純粋だからこその残酷
「敷地の物色、ですか」
「はい。陛下の命令がありまして」
飲み物配りを装ったセレステの自己PRが一通り終わった後。
セレステとバズデリ・ナイランは、噴水の前に置かれたテーブル囲い、閑談を交わしていた。
「地球からの転移の拠点として、王宮の1部屋を借りていましたけど、まあ、警備隊の心臓に悪いと苦情がありまして」
「あ、ああ。さすがに」
確かに、先のような現れ方を王宮の中でされては警備隊だけではなく、いろんな方面でたまったもんではないだろうな、とバズデリは思った。
「それで、お屋敷…とまではいかなくても、家を建てようかと思いまして」
「建てる、ですか?買われるのではなく?」
「ああ、はい。お屋敷を買い取れるような財産は持っていませんので」
普通はその逆であろうが。
しかし、さっき見せてくれた奇妙な力や、そもそもこの世界の存在ではないということを考えると、そんな彼に常識を期待するのは無理なのでは、という気もする。
「それで、お気にいられた土地でも?」
「それが、結構見て回りましたけど…
難しいですね~すでに造成し終わった街だから、空き地があるわけでもないし。
街の雰囲気というのがあるから、小さな住宅じゃお隣に周りに迷惑になりそうですしね」
それは当たり前というか、豪邸の並んでいる貴族街に王家関連の人物が越してくるなら、それなりの規模が必要となる。
自分の都合がどうという問題ではなく、王家の面子に関わる問題だからだ。
「そこで、ナイラン殿に質問が一つ」
「なんでしょうか」
「王城の南東、小さな山というか、丘になっているところにはあまり建物が少ないというか、ほぼないみたいでしたけど…
えっと、驚かれるかもしれませんけど…
ここですね」
「はい…あ、ここですか…
って、なんですかこれは!
写真?いや、それにしては総天然色で、鮮明度も高すぎる…」
サス車で見て回る途中、セレステは気になるところの写真をスマホで取っていた。
その中気になっているところをバズデリに見せて相談に乗ってもらう気だったけど、まあトゥシタのヒトにスマホを見せれば驚くのはしかたないことなんだろう。
ちなみに、トゥシタの写真は銀板タイプのものが商用化し始まったばかりである。
「あ、それ!さっきのあれだ!」
二人の後ろで世話役として待機していたロデリックが、肩越しでセレステのスマホをみて言った。
「あ、そういえばこれは何か聞いていたね、ロデリックくん。
これはスマホというものだよ。遠距離で通話…音声通信に使うのが基本機能で、さっきのあれのように写真や動画…動く絵を撮ったり、その他色々使える道具だよ。
言っておくけど、ここでは通話はできないよ。基地局がないから電波が届かない」
「しゃ、写真が撮れるんですか?その小さなもので?
しかも遠距離通信まで?」
魔術の領分ではないが、技術の方でも知識は知識。魔術師として興味を持たざるを得ないパワーワードが怒涛のように雪崩込み、バズデリは興奮を隠せずにいた。
そして、2人の話に割っていったロデリックを叱ろうとしていたラインバルトも、セレステの発言には驚きを隠せなかった。
あの小さな板一つで遠距離通信ができるとか、瞬間的にあれほどの精密度の高い写真が撮れるなど、軍事的な価値は計り知れないものだろう。
しかも、さっきセレステがバズデリに見せたところは…
「まあ、そんなもんですよ。
地球では普通の商品として売られるのを買って、有料で提供されるサービスを利用しているだけですから、恥ずかしいことですが、どう作動するのかまでは説明できませんよ。あははは」
「いや、そんなものが存在すると知っただけでも十分です。
で、さっき見せてくださったところは…」
「はい。ここです。
少し拡大してみましょうか」
と、セレステは何気にスマホの写真を指で拡大してみせたが、それをみたバズデリとラインバルトは思わず息を飲んでしまった。
あれだけ精密度の高い、色付きの写真を一瞬でとれるというだけでも驚くべきなのに、さらに虫眼鏡もなく拡大までできて、それがあんなにきれいかつ正確にみえるなど、二人の気にする分野は違えど、驚愕するのは同じだった。
「うっわ、すっげー!どこまで大きくできるんすか?」
またロデリックが大声で聞いてみたが、今度はラインバルトも彼を叱る気にはならかった。眉間に皺を寄せて「こら」と軽く注意をいれるだけで、両耳はセレステに集中していたのだ。
作法など構わずまっすぐ聞くことができる彼がいてくれて、聞けることもあるから。
―そう思っているのは、遠くで無関心を装ってこちらの話に耳をすませている、周りの皆さんも同じだった。
「それがな… ええと…
光学とデジタル合わせて、撮影は15倍ぐらいで写真拡大は30倍ぐらいだったかな?
まあ、そんなに拡大してなんになる、とも思うけどね」
純粋だからこその残酷という言葉があるが、今のセレステにピッタリではなかろうか。
今のトゥシタの最新望遠鏡でも、最新写真機でも達しえない遥かな彼方の技術を、『なんになる』と軽く言えるチキュウとはいったいどんな魔境なんだろう、と二人は思った。
「それでですが、ここには何か事情でもありますか?
