近くで見ると悲劇、遠くから見れば喜劇
その日のことを、後日バーナダ・ガルンデルはこう述懐した。
「えも言えぬ奇妙な味が混ざり合い俺の舌にしがみつき、鼻腔も歯茎も口の中も、今すぐにでも崩れ落ちるかのように、暴力的な味の饗宴に支配されていた。
味蕾の一つ一つに稲妻でも弾いたかのように、真新しい味覚の洗礼に震え立ち……」
食レポートのつもりが、なんか怪しい体験の領域になりかかっていたとか。
とにかく、それはまだ後のことで、お面の男の差し出した未知の物質に初めて出会った彼が何をしたというのならー
- ガブリ
差し出された細長い物の内容物を無我夢中になって舐めまわしたあげく、がぶりついていた。
彼の腰のあたりからワサワサ音が立っているところから、たぶんソファに座ったまま猛烈にしっぽを振っているんだろう。
「あ、噛んだ」
「噛みましたねぇ~かつて陛下もあのように~」
「うむ、そこまで」
御前でのこの無様な行動に、さすがのマルク・メンゲンも当惑したが、その反面、目の前にいる王以下3人はまるで当たり前のことでも見ているような態度だのが、彼をさらなる混乱に追いやっていた。
このヒトたちは、いた、あの怪しいお面の男は、ガルンデルに一体何をした?
精神を支配する薬でも飲ませたのか?
一体、なんの目的でー
どうするべきか決められないまま、当惑の中でそんな考えを巡らせていた時、例の物を噛んでいたガルンデルが、やっと気が付いたようにビクっと身震いした。
「……はっ
俺はいったい、なにを……
……!!!!!!
陛下、お許しください!」
目を覚ました(?)のか、我に返ったガルンデルがソファからおりて、床に膝をついて深々と頭を下げた。
「先からそればかり言っているが…
余は君をどうにかするつもりはないのだが?」
「はは!申し訳ございませぬ!」
「いや、だから……」
マルク・メンゲンが呆気に取られてその様を眺めていたら、お面の男がなんか申し訳なさそうな口調でガルンデルに話しかけた。
「ガルンデル殿…あなたにお礼をするつもりが、なんか申し訳ないことをしてしまったようですね。
許しを乞わなければならないのは私の方ですよ。
陛下は本当にお気になさっていらっしゃいませんから、もう座ってください」
「さもなくば、王命でソファに座るように命令するぞ?」
- ババッ
王の口から「命令」という言葉が出るや否や、ガルンデルは素早く立ち上がってはソファに腰を掛けなおした。
***
『人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である』
アメリカのある有名俳優が残した名言である。
それを知る由もないマルク・メンゲンだが、今彼の置かれている状況がまさにそれだった。
直属部下ではないが、この国の軍全体を統べる彼のことだから、部下と言えなくもない王城警備隊長を一人で王の御前に呼び出すのは色々とまずいから、エスコートまがいな役割で一緒に呼ばれたと聞いた時は、飽きれはしたけどまあ、そんなこともあるんだろうと思った。
しかし、その場で得体のしれない謎のお面の男に遭遇し、彼の取り出した謎の物質によって、ガルンデルのこの醜態…
そして、自分はこの悲劇か喜劇かわからない事態に巻き込まれ、いったい何をするべきか判断ができかねている。
「こんな時聞くのも申し訳ないことですが、ガルンデル殿?」
「は、はい?」
お面の男の問いかけに、びくっとしながら答えるガルンデル。
改めてみたら、お面の左右の端から、何かがはみ出ている。
毛の生えていない、皮膚が丸出しになっている、奇妙な形…
フーマニタの耳に、よく似ていた。いや、フーマニタの耳だった。
だとすると、あれはフーマニタか?
アンテロと敵対しているフーマニタが、この王城に潜んできていて、ましてや王兄弟から「父上殿」よばわりだと?
そういえば、昨日王城警備隊の方でなにか騒動があったと聞いたが、詳しい内容は秘匿にされたと聞いてた。
まさかこのフーマニタに関わることだったのか?
