最高による最低
「と、止まれ!」
珍妙な美食で王都中で話題になった白亜館のお披露目パーティーから数日後。
城門の警備にあたっていた警備隊の兵士たちは、自分の目の前に現れたーというか、貴族街からここまで進んできた、『黒く、平べったい怪物』に狼狽し、意思疎通ができるかどうかは判断できないが一応停止命令を発した。
すると、まるでこちらの言葉が理解できるかのように、その怪物が音も出さず、そこに止まった。
そして、その横の一部がスーッと、怪物の体内に消えて何かの穴が現れたと思ったら、そこから誰かがひょこっと、頭を出した。
「ひいいい!」
食べられかけていた、犠牲者が助けを求めているのか。
警備隊の精鋭をもして、悲鳴を上げざるを得ないようにする奇怪な光景、だったが
「よお〜ご苦労。
王父卿レギス・セレステだ。
今日は陛下を謁見する目的と、大臣たちとの面会があって来た。
アポは取っておいたはずだから、確認してみるように。
…って、おい?大丈夫か?」
城門の警備兵たちは、あまりにもの怖い光景に、失神直前まで追われていた。
…弱一人ぐらい、ちびったかも。
結局、警備隊長まで駆けつけて来るという大騒動の末に、その怪物の上に向いて広げられた甲羅の中からレギス・セレステと、げっそりした顔の彼の使用人、レーテスが出てきて、驚いた警備隊長が尻餅をつくという笑えない事態にまで進んでから、セレステの『黒い怪物』は城内に入ることができた。
「久々の王城だろう?親衛隊時代の仲間にでもあってきたらどうだ」
「いえ、護衛の任務が…」
「王宮内で護衛を連れて回るバカがどこにいる。
私は大丈夫だから、行って来い。昔の仲間たちに会えば、人気者確定だろうから」
確かに、他の所でもない王宮の中で、護衛がついていていいのは国王だけだ。
これからセレステが出入りする所の格を考えると、いくらレギの護衛とはいえ平民同然の自分の身分では恐れ多くてついて行けないところも多々ある。
ならば主人の言葉に甘えるのも間違いではない。
***
「お主って、ほどというのを知らぬのか?」
王を謁見した後、今日の用件である大臣たちとの相談のために会議室の席に着くとすぐ、イラついているように見えていた宰相がセレステに飛ばした言葉があれだった。
「結構慎んでいると存じますが?」
「どこがじゃ!」
パーティーの日の嫌味合戦以来、宰相はセレステに対して丁寧語遣いをやめていた。
というか彼なりに本音をぶつけてくるような気がしたが、セレステとしてはそれはそれでよかった。
同じレギスだし、百数十年も年上の相手に丁寧語で話しかけられるのも気がめいていたし、言い回しも面倒臭かったから。
「王父卿のお屋敷にはサスやそれ以外の騎獣のための施設は客用しかないと聞いてどういうことかと思いましたが、まさかあんな騎獣が…いや、そもそもあれは 騎獣ですか?」
初対面の時とは違って、だいぶ和らいだ態度で財務大臣、コミス・マハッサ・ゲリエ・パールが気になることを聞いた。
「もちろん、違います。
あれは車…自動車、という地球の乗り物です」
「自動…あれ単体で動くということですね?」
「ご明察。騎獣の力を借りずとも、あれはある動力源さえあればほぼ無限に走れます」
「なんと」
「そして重要なポイントが一つ」
「なんでしょう」
「……腰の安全が、保てます」
半分冗談のつもりで付け加えたが、先からぶつくさ言っていた宰相のまゆが、ビクッと動いた。
サスペンション技術の限界があるからどんなに高級の車を(サス以外に騎獣はいるから、普通は車と呼んでいる)作っても振動が抑えないので、長時間乗っていると腰が痛くて結構苦労するのは貴族でも同じこと。
老人の宰相にはもっと厳しかったんだろう。
「ほほう、それは……
結構魅力的なお話ですね」
「でも、今日の本題はそれではないですから、後で話しましょうか」
セレステとしては付け加えた自分の腰の安全の方が本心だったけど、とにかく自動車という技術を誇示するという目的は果たせたので、今日の本題に入ることを促した。
自分の力さえあれば自動車などほぼ無限に補給できるが、そのための下準備が大変な上に、国家が自分という個人に頼るような体制になっては行けないから。
「そうでしたね。
して、専売制度を利用されたいとおっしゃいましたけど、何を売る気ですか」
「何と言われましてもね…皆様、既に経験済みでしょう?」
「経験済み…と言いますと」
「先日のパーティーのアレじゃな?」
財務大臣が言い淀んでいる所、宰相が割っていった。
「そうです。あのパーティーで皆様に紹介したあれと、その他、地球で持ってこれる消費商品のいくつかを、国の専売制度を利用して、売らせていただきたいと思います。
必須品じゃない嗜好品ですから、国民の生活への負担にもならないはずですし、その威力は皆様でもう確認済み。
もちろん、この国の業者に悪影響を与えては行けないから、できるかぎりこの世界には無かった物だけど中心に、と思います」
-ゴクッ
緊張したのか興奮しているのか、財務大臣の喉から固唾を飲む音が響いた。
「あ、ああ…失礼しました。
でもそれは、この国の財政を担当する者として、とてもおいし…ありがたい話ではありますね。
税収が取れる、新しい産業が増えるということですから」
「さすが財務大臣殿。話が早い。
しかもですね…あれらは、生産費用が、実質ゼロですよ?