地脈が良くないところだとか、霊的障害でも起こる所とか…」
「いや、実に興味深い話ですが、そのどちらでもありません。
そこはただ、主に岩盤でできている土地だから、建築が難しいだけなんです」
「へえ…そうでしたか。
通りで王城近くなのにあまり建物がなかったんですね」
「はい。静かなところがいいと、わざとそこにお屋敷を立てた軍務大臣、マルク・メンゲンのような方もいるにはいますが、あの方以外にはあまり」
「あ、あのカニ…いやいや、ルパシドの」
カニセイドと言いかけて、セレステはチラッとラインバルトをみて慌てて言い直した。
確かに、亜属だからといって、勝手に言ってしまうのは失礼の極みなんだろう、という自覚ぐらいは持ち始めているからだった。
「はい。そういえば大臣会議で既に会われたとか」
「ええ。まあその以前にもお会いしていましたけどね。
さぞ立派なお尻尾のコントロールでした」
「「??」」
クスクス笑いながらまた謎めいた言葉を発するセレステに、バズデリとラインバルトは頭上にはてなマークを灯したかのような気持になったが、流石に軍務大臣のことだからどういう話か聞く気にはならなかった。
そういうセレステは、さっきは思い出せていなかったけど、ラインバルトをどこかで見たことがあるような既視感の正体が分かった気がした。毛の色は違うけど、なんとなくあの軍務大臣と似ていると、今になって気づいたんだ。
『親戚…かな?いや、同じルパシドだからそう感じられるだけかも』
まあ、今はそんな問題じゃなくて、とセレステは話題を変えた。
「じゃ、あそこなら気を付けるべきお隣はマルク・メンゲンぐらいしかいないということですね。
土地代も省けそうだし…いいね」
「土地代?なんの話ですか?」
「うん?屋敷を建てるなら、まず土地を買うべきでは…」
と言いかけていたセレステは、『何変なことを言っているんだ?』と言いたそうな顔で自分を見ているバズデリを見て言い淀んだ。
「そんな必要はありません。
地方領地ならいざ知らず、王都の土地は全部、基本的に国王陛下の財産です。
貴族街のお屋敷も、全て『陛下の土地に』建てる許しを賜ったものになります」
「あ…」
今度は、封建制の常識に、異世界の『現代人』が驚かされる番だった。
「では、陛下の許可さえ得られれば問題ないと?」
「そうなります。
しかし、陛下の許可を得ても、あそこに建築は…」
「まあ、それは別に問題ないと思います」
そういうセレステの態度は、こちらを納得させようとする気は全くなく、本当に何の問題もないと、気に留めてすらいない者のそれだった。
「では、そろそろ戻る時間のようですね。
ナイラン殿、今日は貴重なお時間をいただけて実に感謝いたします」
「いやいや、こちらこそ実に有益な時間でした。
またの機会でお話しできればと、期待しております」
「それは是非。
では、また会いましょう。
ラインバルトくん、王城に戻る準備を」
「はっ」
別れの挨拶を交わし、帰り支度をするラインバルトたちと、サス車に乗り込むセレステを見て、その場を離れながらバズデリは今日の短い出会いで受けた衝撃を噛み締めていた。
チキュウというまさに『異次元の』技術を持つ世界からきた、得体を知れない力を持つあの男は、この世界に一体何をもたらしてくろのだろうか。
それはこの世界にとって、光となるか闇となるか。
―セレステ本人が何を考えていようと関係なく。
***
「それで、あそこに屋敷を建てたいけど」
王城に戻ってラインバルトたちの復帰報告が終わった後、セレステはノルガーに相談に乗ってもらった。
「よりにもよってあんな岩場に?建築費が嵩張るだけか、ほぼ不可能だと思うよ?」
「いや、それは考えがあるんだ。
で、申請の手順はどうなるのかな?」
「手順とかは特別にない。
貴族の王都屋敷だからな、兄上に奏上して、許しを得れば済むまでだよ。
残りは内務でまとめてくれる」
「ふ〜む。そうか。
わかった。ラシオンと話してみる。
あ、ジュース飲むか?緩くなっただろうけど」
セレステが、未だに内容物が残っているレジ袋を 見せながら言った。
「結構だ。
…そういえば貴族街で騒動起こしたって?」
またやらかしたのかよ、と聞きたそうなジト目で見るノルガーの問いに、セレステは平然と答えた。
「ああ、どうせ大衆の前に出ることになるならね、こちらから打って出るのも悪くないかと思った。
貴族街だから王宮発の噂も広まっているようで、私を見てフーマニタとか騒ぐこともなかったよ、幸いなことに。
むしろナイラン殿…ああ、夫の方、に会えて色々と有益な話も聞けたし」
「魔術学校の学長か…よくも短くすんだね、話。
魔術師だから、親父に出会ったら話が長引くと思ったけど」
「スマホのことは『私もわからない』と言っておいたからな。
スマホ写真のことで、彼も、ラインバルトくんもすごく興味を持っているようだったけどこればかりは複製してあげても色々と、運用が困難だからできないのが残念だ」
「ラインバルトくん……って、チオノ参尉のこと?
いつの間にそんなに親しくなったんだよ」
「まあ、階級で呼ぶのはちょっと堅苦しいじゃん」
「まあ、勝手にしろよ」
ぶっきらぼうにいうノルガーに、セレステは笑みながらレジ袋の内容物を机の上に出して置いて地球へのゲートを開いた。
「じゃ、ラシオンは忙しいようだから、一旦もどって、あちらでの用事を済ませて許可とりにくるね。それは適当に飲んでて、空き瓶はまとめて置いてくれ。後で消すから」
「わかった。兄上に伝えておくよ」
セレステがくぐると、ゲートは消えて無くなった。
それを見ていたノルガーは、ミネラルウォーターの瓶を取りながらぶつりといった。
「あんなところに屋敷を建てるって……どういうつもりだ?
……というかこれ、どうやって開けれるんだ!?」




