Et tu, Brute?
応接の間を担当する侍従から「呼び鈴に信号あり」との報告を受けたノルガ―は、王妃と王の元へ再び伝令を走らせて、一足先に応接の間へ向かった。
待機していた侍従に「ご苦労」と軽く労いの言葉をかけ、部屋の中に入ってみたら、天城がバックの中から何かをぞろぞろと取り出しておくところが見えた。
「なんだ?それは」
「おお、来たかノルガ―。先週―いや、ここでは昨日だったな。昨日持って来たのと違う味のおやつと、犬……カニセイドの方向けのも用意してみたよ。
彼らの口に合うかどうかわからないけど」
「『試し』って、それも含まれるのか?」
昨日、天城が地球に戻る前に簡単に話してはいたけど、ノルガ―としてはどうやら気になるみたいだ。
「なに、いざという時のための備えはあるに越したことはないもんだ。
なんだ、父の心配でもしてくれるのか?」
「別に……うわ、なんだ」
そっぽを向いてぶきらぼうに答えていたノルガ―は、いきなり近づいてきた天城にバックハグされ、動揺した。
「元気でいてくれて、ありがとうな」
「親父?」
「お前自身が覚えているかどうかわからないけど……あちらのお前、もうすっかり老いてしまってな、あまり元気がないんだよ。
いつこちらに来るかわからないけど…こんなに元気な青年でいてくれて、本当にありがとう」
「よせよ、気持ち悪い」
そう悪態をつきながらも、ノルガ―喉からは抗いようもなく、ゴロゴロと音が漏れ出ていた。
「あらあら、微笑ましい光景ですね」
いつの間にか入ってきたイーシャの声に、びっくりしたノルガ―が慌てふためいた。
「あ、義姉上!放せ、親父!」
「まあ、お義兄様、お父様の愛の表現じゃないですか。
そんなに恥じることなどありませんよ?
私とアーシャだって、昨日抱きしめさせていただきましたし、陛下は……」
- ギクッ
天城の顔は見えないけど、ノルガ―は自分を抱きしめている天城の腕に一瞬力が入るのを感じた。
「陛下に聞いたところ、再会できた陛下の腕の中で、お父様がそれはそれは大泣きされたと……
本当、多感なお方ですね、お父様って」
「あーいーつーめー!」
「ちょ、放せよ!恥ずかしいのはわかるけど締めるな!」
天城の腕から抜け出そうとするノルガ―と、顔を隠すために腕に力をもっと入れる天城。
それを見てコロコロ笑うイーシャ。
応接の間に入ったラシオンが見たのは、そんな微笑ましいか可笑しいかわからない光景だった。
***
「で、何をなさるつもりで?」
イーシャ達には「試してみたいことがあるから、ちょっと準備しに行ってくる」と言ってはいたが、詳しい内容は言っていなかったので、今日天城が何をするつもりなのか、ラシオンには見当もついていなかった。
「それがな……あ、昨日のおやつは、まだ残っているかな?数はあっても絶対量ってのがあって、足りなそうな気もしたけど」
「あら、お父様。いくら好きでも節制ぐらいはできます。そうでしょう?陛下」
「ま、まあ、そう……だなぁ…」
昨日の夕食の後、こっそりとデザートのちゅ~〇を楽しもうとしてイーシャに見つかり、叱られたことを思い出して、ラシオンは少し苦い顔をした。
「……デザートと称して一人でこっそり食べようとしたな?」
「父上?なんでそれを?」
不意を突かれて、慌てふためくラシオン。
顔は毛で覆われ、鼻先も黒色だから分かりにくいが、赤面しているに違いない。
「どうせお前のことだ。相変わらず大食いで、おやつに目がないんだろう?
まあ、その分太ることなく、身長と筋肉に全部回ったようで何よりだが」
前世のラシオンも食べることが好きだったけど、それがたたって肥満になった。
そのため、すい臓炎を病んでいたが、それでも22歳で大往生するまで、それなりに健康に長生きしてくれたのはいまでも感謝している。
「何この湿っぽい雰囲気?
