お前が言うな
王の宣言以来セレステの存在は王城内で公になり、地球とトゥシタを行き来しながら生活するのにも適応できて、両世界の生活リズムに慣れてきた。そんなセレステには臨時的に王宮の部屋を1つ当てがわれ、そこを地球からの時空転移扉の拠点とするように、と王に言われた。
「あまり色んな所から出てこられては、王城勤務のみんなに迷惑ですからね。
警備隊などは、自分たちの面目が丸潰れだと嘆いていますよ」
「それは悪いことをしたな。
でも迷惑って……」
「事実ですよ?いきなり何もない空間に扉が現れ、そこから最上位の貴族が現れる…
心臓に悪いと思いませんか?」
「会社の裏でタバコ吸ってて社長の悪口言っていたら当の本人ご降臨、って感じかな」
「…タバコとかシャチョウとか分からない言葉だらけですけどねぇ……
とにかく、あまり神出鬼没するのはできる限り、控えてくださいよ」
「あいわかった。善処する」
「王の前で言うことか?」
視線を合わせて、どっと吹き出す二人。
それをあっけなさそうな目で見ていたノルガーが割って入った。
「お二人で戯れ合うのはそこまでにして…
確かに、いくらレギス・バシとはいえ、参内するわけではなく王宮の中から勝手に現れるのは他の臣下たちに示しがつかないことではあるよ、親父。
少しは自重してくれ。
警備隊が不満を持つのも、当たり前だよ」
真剣に進言するノルガーを見て、キョトン、としていた二人。
「だ、そうです。
さすがは我が頼もしい親衛隊長。情け容赦なく直言を」
「ああ…うちの次男坊は冷たいなぁ。
この父めは悲しゅうございますぞ、陛下。
よよよよ〜」
「なんで余計なところではそこまで阿吽の呼吸がぴったりなのかな!?
さあ、親父!戯言はそこまでにして早く魔術庁に行ってやれよ!
ナイラン魔術師長が首を長くして待っているから!」
「あ、そうだった。
じゃ、ここからゲートでひとっ飛びでいこうではないか。
セレステ、行きまーす!」
「だからそれ自重しろって!」
一々転移の扉とか言うのが面倒になって、ゲートと呼び始めたセレステだった。
***
「お待たせしましー」
「「「「「「うおおおおおお!!!!」」」」」」
「なな、なんだ!?」
セレステがナイランとの約束場所の魔術庁の屋内演習場にゲートを開いて出てきた瞬間、いきなり周りから怒涛のような歓声が上がった。
「見たか?魔力の作用は全くなかった!それなのにゲートが!」
「転移魔法の計算式と発動ディレイからすれば、あの速度は異常だ!」
「ああああ見そびれた!レギス・セレステ!もう一回お願いします!」
「そうだそうだ!お願いします!」
「え、あの、それが…」
流石のセレステも魔術師たちの危機迫る気迫に押されっぱなしだったところ、救援の手が現れた。
「みんな、良い加減になさい!それが宮中魔術師たるものの礼儀ですか!」
計測器を持ってきなさい!魔力と法力、両方です!
さあ、レギス・セレステ。観測準備が整う次第、もう一回お願いします!」
…違ったようだ。
それからセレステは、ゲートを開いては閉めることをしきりと繰り返し、城の色んなところをつなげて見せる羽目になった。
「王城の外へは繋がらないのですか?」
「いや、それが、私が知っているところじゃないと発動しないようです」
「ああ、そうか。まだ王城の外には出られていませんね?
移動できる最長距離はまだ不明…ってことで…
あのチキュウという星へ繋ぐゲートは?」
「流石に地球のマンション…家の中以外には繋げていません。
最初は壁クローゼットでないとゲートが開かないのかと思ったけど、試してみたところ」
少し間を入れたが、魔術師たちは筆記に夢中になってそれに気づかないようだった。
「一応、家の中ではどこからでも自在にトゥシタへ繋ぐゲートが開けられました。
まあ、家の外ではまだテストできていませんよ。誰かに見られたら大変だから」
魔術師たちはセレステのいうことを一字一句でも逃すまいと書き留め続けていたが、筆記の途中にインクをつけなければならないのが見えた。
「あ、そうだ。今日のテスト用に用意したものですけど…
皆さん、よかったらこれを使ってみませんか?
