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暇だから言ってみた。「光あれ」  作者: アインソフ
ようこそトゥシタへ
24/24

あつまりました、白亜館

- パーン


「痛っ!」


お屋敷のお披露目パーティーを三日後に控えているセレステの邸宅「白亜館」

ビアラ夫人の扇子が、容赦なくセレステの背を叩いた。

セレステは、マナー練習で扱かれ…もとい、励んでいた。


「何度も申し上げたはずです。

 紳士たるもの、 常に背筋を正さなくては。

 閣下はですね、すぐ前屈みな姿勢に なられるのが問題ですわ。

 さあ!背はまっすぐに!胸を張るのです!」


「いや、そうは言われても…」


パソコンとスマホのせいで、現代地球人に猫背は持病のようなものだ。

それを矯正するのがどれほど大変か説いたところで、通じるはずもない話だが。


『猫のあなたに猫背のことで指摘されたくない!』


とは思うが、その猫―フェリノイであるビアラ夫人本人が 文句の付けようがないほど美しい姿勢を保っているから、不満の声を漏らすこともできない。 しかも、彼女は常にその姿勢を崩さないのだ。社交界の有名人になるにはこれくらいが基本なのかと、セレステは感心し、また呆れてもいた。

――夫人が『社交界の女王』であるという話を、王妃も夫人もあえて伏せていることを、セレステはまだ知らない。


「それ以外のマナーは、一通り覚えられたようで幸いです。

 身分制のない世界からいらっしゃったと聞いて、正直心配しておりましたわ」


「まあ、身分制がなくても、マナーぐらいはある世界ですからね」


正確に言えば、身分制が『あった』世界だから、マナーや礼節などのほとんどは貴族社会の名残だ。似たような点の多いこちらのマナーにも、すぐ適応できただけのことだが。


『まあ、身分制社会の住人に『身分制が廃止された』なんて話はしなくてもいいだろう。余計な混乱や、反感を買うだけだからな』


「あと、閣下の言葉遣い問題です。

 閣下はまだご自分の身分にお慣れになっていないようですけれど、誰にでもすぐ敬語で話しかけるのは、お控えくださいませ。

 レギスは貴族の中でも最高位の位です。

 しかも、閣下は普通のレギスですらない、王家の血族を意味する『バシ』がつくレギスなのです。

 そんな最高位の貴族の閣下が、下の身分の者に敬語など…

 貴族社会では、それだけで侮られることもありますから、ご注意くださいまし」


「ああ、ガルカンくんなんか、初めて会ったんだから思わず敬語で話しかけたら…

 泡を吹いて倒れていましたね」


「ま、まあ、彼の時は、致し方なかったと私も思いますわ。

 あのお姿なんですもの」


さすがのビアラ夫人も、ガルカンのあの威圧的な見た目には気圧されていたようだ。


「大体の、というかコミス以下の貴族にはタメ口、と言うか偉そうな言葉遣いでいいってことでしたね?『〜である』とか『よしなに』とか」


「偉そうと言うか、閣下は本当にお偉い方なのですからね」


「でも6大臣は例外で、それ以外にも年配のコミス・マルクには敬語使ってもいい、とのことでしたね?」


「ええ、よくお覚えで。その通りですわ」


『険しい世界で、老人に遭遇したら気をつけろ。

 彼らはただ生き残っただけではなく、『生き残れた』のだから』


なんだったかよく覚えてはいないが、いつか読んだ小説に、こんなくだりがあった。

ここフェリデリア王国はそれなりに平和な治世に見えるけど、老貴族というのは貴族社会という、弱肉強食の世界を『生き抜いてきた』と証明して見せているような存在なのだろうから。

と、セレステはあのマナーのことを受け取っていた。

もちろん、敬老の意味もあるのは当たり前のことだ。


「後は、その前屈みなお姿勢だけなんとかできれば、準備は万全と言えますけどねぇ」


「善処はしますが、それだけは勘弁してくださいよ、夫人」


苦笑しながら、セレステは準備棟へと移動した。

パーティー当日に出す料理のため、ガルカンへ伝えておくことがあったからだ。


廊下を歩くセレステに、掃除をしていたメイド達が優雅にカーテシーを捧げる。


『さすがはビアラ夫人の仕込みか、メイドの一挙手一投足すら優雅だな』


そんなことを思いながら、セレステは意識して背筋を真っ直ぐに伸ばした。


「ガルカン、いるか?」


「は、はい!お館様!」


話があるから、厨房で会おう、と伝えた時は、腰を抜かさんばかりに驚いていたガルカンは、セレステが来ると知っていたにもかかわらず、ドタバタと巨体を揺らしながら走ってこようとしていた


