紳士はメイドがお好き
ラインバルトの信号により、準備棟へ繋ぐ通用門が開かれ、そこからサービストロリーを押すメイドたち登場した。
そのメイドたちが着用している服装がまた、賓客の視線を奪うものだった。
黒一色の簡素なドレスの上に、白いエプロン.
袖には白いカフスと、頭の上には帽子とも、頭巾とも取れない妙な被り物。
そもそもアンテロは耳が頭上にあるので、帽子をかぶる慣習がないので、帽子自体が珍しいものだった。
「レギスは、よほど黒がお好きのようですね」
「でも、なんでしょうあの服…」
フェリデリアにはかつてなかった様式のドレスを着ているメイドたちの姿に、女性陣が好奇心で目を輝かせていた。
トゥシタにはメイドの制服という概念はまだない。普段は働きやすい服を着るので、スカートではなくパンツを穿いている場合も多い。特に厨房勤務など、ひらひらな服装が邪魔になりそうな仕事に当っている場合は特にだ。
しかし、パーティーなどのイベントがある日にはそれなりに綺麗に見えて、奉仕する使用人と一目でわかるような、ある程度統一感のあるのを着せるのが貴族家のしきたりとなっているという。トゥシタの社交界ではパーティーで使用人に何を着せるかということで主の趣向が判断されると聞いた時、セレステが真っ先に思い出した、というか一択しかなかったのがこのヴィクトリアンメイドドレスだったのだ。
『うむうむ。やっぱりメイド服はヴィクトリアンメイドにかぎるな。
脚を露にするフレンチメイドや萌えメイドなど、邪道許すまじ!』
セレステはビアラ夫人に叩き込まれた『貴族家当主の威厳』を演技するため、顔が緩まないように頑張っていたが、心の中ではそう叫びだしていた。
コスプレメイドなどけしからんやつではなく、ヴィクトリアンメイドドレスを纏った本物のメイドが。目の前にいるのだ。
…しかも、獣人の、だ。
『どうだ、地球の紳士諸君!羨ましかろう!悔しかろう!くはははは!』
……ビアラ夫人が聞いたら、扇子で背中ではなく頭を叩かれそうなことを考えていたセレステに、ライバルトが配置完了の手信号を送ってきた。
「さあ、皆さま。
粗末なものですが、今宵のために少し、変わった趣向のパーティー食を用意してみました。
皆様のお口に合えばよろしいのですが、くれぐれも楽しんでいただけると幸いです」
セレステの挨拶が終わるのを信号にして、メイドたちが一斉に、トロリーの上にあるクロッシュを持ち上げた。
その瞬間、ホールの中の時が止まった。
…というの誇張ではあるが、賓客達にはまるで時間が止まったような気がしていた。
クロッシュを持ち上げる前から、その隙間からただよう香しい匂いに気を取られていたが、場所を考えると匂いを気にしない『ふり』をしていたのだ。
だが、クロッシュが持ち上げられ、匂いが一気にぶわっと押し込んできて、その正体が露になった瞬間、賓客達はその内容物に目を奪われてしまった。
そこにあるのは、一口サイズの、見慣れない食べもの。
かわいらしい作りでまるで何かの細工品のように見えるが、この暴力的な匂いで、それが食べ物以外のなんでもないと、分からされていた。
-ゴクリ
誰かが生唾を飲み込む音がした。
いや、そんな気がしただけかもしれない。
聞こえたとしても、緊張しているからか、それでなければ…
その時だった。
-カン、カン、カン
「国王陛下、ならびに王妃殿下、ご入来!」
侍従長の杖が床を突く音が響き、国王夫妻のご到着を知らす号令が響き渡った。
謎のパーティー料理に気を取られていた賓客達がハッと我に返り、国王夫妻に向かって礼をしているなか、いつの間にかエントランス近くに移動していたセレステと、女主人代理のビアラ夫人が二人に礼をしながら迎え入れた。
「陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「挨拶はよろしい。卿と余の仲ではないか。
見るに、遅くなってはいなかったようだな?」
そういうラシオン王の鼻もピクピクしていて、尻尾の先が小刻みにパタパタしているのを見ると、王も今日のパーティー料理を楽しみにしていたのが手に取るようにわかって、思わず笑ってしまうところだったセレステが、わざと厳粛な仕草で答えた。
「もちろんでございます。
ちょうど今日の趣向を皆の前に出しているところでした。
誰よりも先に、陛下にお召し上がりいただけますと、当家の末代までの光栄でございましょう」
その答えを聞いた王の瞳孔が、細くなった。
『こいつ、誰よりも真っ先に食べられると聞いて上機嫌だな?
まったく、前世からの食いしん坊だから』
淡い笑みを浮かべてまっすぐトロリーへと進む王夫妻に場内の賓客たちが道を開けながら、その後ろを目で追った。
あれは国王が楽しみにしているほどの代物なのか、いや、陛下はあれをご存知なのか?
