元気だったよ
「何これ、なんであのヒトがここに、あんな姿で?」
慌てて寝室のドアを閉めた天城は、ずきずきする頭を抱えてこれはいったいどういうことか
思い出そうとした。
確か何時間前、トゥシタの邸宅に彼を招待し、一緒に食事をし、互いの確執など水に流そうと飲みに誘ったはずなのに…
「…あの見た目なのに案外酒が弱くて、酔い潰れて…
あれ、なんだっけ?なんかあったような…
あ、泥酔したまま帰宅させるのもなんかあれで、醒めてからもどってくるとこちらに連れて来たんだな。
それでそのままベッドに寝かせて、私はソファで…」
- ニャー
あれこれ考えていると、アーシャが足下に擦り寄ってきた。
「ああ、ごめんごめん。朝ごはんだね。
ごめんなさいね。知らないおじさんをウチに連れ込んでは、朝ごはんも遅くなって」
猫たちに朝ごはんをあげて、飲み水も新しいのを用意してやった。
ノルガーとアーシャはすぐ食べに来たのに、イーシャの姿が見えない。
今は食べたくないのかな?と思っていたら、何処かからガリガリと、爪で掻く音が聞こえる。
どこにいるのかと、周りを見たら音は寝室の方から聞こえてくる。
『よりにもよってあそこに入っていたのかよ!』
と嘆いたけど、考えてみればイーシャが自分の家でどこにいようが、彼女に非はない。
そもそも、人ん家で勝手にマッパになっているメンゲンが悪いのだ。
記憶にはないけど、天城が脱がしたわけではないから、多分酒癖か何かで自分で脱いだんだろう。
「何が悲しくて、男の服なんか脱がすか!
いや、酒癖で脱ぐ人の話は聞いてはいたけど…あそこまで全部脱ぐか普通?
それよりあいつ、人の娘になんてもの見せてやがる?」
少しカッとなって、寝室のドアを開いたらイーシャがてってっと歩き出て、ご飯を食べに行った。セレステはそれとすれ違うようにして、寝室に入った。
裸のまま放置するのもあれだし、ここで風邪でも引いたら困る。布団でもかけてあげようと思って、多分蹴り落としたのか床に落ちている布団を持ち上げて、こちらに背を向けてよこ向けになっているメンゲンの背中を眺めた。
こうしてみると、毛むくじゃらだし、頭はオオカミのそれだし、フワッとした見事な尻尾もついているし…大型犬に見えなくもないな、と思い、
『これはこれで可愛い(?)かも』
と、とんでもないことを考えていた時。
寝返りしたメンゲンが、仰向けになった。
「むううん…」
- どーん
「ひ…
ひぎゃああああああ!
なんてもの見せてんねん!」
…全然可愛くない、というか凶悪な(?)光景に悲鳴をあげる、天城家の朝だった。
***
「むうう…頭が…
うん?もう朝か…
……
朝!?」
頭痛で眉間に皺を寄せながら目が覚めたメンゲンは、周りがもう明るくなっているのに気づいて慌てて起きようとしたが、まだ完全に醒めていなかったのでよろけ、そのままベッドから落ちてしまった。
「…っ、んん?
な、なんで裸なんだ、オレ!?
それより、いったいどこだここは?」
床に落ちた痛みで一気に目が覚めた気がしたメンゲンは、ようやく自分が丸裸だということと、知らない部屋にいるということに気づいた。
そして、そのベッドの周りには自分の服の数々が散らばっていて、その中シャツは、無残にも引きちぎられていた。
こんな状態で閉じ込めるなんて、屈辱でも与える気か、と思った瞬間、ノックする音が聞こえた。
「メンゲンさん?お目覚めですか?」
「…? 誰だ?」
「私ですよ、アマシロ…いや、セレステ」
「セレステ…貴様、やっぱりオレを!」
やはり昨日のあれはオレを騙すためで、真の目的はこれだったか!と憤った瞬間だった。
「何を考えているか大体察しますけど、それ違いますから。
入りますよ、前ぐらい隠してくれますか?」
よくもぬけぬけと…という怒りが込み上げてきたが、一応何が目的でこのような狼藉を働いたか、は聞いて置きたいと思って、慌ててベッドの上にあった布団を引っ張って来て腰に巻いた。
「入れ」
部屋のドアが開かれ、セレステが入ってくる。
普段見ていた服装とはまた違う楽そうな服装で、手には小さなガラスの瓶らしいのを持っていた。
「おはようございま=」
「きさま!」
呑気に挨拶するセレスレにそのまま取り掛かり、力いっぱい胸倉を掴んだ。
「ぐえっ」
「ここはどこだ?やっぱりオレを拉致する気だったな?
