コンビニ行ってくる
王城から出てサス車を駆ること2時間ぐらい。
セレステ一行は王城を囲むように位置している貴族街をサス車の中で見て回った。
セレステは自分で街を歩いてみようと思っていたが、護衛のチオノ参尉ことラインバルトにそれを言ったら、貴族街の規模からまず無理だと言われた。
「もちろん、全くできないわけではありません。
ですが、貴族街を歩いて全部見て回るのは、結構疲れることと思います。
まずは車の中からご見物になって、その後詳しくご覧になりたいところへ改めて行かれることにしましょう」
なんか年寄り扱いされたようで癪に触るな、とセレステは思ったが、郷にいれば郷に従え、と言うではないか。自分としては全く事情のわかっていない、未知の土地に赴くわけだから、現地人のラインバルトたちの意見に従うことにしていた。
それでサス車(セレステはサスカーと言う、自分でつけた駄洒落のような名称を結構気に入っていたが、それは別の話し)で見て回った貴族街は、セレステーー天城にとっては結構異国情緒あふれる風景だった。どこかヨーロッパの古風な街並みに似ている、壮大な石造りのお屋敷が連なる華麗な街に、セレステは感心していた。
「へえ…こんな感じか
綺麗な街並みだな」
車の窓からその景色を眺めながら、時々スマホでその街の景色の写真を撮ったり、動画を撮影したりしているのを、向かいの席に座っているラインバルトが無表情で見守っていたが、『カシャ』とシャッター音がなるたび、視線を泳がせていた。
多分、セレステの持っているそれが何か気になって仕方がない様子だったが、護衛対象にそんなことを聞くのは作法ではないと弁えて、我慢しているんだろう。
「えっ、閣下、なんっすかそれ?」
窓の外に差し出されたその奇妙な板を見て、フットマンとして車の外、後部の踏み板に立っていたロデリックの声が聞こえてくる。
「ロデリック上級兵、任務中だ。私語は慎むように」
「はいはい」
『全く、不届きな奴だ』
復帰したら気合いでも入れてやる、とラインバルトが思っていたところ、セレステの呑気な声が聞こえてきた。
「あ、これか? うん〜
ちょうどいい、どこかで休憩にしようではないか?
そこでこれが何か見せてあげよう」
「わかりました。
レーテス兵頭」
「はい。そろそろ王城前の広場が見えてきますので、そこで止めます」
王城の周りを一周し終わったのか、出発時に見た王城前の広場に戻りつつあったのだ。
広場に侵入して、レーテスは噴水の前にサス車を止めた。
「降りられますか?」
「そうだな。外の風にも当たりたいし
…何より、腰が痛い…」
車の座席にクッションは敷いてあって、車軸にはサスペンションもついてあったが、現代人のセレステの腰には流石に響く揺れだったのだ。
「何してんだよバカ兄貴!早く席を用意しろよ!」
「あ、そうだった」
御者席から降りてきたレーテスが、ぼうっと油を売っていたロデリックに喝を入れて、二人は急いで背後の踏み板の下、いわば車のトランクの様な箱から折りたたみ式椅子とテーブルを取り出してセレステの前にセッティングし、レーテスが何やら桶のようなものを取り出して噴水から水を汲み上げてサスに飲ませに行った。
「仕事熱心だね〜健気なもんだ」
「あざっす!」
「ロデリック上級兵…」
本当に、どうしようもないやつだと、ラインバルトが苛立っているところだった。
「君たち、喉は乾いてないかな?」
季節はまだ夏ではなかったが、日差しがだんだん強くなりつつある季節で、外で活動していたら喉が渇く時期ではあった。だから喉を潤す飲み物を用意するのも護衛の任務のうちだったが、あろうことか護衛対象が先に言い出してしまったのだ。
これでは勤務怠慢と言われても仕方がない事態だった。
「至らないところをお見せして、申し訳ございませんでした。
すぐ、お飲み物を用意しますのでー」
「うん?いやいや、そんなつもりじゃないんだ。
私のために頑張ってくれたから、何か奢ろうと思ってな」
「奢り…ですか?」
準備の足りない下級者を叱るのではなく、奢る、だと?
