あれは誰だ、誰だ、誰だ
朝の会議に参席した大臣たちは、なにか普段とは違う雰囲気を感じていた。
恒例ならば、大臣とその補佐たちが全員集まったのを確認してからお出ましになるはずだが、今日はどういうわけか、王が先に会議室に到着し、大臣たちを迎えていたのだ。
自分達の把握していない不測の事態でも起きているのかと緊張がはしるが、王の様子は妙に上機嫌に見える。とりあえず由々しき事態ではないようだが、だからといって気を緩めるわけにもいかなかった。
それともう一つ、軍務大臣、マルク・メンゲンの様子がおかしかったこともある。
寡黙で強直、常に凛とした佇まいをみせ『武人の鏡』とも称えられていた彼が、今日はどうしたことか、微妙にそわそわしており、王と視線を合わせることすら避けていたのだ。
そんな彼を見る王の瞳には、まるでいたずらっ子のような、彼をからかいたくて仕方がないといった色が浮かんでいた。
王が幼い王子だった頃から教育係兼剣の師匠として仕え、現在の大臣の中では最も王と親しい、まさに『王の懐刀』ともいえる彼に、いったい何があったというのか。
真相を聞き出してみたいものの、王の御前で私語を交わすわけにもいかない。
大臣たちは居ても立っても居られない気持ちのままで会議に臨んだ。そのため、王の手元に見慣れぬ奇妙な球体がおいてあるのに気付いた者がいても、それがなんなのか気にする余裕もなかった。
***
「今日の案件はこれまでです」
大臣たちを纏めている宰相が、そろそろ会議を終わらせる旨を示した。
「うむ。みなご苦労だった。
解散する前に余から一つ、みなに伝えたいことがあるが、よろしいか?」
普段ならば、宰相が会議終了の旨を上奏すれば、王が労いの言葉を伝え、それで終わる。
しかし、今日は会議が終わってから王からのお達しがあるというのだ。
さっきからの変わった空気は、これのためだったのか、と大臣たちは思った。
「先日、余が王城を留守にしていた時、軽く騒動が起きていたのを、みなも覚えていよう。
何があったのかは王弟が親衛隊長の権限で他言無用とさせておいたので、警備隊の一部と宮廷魔術師の何人かにしか知られておらぬ。
いや、それさえ本質ではない」
御前だからざわつきこそなかったが、大臣たちの間に緊張が走る。
大臣たちに情報が届くルートはそれぞれ異なっていたため、各々の持っている情報のレベルが違う。本来なら警備隊から最も詳しい報告を聞いていたはずの軍務大臣に、正確な情報 がほぼ届いていなかったのは、よりにもよって彼が王都外郭の軍部隊に視察目的で出向いていた時に起きたことだったのと、彼が戻ってくる前に『王命』でそのことの詳細を言及することを禁じられていたからだった。
「余が、世界渡りでチキュウに行ってきたのは、卿らも知っていよう?」
「はい」
宰相が、みんなを代表して返答した。
「卿らは若い王の酔狂だと思っていただろうけどな。
実はあの世界渡りの術は、見事に成功していたんだ」
マルク・メンゲンが言っていたように、公務に追われていた若い王の気晴らしの外出ぐらいに考えていた大臣が多かったので、王のこの発言にはさすがに驚きを隠せなかった。
「では、陛下は本当に宇宙の彼方へ赴かれたと?」
「そうだ。あそこで今の王家全員の前世の父上とも出会えた」
本当に酔狂か、お戯れなのか。
でなければ真実なのか。
どう受け入れればいいか判断に窮していた大臣たちは、さっきから軍務大臣が何とも言えない複雑な顔をしているのに気付いた。
「しかし…術の時限で余がこの世界に戻って来てみたら、どういうことか、その父上がこの王城に、余より先に舞い降りていたのだ」
「なんと」
「それが、昨日のあの騒動の原因だった、との仰せで?」
他の大臣たちが驚きの声を上げている中、一歩早く宰相が二つの事実を結びつけた。
「そうだ。
そこで居ても立ってもいられなそうにしている軍務大臣…
そなたは、知っていよう?」
「さ、さようでございます」
なにかニコニコする王に話しかけられ、軍務大臣は他の大臣たちの視線が注がれる中、普段とは違って、慌てた態度で返答した。
『何事かわかっていたと?どうして一人で!』
と詰問する視線が注いでくるが、何も軍務大臣が悪いわけではない。
「なに、みな軍務大臣を悪く思うでない。
口封じの令をだしたのはこの余だからな。
忠臣の彼であればこそ、誰にもいえなかったのだ」
と言いながら、ラシオン王は心の中でケラケラ笑っていた。