そのペンでは色々と不便そうに見えて」
といって、セレステはポケットから一本のボールペンを取り出した。
「いいですか?これで複製能力を使いますから、観察してください」
またしても魔術師たちの間で歓声が上がった。
「準備完了です!さあさあ、どうぞ!」
『ナイラン殿、なんか興奮気味だな』
まさか、この熱狂の元凶が自分だとは露ほども思っていないセレステは、『魔術師なら研究のために書くことも多いだろうから、少し多めに用意してあげよう』と思いながら横にあるテーブルの上にボールペンの山を築き上げた。
「み、見たか?何もなかった空間から、次々と物質が具現化した!」
「元となる物質を複製したとはいえ、あれは…」
「まただ、魔力も法力も一切検出されていない…
あの力は一体なんなんだ?」
魔術師たちの騒ぎにもそれなりに慣れた気がしたセレステは、ボールペンの山から1本を手に取って、ナイランに差し出した。
「はい、これで書いてみてくださいね」
「書いて…って、これは、筆記用具なのですか?」
「はい。あ、インクはつけなくても大丈夫ですよ。
そのキャップを外して、そのまま。はい。
皆さんも試してみませんか?」
魔術師たちは待ってましたと言わんばかりに、わらわらとセレステの周りに群がった。
ボールペンをその手に取って食い入るように観察していたが、その時ナイラン叫ぶように 言った。
「な、なんですかこれ……!インクを付けずとも文字が書ける上に、この滑らかな筆記感!
インクは…そうか、この中に見える黒いものが?
それを聞いた魔術師たちもそれぞれ、いそいそとボールペンのキャップを外して試し書きをしてみては、驚きの声を上げた。
「そうです。粘度の高いインクをその管の中に入れておいて、細い管でできているペン先から流れ出る仕組みになっているんです。
そのペン先の中には、微細な金属の球体が入っていて、滑らかに書けるようにしてくれていますしー」
「そうか。粘度の高いインクだから、乾くのを待つ必要もないわけですね!」
魔術師の一人が、悟りを開いたかのようにそう叫んだ。
「ご名答。よく気づきましたね」
なんだか、自分で考案したものでもないのにこんな偉そうに振る舞っても良いのかなーという気がしなくもないセレステだったが、とにかく知っている範囲で説明をしておかないと質問攻めに耐えられなくなりそうな気がしていた。
「しかし、こんな細い管の中に球体って……あ、これか!」
目のいい魔術師の一人が、ペン先のボールを識別して歓声を上げていた。
「しかし、これで魔道具ではないというなら…
凄まじい加工技術の賜物ですね、これは」
少し落ち着いたのか、ナイランは真面目な感想を言っていた。
「まあ、そんなことになりますね。
それ、全部あげますからみんなで使ってください」
気前よく(といっても費用は地球から持ってきたボールペン1本のお代しかかからなかったけど)いうセレステに、魔術師一同は驚きを隠せずにいた。
「いいんですか?こんなにいただいても?」
「ええ。元々実験のために用意したもので、安物ですから。
そのペンでは速記などの時、色々と不便でしょう?」
「「では、お言葉に甘えさせて!」」
遠慮はしない魔術師たちをみて、セレステはまあ、そうくるだろう、と思った。
ここの魔術師たちも、フィクションの中の魔術師と大差はなく、新しい知識への満たされない渇きを持っている連中だから、あれも筆記用具としての用途より、研究資料として扱われるのだろう、とも。
その後、色々と試料を変えながら複製の実験を行った。
これはセレステ本人も確かめてみたかったことだ。
地球の物質ではないトゥシタの物質の複製は、魔術師の一人からペンを借りて試したところ、問題なく成功した。
『生き物の複製もできるのか?』
という疑問には、魔術庁で実験用に飼っている、蝶に似た昆虫のような生き物で試してみたが、これは失敗に終わった。
生き物がダメなら、『生き物だった物』はどうだろう?という意見が出て、厨房から持ってきた生肉で試してみたが、これも不可能だった。
『でも、あのちゅ〜◯だって肉が材料だよな……あ?』
ふと気づいて、肉を『調理したもの』を用意させて試したところ、見事に複製に成功した。
「……生物由来のものは、『加工品』の段階になって初めて複製できるのか。
正直、ややこしいな!」
とぶつぶついってみたが、こういう法則が分かったのは確かに収穫といえる。
ナイランを初めとする魔術師たちも、嬉々として何かを猛烈に書き留めている。
「しかしですね、レギス・セレステ」
「はい?」
「その『複製』の過程で、元の物質の形質を変える、というのは試されていませんか?」
それでは『複製』といえないだろう、と返答しようとして、セレステはある事実を思い出した。
確かに、コピー機だって、拡大/縮小機能はある。
カラーをモノクロにコピーすることもできるし。
「それは盲点でしたね。
でも…面白そう。やってみましょうか」
と言いながら、セレステはボールペンを1本、手に取って、別になにか唱える必要はないと思ったが、魔術師たちにも聞こえるように声をだして言った。
「1メートルぐらいに拡大複製…って、あれ?」
確かに、言った通り1メートルぐらいの長さに拡大はされたが、複製はできていなかった。
「ちょっと、今何をしました?」
「さっき言ったでしょう、拡大複製…しようと思ったけど、これなんです。
まさか、拡大と複製を同時にはできない?」
せこい能力だな、と思うセレステだったが、ナイランはそうは思わないようだった。
「すごいじゃないですか!もう一つ、能力が判明したんですよ!
