内緒だよ
「ということで、貴族居住区に出かけたいと思う」
「ということってどういうことだよ」
セレステが唐突なことを言い出すと、ノルガーがツッコミを入れる。
もう王宮の風物詩になりつつある、ギター騒動の次の日だった。
「いや、お屋敷を持て、という勅命があっただろう?」
「勅命かそれ…まあ、あるにはあったけど、お出かけが関係あるか?
まさかとは思うが、気に入ったお屋敷を強制徴発、などはいけないからな?」
「…お前はこの父をいったいなんだと思うのかね?」
「常識無視の破天荒オヤジ」
「おい。
おかしいことなど考えてないから安心しろ。
ただ、下調べに出るだけだ。
貴族街の雰囲気とか、建築様式の調査とか、敷地探しとか、色々やる事があるだろう」
普段のセレステのやったことに比べれば至って真面目な発言だが、だからこそなお信用できないと、ノルガーは感じていた。
「まあ、一理ある話ではあるけどな…
わかった。用意させるから、待っていてよ」
「うん?私はこのまま出ても問題ないけど?」
「一人でひょいひょい歩き回る気か?
バカ言うなよ。親父ももう、この国の貴族で、王家の一員なんだ。
しかも、アンテロでもない、異世界の人間だ。
勝手に一人でうろうろしてたら、色んな方面で困るんだ。
乗り物と護衛を手配してやるよ」
「へえ〜SPか〜
なんか、セレブになったみたい」
「またわけのわからないことを。
まあ、乗り物をみて驚くなよ」
と言い残してノルガーが準備のために部屋から出た後、一人で残っていたセレステはふと気になった。
この世界の乗り物って、なんなんだろう。
馬車?いや、王宮でヒポネシを見たことがあるから、それはないだろう。
魔術のある世界だし、魔力で動く車か?
どんなものなのか気になってそわそわしているところ、ノルガーが一人のルパシド将校を連れて戻ってきた。
「お待たせしました、レギス・セレステ。
紹介しましょう。こちらは親衛隊のラインバルト・チオノ参尉です。
今日は彼の小隊が貴方の護衛を務める予定です」
いきなり畏まった態度をとるノルガーにびっくりしたが、いわゆる世間体というやつだろう。
『こいつ、猫のくせに猫被りやがって』
そんな彼のそばに立っているルパシドの将校―ラインバルトはキリッとした顔立ちで、アンテロの美醜感覚にはまだ疎いセレステが見ても、かなりのイケメンに見えた。
「ここからは彼がご案内を務めます。
頼むぞ、参尉」
「ご配慮、感謝いたします。王弟殿下。
では、頼みま…、いや、宜しく頼むぞ、参尉殿」
「はっ!光栄に存じます」
ノルガーが引き攣った顔をしているのを見て、セレステは心の中で笑っていた。
『私だって、猫は被れるんだからね?』
「では、参ろうか。
王弟殿下はお忙しい御身だから、時間を取るわけには行くまい」
「はっ。こちらに」
そう言いながら二人が部屋から出てしばらくした後、ノルガーが静かに爆発した。
「あの親父ぃぃぃぃ!」
***
ラインバルトに案内され王宮の廊下を歩きながら、セレステは前を歩く若いルパシドーーぶっちゃけ、狼男を、どこかで会ったような気がしていた。
しかし、地球で実物のオオカミを見たこともなければ、ここでもあまり大勢の人物に接していないので別に顔を覚えているルパシドがいるわけがない上、親衛隊には殆ど会っていないので、偶然あっていたはずもない。しかも、人間の顔を覚えるのも苦手な彼にとって、アンテロの顔を覚えるなんてさらに無理なはずなのに、どうしてこんな感じがするのか、自分でも分からずにいた。
「こちらです。
サスの車は初めてご覧になるのでしょう。
驚かれませんよう、くれぐれもご留意ください」
廊下が終わって、見えてきた玄関の外には一見馬車のような車が見えた。
しかし、玄関からは車の部分しか見えなかったので、何が繋がれているのか、もしくは何で走るのかまでは分からない。だから、『驚かないように』という言葉がやけに気になる。