「あ、いいよ、そこで待っていてくれ。

 君のような巨体で慌てたら、厨房の中がメチャクチャになる」


「は、はいぃぃ…」


叱られたと思ったのか、しょぼんとした顔で縮こまるガルカン。それでも体格はセレステの2倍はゆうにある。そんな彼に近づきながら、セレステは緩みそうになる頬を、必死に引き締めていた


『か、かわいいいいいい!!!!』


猫派の人間にとって、虎を『大きいニャンコ』と思う者は案外多い。

セレステーー天城だって、その一人だった。

そんな彼の目も前に、虎そのものの顔をした、フーラニがいる。

しかもしょぼんとした表情で、つぶらなお目目で、素朴そうな顔つき…

その両頬をモミモミしたくてしたくてたまらないが、ここは耐えるしかなかった。


『セクハラされたと、やめてしまったらどうする!せっかくの虎が、こんなに近くにいるというのに!

 ……いかんいかん。用件があっただろうが』


セレステはまた緩みかけていた口元を引き締め、ガルカンに話しかけた。


「先日教えてやったあれは、どうだった?練習していた?」


「はい!あれは…本当にすごい料理でした!

 大量に準備することにも向いていますし、何より指を汚す事なく安心して摘まめるのが、まさにパーティー用の優れものです」


この世界のパーティーは舞踏会のような形式ではなく、軽食を取りながら談笑を交わす、現代で言えばレセプションパーティーに近い形式だと聞いたセレステが、ならばフィンガーフードがいいだろうと思って、ガルカンにカナッペの写真とどういう料理、というか食べ物なのかを伝えてやっていたのだ。


「あんなものを教えていただけるなんて、この屋敷にきて、本当に良かったと、心から思っております!」


いつもは内気だけど、料理のこととなると異様なほどに饒舌になるガルカンだった。


「あ、ああ…

 君の手は大きいから、少し心配してはいたけど…

 まあ、どうやら杞憂だったようだな」


そう言って視線を移したガルカンの手元、調理台の上には、可愛らしくまとまった形のカナッペが、綺麗に並べられていた。


「本当に、お館様には感謝の念しかありません。

 ぼくなんかを雇ってくださり、その上こんな素晴らしいお料理のレシピまで…」


「ん?いや、自分を卑下するのは良くないよ?

 君は立派な料理人だ。自信を持っていい。

 君は堂々たる、白亜館の料理長なんだ」


「お館様ぁぁ…」


感激のあまり、またうるうるとお目目を潤ませるガルカン。


「その君がそんなに縮こまっていては、白亜館の名が廃る。

 さあ、しゃんとせい!背筋を伸ばして、胸を張りなさい!」


「は、はい!」


-バリ


セレステとしては活を入れるつもりで、ついビアラ夫人の真似をしてみたわけだが…

ガルカンが胸を張りすぎたせいか、着ていた調理服が無残にも弾け飛んでしまった。


「わわあっ!?」


「きゃあああ!」


慌てて両腕で剥き出しの胸を隠すガルカンと、悲鳴を上げながら両手で目を隠す(ふりをしている)メイドたち。そんな騒動の中、


「……ケ◯シロウかよ」


セレステは騒動の起きたの厨房を後にしながら一人、ぽつりと呟いた。


「…ロノヴァール?

 君をここに呼んだ覚えはないが?」


「お、お館様…」


厨房の入口では、ウルソートのヴァレット、ロノヴァールが中を覗き込んでいた。自分に気づいたセレステに声をかけられ、彼は目に見えて慌てふためく。


「なんだ、『あれ』のためか?

 全く、そんなにいいのかあれが」


「い、いいえ、決してそんなわけでは……つ!」


『あれ』とはもちろん、蜂蜜のことだ。

ウルソートの客をもてなすため、ガルカンにチーズと蜂蜜を乗せたカナッペのレシピーも伝えておいたが、おそらく、練習で作った分をちゃっかりお裾分けしてもらっていたのだろう。


「惜しいけど、今日はフェリノイ用のしか作っていなかったぞ?」


「いや、決してそのようなわけでは…」


そう言って両手をブンブンと振って否定はしているものの、その肩はがっくりと力なく落とされていた。


「まあ、いいよ。後でハニースティックをやるから、今は仕事に戻ってくれ

 君って、それさえなければ実に優秀な侍従なんだけどね」


「い、いや、身に余るはちみ…じゃなくて!お言葉です。

 では私はこれで!」


そういっていそいそと走っていく彼の両耳が、パタパタと嬉しそうに動いていた。


「よほど嬉しかったかな…」


ぽつりと独り言ちながら準備棟を後にし、邸宅の裏手にあるガレージへと向かうセレステ。そこへ本館から出てきたライバルトが、後を追うようにして話しかけてきた。


「お館様、パーティーの招待状の件でございますが」


「ん?なんだ?」


「当日、王都に滞在されることになった方々が数名増えまして。その招待につきまして、ご相談を、と」


「あー

 すまん。その件ならビアラ夫人と相談してくれないか?