そこ、計測はしていましたね?」
「はい!前と同じく、どんな力も検出されませんでした!」
仕事熱心だな、と思いながら「では、元通りになれ」と言ってみたが、これもまた、ならなかった。
「一度変性し終わったものは、逆戻りはできないようですね。実に興味深い」
『エントロピー変化かよ!』
心の中でツッコミはいれたけど、さすがにキラキラ光る瞳で巨大ボールペンを調査しているナイランの前でそれは言えなかった。
あいまいな概論しか知っていないのに、質問攻めにでもあったらどうするつもりだ、と自分に言い聞かせながら、セレステはできるだけ余計なことは言わないようにした。
その後逆に小さくしてみたり、一度変性したものをまた複製したりと色々やってみたが、変性したものはそこで形質が固定されるらしく、変性したままで複製できた。
「でもこの大きなボールペンは…どうします?消しましょうか?」
トゥシタで複製したものはゲートで地球に帰還する時に持っていれば消滅してしまう。
最初、あのロボット模型を増やそうとして失敗した時はがっかりしていたけど、だったらこちらで出来た複製品から出てきた、主にビニルやプラスチックなどの、トゥシタではリサイクルも、分解処理もできない悩みの種の処理に利用してやるまでだ、と決めたから、使い道のなさそうな巨大ボールペンもそうしようと思ったのだ。
「消すなんてもったいない!
分解研究するには、むしろこれぐらいがうってつけです!」
とんでもないことをいうな、とでも言いたそうな顔で声をあげるナイランの後ろでは、魔術師たちがうん、うんと頷いていた。
「まあ、そうおっしゃるなら、お任せしますね。
ただし、分解する時にはインク漏れに注意しなければなりません。
服についたら、染みついて洗っても落ちなくなりますよ。
あと、その材質だけど……
そのままなら安全だけど、燃やしたら有毒なガスが出ます。
そこもご注意を」
念のために、というかもしかしたら深刻な問題になるかもしれないと思って忠告しておいたら、魔術師たちはまた、まるで深遠なる知恵の言葉でも聞いているかのように一生懸命に書き留めていた。
『こうして忠告しておいても、必ず1人ぐらいは出るんだよな~インクをこぼして服を汚しておいて、「これぞ栄光の傷!」と誇らしげに自慢するアホが』
…ここにいるほぼ全員がそのアホになろうとは、セレステすら想像もできなかった。
「さて…実験はこれでよろしいでしょうか?特にやることも思い出せませんし」
そろそろ帰りたくなったセレステだったが、ナイランとしてはそうはいかないところだった。
「あの、あの『ぼおるぺん』なるもの以外に、なにかまたチキュウの技術が伺えるような物はありませんか?」
どうやら、複製能力も検証は充分だったようで、今度はじっくり調べられる地球産の『もの』が欲しくなったようだった。
「さて…いま持っているのは…ん?」
スマホはダメだ。
入っている猫たちの写真も危ない(?)が、バッテリーをいじって爆発でもしたらまずい。
そう思いながらパンツのポケットに手を突っ込むと、指先に何かが触れた。
取り出してみて、ああ、と思い出した。
先日、飲み会の帰りに、気まぐれで寄ったガチャショップで手に入れて、そのままポケットに放り込んで忘れていたもの。
「それは?」
「ああ…これは何というか…地球の楽器の、ミニチュア…縮小模型ですね」
「なんと繊細な…もしかして、高価な工芸品ですか?」
「いえ、ただの工業生産品です」
「こんな精巧なものが、ですか?」
安物のガチャで仰天するナイランを見ながら、セレステ、いや天城は鼻が高い気がした。
『そりゃあ、日本のミニチュア技術は世界一といっても過言じゃないからな~』
これもサンプルとして渡してあげても悪くない。
そう思ったセレステは、軽い気持ちでナイランに言った。
「ではこれも複製と拡大を、してみましょうか。
まずは何個か複製しておいて…はい。
次、《《実物》》大に…」
しかし、今回ばかりはさっきとはなにかが違った。
大きくなったギターのミニチュアが一瞬ピカっと光を出したと思ったらー
「え?
あ?
えええええええ?」
「ど、どうしました?」
自分がやっておいていきなり奇声をあげるセレステに驚き、ナイランが身を乗り出す。
「そ、そ、それが…
こ、これ…
ど、どうやら…
じ、実物になってしまったようですよぉぉぉぉ!?
え、どゆこと?えええええ?」




