あつまれ、白亜の屋敷
ラインバルト・チオノ
ルパシドの青年で、北方の大貴族マルク・チオノ家の3男であり、王室親衛隊に所属する前途有望な参尉である彼にとって、その命令はまさに青天の霹靂だった。
「執事、ですか?」
「そうだ」
予想もできなかった転属命令、しかもそれが軍ですらない、貴族家の執事とは、納得がいかない話だった。
「何、気持ちはわかる。
せっかく軍のキャリアを積んでいたのに、なんの冗談だ、と言いたいだろう?」
「否定はしません」
「率直だな。
でも、出世を狙っているなら、悪くない話だと思うぞ。
レギス家の執事なら、場合によってはビカリに相当する権威を持ったりもするからな。
その上、この場合普通の使用人ではなく、警護の能力も必要だから軍での経歴が必要になるんだ。
なお、これは君の叔父上からの要請でもある」
「叔父上が…
では、最初から私には選択権はない話ですね」
いかにも軍人らしいその答えが、命令するノルガーとしては、なおかつ面目無さを感じていた。
y
「すまない。君のような優秀な将校をこんな形で送り出すのは、私としてもとても惜しいことだと思っている。
君の叔父上の思惑は大体わかる気がする。
でも、私からも頼む。君しかいないと思っている」
「身に余るお言葉です。
命令してくだされば、従うのみ」
「その『命令』も、多分今日で終わりだと思うがね。
そうだ、君の小隊の2人も連れて行っていいぞ。
あの家は使用人募集中だから」
「レーテス兵頭ならいいですが、ロデリック上級兵もですか…
まさか、疫病神の押し付けなのでは……?」
「……」
そこは嘘でも否定して欲しいところですよ、と言いたい気持ちをグッと我慢しながら、チオノ参尉ことラインバルトは、一番大事なことをまだ聞いていないことに気づいた。
「そういえば、どのお家なのかまだ聞いていませんが」
「それがな…。
驚かないでくれ。
……レギス・セレステの屋敷の執事だ」
「はい、辞退します!」
「ダメだ!」
本当に冗談ではない、とラインバルトは思った。
護衛任務に当たっていたあの日、どれだけあのヒトに度肝を抜かれていたか。
異界人の貴族と聞いて緊張していたら、お人好しのおじさんのように振る舞い、そんなこともあるんだなと和んでいたら前代未聞の力を振り払う…まさに得体を知れない存在を、毎日身近で世話する執事になれと?
「いくら親衛隊長、いえ王弟殿下の命令でもこれだけは…」
「なぜそこまでいうかは…うん、わかるよ。
でもね、君の叔父上にはなんと弁解するつもりだ?
いくら私が王弟でも、『軍』の最高責任者は彼だよ?
君が彼を説得できるなら、辞退させてやる」
「…ずるいと思いませんか?」
「知るか」
そう、ラインバルトの叔父がこの国の軍の頂点。
軍務大臣ダーハラト・メンゲン・パール。そのヒトだった。
***
「ということで、お前たちには私と一緒に、あのお屋敷に赴いてもらう」
「えー横暴だ!」
- ゴッ
ラインバルトの通達にブーブー異議を唱えていたロデリックの頭に、レーテスが拳骨を食らわせた。
「バカ兄貴は黙ってろよ!
小隊長が執事に、というのはわかりました。
でもおれたちは?」
「ゼロから使用人を募集しているそうだ。
ロデリック上級兵にはフットマン、レーテス兵頭にはグルームを任せたい。」
「まあ、軍の平兵士よりはマシ…かもですね」
「せっかく進級していたのに、惜しいと思わないか?」
「それをいうなら、小隊長こそ?」
いきなりの転属、というか軍からの放出命令だというのに、他人のことを先に心配するほど、レーテスは出来た若者だった。
「私は、命令された以外にも理由があるけどな…
お前たちを巻き込むような形になって、すまないと思っている」
「何、そんなこと言わないでください。
おれたちは、小隊長についていくととうの昔から決めていたから」
そんな2人を見ていたロデリックも、さっき殴られたところをさすりながら決まり悪そうに言い出した。
「ケッ、仕方ねーな。
俺もついていってあげるんすよ、小隊長!」
「「いやお前は来なくてもいいかも」」
「ひどい!せっかくのかっこいいところを!」
***
- コンコン
「入れ」
コミス・バルハ家の書斎。
書斎の主、法務大臣のランデハレ・バルハが、書斎の扉をノックする音に応えた。
扉を開き、入っってきたのは法務大臣と同じウルソートの、中年の男性。
「ご主人様、お呼びでしょうか」
「うむ。ロノヴァール、来たか。
君に話があってな。
そこに座ってくれ。」
用件があれば命令するまで、というのが主と使用人の関係。
なのに「話がある」というのは、普段とは違う用件ということだ。
「異世界人のレギス、レギス・セレステの噂は、君も聞いていよう?」
「はい。数々の摩訶不思議なお力を持ち、先日まるで奇跡でも起こしたかのように、お一人で貴族街にお屋敷を建てられたお方だと」
元々デモンストレーションの目的で色々とやらかしているセレステだったが、思った以上に宣伝になったようだった。
「うむ。そのレギス・セレステがな。
あのお屋敷の使用人を募集しているようだ。
君を、彼のヴァレットに推薦するつもりだ」
「私をですか。
ありがたいお話ですが、ご主人様のお世話は…」
貴族家の使用人として、推薦状と共に他の貴族家に紹介してもらえるのは、名誉あることではある。 だがロノヴァールの場合、今やバルハ本人の身辺に仕える側近中の側近であり、そんな彼を送り出すということは、単なる『紹介』の範疇を越えた重大な意味を持っていた。
「うむ。君のような信用できる侍従を手放すのは、私としてもすごく惜しいと思っている。
……しかし、あのお方にはそれを甘受するだけのことはある」
「ご主人様をしてそこまで言わせるということは…」
「あのお方は、このバルハ家…いや、ひいては我らウルソートにとって、何があっても懇意になっておかなければならないお方だ」
「はあ…
その旨をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
ご主人は、彼によほど魅入られているのか、そうでなければ弱点でも握られているのか。
忠義の侍従、ロノヴァールは心配になった。
「いいか、ロノヴァール、よく聞け。
あのお方はな…
蜂蜜を無限に作り出せる力をお持ちなんだ!」
次の瞬間、ロノヴァールはすくっと立ち上がった。
「バルハ様、長い間、誠にお世話になっておりました。
この不肖ロノヴァール、新しい主を見つけ出しました!」
「おいいいいいい!
