嵐の予感
一人でさっさと建ててしまおうと考えていたのに、ラシオン王の思惑により、親覧行事という王都の一大イベントと化したセレステの屋敷建築。
メインとなる白亜の邸宅のあと、いわば王家の別荘になる邸宅と付属の建物をいくつか実体化させ、その実演は大成功のうちに幕を閉じた。最初は驚愕していたギャラリーたちも、次々と聳え立つ建物の姿に、最後には惜しみない感嘆の声を上げていた。
役目を終えたスコップや段ボールをゲートに放り込んだセレステは、記録用のスマホを回収。ナイラン夫妻と共に鉄柵の正門から外へ出ると、王たちが待つ場所へと戻り、深く一礼した。
「国王陛下。多大なるご配慮を賜り、これにて無事、お屋敷の建立を完了いたしました」
「うむ、大義であった。
いや……こういうのもおかしい気がするな。
一体どういう建築を見せてくれるかと思ったら、ここまで余を驚かせてくれるとは」
「もったいなきお言葉にございます」
さすがにラシオン王としても、形式的なやり取りとはいえ自分から労いの言葉をかけるのはどうか、という気がした。
「それで?
いつになったら余を招待してくれる気か?」
「これはこれはまたお気が早い。
建物を建てたばかりで、中の家具も施設も、まだ整えておりませぬ。
今しばらく、準備の時間をいただければと存じます」
邸内の見物をせがんでくるラシオン王に、セレステが心の中で苦笑していたら、イーシャ王妃が助け舟を出してくれた。
「王父卿のいう通りです、陛下。
それにこれだけの豪邸、 王父卿お一人では手が回らないでしょう。
使用人たちの手配や準備も必要でしょうし……」
「さすが王妃殿下、よくご存じでいらっしゃいますな」
「王宮の暮らし全般を総括するのも、王妃の努めですもの。
それぐらいは把握していなくては困りますわね。
ああ、そうでした…この邸宅の使用人の選定、私に任せていただけませんか?」
「えっ、王妃殿下自ら?」
もちろん、セレステとしてはこの世界に来たばかりで、王宮の外の事情は右も左も分からない。その上、これから王家と手を組んで始めようとしている仕事の内容を詮索されるのは避けたい、というのが正直感想だった。
「卿に余計な虫がつかぬよう、私が探して差し上げた方がいいですわ。
まあ、探すと言っても人脈を駆使して、最終的に判断を下すだけですけど」
王妃がここまで口にしているということは、『否応無しに従いなさい』と命令するのも同じことだ。そして、セレステは彼女――イーシャの性格から、もうすでに大体の人選を終えているだろうと予想できたので、『渋々』を装いつつ、イーシャのいうことに従うことにした。
「誠に恐れ入りますが…
王妃殿下のご厚意、謹んでお受けいたします」
「私としても、このお屋敷のお披露目を楽しみにしていますから」
「はい?」
セレステが、今何か不穏な言葉を聞いた気がして首を傾げると、王の背後に控えていた宰相がそっと前に出で説明役を買って出た。
「これはこれは、レギス・セレステはまだご存知ないようですな。
王国のしきたりとして、王都に新しくお屋敷を賜ったコミス以上の上級貴族は、その邸宅のお披露目のパーティーを開くことになっておりますじゃ。
パーティーには国王陛下と王妃殿下を筆頭に、その時王都におる貴族ほぼ全員に招待状を出すのが通例。
まあ、もちろん個人的な親疎もありますから、厳密にいえば全員に、ということには参りませんが……貴殿の場合は、皆は招待を待ち侘びているはずですぞ」
しまった。
セレステは、心の中でそう悲鳴をあげていた。
隣人への引越しの挨拶、ぐらいはしなきゃ、と彼も考えてはいたのだ。
だから、家を建てられそうな更地がここしかなかったのと、その結果としてお隣さんがあの軍務大臣しかいないのとわかった時、ご近所付き合いも気楽に済みそうだと、安心していたところだった。
なのに。
『お披露目パーティー?何それ?
私、パリピじゃないのに、そんなこと、できるわけないだろが!』
そんな考えで頭を抱えたい気分になり、目を泳がせているセレステを見て、王がニヤリと笑いながら言った。
「また、碌でもないことを考えているだろうな…
心配しなくとも良いぞ、王父卿。
そなたの場合、邸宅の中を見せてくれるだけで十分なんだろう」
「は、はあ…」
王はああ言っているけど、そうはいかないだろう。
貴族の世界というのを、直接体験したことはないけど、小説や漫画、ドラマ、映画などでそれなりに間接体験はしている。
何より面子が重要な世界だ。ここで恥をかいたらこれからの自分の肩身が狭くなるのはもちろんのこと、下手したら王家の顔に泥を塗ることになるだろう。
それだけは回避しなければ。
「承知いたしました。
このセレステ、不肖ながら国王陛下のご期待に恥じぬよう、立派なお披露目パーティーを用意させていただきましょうぞ」
『費用はラシオン、お前持ちだけどな!』
そんな二人の会話を聞いていた宰相も、心の中で頭を抱えていた。
セレステは自分の価値と、能力を過小評価している。
それに、フェリデリアのパーティーは普通、軽食を取りながら歓談を交わす、地球で言えばレセプションパーティー形式が一般的だ。
正直、セレステは何を考えているかわからないが、あの大臣会議の日振る舞われたあの『禁断のおやつ』を大量に用意するだけで十分すぎる気がする。
…その上、あの時の蜂蜜でも出してきたらウルソートの連中は彼に媚を売ろうとするだろう。
あの法務大臣すら、彼の前に跪いていたほどだから。
『頑張らなくても良いわ!適当にするのじゃ!』
そんな宰相の悩みなど知る由もない王は、次の話に進んでいた。
「して、この屋敷に使用人と警備の人員を備えるまでには、警備を配置しておく必要があるだろう?王父卿が留守にしている間、不届き者が出入りできぬようにな。
城の警備隊から数人差し出せば済むだろうけど、彼らの世話を、誰かに頼みたい。
軍務大臣、隣人の誼ということで、手伝ってくれぬか?
