イッツパーリータイム
まるでそう計画でもしていたかのように、2月から2章に突入しました!
(偶然だったので、自分でも驚いています。)
「ええと、今日ご来場の皆様に、心からの感謝の言葉を…」
「その『ええと』はなんですか。余計な言葉は省いてください」
パーティー当日。
セレステはパーティー開会辞を練習しながら、未だにビアラ夫人にしごかれていた。
「いや、日本人のサガというか…口癖のようなもんで、つい」
「不必要な言辞を弄さないことも貴族の美徳であると、お教えしましたはずですが?
それにヒトたるもの、本能のままに行動してはいけませんね?」
「……ぐうの音もでません」
などなど、まだまだ悪戦苦闘している時だった。
-コンコン
「はい…れ」
執務室の扉をノックする音に、『はい』と答えかけていたセレステは、ビアラ夫人が扇子を握りなおしながら自分のことをジト目で見ているのに気づき、間一髪で「入れ」に持っていった。
「ご主人さま、失礼いたします」
カーテシ―を捧げながら入ってきたのは、料理補助メイドの一人、カラカル・フェリノイのアジェリーネだった。
「どうした?」
「はい。料理長からの報告です。
今日準備してくださった料理の材料が、足りなくなるおそれがございます、とのことでした」
「ふむ?結構用意してやったと思うが?」
「それが、練習していた時のとは材料の格が違って、自分で思っていた以上の美味になってしまったとのことでした。
それで、お客様への受けも、遥かによさそうです、と」
そういえば、練習用は適当にコンビニで買ってきたものだったけど、本番に備えて少し頑張ってみようとおもい、パン屋でしいれた本格的なクラッカーやバゲットなどを買ってきたのを思い出した。
正直、「日本人の天城」としては現代の製パン技術に慣れきっている上、コンビニのパン類も結構レベルが高いため、そこまで劇的な差があるかまでは判別できなかったのだが…
人間よりは五感の鋭そうなアンテロの中でも、とりわけ料理人である彼にとっては、その味の差が決定的なところがあったようだ。
「ああ、そうか… わかった。
材料の予備はあるか?」
「はい。ご主人さまに『複製』していただく分は残しております」
「わかった。すぐ行くと伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
セレステの指示を伝えにアジェリーネが’厨房へと戻っていったあと、セレステがビアラ夫人の方を向いていった。
「何個ぐらい『失敗』したんでしょう?」
「そうですね。厨房で『失敗した』のはいただいてもいいというのは雇い主も目を瞑ってあげる暗黙のルールではありますけど……
王宮料理人だったガルカンさんがあそこまでいったなら、誘惑も強かったでしょう。
あとで注意しておきます」
「まあ、結構ですよ。あれぐらい」
セレステとしては食材を全部を『買う』必要もないし、自分の感覚ではそんなに高い食材でもないので軽い気持ちで言ってみたが、ビアラ夫人はそうは思わなかった。
「あれが『普通』になっていたら、他家に奉公に出した時こまりますわ」
「あ…」
それもそうだな、と思いながら、セレステは椅子から立ち上がった。
「では厨房に行って材料を複製してあげて、そのまま地球に行って来ます。
礼服を持って来なければ」
いつもは適当な服を着ているセレステだが、さすがにパーティーの主催者となると、タキシードぐらいは着るべきでは、と思ってレンタルしてマンションに置いていたのだ。
フェリデリアの貴族の礼服を仕立てる、という話もあったけど、仕立てに時間が結構かかり間に合えなかったのと、晴れの日に慣れてない服を着て粗相でもしたら困る、ということでまずは地球の服を着ることにしたのだった。
「わかりました。
あちらの世界では、時間の流れが緩いそうでしたね。
開会辞の練習、がんばってくださいませ」
パーティー開始の時間までトゥシタの時間で3時間ぐらい残っているけど、地球に行けば丸1日ほど時間が稼げる。
もちろんその3時間の間、この屋敷の主でパーティー開催者の自分が完全に留守にするわけにはいかないから、すぐ戻ってくるつもりだが。
「あ…はい、善処します」
とにかく隙を与えないビアラ夫人に顔をびくつかせながら、セレステは厨房のある準備棟へと歩き出した。
***
夕方。
白亜館には、招待された貴族たちが続々と入場していた。
招待された、と言っても、この時期王とに滞在してた貴族のほぼ全員が参列したといっても過言はない。
普通はそれぞれの親疎や政治力学によって招待を控えたり、遠慮したりするものだが、セレステはまだそういうしがらみがない。それどころか突如として現れて、最上の位と王族の称号まで授かってしまった『フーマニタに酷似した異世界人』なのだ。
それだけではなく、宰相と六大臣全員に『異世界の至宝』を渡して味方につけたとか、先日は不意に貴族街に現れては奇異な飲み物を無償で振舞ったとか。