『実は他の理由もあるけどね』
「陛下がお戯れを仰っているのではないと、承知いたしました。
ですが、この会議でその方の話をされるのということは…
その方の存在を、公になさるおつもりでしょうか?」
「うむ、そうだ。
さあ、父上殿?」
王の言葉に集中していた大臣たちは、王が手元にある例の奇妙な球体に話しかけるのをみて、『連絡用か何かの魔道具なのか?』と思った。
しかし、驚くべきことはその直後に起きた。
- パアアアアッ
火花を散らす扉が一つ、王の背後の何もない空間に現れ、音もなく開かれた。
そしてその中から、奇妙なお面を付けた男性らしき人物が現れると、扉は音もなく消え去った。
「て、転移魔術…!?いや、魔力の痕跡が全く…!」
全くの予想外の事態に大臣たちが驚きの声を上げている中、列席していた宮廷魔術師長が衝撃を隠せずに叫んでしまった。流石に御前での非礼ではあるが、そんな彼を責められるような者はここにいなかった。
「参上いたしました、陛下」
お面の男が左肩に右手を当てて、頭を下げて王に一礼した。
昨日のマルク・メンゲンのしていた礼の見よう見まねだが、そのメンゲン本人はそれを気にしている余裕などなかった。
昨日、自分があの『おやつ』を口にした後に晒した無様な姿の目撃者が、チキュウとトゥシタを行き来できるだけでなく、あんなことまでできるとは。
自分がもっと警戒するべきだったと、苦しい思いを噛み締めていた。
ルパシドであるゆえ、顔色は毛のおかげで他人悟られず、冷や汗も流されないため当惑に気づかれないことだけが救いだったが……彼の両耳は、辛うじて後ろに倒れずに済んでいた。
「みなに紹介しよう。
こちらが余と王妃、王弟、そしてアーシャ姫―
現王家全員の、前世における父君、オーテル・セレステ殿だ」
「皆方、お初にお目にかかります。
今、恐れ多くも陛下に御紹介賜りました、オオテル・セレステと申すものでございます。
何卒、今後ともよろしくお願いいたします」
奇怪なお面をつけた、謎の人物。
そのフェネを模したような仮面が醸し出す不気味さのせいか、大臣たちは誰一人口を開こうとしなかった。いや、できなかったのだ。
異世界から来た存在
あり得ない力
そして、あの不気味なお面
異質すぎるその存在を前に、誰もが何を言うべきか思い出せず黙り込んでいる――その静寂を破ったのは、王の一声だった。
「だから、そのお面はつけない方がいいと、王弟があれほど言ったのに」
「でも、わたくしの顔を見たら驚く方もおられるかと思いまして」
「なに、人間の不細工を見分けられる者はこの中におらぬと思うが?」
「オッホン。
……これは王妃殿下に、陛下のおやつは減らすよう進言せねばなりませんな」
「いや、それはないだろ!」
場の空気などお構いなしに、わけのわからないことでやりとりを繰り広げる王と謎の人物。
それを見ていた宰相は、二人が一体何を話しているのか、全く理解が追いつかずにいた。
「おやつ……?」
- ギクッ
思わずその言葉を漏らした瞬間、軍務大臣がびくりと身震いするのが見えた。
『あれは、なんか知っているな?』
他言無用との王命があったとはいえ、大臣たちの筆頭である自分に入っていない情報を握っている誰かがいるということに、苛立ちを覚えた。
いや、別にマルク・メンゲンが悪いと思っているわけではない。
ただ、この状況そのものが、どうにも癪に障ったのだ。
「オッホン。
お取込み中、申し訳ございませぬが、陛下。
お名前を伺っただけでは、どのようなお方なのか、皆目見当てもつきませぬ。
大変失礼ながら、セレステ殿には、とりあえずその仮面を外していただき、どのようなお方であられるかお見せいただきたいと存じます」
宰相の発言に、王と謎の男は互いに視線を合わせた。
「だから余がいったであろう?それ、外した方がいいと」
「いや、そろそろ外す気でおりました。
陛下の仰せの通り、不細工と言われる恐れもございませんので」
そういいながら、男はお面に手をつけ、顔から外した。
妙に根に持った言い方だな、と思いながらそれを見ていた大臣たちは、お面が外れて男の素顔が露になる瞬間、息を飲んだ。
「フーマニタ?」
「だから、警備隊が騒いでいたのか……!」
「陛下、これはいったい?」