彼自身貴族の出であるラインバルトとしては、理解し難い考え方だった。
もしかすると、ここで答えを間違えれば、王家への不敬を働いたことになって、処罰されるかもしれない。
「そんなに身構えなくていいんだよ。
裏なんかないんだから。
本当に、労いのつもりだよ?」
「え、本当にいいっすか?」
二人の会話に割っていったロデリックを殴ってやりたい、とも思ったが、彼のおかげで少し緊張が緩む気がしたのも事実だった。
「もちろんいいとも。
異世界の飲み物、気にならないかね?」
ニヤリ、と不敵に笑うセレステに、ラインバルトはなぜか寒気を覚えた。
「ここで少し待っててね。すぐ行ってくるから」
そういったセレステは、噴水の前にいきなり現れた火花散らす扉を開いて、それをくぐって、気配すら残さず消えてしまった。
「え?」
サスに水を飲ませて戻ってきたレーテスは、目の前で虚空へと消えてしまう護衛対象を見て思わず声を上げてしまった。
少し間抜けな声に聞こえたかもしれないが、周りにそれを責められる者はいなかった。
もとよりバカな彼の兄ロデリックはまだしも、彼らの上官のラインバルト参尉も。
そして遠くからこの奇天烈な一行を見つめていた貴族街の人々も、みな同じ気持ちだったから。
「さ…参尉?」
「……」
「参尉!」
「な、なんだ?
むっ、すまん。私としたことが…」
「か、閣下が…
どうすればいいでしょうか?」
「護衛対象が行方不明になったんだ。
これは非常……」
「お待たせ!」
「「「ぎゃあああああ!」」」
消えていった虚空から、またゲートを開いて出てくるセレステに、さすがのラインバルトも部下の二人と一緒に悲鳴を上げてしまった。
いや、遠くで見守っていた野次馬の中では、腰が抜けて尻餅をついてしまう貴婦人や令嬢なのたちまでいた。
「か、閣下?」
「ああ、すまないね。ジュースを買いにコンビニに行ってきた。
炭酸飲料は君たちの体に触るかもしれないからね、とりあえず果物ジュースにしたよ。
あ、もちろんミネラルウォータもあるさ」
いきなり消えたかと思えば、片手に半透明な袋を持ってまた現れた護衛対象、レギス・セレステに、ラインバルトたち3人は言葉を失ってしまった。
高位の魔術使いなのか?だとしてもこの発動時間は異常だ。
それに、手に持っている半透明の袋は、見たこともない素材。
その時、後ろから誰かが話しかけてきた。
「も、もしかしてあなたは…
レギス・バシの、王父卿オーテル・セレステ様…?」
男性のヒポネシが一人、慎重にセレステに本人かと聞いてきた。
「え?あ、はい。
そうですが。どちら様で?」
「あ、これは失礼。
申し遅れました。
王立魔術学校の学長を務めております、バスデリ・ナイランと申します」
「む?ナイラン…?