あるいは岩場の更地に独力で屋敷を建ててしまったとか。
その屋敷の女主人代理として控えているのが あの『社交界の女王』ビアラ夫人だとまでいうではないか。
数々の噂で今や王都一の有名人になっているが、その素顔を拝んだ者があまりいないセレステその人が、お屋敷のお披露目パーティーを開くというのだ。
来ないわけがなかったからだ。
また別の噂によれば、今日のパーティーには国王陛下と王妃殿下も御臨席あそばされるとか。
真っ白の邸宅という、珍しい建物のエントランスの前でサス車から降りた貴族たちは、まず広大な庭園を埋め尽くす芝生 をみて驚き、それが実は芝ではないということに重ねて驚かされた。
不毛の岩場だった場所に、いかにして これほど見事な緑をしつらえたのかと息を呑んだのだが――それは芝のようでいて、その実『芝ではない何か』だったからだ。
ルパシドの若い執事に案内され、ホールに入った彼らは、さらなる衝撃に直面することになる。
時は夕刻。
本来なら照明を灯す時間帯だ。
古来、明りと言えば ロウソクやランプ、マントル式の油ランタンが広く使われてきた。
魔力照明とて存在はするが、魔力注入の効率が悪く、結構費用がかさむので主に王宮での行事などでしか使われていない代物だ。
しかし、この邸宅のあれは何だ。
炎もなく、熱も発しない。
ゆえに煙すら生しないというのに、他の照明の数倍は明かるい。
それらがホールの 至る所に配され、室内はまるで真昼のような輝きに満ちていた。
上品さが命の貴族夫人たちでさえ、ざわつかずにはいられない状況の中、ホールの奥には一人の老婦人が淡い微笑みを浮かべて優雅に佇んでいた。この邸宅の女主人代理として、主催者が登場するまでの賓客の出迎えを担当しているビアラ夫人だ。
あまりにも光景に呆気を取られ、彼女の存在に気付くのさえ遅れてしまった貴族たちが慌てて挨拶を交わす中、彼女の息子夫婦である、コミス・ビアラ夫妻が、驚きを隠せない様子で彼女に話しかけた。
「お久しぶりです、母上」
「ようこそ白亜館へ。お二人もひさしぶりですね」
「はい…しかし、この邸宅はいったい?」
「驚くのはまだ早いです。あれではこの屋敷の驚異のほんの序章にすぎません」
優雅に微笑んでいても、どこか不敵にさえ見える自分の母の顔を見て、コミス・アデイン・ビアラ・パールは自分の母にこんな面があったのか、と驚いていた。
その時だった。
室内に流れていた音楽が、ぴたりと止まった。
「そういえば、母上……楽団はどこに控えているんですか?」
「おりません」
「はい?」
アデインが母の意図を測りかねて呆気に取られていると、二階から続く大階段の前に控えていた、ヴァレットらしきウルソートが、朗々たる声を響かせた。
「皆様。
当邸宅の主、レギス・バシ、オーテル・セレステ・パール様のお出ましです」
彼が言い終わると同時に、またどこからともなく、先ほどとは違う 重厚かつ威風堂々とした音楽が溢れ出した。重厚な打楽器の響きと、金属的で鋭い管楽器の旋律に合わせたかのように、階段の上に漆黒の礼服を纏った一人の人影が姿を現わした。
「おお」
「あの方が」
その鮮烈な登場に、ホールの貴族たちがざわついている時だった。
「ご来場の皆様」
屋敷の主―セレステが口を開いた。
その声が、ホールの中に悠然と響き渡る。
大声を出しているのではない。
ごく普通に、自然に話しかけているだけなのに、その声はホールの隅々まで、明瞭に届いていた。
『伝音の魔術か?』
ホールの中に、そんな考えが走った。
居候貴族たちの脳裏に、一様にその疑念がよぎった。
しかし、それらしい魔術道具も、自分で魔術を発動しているようにも見えない。
「この度、国王陛下より栄光なるレギス・バシの位を拝命いたしました、オオテル・セレステ・パールと申します。
出身こそこの国の者ではございませんが、国王陛下御一家とは浅からぬ縁に恵まれ、この地でまた邂逅を果たせましたこと、そして陛下に尽くす機会を賜りましたこと、誠に至福恐悦の至りに存じます。
陛下の河海のごとき大恩を浴び、この家を構えるに至りました。未熟の身のゆえ、忸怩たる思いもございますが、皆様にお披露目できましたことは、この上ない誉れでございます。
陋巷ではございますが、一時のお戯れとご笑覧あれ」
聴いていた貴族たちの脳裏を過ぎたのは、皆同じ事だった。
陋巷?なんだそれ?この屋敷のことか?
この屋敷をとらえて陋巷などと言い出したら、我が邸宅……いや、王城ですらサスの小屋になるのでは?
謙遜も大概にしろよ、バカ―!
『なんてことを、考えているんだろうね。
しかし、ビアラ夫人…
マウントを取るのもいいけど、これはさすがにやりすぎだった気がぁ
いや、もうやっちゃったもんだ。しるか』
などと思いながら、セレステはタキシードの胸ポケットに差してあったピンマイクにぼそりと言った。
「ラインバルト、料理を出せ」
さあ、宴ののろしを上げようではないか。