兄上の身体のことなら、心配しなくてもいいよ親父。
少しでも太る気味になったら、義姉上が容赦なく断罪するんだよ」
回想に耽った天城のせいで微妙に重くなりかけていた部屋の雰囲気を、ノルガ―の一言が一気に破いてしまった。
「……断罪?」
「剣の稽古とか、騎士団の演舞場で走らせるとか、筋肉の鍛錬とか。
あんな筋肉ダルマになったのは、義姉上のおかげだよ」
「きん……」
思わず吹いてしまうところだったが、辛うじて我慢した天城。
「イーシャ?」
「はい?」
「グッジョブ!」
親指を立てて見せる天城に、イーシャは微笑みで答えた。
「まあ、旦那様の健康管理は妻の務めですもの」
「いや二人で何言ってるぅぅぅ?私としては結構苦しかったよ?」
「それがいやなら太るな。
前世のお前はダイエットというのを理解できないから太っていたけど、今はちょうどいいではないか。こんなに素晴らしいインストラクターもついているし」
「本当、お父様のおっしゃる通りですわ~」
「いや、私のいうことを…」
ぽん、とノルガーがラシオンの肩を叩いた。
「諦めるんだ兄上。義姉上一人にだって勝てなかったくせに」
「ノルガ―、お前もか!」
絶望したラシオンとは裏腹に、3人は結局、我慢できず大声で笑い出してしまった。
「さて、些細なことはさておき」
「些細いうな!こう見えてこの国の王様だ!」
「はいはい。その王様に美味しい話しがあるんだよ。
いや、食べ物の話じゃ…なくないな?
だからと言って太る話でも…なくもない?」
「謎々ですか、お父様?」
「いやそのつもりはなかったけどそうなってしまったね」
パン、と、天城はちゅ~〇のおいてあるテーブルを叩いた。
「はい、ここに王室の皆様のお好みの、とても貴重な、異世界産のおやつがございます」
いきなり慎んだ口調になる天城を、怪訝そうな目で見る王家の面々。
「父上?」
「いやいや、前世では父でも、今のわたくしめは一介の異世界人に過ぎませぬぞ」
さすがにその話に間違いはないけど、いきなり?と思ってしまう3人。
でも何か言いたいことがあるんだろうな、と、ラシオンはそのノリに合わせることにした。
「して、そなたは何をいいたいのだ?申してみよ」
「ははあ、ありがたき幸せ」
と、天城は芝居かかった仕草で頭を深々と下げて見せ、テーブルの上のちゅ~〇に向かって手を指して見せた。
「恐れながら、この『異世界のおやつ』のことでございますが…
わたくしめ一人が運ぶ分量には、限界がございましょう」
「であるな。そなた一人で運ぶ量にも、そなたの財力で賄える量にもな」
「実に嘆かわしいことでございますが、仰せの通りでございます。
しかし、それに限界がなくなる…いいえ、上限が大幅であがるとなると、いかがでございましょう?」
何が言いたいのだ、この父は…と言いたそうな顔をしていたラシオンの目が、一瞬で鋭くなった。
「茶番劇はよしましょう。父上、それはまさか……」
「茶番劇にみえたかね。私なりには頑張ったつもりだけど。
まあ、後で必要になるから予め練習してみるつもりだったよ。
それよりね…これを見てごらん」
といいながら、天城はちゅ~〇のおいてあるテーブルの上に手を差し伸べた。
そして、その上で何かをなぞるように手を動かすと―
「何?」
「まあ!」
驚きの声を上げる王弟と王妃。
無言で目を見開く国王、ラシオン。
2つ、4つ、8つ、16…
1つしか置いていなかったおやつが、天城が手を動かすたびに2倍に増え続けていた。
「…面白い手品ですが、少し刺激が強いと思いますね、父上」
「確かに、手品に見えかねないかもな。
でも、これは本物だよ?確かめてみるか?お前ら3人で」
軽く笑ってはいるけど、天城の目は真剣だった。
渡されたおやつのスティックを手に取り、それぞれ封を切る3人。
「どういうことだ…」
「本物…ですね」
「親父?念のため聞くけど、本当に手品じゃないよな?」
「私自分でも未だに信じがたいけど、本当のことだ。
地球とこちらを往復できる能力と共に、何といえばいいだろう…
物質をコピーする能力も身についたようだ」
事の発端は昨日のあの、ちゅ~〇箱の増殖。
指先が静電気でも弾いたかのようにちくっとした後、もう1つの箱が現れた瞬間を、天城は覚えていた。
持って来た分だけでは足りなそう、そう感じた瞬間、もう1つの箱が現れたのだ。