いい機会だ、二人がいい隣人、友人になってくれればと思うぞ。
そして、警備隊の兵力が来るまで、そなたの警備を借りてくれぬか?」
「は。謹んで承ります」
「お世話になります、マルク・メンゲン。
よろしくお願いいたします。後でいい酒でもお送りしま……」
「いいえ、王命ですから」
きっぱりと言い切って、 踵を返して自邸へと戻っていくメンゲンに、セレステは少しイラッとした。
『いや、何もそこまでぶっきらぼうに言わなくてもいいじゃないか?』
「では、王城に戻ろうか。
王父卿、其方は?」
「は。私は邸内の片付けなどが残っておりますので。
後で参内いたしましょう」
「わかった。
では皆、参ろう」
その場にいた全員が礼をする中、王は一緒に連れて来た随行人員と共に王城への帰路についた。
「さて、ラシオンは戻ったし…」
と呟いたセレステは、ギャラリーの方に向かって大声で言った。
「皆様、今日はお騒がせして誠に申し訳ございませんでした。
お披露目パーティーで皆様にお会いできるのを、楽しみにしております。
では、私は後片付けがございまして、失礼させていただきます」
セレステはギャラリーに挨拶を残して軽く礼をし、鉄柵の正門を開いて中に入った。鉄柵越しに邸宅へと歩いていく彼の姿を見つめながら、貴族街のギャラリーは、あの異世界人はどのようなパーティーを見せてくれるのか、それが気になっていた。
***
「それで、夫人にその役を頼みたいと思いました」
「あら、こんなみすぼらしい老婆にそのような大任が務まりますでしょうか」
王城、王妃のサロンではイーシャ王妃と一人の老婦人が会話していた。
「まあ、ご冗談を。
ビアラ夫人がみすぼらしい老婆なら、この国に貴婦人など1人もいないことになりますわ?」
「もったいないお言葉ですけど、お買い被りがすぎますわ」
どうやら老婦人は、王妃の提案を聞いてもあまり気が進まないようだ。
「私と夫人の仲…
いいえ、国王陛下の乳母だったあなただからこそ、頼みたいと思ったのです。
あの方がどのような方なのかは、夫人もご存知でしょう?」
夫人がお茶を一口、口にしてから、少し間を置いて返答した。
「はい。
陛下と王妃殿下、王弟殿下、姫様…
いまの王室の皆様全員の、前世の父君であられたお方で、数々の不思議なお力の持ち主だと。
信じがたいお話でしたけど、先日私のこの目で、直接確認いたしました」
「あら?そうでしたの?」
「はい。
実に不思議な力を、何事もないかのように駆使するお方でした。
立ち居振る舞いに上品さは少し足りない気がしないわけではありませんが、言葉遣いはとても丁寧で、貴族ではなくても相当な教育を受けていらっしゃるお方とお見受けしました」
「そうでしたか。
まさに今、夫人のおっしゃったその問題のために、夫人にあの邸宅に赴いて欲しいと思っています。
私たち王室家族の大切なお父様でありながら、この国のために大いなる力になってくださるかもしれない方です。
しかし、あの方はですね…」
「貴族の世界を知らない、との仰せですか?」
「そうです。もちろん夫人もおっしゃった通り、高い水準の教育を受けている方だから、そう簡単に綻びを見せたりはしませんけど、それでも貴族の嗜みを教え込んであげるヒトは必要だと思いますの。
それに、あの邸宅には奥方がいません。
そんな趣味はない方だと思いますけど、その隙をついてこようとする卑劣な輩が現れれば…」
「あらまあ、王妃様は、私とあのお方の仲人にでもなられるおつもりですか?」
「あら、嫌だ。まさか」
上品に会話を続けてきた2人が、笑い出した。
「夫人にこんなことを頼むのはどうかと思いますけど、あの邸宅の奥方代理を兼ねる、作法教師及びハウスキーパーになっていただきたいと思います」
「あらまあ、この老体には骨が折れそうな任務ですわね」
「でも、あなた以上の適任者はいません。
社交界の頂点に君臨するあなたがあの方についていれば、どれほど頼もしいことでしょう」
メーレー・ビアラ。
大貴族、コミス・ビアラ家の先代当主夫人で、現在は当主の座を息子夫婦に譲り、悠々自適に暮らしていた、ありし日の社交界の女王(もちろん、王制国家だから比喩的な意味で)で、今なお頂点に君臨する、この国の貴婦人の最高位に立つ女性。
頑固そうで意地の強そうな顔立ちをした、ペルシアン・フェリノイの老婦人である彼女が、セレステの白亜の邸宅に嵐を呼ぼうとしていた。
「ぶぇくしょい!
…埃のせいか…?」