 正直、招待状を送った貴族たちのことを覚えるだけでも頭がいっぱいでな。

 二人で招待の是非を決めて、誰を追加したのか後で教えてくれればいい」


実は、ライバルトは既にビアラ夫人へ相談済みだった。だが、『最終的に私たちが決めることになるでしょうけれど、それでも閣下の許しをいただくのが先決です』と諭されて、ここへ来たところだったのだ。


「かしこまりました」


ライバルトは、自分こそが大貴族の息子でありながら、こうした事態への対処はまだまだ至らない点が多いと痛感していた。それに比べて、貴族出身ですらないというこの主の方が、自分よりもはるかに柔軟かつ的確に物事を捌いている気がしてならない。


「じゃあな、頼むわ」


と軽く返答しながらガレージの方へと歩いてゆく主の後ろを目で追いながら、本当に不思議なお方だと考えていた。


「レーテスく〜ん?

 運転の練習、やってるかい?」



馬屋…いや、トゥシタならサス屋になるけど、セレステの屋敷にあるのはそのどれでもない、『ガレージ』だった。

その屋根には太陽電池のパネルがみっしりと敷かれており、屋敷のどの建物もそれは同じだった。

ガレージに入って、さらにその地下に降りたセレステがそこにいるはずのレーテスに声をかけた。


「あ、お館様!」


地上のガレージ部分とは違って、小学校の校庭ほどもありそうな広大な地下空間。

セレステが色々と『やらかす』前に、実験を行うために『作ってしまった』場所だ。

今はそこで、レーテスがゴーカートの運転練習に励んでいた。

……このゴーカートもまた、ラジコンの玩具を持ち込んで実体化させたものだ。


「本物の車で練習させたいところだが、それはまだ早い気がしてね、危険だし。

 まずはそれで『運転』とはどういうものかの、感覚を養ってくれ」


「はい…

 正直これ、何も繋がっていないのに走るなんて凄まじいと存じますけど、結構怖いです」


「うむ。その『怖さ』がわかるだけでも君には素質があるよ。

 ……ここを出入り禁止にされたあのバカに比べて」


「…兄がバカで、本当に申し訳ございません!」


元々グルームとして雇ったのはレーテスだったため、初めから彼をドライバーに育成するつもりでいたセレステだったが、ロデリックにせがまれ(当たり前のように、ロデリックは弟のレーテスに拳骨を食らった)、試しに乗せてみたら盛大に転倒。


しかしロデリックは、


「いやあ〜体だけは丈夫なのが取り柄っす!」


と、かすり傷の一つ負わなかったいう、奇跡の生還(?)を見せて、またレーテスに盛大に殴られて出入り禁止を言い渡されていた。


「本当にあの脳筋、脳にいく養分まで体に回したのか…

 双子の君は、こうも慎重で真面目たというのにね。

 で、あのバカはどこいった?」


「ビアラ夫人の指示で、夫人の実家にお使いに行きました 」


「ああ、そうか……

 では、引き続き練習、頑張ってくれ」


「はい。

 でもパーティーの準備、手伝わなくてもよろしいでしょうか?」


他の使用人が準備に励んでいる中、自分だけここで楽をしている気がしたのか、レーテスが申し訳なさそうな顔をした。


「大丈夫だよ。君はグルーム…いや、ドライバーだよ。

 自分の仕事をしているのだから、気にする必要はない。

 頑張らないと、本当に君の仕事がなくなるよ?私が自分で運転しちゃうから?」


「いいえ!精一杯頑張らせていただきます!」


セレステがわざと意地悪っぽく言うと、驚いたレーテスが大きな声でそう答えた。


「その意気だ。期待しているぞ」


レーテスを励まして地下室を出て、本館に向かうセレステの視界に、お使いから戻ってくるロデリックの姿が見えた。


『なんか本当に、大所帯になってしまったな』


地球では猫たちしかいない、物静かなマンションで暮らしていたが、こうして大人数でガヤガヤと過ごすのも悪くないな、とセレステは実感していた。


お屋敷のお披露目パーティー、その三日前。

昼の太陽が、ゆっくりと沈んでゆくところだった。


ついに、白亜館の家族が集まりました。


……なんか、登場人物の紹介だけでこれだけ書いてしまった気がしますね。

ここで第1章を終え、来月の2月から新章に突入します。


……と言っても、来週ですけど。とほほ。


お読みになってくださる皆様には、感謝の念しかありません。

では皆さま、良い週末を!

セレステは来週の月曜に戻ってきます!

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