな滝などなど、『広大な庭園』のような風景しか見えず、そのうちドローンのバッテリーの警告が表示され始めた。
「あ、まずい。一応着陸させておこう」
「何故だ?」
王の質問に、セレステが返答した。
「バッテリー…あれの動力が尽きました。
このまま飛んでいては墜落して壊れてしまいます。
着陸させておいて、取りに『行きます』」
「行くって…あの上へか?」
「はい。高度1000mなら少し空気は薄くても、呼吸はできると思いますので。
カメラで確認できたから、ゲートが開けると思います。
それに、直接上がって調査した方が確実でしょう」
「無茶だ…と止めたいところだが、正直あれの正体がわからない限り、こちらからは手の出しようもわからず、慄いているしかないから…
頼みます、父上。行かせたくはないけど、あなたにしか頼れないのが悔しい。
親衛隊を何人か、つけましょうか」
「いや、大人数で行ったら、何かあった場合引き上げるのが大変だ。
私一人で行った方が身軽でいいよ」
「それもそうか…
いや、軍務大臣?」
「はっ。
私が、王父卿をお守りします」
待ってましたと言わんばかりに、ラシオン王が言い出す前に、ダーハラトが彼の意を汲んで即答した。
「頼む。
余の大切な父上であると同時に…
そなたにも、放っては置けない友人であろう?」
「お任せあれ。
『友達』である彼を、守ってみせましょう」
「わ、私も…」
好奇心に満ちた、魔術師長コミス・ナイランが自分もついていくと言い出そうとしたが、横にいた商工大臣コミス・バリネレ・イトーナ・メアが、彼女の肩にそっと手を乗せ、首を横に振ってみせた。
「聞いたでしょう?大人数は、引き上げる時に邪魔になると。
それに…」
いつもにこやかだった彼女が、キリッとした目になった。
「男たちの尊い『友情』を、邪魔するんじゃありません!この未熟者が!」
「え?」
側で彼女たちのやり取りを見ていたセレステは、背筋に寒気を覚えてゾッとした。
『『尊い』って…まさか…彼女…?』
「おい、何している、ゲートを用意するんだ」
「あ、ああ」
コミス・イトーナの『危ない』発言に気を取られていたところ、ダーハラトに促され、セレステは島の上に繋がるゲートを呼び出した。
「開きます、皆さんご注意を!」
飛行機事故の映画などでよく見る、気圧の差で機内から外へと吸い込まれるあれのように、こちらから気圧の低い向こうへと強風でも発生するのでは、と懸念して扉を開いたが、そもそも上空1000mぐらいではそこまで極端な差はない。
「?何を?」
差がないだけか、そよかぜぐらいの空気の動きすらない。
「あれ?」
「何している、さっさと調査を済ませよう」
少し困惑したセレステの背中をダーハラトが押し、二人がゲートに入ると同時にゲートは消えてしまった。
***
-バシッ
ゲートをくぐった直後、ダーハラトの大きな掌がセレステの後頭部を引っ叩いた。
「痛ッ!何しやがるこのバカ犬!」
「うるさい!ダーちゃんはなんだダーちゃんは!」
「なんのことだ!」
「貴様が、さっき地球に行く前に、大臣たちの前でオレのことをダーちゃんと言ったではないか!」
「私がいつ…あ」
ほぼ無意識で言っておいて、自分の言ったことを忘れていた。
「だから言葉使いには注意しろってあんなに…」
「ごめん!でも今、そんな話している場合じゃないじゃない?」
「命拾いしたと思えよ!」
「…でもよ、ダーちゃん」
「それ言うなって!」
「息、苦しくないじゃない?」
「いきなり何……む?」
そういえば、とダーハラトは思った。
高度の高いところに登れば、息が苦しくなる現象ぐらいはトゥシタでも昔からの知識として伝わっている。
ましてや、ダーハラトの故郷である北部は高い山地の多いところ。
彼自身が身をもって経験している現象だ。
なのに、ここは息が苦しいどころか、地上とほとんど変わらない。
「確かに、普通ではないな、これは」
「だよね。ドローンは…あ、あっちにいる。
取りに行こう」
一応、二人はドローンの回収するついでに、周辺の調査に歩き出した。