メンゲンがそう考えているなか、彼の前に座っていたお面の男、正体不明のフーマニタがまたガルンデルに話し続けた。
「さっきのあれは、お口に合いましたかな?」
「え、あ、は、はい。とても……強烈な体験でした。この世にあんなものが…」
さっき舐めていた、怪しい薬らしきものの話で、ぼうっとした顔になるガルンデル。
メンゲンがもうこれ以上黙ってはいられないと思った瞬間、王が言った。
「メンゲン卿。
なんでこの王城、しかも余の近くにフーマニタが、と言いたいようだな?」
「…はい」
「それが、後日公表することだったけどな……
結論から言うと、彼はフーマニタではない」
「と、申しますと?」
「昨日、世界渡りの術を行ったのは、卿も覚えていような?」
「はい」
世界渡りの術自体、メンゲンとしてはあまり信用していなかった。
しかし、即位以来ずっと政に追われて忙しい日々を送ってきた若い王があれの話をしたときには、気晴らしにでもなってくれれば、と思っていたところだった。
「あれで余…いや、私の前世の父上に出会えた。
しかしねぇ…
どういうことか、その父上がチキュウから、このトゥシタに舞い降りたのだよ」
「…」
「うん、わかる。こいつ、頭でも逝ったか、と思っているんだろう?
そんなことないよ、私は至って正常だ。ダーハラトおじさん」
それは、王が幼い王子で、自分が教育係を拝命された60年前。
二人の間で密かに呼んでいた呼称だった。
「ずるいではありませんか、王子…いや、陛下。
それを言われたら、何も言えなくなってしまうと、お分かりのクセに。
わかりました。陛下の仰せ、信じます」
メンゲンはそこまでいって、目の前に座っている天城を見た。
「しかし、そうだとしてもこの方は、どうやってここに来られたんですか?
あちらから世渡りの術でも?」
「わからん」
「はい?」
今何を、と思ったが、王は苦笑しながら肩をすくめてみせるだけだった。
「術ではない。
自由に往復できるけど、自分でもどうしてそれができるかわからないようだ。
そうだな?父上殿」
「さようでございます、陛下」
丁寧に返答するお面の男。
メンゲンは『ご冗談を…』と言いかけていたが、さすがにそれだけは我慢した。
「…とりあえずは、そういうことにしましょう。
しかし、貴公。さっきのあれはいったいなんですか?」
「あ、申し遅れましたな。
お初にお目にかかります。アマシロ・オオテルと申します。
苗字がアマシロで、下の名前がオオテルです。
こちらでも苗字が後ろにくるのでしたっけ?
メンゲン様、でしたか?」
「マルクの位を拝命している、ダーハラト・メンゲン・パールです。
マルク・メンゲンでいいです。
苗字がアマシュロでしたら、アマシュロ殿でいいですかな?」
「はい?アマシュロじゃなくて… あ」
欧米の人間は日本語の「さ段」の発音を難しいと感じることがあるという。
ここでもたぶん、発音しにくく感じる個人や、種族があるようだ、と天城は悟った。
「地球の苗字は、少し発音しにくいかもしれませんね。
では、ここでは『セレステ』と名乗らせていただきましょうか。
陛下、勝手に名乗らせていただいてもよろしいでしょうか?」
アマシュロだの、アマシェロだの可笑しい名前で呼ばれるよりは、それらしい通り名でも出しておいた方がいいのでは、と思って天城は、自分の苗字から『天』を持ってきて、ラテン諸語で天を意味する言葉を適当に使うことにした。
「む?あ、構わない。
正直、父上殿の名前は私たち全員、知らなかったんだから好きに名乗っていいぞ」
「…はい」
もちろん猫が飼い主の名前など覚えるはずがないから、前世のラシオンたちだって天城のことを「お父さん」とか「パパ」とかでしか考えていなかったんだろう。
……アーシャなんか、「おじいちゃん」だったみたいだし。
当たり前といえばあたり前なことだ、と思ったが、それでも少し傷つく気がしなくもない天城だった。
「陛下のご許可もいただきましたわけで。
この世界での私のことはオオテル・セレステと名乗らせていただきましょう。
マルク・メンゲン。不束者ですが今後ともよろしくお願いいたします」
「オーテル・セレステ殿か。
今後とも、といいますとこちらでお住まいになるつもりで?」
「いや、それが…地球、あちらの世界とこちらを行き来することになると思います。
非力ながら王家のために、できることがあると存じましてね」
王家のために、と聞いた瞬間、メンゲンの目が鋭くなった。
「王家のため、ですかな。
その言葉に、偽りはないと信じてもよろしいでしょうか」
もし嘘だったら、いう言葉は、あえて言わなかった。
そこまで言い出したら、品定めどころか威嚇になってしまう気がした。
王の前ではそんなまねはできないと思ったからだ。
「まあ、そう簡単に信じてはいただけないと、覚悟はしております」
天城なりには真剣にいっているつもりだが、対面しているメンゲンとしては、彼のつけている狐面が気になって、本心を隠しているようにしか見えなかった。
「…後日公表と陛下がおっしゃった。
さらに詳しいことはその時聞きたいと思いますが…
一つだけ、聞かせていただきたい。
ガルンデルには、いったい何をしたんですか?」
メンゲンとしては、これだけはここで聞いておかなければならない気がした。
近い部下ではないが、彼が実質剛健で、誠実な軍人だということはよく知っている。
そんな彼をして、ましてや王の御前で、あんな放心状態にさせるなど、考えようでは物凄く危険なことになるかもしてないからだ。
「あ、あれですか?