裸にして、侮辱するきだったか!」
「いや、ぢがいま、はなし、ぐえ…
放せバカ!」
- ばしっつ
「ぐわっ」
セレステの胸倉を掴んで制圧しようとしたメンゲンは、鼻に凄まじい痛みを感じ、思わずセレステを放し、両手で鼻をかばうしかなかった。
「ああもう、人の話聞いてってば!
いつもそんなに短気なの?
落ち着けよもう!
…メンゲンさん?
え、大丈夫?」
答えもできないまま、メンゲンは両手で鼻をかばって、床を転がりながら苦痛に悶絶していた。
「…鼻にデコピン…そんなに痛いのか。
キン〇マ蹴ったほうがよかったかな」
…メンゲンが聞いたら卒倒しそうなことを平気で吐き出すセレステ―天城。
彼にも、結構エグいところがあった。
「ぐう…ぎ、ぎさま…」
「はいはい、ごめんね。
もう落ち着きましょうよ?メンゲンさん。
思っているほどやましいことなどしてないし、したくもない。
そんなことより…はああ、ゲンキだね。
本当、羨ましいよ。
それはそれで、前、隠せよもう。目のやり場がない」
そういいながら、セレステはさっきの掴み合いで落とした布団を、メンゲンに差し出した。
「くっ…
ここまでオレを侮辱して、何をする気だ?」
「へえ、オレか。
いや何もしないって。
侮辱もなにも、お前自分で脱いだよそれ?」
「な…」
いきなりのタメ口と、信じられない内容に、メンゲンは二重の衝撃を受けた。
「とりあえず、まずこれ飲んでよ。
割れなくてよかった」
セレステがそういいながら、さっき落としたガラスの瓶の蓋をあけ、自分に差し出すのを見たメンゲンはそれを受け取らずにいった。
「自白剤か?」
「だーかーら!
ここは私のマンション、地球の家だ!
人んちで下半身まるだしで、あれもこれもさらけ出していたくせに、なんだ自白剤は!」
「ち、チキュウ?」
それを聞いたメンゲンが驚き、部屋の中を見回した。
先ほどまでにははっきりわかる暇もなかったが、よく見ると全然見たことのない様式の部屋だった。
「ほ、本当に、チキュウだというのか?
空の彼方にあるというあの…?」
- ミャー
その時、イーシャがドアの前で、部屋の中を覗き込みながら鳴いた。
「あれは…?
お、王妃殿下?
いや、ちがう?」
「あーイーシャちゃん、そこにいた?
変なおじさんがいる?そうそう。変態おじさんだね。
人ん家でマッパになって、人の娘に変なもの見せて~
おお~悪いやつだ~やっつけようか~」
イーシャと話し合うフリをして自分をからかってくるセレステに、メンゲンはもう何が何だかわからない混乱に陥っていた。
「まさか、それが…『ネコ』という生き物か?
あ、あれは本当…だったのか?
王家の皆様が、前世に貴様の…?ネコ?だったって?」
「そうだよ。
まあ、これを意図してお前をここに連れ込んだわけではなかったけど、証明になった?」
「いや、でも…」
まだ完全に醒めていない頭に、あまりにも多くのことが押し寄せられて、混乱から逃げられない中、一つだけは気になることがあった。
「…なんでさっきから、『お前』よばわりなんだ?」
「はああ?そこ?