ときめく胸で玄関を出ると、その車に繋がれているある生物が、見えてきた。
「か……か」
あまりにも驚いたのか、言葉にならない声だけを吐いているセレステを見て、チオノ参尉が『だから警告したんだが…仕方ないか』と諦念していた瞬間だった。
「かっけええええええ!!!!!!」
- ぐらっ
チオノ参尉は、思わずぐらつくところを辛うじて耐えられた。
「か、閣下?」
セレステも、あまりにも興奮して失言してしまったことに気づき、慌てて姿勢を正した。
「あ、醜いところを晒してしまったな。すまぬ。
しかし…参尉殿が驚くなと言ったのは、これだったか。
さすがに…驚かずにはいられぬな。見事ではないか!」
車には、馬か牛、もしかするとそれ以上の体躯を持つであろう、巨大なクワガタが繋がれていた。
重厚な艶を放つ黒光りの甲殻、頑丈そうな6本の脚、何より、威風堂々とそそり立つ長大な大顎。
まさに昭和少年のロマンそのものが、セレステ、いや、昭和少年天城の目の前にあったのだ。
「は…はっ。ありがたき幸せ」
チオノ参尉は当惑を覚えた。
この方―レギス・セレステは、外見こそフーマニタに似ているが、宇宙の遥かな彼方、チキュウという異世界からきた異邦人だと聞いている。それゆえ数々の奇行を繰り返していると風の噂で耳にしてはいたが、それは王宮の上層部での出来事だ。親衛隊所属で貴族の出とはいえ、まだ若手の下級将校に過ぎない自分にまで、詳しくは伝わっているはずもない。
だからこそ、異世界人には馴染みのないこの世界の騎獣―サスを見れば、もしかすると驚き、恐怖を感じるかもしれないと思って、予め警告したつもりでいた。
しかし、実際はどうだったか。
その驚きの方向が自分の考えていたのとはまるっきり違うのではないか。
「うむ?こちらの二人は?」
そんな考えを巡らせていたチオノ参尉に、セレステが質問してきた。
「はっ。今日のお出かけの護衛を務めます、小官の部下です。
レーテス兵頭と、ロデリック上級兵です。」
「ああ、そうか。
二人にも、宜しく頼むな。
む?レーテス兵頭 ?くしゃみでもしたいのかな?」
そこには、瓜二つのドーベルマン・カニセイドの兵士二人が直立不動で立っていた。
…そのうち一人が、顔を猛烈にびくつかせていたけど。
「閣下、そちらはロデリック上級兵です」
ラインバルトの訂正に、セレステは気まずそうに頭を掻いた。
「あ?あ、そうか。すまんな。顔を覚えるのが苦手で。
と言ってもついさっき紹介してもらったばかりなんだけどね」
「無理もございません。この二人は双子です」
「そうか!先に言ってほしかったな、それは」
それを聞いてロデリックの顔のびくつかせがさらに加速した。
「くしゃみなど生理反応ではないか。構わんぞ。スッキリしたまえ」
そんなセレステの温かい配慮(?)に、ロデリック上級兵は結局、もう我慢できなくなって大いに吹き出してしまった。
「ぶははははははは!」
-ゴッ
そんな彼の御頭部に、側に立っていたレーテス兵頭が拳骨を飛ばした。
「このバカ兄が!それだから進級できないんだよ!」
なんか、茶番劇じみた光景に、セレステはキョトンとしていた。
そんなセレステの後ろでは、チオノ参尉からは目に見えんばかりの怒りのオーラが立ち上がっていた。
「閣下、至らぬ部下のせいで、大変ご無礼を仕りました。
ただちに他のものに交代させますゆえ、何卒…」
チオノ参尉が謝罪と、その後無礼を働いた二人の処罰を考えていた瞬間だった。
「わはははは!」
いきなり大声を上げて笑い出したセレステに、チオノ参尉もレーテス兵頭も、驚きで目を見開く。
「か、閣下?」
「ああ、いいよいいよ。
お偉いさんがお出ましになったと思えば、いきなり品も何もかなぐり捨てて『カッケー!』とか叫んでるんだ。そら笑うわな。わかるわかる。」
爽快に笑い出したセレステは、困惑している3人を諭すように、微笑みながら言った。
「すまないね、貴族になったばかりで礼儀作法なんて、まだ身についていない。