お礼のつもりで、大したことのないおやつを一つ、差し上げただけですが?」
「おやつであんな放心状態になるとでも?ご冗談を」
実は「ふざけるな」と言いたいところだが、そうはいかない場所である。
「そういわれましてもねぇ…
そうでございましょう、陛下?」
「話をこちらに振ってくるのはやめてもらいたいがな。
しかし、父上殿の言うとおりだ、メンゲン卿。
あれは余もネコ…地球での前世から、すごく楽しんでいたおやつだ」
「それが忘れられず、兄上は世界渡りの術も行いましたね」
「違うといっただろうが!」
メンゲンは、目の前の光景が信じられない気がした。
あの王兄弟があの様にじゃれあっているのを、二人が成人した以降は見たことがない。
何が、彼らをあんなに気軽にいられるようにしてくれたか?
まさか、目の前のこの、お面をつけている男が現れたからか?
「ああ、あれの話をしたら欲しくなったな。
父上殿、一つもらえるか?」
「もちろんいいんですが、王妃様に叱られるのでは?」
「ここにいないではないか」
お面の中から、クックックと笑う声が聞こえた。
お面のせいか奇妙な響きだな、と感じるダーハラトの目の前で、お面の男がさっきのと似たような、細長い物をいくつが並べた。
色もそれぞれで、さっきのとは違ってフェリノイの子供の似顔絵が描いてあるという違いが目に入ってきた。
そのお面の男が出したものを何気なく選んでいる二人を見て、メンゲンは慌てて二人を止めようとした。
「待ってください、陛下。まさか、毒見もせず召し上がるおつもりで?」
「うん?毒見もなにも、これにどうやって毒など入れられると思うか?
卿も見たまえ」
と言いながら、王はその細長いものの一つを取り上げ、メンゲンに渡した。
「これは…?」
さっき目視した時感じた通り、それはこの世界では見たことのない物質でできたものだった。
紙でも、革でもない感触で、金属に近い光沢をしているが金属ではない。
指に力を入れるとうねうねと変形するが、決して破られはしない。
これでは毒を入れることなど、「ここでは」できないだろう。
お面の男がチキュウという異世界から来たという話は、事実の様だった。
「よろしいでしょうか、マルク・メンゲン?」
「う、うむ」
これでは、問題ないと認めるしかなかった。
「だ、そうですな。
さあ、陛下。この中からお選びを。
王弟殿下は?」
「私はあれかな、魚の味ではなく、肉の味がするのをー」
「はい、とりささみですね。これ
ガルンデル殿?もう一個、いかがでしょう?
さっきのと違う味もありますぞ?」
御前ということと、さっきの醜態もあって委縮していたガルンデルが、いきなり呼ばれてびっくりしたが、確かに欲しいといいたい顔ではあった。
「エクス・ガルンデル。余の前だからと遠慮する必要はないぞ。
少なくとも、今日、この場所ではな」
「は…はい。
では、陛下の玉音に甘えさせていただきます…」
恐る恐る、恐縮そうに受け取るガルンデルだったが、その瞳には喜びの色が浮かんでいた。
「マルク・メンゲンも、お一ついかがでしょうか?」
「いや、私は…」
と遠慮しようとしたが、王がそれを許さなかった。
「なんだ、余も食べるのを、卿は信用できないというのか?
いい身分だな~へえ~」
「うぐっ…」
王にああまで言われては、逃れようがない。
「…では、いただきましょう」
と、さっき王から渡されて手に取っていたものの封を切ろうとしたが、お面の男に止められた。
「おっと、それはフェリノイ向けの味です。
マルク・メンゲンには…これですね。カニセイド向けのをどうぞ」
私はカニセイドではないのだが…と言いたいところだったが、どうやらフェリノイ向けとカニセイド向けの2つしかないようだった。
カニセイドの亜属とされているルパシドだから、異世界人にカニセイドに見えても仕方ないか…と思い、メンゲンは素直にそれを受け取り、しぶしぶ封を切った。
少しはしたないと思ったが、王兄弟もすでにそうしていたので、ペロっと、その中からこぼれ出たペーストの状の物質を舐めた。
その日、メンゲンは生まれて初めて、「味覚が爆発する」という感覚を覚えた。
予約投稿の設定ミスにより、予定より一日早く公開されてしまっておりました。
既に読まれた読者様には、混乱を招き申し訳ございませんでした。