あのナイラン殿の…?」
「お覚えでございましたか。
宮廷魔術師長、イアーレ・ナイラン・メアの夫です」
またいきなり大物が登場して、ラインバルトたち3人は緊張せずにはいられなかったが、この事態の張本人、セレステは全くの平常運転だった。
「ああ、そうですか。
奥様にはお世話になっております」
「いえいえ、むしろ妻の方が。
レギスの興味深いお話を、色々と聞かせていただいておりました。
あの『時空転移の扉』を、この目で見ることになるとは…」
バズデリが感極まっているそばで、周りのみんなは今自分が何を聞いたのか、耳を疑っていた。
『時空転移だと?』
王家の紋章がついたサス車。
フーマニタに見える男。
レギス・バシ
『時空転移』
これらから、目の前の男が誰なのか判別できたヒトは、ここには結構いた。
ここは貴族街。宮廷に出入りする貴族たちが住む街だから。
「大変失礼とは存じますが、今どこへ参られたかをお聞きしても…」
「飲み物を買いにコンビニ…いや、地球に行ってきました
あ、ナイラン殿も、お一ついかがですか?」
異世界への時空転移という大技を、まるで家の前のコンビニにでも行ってきたというかのように軽い気持ちで言ってしまうのは、多分セレステしかいないだろう。
いや、彼の場合、実際にコンビニに行ってきたけど。
「い、いえ、そんな迷惑はかけられません。
御一行の方々の分だけでは?」
「それは大丈夫ですよ。
ロデリックくん抜きで」
「えっ!ひどい!」
本当にバカなのか、でなければ大物なのか。
場違いの抗議をするロデリックにラインバルトがうんざりしているところ、セレステが笑いながら半透明袋――コンビニのレジ袋から内容物を出して、テーブルに置き始めた。
「どれどれ。
お水、オレンジジュース、アップルジュース、烏龍茶、お水、オレンジ、 ライチジュース、烏龍茶、 烏龍茶、ライチ、アップル、アップル、オレンジ、オレンジ、ライチ…」
「ちょ、ちょ、ちょっと!?」
どう考えても、セレステが手に持っている袋から出てくる数を超えている。
しかも、袋にはまだまだ何かが残っている。
「周りの皆様も、いかがでしょうか?
このたび、国王陛下からレギス・バシの位を拝命いたしました、オーテル・セレステと申す者です。
この街へ越してくることになりましたので、今日はその下調べで参った次第です。
お粗末なものですが、お近づきの印で異世界の飲み物は、いかがでしょう?」
風の噂で聞いた、異世界から来た『王家の前世の父君』
宮廷で数々の奇行を働いたという噂もある。
それに、貴族街の広場で、まるで誇るように、わざとらしく見せてくれる能力。
そんなレギス・セレステが、この貴族街に越してくると?
周りにいたのは貴族本人、その家族、使用人、御用達の商人。
情報に聡いヒトたちだ。
目の前の新しいレギスが、どんな人物なのか情報が欲しい。
そして、あの『異世界の飲み物』たるものは、いったい?
そんな思いが交差する中、張本人のセレステはのんびりと、バズデリに飲み物を勧めていた。
「さあ、ナイラン殿、何にします?
ああ…この世界の果物とは違うかもしれないか…
安全第一て、お水を?」
「いいえ!
…その、橙色のを、いただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
バズデリもまた、彼の妻と同じ、魔術師という人種だ。
異世界の果物のジュースという、新しい知識を手に入れる機会を、おめおめと蹴っ飛ばしたりはしない。
『イアーレが知ったら、相当悔しがろうな』
くだらない競争意識だったが、それでも「知識で勝った」気になれるのが、嬉しい。
「その瓶の上のキャップ…はい、その白いの。それを捻ってですね。はいはい」
透明な瓶だからガラスかと思ったら、見たことのない薄い材質の瓶だった。
蓋すら、知らない材質で、ネジ式で開け閉めできるという、革新的な発想。
しかも、冷却魔法の痕跡は全くないのに、冷たい。
いったい、彼のきた『チキュウ』は、どんな世界なのか。
その不思議な橙色果汁を、口にしてみた。
「…甘い」
酸味がする果物のジュースなら、この世界にもある。
でも、甘さが段違いだ。
この滑らかな喉越しはなんだというのだ。
- ゴク、ゴク
魔術師として名の高い、王立魔術学校学長バズデリ・ナイランが無言で、夢中になって飲んでいる『異世界の飲み物』
「すみません。私もいただけますかしら?」
「もちろんですとも。
さあ、お好きなのをお選びください」
一人の貴婦人がそう言い出したとき、もはやその誘惑に打ち勝てるものは残っていなかった。