流通と販売、管理のルーツに入る費用以外の売り上げが、全部収益になる。
それを専売すると、この国のため、とても役に立つ話だと、思われませんか?」
「全くおっしゃる通り!そうですとも!
本当にそれができるなら、国のためこの上ない話です!」
財務大臣の目は、もう欲望…もとい、王国への忠誠心でメラメラ燃え上がっていた。
そんな財務大臣とは違って、宰相はまだ、セレステが一体何を目的にしているのかを疑っていた。
「ふむ、実にいい話ではあるな。
だが、この国にとって都合が良すぎる話でもある」
「大臣の方々にとっても、その方都合がいいのでは?」
軽々しく答えるセレステをみる宰相の目つきが、鋭くなった。
「では、単刀直入で聞こう。
ヒトというもの、己の欲に従うものじゃよ。
お主の欲するものは、なんなのじゃ?
何が目的で、こんなことをする?」
「目的って、私も稼ぎたいからでしょう?
いつまで王室年給に頼るわけには行きませんし」
「だとしても、わざと専売にする必要はなかろう。
適当な商会を御用達にして、個人事業とすれば税も低くなる。
税金なんか、誰もが嫌がるものじゃから」
財務大臣がすごく嫌な顔をしているけど、正論ではある。
でもこれはセレステがこの世界に来て、複製の能力に目覚めて、国王、王妃と連んで陰謀(?)を企てる前から自分で考えていたことだったのだ。
「愛国心…と言ったら、信じられませんね?」
「戯言を。この老体を、侮ってもらっては困る。
お主はこの国の出身でもなければ、ましてやこの世界の住民ですらない。
王家への想いはあるやも知れぬが、この国に愛国心なんか湧くものか」
それを聞いて、セレステはクック笑いながら答えた。
「ですよね。
自分で愛国者と言い出すものは、狂人か、私利私欲しか頭にない詐欺師とも言いますし」
「ほほう。
だとしたら、自分で狂人というのか?」
「ああ、そうかも知れませんね」
「何?」
自分の皮肉を、素直に受け入れるセレステを見て宰相は逆に自分で当惑を覚えた。
「いや、それが…
こんなことを言うのは、自分でも歯痒いと思いますけど…
『愛』ですよ、愛。親としての愛」
「…お主、今何を…」
「ええ、可笑しいでしょう。
前世の父だなんて、寝言は寝ながらいえ、と言いたいのはよく分かっています。
でも私がここにいる以上、事実以外のなんでもありません。
愛する子供たちが王室として君臨している国を、もっといい国にしたいと思った。
それだけのことです。怪しい思惑などありません」
「…それを信じろと言うのは、無理だと自覚していような?」
「わかってますよ!このいじわるジジイ」
「な!無礼な!」
いきなりの暴言に驚き、憤る宰相だったがセレステに止まる気はない。
「へえ〜?曲がりなりにもこちらはレギス・バシなんですけど?
勝手にタメ口で話しかけているあなたの方が無礼なのでは?」
「お主も了承したじゃろうが!」
「してません!」
ついさっきまで国家の大事を論じていた二人が繰り広げる果てしなくレベルの低い口喧嘩に、その関係者である財務大臣は落胆したのか、俯いてテーブルを睨んで肩を揺らし…
笑いを堪えていた。
『い、いじわるジジイ…言えてる!』
、
その光景を見るに堪えず、さっきから黙って状況を静観していた法務大臣が二人の口げんかを止めにでた。
「さあさあ、お二人。そこまでにしましょう。
国事を論ずる場で交わすような話ではあるまい。
そしてレギス・セレステ。いくら事実でも本人の前で言ってはいけないじゃないですか。
その話題は後で蜂蜜でも食べながら、はい」
「ぶははははは!」
笑いを堪えていた財務大臣も、結局耐えきれず吹き出してしまった。
「お主ら!」
「はいはい。無礼についての謝罪は日を改めてすることにしましょう。
宰相もいらない疑いはもうよしましょう。
国王陛下と王妃殿下もこの専売の件にご興味をお持ちです。臣下の私たちが疑ったところで、不忠にしかなりませんよ?
それに、レギス・セレステのようなお方に邪な企てなど、ありますまい」
「いや、お主はいつ彼の信者になったのじゃ?」
「ははあ〜ん、どうだ、いじわるジジイ、負けを認めろ!」
「子供かお主は!」
得意げに宰相をからかうセレステと、カッとなる宰相。
国家最高位の首脳陣による、最底辺の口喧嘩だった。