大臣たちがざわめく中、宰相はちらりと軍務大臣を見たが、今度はさほど驚いた様子もなかった。さっきの『おやつ』の件といい、あの顔を見ても驚かないことといい、マルク・メンゲンは自分を差し置いて陛下から何らかの情報を得ていたのに違いなかった。
『やはり、気に入らぬな……』
宰相がまた苛立ちを覚えていた、その時だった。
「静かに」
低く、よく響く、王の声。
その一言で、騒いでいた大臣たちは一斉に静まり返った。
「フーマニタに見えるのはよくわかっている。
だが、さっき言ったはずだ。
父上殿はこの世界の存在ではない。チキュウから来た、異世界人だ。
我らに敵対しているフーマニタとは全く違う存在ゆえ、勘違いせぬように
…とはいえ、すぐには納得できぬだろう。わかっておる」
王の言う通り、そういわれてもそんな直ぐには納得できるはずがない。
そんな中、宰相が口を開いた。
「陛下、セレステ殿に質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「……別に許可を取る必要はないと思うが?自由にしたまえ」
「はい。ではお言葉に甘えさせていただきます。
セレステ殿、この世界の者ではないと仰いましたな?」
「はい。一昨日まで、この…トゥシタの存在すら知らないままでした。
フーマニタという種族のことも、全く」
「その割には、この国……フェリデリアの言葉が随分とご流暢なようで?」
「それが、私も不思議と思っておりますが……
一昨日初めてこちらに来た時は、全く理解できなかったんです。
しかし、あの警備隊長殿に取り調べを受けているうちに、だんだん私の母国語に聞こえるようになり、私の言うこともこちらの言葉に変換されるようになったようです。」
「そんなことが……あり得ると?」
「まあ、私の世界で流行っていた小説のありふれた設定ですが…
世界転移特典、いわゆる『チート能力』なのではないかと存じます」
「小説?チート能力?
それはまた、聞きなれぬ言葉ですな」
「小説とは…まあ、娯楽のための作り話とでも言っておきましょうか。
チート能力とは、そうですね、一言でいえば、普通はありえない『詐欺のような』特殊能力…とでも言いましょうか。
陛下にお聞きしたことと、自分で体験したことで考察してみたところ、私の住んでおります地球と、このトゥシタは遠い宇宙に存在しているだけではなく、どうやら時間の流れすら異なっているようですからね。
そんな2つの世界を行き来できるだけでも、常識を逸した能力かと存じます」
どうしても信じがたい話だが、それが偽りと証明できる証拠もない。
それに、本当かどうかは定かではないが、王が「父上殿」と呼んで親しく接している人物を、これといった非もなくぞんざいに扱うわけにもいかない。
「では、質問を変えましょう。
さっき、陛下とセレステ殿、お二方で『おやつ』とおっしゃっていましたけど…
それはなんのことでしょうか」
「ああ、それのことですけど…」
別に、男‐セレステが表情を変えたわけではなかった。
しかし、宰相は彼から『来た!』と思っているような気色を感じて、何か自分が誤ったのでは、という不安を感じた。
「まずは、ここにいらっしゃる全ての方々にご提供できないのが残念です。
本日はフェリノイ、ならびにカニセイド、そしてその亜族の方々に向けた物をご用意しましたので。
……おや、幸いなことに、宰相殿はちょうどフェリノイの方ですね。
いかがですか、王家御用達の地球産おやつをお一つ召し上がってみませんか?」
マヌルネコのフェリノイ、宰相メランデ・オーラナ・パールは、まるで準備でもしていたかのように淀みなく語るセレステに、一抹の不安を感じた。
その不安は、是となるか、非となるか ――
お正月にアップロードし始めたのが昨日のことのように感じますが、いつの間にかもう15日ですね。
1月の目標である10万字も、今日で5万7千字を超え、ようやく折り返し地点を過ぎました。
ここで、厚かましいお願いとは存じますが、読んでくださる読者の皆様に一つお願いがございます。
もし、この物語を少しでも面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価をいただけますと幸いです。
……うう、自分で言うのは、やはり恥ずかしいものですね(笑)。
ですが、皆様の反応が執筆の何よりの糧になります。これからもどうぞよろしくお願いいたします!
それでは、週末に一生懸命執筆して、月曜の午前0時に戻ってきます!