人様の家でチ〇コ丸出しで、暴力振るって貴様呼ばわりするやつに、敬語など使いたくないわバーカ!なにがマルクだよ、バカ犬!」
「ば、バカ?
…イヌってなんだ?」
また聞きなれない言葉が出てきて困惑するメンゲンに、セレステが先の瓶を再び差し出した。
「とりあえず、飲めよ。酔い醒ましのドリンクだ。
まったく、あれほど酒に弱いやつがふざけやがって」
「酔い醒まし?」
「二日酔いで頭痛とか、吐き気とかあるだろう。それを抑えてくれるドリンクだ。
飲んだらシャワー浴びろよ。着替え用意しとくから」
「シャワー?」
「水浴びだ!水じゃないけど!
とにかくそれ飲め!特別に朝からコンビニ行って買ってきたものだ!」
「あ、ああ…」
何か甘いような酸っぱいような、奇妙な味の飲み物を飲み干して、なにか体に染みわたる ような感覚を覚えていたメンゲンに、今度はセレステがタオルを差し出しながら言った。
「お風呂はこっちだよ。
さあ、こちらがシャワーだ。
これを捻ればお湯と水の比率が調節できるからな」
「な、水を沸かしていないのにお湯?」
「そうだよ。
まあ、白亜館は地球基準で作ったから他の住宅事情は分かっていなかったけど、水栓ぐらいはトゥシタにもあったんだろう?
そこから100年ぐらい未来の技術だと思うといいよ」
「100年…」
「まあ、全体的には200年ぐらい差があるけどね。
とにかく、シャワー浴びたら毛乾かしてやるから、ここから出ないで待ってな。
シャンプーとボディソープは…あ、ペットシャンプーがいいかな?
うむ、そうか。やっぱりアンテロの肌にはペットシャンプーを使った方が肌にいいだろう。
これと…これで全身を洗うといいよ」
PH濃度とかで人間用のシャンプーやボディーソープはペットに使ってはいけないということを思い出して、毛むくじゃらのアンテロもにたような者かなと思ったセレステはペットシャンプーをペット用シャワーブラシと一緒にメンゲンに差し出して、シャワーの温度まで適当に調節しておいた。
「あ、ああ…」
「じゃ、私はトゥシタへ行って時間を確認してくるから、シャワー楽しんでよ」
セレステが浴室のドアを閉めていそいそとどこかに行ってしまった後も、メンゲンはしばらくぼうっとしていた。
「チキュウって…本当にあったんだ…」
***
「はい?メンゲン卿のお着替えですか?」
白亜館では、さきほどあんなに酔っていたのにいつの間にか醒めきって、着替えまでして戻ってきた主の奇妙な注文に執事のラインバルトが当惑していた。
「そうだ。君の叔父上がな…
いや、ちょっと耳を貸せ」
なんだろう、とラインバルトが耳を立てると、驚愕の事実が聞けた。
「君の叔父さ、酔ったら脱ぐ酒癖があるの、知ってた?」
「え、ええ?」
「シーッ。
地球のマンションで醒めてから連れ戻そうとしたらな、服は脱ぎ捨てるわシャツは破るわで…すごかったよ。
シャツはもう使い物にならなそうだし、他の服もどこか破れたかもしれないから、とにかくメンゲン家に連絡して手配してくれ。
私たちはあちらでぐっすり休んで、明日の早朝までには戻ってくるからな。
いいか?君の叔父の名誉にかかる問題だから、しっかり頼むよ?」
「あ、はい。お任せあれ」
「あ…そして…」
「はい?」
「元気だったよ、君の叔父上」
「…?はい。まだ健康に問題のある齢では…」
「いや、そこじゃなくて」
「…?」
ラインバルトは、謎めいた言葉を残して地球へ戻るセレステの背中を見ながらなんのことか疑問に思っていた。