落ち着け!何も今すぐ行けとは言っていない!」
「止めないでください!私の蜂蜜が!」
「だから君1人のじゃないって!」
***
ガルカンは、フーラニの男性である。
フーラニは、筋骨隆々で背も高いのが特徴で、武芸に長けている種族だ。
ガルカンはそんな種族の中でも体が大きい方で、他の種族から見れば『巨大』と言わざるを得ないほどの巨体で、半端ない威圧感を放つ存在だった。
しかしそんな外見とは裏腹に、彼はとても小心で、内向的な性格で、他人と触れ合うのが苦手な性格だった。
そんな彼が、上司に呼ばれて何か叱られるのかと、慄きながら戦々恐々していた。
「……で、あんたには……に言ってほしいのよ。
わかった?
……ガルカンくん?
ねえ、聞いてる?
ガルカンくん!」
慄いていて上司の言うことをほとんど聞き取れていないガルカンに、イライラした彼の上司、王宮の料理長であるマンチカン・フェリノイのマリエネ・デラシが大声を出した。
「ひいいいいいいい!はひいいいいい!」
体躯の小さいマンチカン(*フェリノイはマンチカンと言っても手足が短いわけではない)がイライラしている前に、『巨大な』フーラニのガルカンが怯えているのは横から見ればよほど滑稽な場面であるが、本人たちにとっては笑えない事態だ。
「もう、そんなデカい体して何をそんなに怯えているのよ!
ちゃんと聞きなさい!王妃殿下から料理人を推薦しなさい、という命令があったの!
あの新しいレギス閣下のお屋敷の料理人が欲しいって!」
「そそそそ、そうですか!
ででで、でもなんでぼくなんかを…」
「あんたの料理の腕だけは、確かだからよ。
それはこの私が責任を持って推薦できるの。
でもその性格がね…いつも他の料理人に怯えて、言うことも言えない、やれることもやれずに落ち込んでいたじゃない。
なら一層のこと、あんた一人で働けるところに送ってやるのもいいかと思ったのよ」
「りょ、料理長…」
すぐうるっとしてくる、内向的な上に感受性も豊富なガルカンだった。
「こんなことで泣くな!
厨房で泣いていいのは、ネギタマをみじん切りにする時だけよ!
もう、そんなデカい図体をして、すぐ泣くんだから。
あ〜あ、あんたがいなくなると、もう見上げずに済むだろうね。せいせいするわ」
そんな彼女を見て、ガルカンは今にも泣き出したいのを我慢して、深々と頭を下げて礼をした。
「料理長!ありがとうございました!」
「何言ってるのよ!今すぐ行けとは言ってないわ!イモの皮剥きがまだじゃない!
はい!早く早く!手を動かしなさい!」
「は、はいいいい!」
***
「お母様、本当に行かれるおつもりですか?」
「ええ、そうですよ。王妃殿下のお頼みなのに、拒めるわけがないじゃないですか?」
「でもお母様のようなお方が、他人の使用人になるなんて…」
ビアラ夫人の嫁で、現ビアラ家当主夫人であるターキッシュアンゴラ・フェリノイのメリーネ・ビアラ・メアは、王妃の決定が気に入らないようだった。
「メリーネさん。私は国王陛下の乳母としては働いたこともあります。
それも現役当主夫人だった時期にね。
今は当主の座はあなたたち夫妻に譲った、位もない老婆にすぎませんよ?」
「でも…」
「それに、先日あなたも見たはずです。
あのお方の、不思議な力を」
「はい。確かにあれには驚きました」
セレステがレジ袋を無限の飲み物ディスぺンサーにして見せた日、誰も先に接近しようとしていない貴族街の面々の中から真っ先に「いただけますかしら」と話しかけたのが、実はセレステのことを観察していたビアラ夫人で、歳を取ってもなお社交界の女王として君臨している彼女が先陣を切ってからこそ、他の貴族たちもセレステに接近することができたと言うのは、ここだけの話。
「そんなお方に、変な虫が付かないようにしてほしい、との王妃殿下直々の頼みでした。
受け入れるしかないのですよ。
興味もありますしね」
「…わかりました。もう私が言い出す問題ではないようですね。
ではお母様の侍女と、連れていかれるメイド達の人選は私に任せてください」
「ええ、頼みますわ。
あなたになら、安心して任せられると思いますよ」
「はい。お母様を失望させないように頑張りますわ」
二人の貴婦人は、にこりと笑い合った。
***
「…主人公なのに、出番がなかった!」
地球で仕事をしていた途中、変なことに気づいてしまった天城だった。