もしかすると、扉を呼び出せたのと同じく、自分が何かの能力に目覚めたのでは?と思い、それを確かめたいと思った。
地球の猫たちの世話しにいく、といって一旦地球に戻ったのも、ラシオン達に明かす前に確かめておきたかったからだ。
案の定というか、地球ではなにも起きなかった。
こうなると、またトゥシタに行って試してみるしかない、と思ったが、確実になるまでラシオンたちには伏せておきたかったので、トゥシタが深夜になっていそうな時間帯を計らい、あの取調室へ繋ぐ扉を呼び出した。さすがに深夜に罪人の審問なんかするわけがないだろうと思って。
そこでいくつかの物を持ち込んで、複製されるように念じながら「コピー」と唱えてみたら、見事に複製できた。
「…いやこれやばい能力なんじゃ…?」
積みから持ち込んできたロボットのプラモデルが箱ごと複製できた時には、最近品薄で問題になっていたんだから「これでなかなか再販してくれない量産型のあいつやあいつを、量産できる!」と狂喜していたが…
地球に持って帰ろうとしたら、扉をくぐる瞬間、消えてしまった。
どうやら、トゥシタ限定のチート能力で出来たものは、トゥシタでしか存在しえないみたいだった。
「あれは本当、ガッカリだったな…トホホ」
「父上?」
「あ、ごめん。こっち…というか、地球の話。
それでだ。何かをそのまま『複製』できる能力を手に入れたようだ。
どうしてこんなことになったかは、扉の能力と同じで、全然わからないけど」
「体は、大丈夫ですか?力が抜けたり、生命力を消費したりは?」
「怖いこというなよ。どういう仕組みかはわからないけど、結構試してみても疲れも来なかったんだ」
安心させるための嘘ではない。本当に、最初の複製の時感じた、ちくっとする感覚以外には、これといった感触も感覚もなかった。疲れることもなく、ファンタジー小説等でいう「魔力が流れる感覚」すらなかった。
ハンデもなく複製できる能力は、転移の能力とならんで使いようによっては物凄い能力になってしまう恐れがあったが、どうせ身についた能力なら、いい方向に使ってやろうではないか、と天城は思ったのだ。
「この能力に気づいた時、思ったことがある。
昨日からのお前たちの行動で考えたんだけど、この世界、というかアンテロには、嗜好品というのが、あまりないんだろう?」
王宮の一部しか見ていないけど、文明レベルは地球で言う近世、18~19世紀に当る感覚がした。ラシオンの言った「工業生産力が地球に及ばない」ということは、本当のことだったようだ。
ならば、この世界の嗜好品のレベルはどうなんだろう。
酒は…多分ある。「一緒に飲み明かしたい」と言った時、ラシオンは別に不思議がらなかった。
タバコは…どうなんだろう。臭覚の鋭敏なアンテロには合わない気がする。
その他、甘未やお菓子…はありそうだけど、すくなくともフェリノイの味覚でいうと、ちゅ~〇に勝るようなものはないに違いない。
もしそんなものがあったら、美食を極めているはずの王族が、あんなにあのおやつに目がないはずがない。
『ならば、いける。』
天城は、そう判断していた。
「はい。恥ずかしい話ですが、あまりありません。
それでですが、父上……
まさか、私と同じことをお考えで?」
「ほお、伊達で王様をやっているわけではないようだな?」
「あら、お父様、私も気づきましたわよ?」
くすくす笑いながら話に割り込んで来るイーシャだったが、その蒼い瞳はもう「女王」のそれだった。
「3人で悪人面して盛り上がってるところ悪いけど、それ以外に試してみることがあったんじゃないか?」
「こら、悪人面だなんて、人聞きの悪いことを。
しかし…そうだな、フェリノイだけじゃなく、カニセイドの胃袋をガッチリ掴んでやろうではないか。ふふふふ……ふ?」
悪人面といわれて否定したくせに、本当に悪人のように笑っいながら『胃袋を掴む』仕草をしていた天城は、なんか怖気づいたような顔で自分を見つめる3人に気づいた。
「父上……今なにを?」
「カニセイドに恨みでもお持ちでしょうか?」
「お、親父…?なぜ胃袋を?」
「は?
…いやいやいやいや!例えだよそれは!そんなことしない!できないし!
おいいいいいい!怖がるなって!」
どうやら、「胃袋を掴む」というのは、トゥシタにはない表現だったようだ。