期待と疑問が高ぶる中、王夫妻があるトロリーの前で止まった。
「確かに、特別な趣向だな」
「食器を用意しましょうか?」
「いや、このままでいい」
そういいながら王が手にしたのは、小さなタルトを載せた手のひらに乗るような小さなサイズの皿だった。
そのタルトの具というのが、奇妙だった。
干した魚の様なのがパイの上に載っていて、その上に薄茶色のどろっとしたソースがかけられてあった。
その魚は干されてあるとはいえ一尾丸ごとの状態だったのでどんな形の魚なのかわかるようにになっていたが、少なくともこのトゥシタ世界であれを目にした者はなかった。
なのに、フェリノイ系の貴族たちにとって、その干し物の脂ののった匂いは目を離せないものだった。
その上にかけられたソースと相まって、絶対逃がしてはくれないと言っているかのように…
「実に久しぶりだな…この匂い」
「お覚えでしょうか?」
「在りし日々の懐かしいことだ。
忘れるわけがなかろう」
『…お前の忘れられない思い出は食べ物のことばかりだろうが!』
またもや心の中でだけツッコミをいれながら、セレステが丁重に質問した。
「毒見はされませんか?」
「自分のパーティーで毒を盛るバカはいないだろう」
そう答えた王は迷うことなく、その干し物の載った小さなパイを皿から持ち上げて、口へと運んで一口、噛んだ。
- サクッ
魚を噛み砕く音か、パイを嚙み砕く音か。
サクサクとした軽快な音と、嚙み切られた魚から発する脂っこい匂いがホール内に響きわたり、賓客、特にフェリノイの食欲を刺激した。
目を閉じてまでその味を吟味している王の姿を、賓客――貴族たちは、固唾を飲み込みながら見つめていた。王をしてあそこまでさせるあの食べ物は、いったいなんだ?
そして、
『どんな味なんだろう』
口にこそしていないが、みんな同じことを考えていた。
「ああ、懐かしい味だ。
まさかこの味にまた出会えるとはな。
して、レギス・セレステ?」
「はい」
「この魚は、名を何というものだ?」
フェリノイ系の皆が、耳を立てた。
「ああ、それはですね…
『シシャモ』という、地球の魚にございます。
此度のパーティーを控え、フェリノイ系の賓客をもてなしたいと思い、用意いたしました。
陛下のお口に、合いましたでしょうか」
二人の会話に、イーシャ王妃も割っていった。
「あら…このお魚、私も覚えていますわ。
昔、というか前世では…本当、好きでしたね。
誰か様のせいで、太るから駄目だとレギス…お父様にダメ出しされていましたけど」
と、笑いながら王の方を可愛くにらんでやる王妃を見て、セレステーー天城はそういえばラシオンのせいで他の子達にもあまりやっていなかったな、と久しぶりに思い出した。
『地球にはラシオンはもういないわけだし、たまにはあげてもいいか?』
「それより陛下?もう他の料理に移動するか、でなければ談笑にしましょう。
陛下にあまりここにいられては、皆さんが順番を待ち焦がれます」
そのまま放置したらいつまでもトロリーの前から離れなさそうなラシオン王に、イーシャ王妃がそう言いながら移動するように促した。
たぶん、貴族たちの中では『王妃殿下万々歳!』と心のなかで叫んでいた者もいるだろう。
「ああ、そうか。
みな、失礼したな。存分に楽しむがよいぞ。
…って、あれはなんだ?」
王妃に指摘されたにもかかわらず、すぐ別のトロリーに目が行ってしまう食いしん坊の王-長男猫に苦笑しながら、セレステが助け舟を出すことにした。
「陛下。特等席を用意しますので、そちらで召し上がってください。
このままではせっかくのもてなしが台無しになりますゆえ」
と、セレステは2階の見晴らしのいい所に予め用意してあったテーブルに案内しながら、別に用意してある王専用トロリーを出すように指示して、周りの賓客達にこう言い加えるのも忘れなかった。
「さあ、皆さま。
陛下も召し上がったものです。味見でもいかがでしょうか?」
王夫妻が移動するのと同時に、まるで待ってましたと言わんばかりに、それでも急ぎたい気持ちを抑え込みながら、他人に気づかれないようにゆっくりと、賓客達はトロリーの周りへと徐々に群がっていった。
とはいえ、やはり位の高い貴族の順番が先に来るのが当たり前のことだった。他の場合なら地位の低い方が先に試してみる、まるで毒見のような行為を無言に要求されることもありえるが、この場合国王陛下自ら真っ先にお口にされたものだ。上位の貴族が先に出るのを厭うわけがない。
そして、トロリーに載ってあるのは先のシシャモタルト、というかタルト生地を使ったカナッペ以外にも種族に合わせて多様なの種類を準備してあるけど、やはりそこはアンテロの嗅覚が功を奏したか、それぞれ自分の種族にあうトロリーを容易に見つけ出していた。
「 ……っ! なんだこの魚の脂ののり具合と、豊かな風香は……
いや、それよりこのソースは一体?」
シシャモカナッペを口にしたフェリノイの貴族が驚いて
「なに!ジャーキーなのに、硬くない?
しかも、このトロっとしたものは…?」
わんちゅ~〇を載せたジャーキーに歓喜するカニセイドの貴族がいれば
「お…おお…おおおお…」
ハチミツとチーズを載せたカナッペを手に、何も言えず、今にも泣きださんばかりのウルソートの貴族がいるなど。
ホールの中は、異様な放心状態に包まれていた。
もちろん、普通に果物やクリーム、ナッツを載せたのも用意してあるなど、その他の種族への備えもバッチりだった。
それを二階で見下ろしながら、王と王妃、セレステの三人は次の段階に進む会談をしていた。
「デモンストレーションはこれで十分なのでしょう」
「そうですわね。これだけの貴族の皆さんが集まっていますもの。
噂はすぐ広がります。
でしょうね?陛下」
「…む?」
どうやら、まじめな話をしていたのはセレステの王妃だけで、王はカナッペに目がなかったようだ。
「…はあ、ダメですわね、これは」
「あいつ、あれではまた太るぞ。
存分に扱いてやりなさい、イーシャ」
「わかりましたわ、お父様」
「い、いや、それがああああ!」