ここであったことは、全部無かったことにしような。
な?4人だけの内緒だよ」
「は…はあ」
『4人の内緒…というには、周りに結構、ヒトがいましたけど』
と言いたかったが、そんな無粋なツッコミは飲み込んでしまおうと、レーテス兵頭は決めた。
こんなところで余計な口を利いて、わざわざ災いを呼び寄せるなど、彼は馬鹿ではなかったからだ。
……少なくとも、隣でいまだに笑いを堪えている双子の兄、ロデリックよりは。
「では、行こうか。
参尉殿…いや、なんか堅苦しいな」
セレステは、少しだけ首を傾げると、悪戯っぽく微笑んだ。
「どうせ格式張るのはおじゃんになったし、今日は気安く行こう。
チオノくん…いや、これも硬い気がする。
名前で呼んでも、よろしいかな?」
急に馴れ馴れしすぎるかとも思ったが、 階級で呼ぶのはどうにも息苦しい、それがセレステの本音だった。
それに、さっきの双子は苗字を名乗っていない。苗字がないのか、あるいは何らかの事情があるのかもしれない。だからセレステは彼なりの配慮をしたのだ。
「ご命令であれば」
命令であれば仕方なく従う、軍人らしい節度のある答えに、セレステは苦笑した。
「硬いね〜若者はもう少し、柔軟にいてほしいもんよ。
な?ラインバルト」
…実を言えば、数え年では目の前の三人の方が自分より年上であるという事実に、セレステ、いや天城はそっと目を瞑ることにしていた。
『長名種の間では若者だろうが!
物理的に年上などと、知るか!』
先日ラシオンの「70歳はまだまだ若い」発言から、アンテロの寿命のことを教えてもらって唖然としたことがある。
アンテロの寿命で換算すると、セレステの年齢は200歳近くなるとか。
『こちとら、精神年齢で勝っておるわい!
…………自信はない』
「…あの、閣下?」
いらない思案に耽っているセレステに、レーテスがおそろおそる話しかけてきた。
「うん?ああ、何だい?レーテス?」
「そろそろ出発を…」
それを聞いて、セレステは奇妙な漫才(?)で、道草を食っていたことにようやく気づいた。これでは部下を貸してくれたノルガーに後で小言を言われても弁解の余地もなくなる。
「そうだな。では行こうとするか。
御者は君たちがやってくれるのか?」
「はい。私が御者で、このロデリックがフットマンを務めさせていただきます」
それを聞いて、セレステはふと安心できた。
あのおっちょこちょいな性格のロデリックが御者なら不安だな、と思っていたのだ。
『まあ、ノルガーのことだから、性格はアレでも仕事はちゃんとこなす部下を護衛につけてくれたんだろうな。余計なことは考えない方がいいだろう』
巨大クワガタ…もとい、サスが引く車に乗り込みながら、セレステはそう思った。
車の中は、別にこれといった変わった所は無かった。
「サスが引く車…さすが車…さすカー
なんちゃって」
「はい?」
「あ、いや。なんでもない」
隙あらばしがない駄洒落を発してしまうのは、おじさんの悲しいサガかも。
…と思って自分を正当化するセレステであった。
***
「殿下、勤務テーブルの報告書です」
「うむ。
今日の親衛隊の勤務表は…異常なし。
あ、チオノ小隊を王父卿護衛に回した。城外勤務組として記録しておくように」
『チオノ小隊』と聞いた瞬間、報告しにきた副隊長が心配そうな顔になった。
「殿下、大丈夫でしょうか?」
「何がだ?」
書類から目も離さずに答えるノルガーに、副隊長が続ける。
「あの小隊には、あのロデリック上級兵が…」
「ロデリック上級兵…?
……あ」
やっちゃった、と言いたそうな顔になったノルガーだったが、次の瞬間、元の表情に戻ってしまった。
「いや…問題ないだろう。
あいつなどでは手も足も出せない相手だからな、レギス・セレステは…」
「そう…ですか」
かわいそうなチオノ参尉、とんだ災難にあったな…と、この場にいない部下に慰労の思いを抱く副隊長だった。




